180.悪役令嬢の娘の誕生(改稿あり)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
●この回はルイス視点です。
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出産の場面で出血などの描写があります。苦手な方は閲覧にはご注意ください。
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ルイスと小さな小さな家族との生活としては、56歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
「ルイス様、退室願います」
クレーオス先生の命令が下った。
様子を見ていても、間隔が短くなり、陣痛が来た時は俺の手を握る指が食い込み、離してもうっすら赤くなるほどだ。
それでも爪は貴婦人らしからず、短く切りそろえている。
指が食い込んでも、俺の手がなるべく傷つかないようにしてくれていた。
そういう何気ない思いやりにエリーの人間性が表れている。
「エリー、気持ちは側にいる。無事を祈ってるよ」
「あり、がと……、ルーさ、ま……」
後ろ髪を思いっきり引かれる、いや引きちぎられる思いだったが、クレーオス先生の雷が落ちる前に、無用に苛立たせないためにも、隣室に撤退した。
しばらく閉ざされたドアを見つめる。
エリーは痛みに強い。耐性がある。いや、慣れさせ、作らされた。
これは過酷すぎる王妃教育の一環で、尋問に備え騎士団の訓練も受けていた。
いったいどこまで求めてるんだ、と思ったが、陣痛も俺の手を握ることで、痛みに耐えていた。
最後は「食いしばると奥歯がすれそうだから、タオルください」と言ったほどだ。
マッサージの指示も、腹痛や股関節、腰の痛みを和らげる場所を、離れた手足などでも指示していた。
俺でも知らない、『え?ここか?』という場所だったが、効果は出ていた。
きっと王妃教育での知識なのだろう。
それでも今は耐えがたいに違いない。
母上独自の皇子教育で、女性の生理や妊娠・出産などを学び、一通りの知識はあった。さらにクレーオス先生推薦の本なども読んで備えた。
あれを今からエリーが体験するかと思うと、代わってやれないものかと本当に思う。
二人の子どもなら、せめて半分は、と願うが、無理な話だ。頭ではわかってはいる。
そんな、無事な出産を祈ることしか何もできない自分に苛立つ俺の嗅覚が、あるものを感知した。
瑞々しく爽やかな香り——
振り向くと、タッジー・マッジーがローテーブルの上に飾られていた。
「これは……」
「エリー様より陣痛が始まったら、ご用意するように、とのご指示を承りました。
ルイス様も離れたゆえのご心配で、お心に大きな負担がかかるだろうから、とハーブもご自身で選ばれて、庭師に用意させたものでございます」
控えていた侍従が、ハーブティーを入れてくれる。俺は座ると、ゆっくりと口に運ぶ。
エリーのレシピの味と香りだ。懐かしくさえ感じる。
出会ったときも、ハーブティーを譲ってくれた。
我ながら最低最悪の対応だったが、エリーは礼儀正しく接してくれた。
そして砂をはむような、味も匂いもせず、周囲の平和な日常に苛立っていた俺を、エリー自身が救ってくれた。
結婚できて、幸せに暮らせて、さらに子どもにも恵まれて——
子どもが出来てから、情報的な“籠城戦”を指揮し、エリーを護りつつも、『最愛をこんな辛い目に合わせるくらいなら、いっそ』と何度も思った。
だが、エリーには絶対に言えなかった。
「子どもを宿すと、女性は自分の心身を子どもを育めるように変えていくわ。
それに伴う苦痛を上回る喜びがあるのよ。
大好きなルー様と私の子どもが産めるんだもの」
悪阻に苦しむ中でも健気に話してくれた。
俺は側にいて辛い思いを聞くか、励ますか、クレーオス先生に相談し、受けた助言を実行するかしか出来なかった。
そして、“熱射障害”や南部の問題が重なる中、エリーは身重の身を押して、さまざまな対策を提案し、手配してくれた。
安定期に入っても、さまざまな負担がかかった状態で、俺の身の安全のために、ウォルフと鍔迫り合いの交渉までしてくれたのだ。
「私ができることは何だってやります」
凛と言い放ったエリーの姿と声は、俺の心に焼き付いている。
