184.悪役令嬢の受洗式
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、60歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
馬車の車窓から眺める3か月ぶりの帝都は、立太子の儀を再来月に控え活気に満ちていた。
「不思議ね、ルー様。見慣れた景色のはずなのに。
一夜の宿を借りたら、数年経っていたお伽話みたいな気分なの」
「エリーの気持ちもわからなくはないよ。それだけエヴルーを愛してるんだろう。
もう帰りたくなった?」
私は静かに首を横に振る。
「いいえ。エヴルーも大切だけれど、その安らぎは帝国とエヴルー“両公爵”家の揺るぎない地盤の上にあるの。
ここでもやるべきことはあるわ」
4月下旬——
出産のためエヴルーへ移動した1月から時は流れ、今は春の盛りだ。
そよ風に揺れる街路樹の若葉や、窓辺の花も色とりどりで瑞々(みずみず)しい。
街ゆく人々の衣服も足取りも軽やかだ。
木陰を作る若葉の新緑が、今朝出立したエヴルーの麦畑を思い起こさせる。風が渡っていく緑の波が脳裏に浮かぶ。
この揺れる想いは胸に封印し、頭の中では帝都邸に到着後の段取りを再確認し始める。
今回の帝都滞在の大きな目的は、オリヴィアの受洗式だ。
実は天使の聖女修道院で行うことも考えた。
あのお母さまも祈った薔薇窓の優しく美しい光の中で、と思いもした。
しかしルイスと話し合った結果、受洗式のベビードレスを帝室から贈られた経緯もあり、やはり帝都大聖堂で執り行うことにした。
この馬車にオリヴィアはいない。
移動中の万一の出産に備え調製された、後続の“救急馬車”に、車輪をしっかりと固定された乳母車ごと乗っている。
クレーオス先生の助言もあり、揺れを極力抑えられる方法を選択した。
この“救急馬車”は、優れた金属加工工房が多いノックス侯爵家を始めとした“中立七家”のさまざまな技術を結集して造られた。
振動を吸収する車輪や部品は、私とルイス達が乗っている馬車や、前倒しの出産祝いに贈られたゆりかごや乳母車にも用いられていた。
馬車と乳母車。
二重に振動対策がされた上、クレーオス先生と乳母、世話係がオリヴィアに付き添ってくれていた。
初めての長距離移動で負担をかけるオリヴィアのために、万全の備えを敷いていた。
ルイスと二人、休憩の度にオリヴィアの様子を見に行ったが、ラトルであやされご機嫌だったり、眠ったりもしていた。
世話係によると、泣きもしたがすぐに泣き止んだと言う。
中々の大物ぶりに、ルイスと「どちらに似たんだろうね」などと笑顔で話し、和やかな道中だった。
この数日前から執務に集中し、領地での書類はほぼ処理してきた。
とは言っても翌週にはまた届くのだが、今はルイスとゆっくり話せるのが何より嬉しかった。
その一方、オリヴィアを抱いてあやすたびに、この愛しくてたまらない小さな存在でさえ、容赦なく政争に巻き込まれていく未来が容易に浮かぶ。
護るためとはいえ、時にはオリヴィアさえ利用しなければならない自分の立場に、どこか自己嫌悪していた。
お父さまもそうだったのだろう。
それでも私を深く愛してくださった。
私も、いえ私だけではなく、ルイスと共に、エヴルー“両公爵”家の皆と、私とルイスを大切に思ってくださる方々と共に、オリヴィアを護ろう、と改めて心中に深く刻む。
蹄の音も高らかに、馬車は壁門から大通りを通り貴族街を抜け、皇城近くのエヴルー“両公爵”家帝都邸へと帰還した。
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帝都到着から数日後、タンド公爵家の方々がオリヴィアに会うために帝都邸を訪ねてきた。
この中でただ一人、皇妃陛下のお忍びで会えているのは伯母様だけだ。
手紙では、『皆にやきもちを焼かれて大変なの。でもそれ以上にヴィアはかわいかったわ』とあり、思わず『そうよね、うんうん』などと頷いていた。
もはや立派な親バカだ。ルイスを笑えない。
クレーオス先生指導の下、手洗いうがいをすませ、伯父様から順番に抱いてもらう。
オリヴィアは物おじしないところがあり、お昼寝明けの授乳をすませ、お腹いっぱいのためか、にこにこご機嫌で、「あ〜」「う、う〜」などと声を上げている。
皆、とても喜んでくれたが、ピエールだけはおよび腰だった。
「かわいいけど、落っことして壊れそうだ」
「ピエール、お前も6月には父親になるんだぞ。
ここをこうやって……」
ルイスが親友に抱き方を教えるのも見ていて感慨深い。
自分だって出生直後に初めて抱っこしたときは、『絶対に落としてはいけないと思ってすごく緊張してた』と話していたのに、今やすっかり父親らしい。
一方、ピエールの妻シェリー様や、領地にいる長男デュランの妻ハンナ様は親戚の赤ちゃんを抱いたことがあるのでかなり手慣れており、あやしてかわいがってくれた。
お祖父様やお祖母様も温和な笑顔だ。
お祖父様の訪問は、クレーオス先生の診察も兼ねている。
額の傷痕は手術前に比べれば、格段に目立たなくなり、“復元クリーム”を使えば一見ではわからなくなるだろう、とのことで、より一層おめでたい祝福の雰囲気となる。
中でも伯父様とお祖父様は、とても感激していらした。
「エリーにもルイス様にも似ているが、アンジェラの、面影も……」
伯父様は嬉し泣きで仰り、伯母様がハンカチを渡されている。
「エリーだけでなく、その子にも会えるとは……」
お祖父様は涙ぐまれ、笑顔のお祖母様が寄り添っていらした。
楽しさも悲しみも、苦しみも喜びも、乗り越えられてきた二組の夫婦のお姿に、私の胸がじんとして、いつか、私とルイスなりに、あんな風になれたら、と願う。
そんな私の傍には、オリヴィアを抱いて優しく微笑むルイスがいた。
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5月上旬——
オリヴィアの受洗式は、帝都大聖堂で執り行われた。
私とルイスの婚約式、結婚式もあげた思い出深い場所だ。
その他にもいろいろあったが、今日は忘れておこう。
何より皇妃陛下とタンド公爵家の依頼で、私の安産祈願を毎日行ってくれていたのだ。
それを考えると、司教様を始めとした聖職者の方々と事前の打ち合わせで顔を合わせるのが、なんとなく恥ずかしかった。
列席者は、オリヴィアの両親である私とルイス、父方の親戚である帝室、母方の親戚であるタンド公爵家、そして“中立七家”を含む、侯爵家以上の貴族、王国をはじめとした各国の大使らだ。
私とルイスは入り口に立ち、出迎えのあいさつをする。
オリヴィアは控え室で休んでいる。負担を少しでも軽くするためだった。
出迎えには伯父様と伯母様、次男ピエール夫妻が加わってくれていた。タンド公爵家との堅い結びつきを示すためだ。
お祖父様とお祖母様は、領地にいる長男デュランの妻ハンナ様が臨月のため、タンド公爵邸で付き添いお留守番だ。
最後にいらっしゃった帝室の方々も、喜びの声でお祝いの言葉をくださる。
特に皇帝陛下の声は聖堂中に響き渡った。
「ルイス、エリー閣下。
儂はヴィアの無事な誕生と成長を心より願っておるぞ。
ヴィアに神の恩寵の厚からんことを」
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
恐れ多くも慈悲深きお言葉、誠にありがたく存じます。
エヴルー“両公爵”家、幾久しき忠誠を捧げ奉ります」
これは打ち合わせに従った言葉だ。余計な言葉を付け足さずほっとする。
オリヴィアの愛称を言うか言わないかで調整したが、『まだ一度も会えていないし、“皇帝陛下の可愛い孫”という防御も、他家に対し有効でしょう』という皇妃陛下と伯母様の判断で折り合った。
ただし愛情の暴走だけは、絶対にしてほしくない。
全員がそろい、各々の席に着く。
私達親子は右側の最前列に座った。
控え室から世話役に連れられてきたオリヴィアは、ルイスの逞しい腕に抱かれている。
帝室から贈られた水色のベビードレスがよく似合い愛らしい。
麦とカモミールの模様のレースがふんだんに用いられ、エヴルー“両公爵”家の公女であり、また魔除けのピアスとベビーリングの真珠が、王国の王女殿下であることを示していた。
私とルイスは、儀式にふさわしく夫婦ともに白い正装だ。
私のわずかに黄色味を帯びた白く美しいリリー・ホワイトの布地と、ルイスの純白の布地は、お父さまから贈られた。
添えられた手紙には、『可愛い孫オリヴィアを無事に産んでくれた、エリーへのご褒美だよ。婿殿は私の最愛の二人をよろしく頼む』とあった。
書かれていない、『参列できない分、せめてもの』という気持ちが行間から伝わり、親となった今、親のありがたさと温もりを改めて感じている。
そして、マダム・サラの手により典雅なエンパイアドレスへと生まれ変わり、産後初めて公の場に立つ私の美しき鎧となる。
ルイスの正装も上品かつ凛々しいシルエットだ。
宝飾はエヴルー公爵家の紋章のピアスや指輪など、最低限だが家の格を表していた。
オリヴィアは今のところ泣きもせず、時折「あ〜」「う〜」と可愛い声をあげるが、許容の範囲内だろう。
大聖堂の高いドームに、オルガンを伴奏に聖歌隊の透き通った声が響き、儀式の始まりを告げる。
差し込む光は薔薇窓に彩られ、音楽と共に荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「エヴルー“両公爵”家、ルイス閣下、エリザベス閣下。
オリヴィア公女を神の御前へ」
帝都の大教区長である司教様が、私とルイスの名を呼び、親子を壇上へ招く。
オリヴィアを抱いたルイスと私が、祭壇に上る。
受洗式は、神の恵みである天よりの水を、銀のスプーンで飲ませ、頭、手、足を水に浸し、神の恩寵と無事な成長を願う儀式だ。