結婚式での『共に護り合う』という誓いを実行しようとしてくれていた。
それが命の取り合いをする戦場であっても、俺の知略の女神は手を伸ばし、加護を与えてくれたのだ。
あの思わぬ一矢も、エヴルーの護衛が身を呈してくれたからこそ、俺とウォルフは助かったのだ。
軌道がずれなければ、どちらかが命を落としていただろう。
指揮官か騎士団長を失ったとなれば、連合国が全面降伏を受け入れたかは不透明だ。
エリーのおかげで、あれ以上の犠牲者を出さずにすんだとも言える。
あの戦争中はエリーからはほんの数通しか手紙は来なかった。
もっと届くかと少し寂しくも思ったが、この種明かしは、帰還後に本部へ差し入れに現れたウォルフの妻エヴァ夫人が教えてくれた。
『戦場に指揮官として出征している夫に、どれほどの頻度で手紙を出せばいいでしょうか、とエリー様から手紙で相談されたのよ。同じ騎士の妻として慕ってくれて嬉しく思ったわ』と語っていた。
エヴァ夫人は、『私の場合、書きたいままに書いた手紙が10数通か、20通、溜まったところで、1通出します。まったく書かないとかえって気になるでしょうし、思いの丈を込めた手紙を、胸に抱いて戦ってもらえるなら、私は妻として本望です』と返事をしたという。
その後、マーサにさりげなく聞いてみた。
「私は存じ上げません。ただルイス様のために祈りを捧げられる前に、よく机には向かっておられました。これ以上はエリー様に直接お聞きくださいませ」
さすがは専属侍女だ。口は堅い。
そして俺は確かに、エリーが送ってくれた手紙を胸ポケットに入れていた。
『国や国民はもとよりエリーを護るのだ』と気持ちを鎮め、時には奮い立たせた。
帰還の閲兵式であんな風にエリーが現れるとは思わなかったが、あのオリーブ冠とタッジー・マッジーは俺の何よりの栄誉で宝物だ。
庭師に頼んで、保管できるよう処理してもらった。
帰還後はできる限り、時間を共にした。
職務は母上の配慮で定時で上がり、エリーや“ユグラン”と共に過ごした。
思い出していると、うめき声がこの部屋にまで響いてくる。
思わずポケットにある1つを握りしめる。
エリーには黙っていたが、妊娠が公になってすぐ、天使の聖女修道院の院長に手紙を書き、エリーと“ユグラン”の安全な出産のために、毎日祈りを捧げてもらっていた。
帝都の大聖堂も考えたが、すでに母上とタンド公爵夫人が“毎日の祈願”を依頼していたためだ。
正直出遅れたと思ったが、エリーなら後から話せば、納得してくれるだろう。
その護符を手に、ひたすらエリーの無事を、“ユグラン”の無事を祈る。
そこに新しいハーブティーと、くるみのマフィンが置かれた。
「奥様より、食欲がなくとも、お召し上がりください、とのご伝言です。
お生まれになられた“ユグラン”様を抱かれるときに、お腹が鳴るのもいい思い出だろうけれど、との仰せでございました」
思わず苦笑してしまう。
同時に、俺をこんなに気遣うよりも、自分のことを、と思ったが、当日すべきことを、俺への思いやりも含めて、周囲に言い含めていたのだろう。
そういうエリーなのだ。
俺には過ぎた妻だが、絶対に誰にも渡す気はない。
腹の虫は鳴かせたくなかったので、マフィンは口にするものの、やはり落ち着かず、料理長には申し訳ないが、味わうというよりも咀嚼してすぐに飲み込む。
そして、護符を手に祈る。
この瞬間も、報せをやった天使の聖女修道院でも、院長を始めとして祈りを捧げてくれているはずだ。
陣痛が始まったとき、タンド公爵家へ早馬を走らせた。
今ごろは大聖堂でも祈ってくれているだろう。
タンド公爵家でも、そして皇城の母上も——
いや、ここ領 地 邸でも帝都邸でも、エリーに好意を持っている皆が、きっと祈ってくれている。
ひときわ大きい声が聞こえた。
思わず立ち上がるが、クレーオス先生の指示があるまでは入室できない。
座って祈ろうとするが、どうも落ち着かない。
そして、ポケットにある、もう一つのものに手を伸ばす。
エリーからの手紙だ。
わざわざ、陣痛が始まってから読んでね、と言われたが、読むのが少し恐かった。
話せなくなった自分の代わりに、なんて嫌な想像をしてしまい、頭を振る。
エリーがそういう手紙をここで読ませるはずがない。
託しているなら、クレーオス先生か、アーサー、もしくは二人ともにだろう。
大きく深呼吸し、封を切る。
便箋からはラベンダーの香りがほんのり立ち上がる。
見慣れた美しい筆記体で綴られていた。
『愛しく大切なルー様へ
“ユグラン”を産む、これから、というときにその場から引き離されて、とても不安だと思います。
私の願いのために、その場にとどまってくれてありがとう。
ここまできても、大好きな人に見られたくない姿があるって、どれだけルー様のことが好きなのって、我ながら呆れてしまいます。
ルー様の励ましと祈りを受けて、その誇り高い勇敢さを借りて、“ユグラン”を無事に産みますね。
出産は命がけだけど、きっと大丈夫です。
できることはやったし、クレーオス先生もマーサも付いててくれてます。
ううん、ここエヴルー領 地 邸や帝都邸の皆が、タンド公爵家や皇妃陛下、天使の聖女修道院の院長様を始めとした、親しくしてくださっている皆様が祈ってくださってるでしょう。
それを力にして、がんばります。
一番はルー様。あなたです。
あなたと共に歩む道に、二人の子“ユグラン”を迎え入れるために、クレーオス先生の導きを信じて、“ユグラン”を無事にこの世界に送り出します。
お母さまとお義母様が、私達を送り出してくれたように。
“ユグラン”も精いっぱいがんばってくれてます。
赤ちゃんも外に出ようと必死になってくれるのよ。
優しく話しかけてくれたお父様に会いたいと、きっと思ってるわ。
ルー様はこの子がこの世界で無事に生きていけるように、名前を考えてくださいね。
少なくとも生まれた日付はまたがないようにね。
外の世界でも“ユグラン”になりそうなんだもの。
すてきな名前だからそれでもよいけれど、どうかよろしくお願いします。
ルー様との子どもだから産めるのよ。
ルー様に巡り逢えてよかった。
心からの愛を、ルー様に捧げます。
あなたのエリーより』
柄にもなく、涙が込み上げてきていた。
家族を知らず、家族は要らない、と思っていた俺を、エリーは変えてくれた。
護りたいと思い、妻に乞い、いろんなことを乗り越えて結婚し、家族になってくれた。
慈雨のように俺の心に愛を注いでくれ、いつも優しく笑って受け入れてくれた。
「エリー。大丈夫だ。俺も父親としてきちんとやるべきことをするよ」
名付けの候補をしっかり頭に入れた上で、一心にエリーと子どもの無事を祈り続けた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
——長い、長い、長すぎる時間が終わりを告げた。
赤ん坊らしき泣き声が聞こえる。
元気なようだ。
エリーはどうなのか気になるが、約束はクレーオス先生の許可が出てからだ。
俺はドア越しに気配を探ろうとする。
そこにノック音が響き、ドアノブが動く。
ドアが開くよう、俺が身を引くと、そっと開いた隙間からクレーオス先生がちらっと顔だけをのぞかせる。
血の匂いがした。
「お子様はご無事じゃよ。女のお子でござった。
姫君はまだ後産がおありじゃ。順調じゃが、まだ油断できぬ。
またお声かけするゆえ、お待ちあれ」
「エリーは、無事なんですね?!」
「このままいけばご無事じゃよ。ただ油断はできぬ。もう少しお待ちあれ。処置があるゆえ失礼」
無情にもすぐにドアは閉められる。
そう、産まれたからといって、油断はできないのだ。
エリーの母、アンジェラ殿は多量の出血をされ、一命を取り留めたほどだったのだ。
エリー、どうか無事でいてくれ、神よ、エリーに恩寵を。
今日、何度繰り返したかわからない祈りを捧げていると、またノック音が響く。
ドアが開きクレーオス先生が姿を現した。
血の付いた術衣にぎょっとするが、出産には付き物だ。
自分も騎士団の訓練や戦いで、幾度となく見慣れているはずなのに、エリーの血だと思うと心が痛む。
無事でいてくれ、という思いに応えるように、先生は微笑まれた。
「ルイス様。ようお待ちなされた。
姫君も、小さい姫君もご無事じゃよ。ただ安静が必要なゆえに、お静かにの」
「わかりました。先生、本当に、ありがとうございましたッ!」
感謝を捧げた俺は先生に導かれ部屋に入り、エリーの元へ行く。
汗びっしょりで、見るからに力を使い果たし、疲れきっているのに、俺に気づくと、緑の瞳を眩しそうに優しく細める。