健やかな成長をもたらす加護を与える聖句を唱えながら、ルイスが支えるオリヴィアに、司教様がスプーンで水を与える。そして頭、手、足と水に浸していく。
冷たい水や不安定な体勢で泣かないよう、何回か練習した成果か、きょとんとした表情で、大人しくされるがままだ。厳かな儀式の最中でも、かわいいとつい思ってしまう。
ルイスも緊張しつつもオリヴィアをしっかり支え頼もしい父親で、その凛々しい横顔をしっかり記憶に焼き付ける。
そんな私は白いタオルで、オリヴィアの金髪や白くもっちりとした手や足など、濡れた部分をそっとふいていく。
このタオルは皇女母殿下が贈ってくださったものと同じ極上品だ。
実物は騎士団に寄附されたが、アリバイ工作に同じものをルイスが用意してくれていた。
『きちんと使ってますよ』アピールだ。
帝室とは一定の距離を置きつつも、満遍なく親しさを保つ方針だった。
足もふき終わり、司教様がオリヴィアの額に指を置き、聖句を唱え終わった最終盤、思いがけないことが起こった。
司教様が首からかけている赤い帯を、オリヴィアがきゅっと握ったのだ。
私とルイスは一瞬固まったが、司教様は全く動ずることなく、オリヴィアに慈愛深い声をかける。
「オリヴィア公女、儀式への早速の御礼、痛み入ります」
「あ〜、う?」
「ただ私ではなく、神に感謝なさるといいでしょう。
『 幼き無垢なオリヴィア公女に、天使の幸いが訪れますように』」
「う、う〜」
オリヴィアが青くつぶらな瞳をくりっとさせ、にっこおと笑い、帯を離した瞬間、ルイスが手が届かない位置に抱きかかえる。
まだ握力がさほどでもなかったことが幸いだった。
最悪、帯を引いて床に垂らしてしまうところだった。
「ここに、エヴルー“両公爵”家、オリヴィア公女が、受洗式により神の恩寵が与えられしことを寿ぐ」
司教様の朗々とした声が儀式の終わりを告げると席に戻る。
聖歌隊と共に聖歌を合唱し、受洗式は何とか無事に終わりを迎えた。
オリヴィアは世話役に抱き渡され、いち早く控え室に戻る。
私とルイスは出迎えと同様、参列者の見送りに立つ。
最後にタンド公爵家の方々と帝室の方々を見送ったあと、司教様の元に向かい、儀式のお礼とあわせオリヴィアの振る舞いを詫びる。
「どうかお気になさらず。受洗式ではままあること。ずっと泣き続けるお子様も多くいらっしゃいます。
笑いかけられたとき、私もつい微笑んでしまいました。
実に愛らしい公女様、大切にお育てください」
「本当にありがとうございました」
「赤子とはいえ無礼な振る舞いをお許しくださり、深く感謝いたします」
ルイスと相談し、この日のうちに受洗式の御礼以外にも寄附を行ったのはもちろんのことだった。
〜〜*〜〜
控え室で授乳されたオリヴィアを私が抱き受け、ルイスと共に大聖堂の正面扉へ歩む。
「エリー。驚かせて悪かった。オリヴィアの腕をさりげなく押さえておけばよかった。次から気をつける」
「私も気をつけるわ。これから見えるものに触れて口で確かめ始める時期だもの。
どうなることかと思ったけれど、見守りと機を見ての手助けがいかに大切かって身にしみたわ。
ありがとう、ルー様」
「ん〜。俺はあの帯を服に縫い止めてくれないかな、とも思ったよ。
あの帯、猫に猫じゃらし、みたいなもんだろう?」
「ルー様、不謹慎でしてよ。でも、ふふっ、確かにそうね」
「う、あ〜、う?」
オリヴィアは腕の中から私を見つめている。ルイスはふっくらした頬を優しくなでる。
前後に警護達やマーサ、オリヴィア付きの皆がいるが、親子のこうした時間は本当に貴重で、何物にも替えがたい。
正面扉を出ると大聖堂前の広場だ。
帝都では貴重な大きく広がる青空が見える。
透き通った、雲ひとつない、ルイスの瞳を写し取ったかのような青空——
そして、オリヴィアの瞳にも似た青——
オリヴィアは100日間、無事に育ち、今日、帝国の貴族として、小さな1歩を踏み出した。
これからも日々を重ねていく。
私とルイスも親として、此処帝国の貴族として日々を重ね、オリヴィアを共に護り歩んでいく。
「晴れ渡ってるな。雨にならずによかった。
さあ、行こう。エリー」
「はい、ルー様」
オリヴィアを抱いた私は、隣りに佇むルイスを見上げ、優美に微笑み踏み出した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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●大変お待たせいたしましたm(_ _)m
これにて波瀾万丈、戦争まであった第3章が終わります。
またこの後、小話の投稿を予定しています。
よろしければお楽しみください。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
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