無事な姿に心から安堵し、瞳が潤んでくるがじっとこらえる。エリーに心配や負担をかけてはならない。
俺はマーサが譲ってくれた枕元の椅子に座り頭をなで、エリーを労り感謝を伝える。
「エリー、エリー。よくがんばったね。ありがとう、ありがとう」
他にもっと言葉があるだろうに、今はこれが精一杯だ。
微笑みかけてくれるエリーは、何よりも美しかった。
「ルー様こそ、ありがとう。
この子が、“ユグラン”よ。
“ユグラン”、お父様よ。あ、名前はどう?」
エリーの声が少し枯れている。痛みに耐えていたのだ。無理もない。
「女の子なんだよね。エリー譲りの金髪だ。目は青いのか」
「えぇ、目元もルー様そっくりだと思うわ」
エリーの胸元の、毛布からのぞく小さな赤ん坊は、何もかもが小さかった。
触れると壊れそうだ。
俺は驚かせないようにゆっくり手を伸ばすと、子どもの頭にそっと触れる。
俺にはエリーそっくりに、特に鼻と口が似ているように思えた。
だが小さな瞼からのぞく瞳は青かった。
本当に俺とエリーの子どもなんだ。
「口元や鼻筋はエリーに似てるよ。なんて小さな手なんだ。あ」
頭からふにゃふにゃの頬に触れ、実感が込み上げていると、手に触れた俺の指を小さな手が握る。
子どもから、父親だと認められた気がした。
俺はその小さな手を見つめながら、エリーの優しい手が、俺にあの冠をかぶせてくれた時を思い出していた。
そしてエリーにそっと尋ねる。
「オリヴィア、オリヴィアはどうだろう、エリー」
「……オリヴィア、オリヴィア・エヴルー。
すてきな、良い名だと思うわ」
「俺が南部から帰ってきたとき、エリーがオリーブ冠を授けてくれただろう?
この子は平和な世に育ってほしい。
そして、エリーに似て、知恵を身につけ、勝利と共にあり、安らかな人生を送ってほしい。
いや、そうなるように俺は夫として父親として、エリーとオリヴィアを護り抜くよ」
「ルー様……」
3つ準備していた女の子の名前の中で、瞳がエリーに似た緑ならオリヴィアと思っていたのだが、指を握られたときに、この子にふさわしいと思った。
エリーが俺と国を護るために、考え動いていたとき、この子がお腹に宿っていたのだから——
そして、誕生を祝福する言葉を、夫として父として贈る。
そうだ。
ここ領 地 邸と帝都邸にオリーヴの木を植えよう。
オリヴィアの成長を見守ってくれるように——
エリーがマーサに声をかけ、オリヴィアを抱かせてくれる。
腕に作った輪の中に載った我が子は柔らかく軽いのに、重みがずっしり加わった気分だ。
絶対に、絶対に落としてはいけないし、またこの子の命を護り育てていかなければ、と思うからだろう。
甘やかな優しい匂いがし、瞼が開くと、美しい青い瞳が現れる。そして閉じると、小さくあくびをする。
「あら、もうおねむかしら。オリヴィアもがんばって、お外に出てきてくれたものね」
「お父様の腕の中で安心なさったのですよ」
幸せな気持ちが込み上げあふれる。
エリーとマーサの何気ない言葉と微笑みが何より嬉しい。
そして、俺の血を引く我が子が、俺が名付けた我が子が、俺の腕の中にいてくれる。
「こんなに小さくても、動いてる……。
本当に、こんな、どこもかしこも、みんな、小さいのに……。
エリーと、お母ちゃまと一緒に、よくがんばりまちたね〜。えらいでちゅよ〜」
俺はすやすや眠り始めたオリヴィアの健闘を、そっと褒め讃えた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
●オリヴィアの誕生にお祝いメッセージをいただき、ありがとうございました。今回はルイス視点でお送りしました。
第3章ももう少し、お付き合いください。
●このたび、ネット小説大賞運営様より、大変光栄なお申し出があり、インタビューを受けさせていただき、がんばってお話しました(⌒-⌒; )
とてもお恥ずかしいですが|•ω•。)"…
詳細は活動報告【インタビュー記事掲載のお知らせ】をご覧ください(https://x.gd/zdtHZ)
※※※※※※※※※※お知らせ※※※※※※※※※※※※※
コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
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