179.悪役令嬢の出産
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
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出産の場面があります。苦手な方は閲覧にはご注意ください。
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ルイスと小さな小さな家族との生活としては、55歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ごめんなさい、ルー様。
気持ちはとっても嬉しいの。本当よ。でも、ちょっと……」
「エリー。俺は痛みに苦しむエリーに付いててあげたいんだ。
母上の教育や“テルース”の本で学んでいる。
罵られたって、怒鳴られたって平気だ。
戦争とはいえ、長く側にいなかったんだ。当たり前だよ」
「ルー様の気持ちは本当にありがたいの。
戦争は仕方ないわ。ルー様は立派に務めを果たされたのよ。それこそ当然だわ。
でも……」
私の居室のソファーに座り、出産の形式について話し合っていた。
ルイスの申し出を迷いながら断る。
本音はずっと付いててほしい。側にいてほしい。
けれど、出産は本当に“綺麗”事ではすまないのだ。
あまり言いたくない姿を見せたくない。
それでもルイスは食い下がる。
私の手を取り、サファイアの瞳に深い愛情をにじませ、誠実な言葉を連ねる。
うう〜。すっごく困る。
側にいてほしいけれど、見てほしくない姿もあり得るのだ。
そこに話し合いに加わってくださっていたクレーオス先生が助け舟を出してくださる。
「そうじゃのう。
医療者の観点から申し上げれば、出産するご本人の意向が一番じゃて。
姫君。陣痛の間隔が長い間は側にいてもらってはいかがじゃな?
切迫してきたら、それこそ命がけで集中していただかなければ困るのじゃ。
儂の判断か、姫君がもうここまでと思われたら、そこでルイス様はご退室される。
隣室で祈っていただくもよし、お子様のお名前を考えていただくもよし、じゃ。
これはいかがじゃろう?」
クレーオス先生、ありがとうございます!ずっと侍医でいてください!
「ルー様。私はクレーオス先生の案に賛成だわ。
私とルー様のことを考えてくださってるでしょう。
大好きなルー様がいると、いろいろ考えてしまうと思うの」
「そうか……」
それでも渋るルイスに、クレーオス先生が言葉をかける。
「ルイス様。もし姫君が同じ戦場にいらしたら、集中できますかな?
『国家の一大事。ルイス様と共に戦うわ。私のことは気にせず指揮に集中して』との仰せでも、いざ激戦、となられた時、一瞬でも姫君の安否を考えない自信はおありかのお?
出産はそれこそ命懸けの戦いも同様ですぞ」
クレーオス先生の言葉に、はっとしたようで、深呼吸したあと強く頷く。
「……わかりました。エリーの希望通りでお願いします」
「うんうん、まとまった。よかったよかった。
それでの、ルイス様。付き添われるなら……」
クレーオス先生は出産の付き添いの心得を、ルイスに教えてくださる。
汗のふき方、水分の摂取方法、よく希望されるマッサージの場所、励まし方などなど、実際に即して助言し、ルイスも真剣にノートに記している。
「姫君は何かご希望があるかの?」
「そうですね。これはルー様にもクレーオス先生にもお願いしたいんですが、もし機密を口にしそうになったら、タオルを噛ませてもらえますか?
たぶんないとは思うのですが、念のためのお願いです」
「エリー。安心して任せてほしい」
「うむうむ。わかり申した。
では、運動に行かれるがよい。ルイス様も付き添われるんじゃろ?」
私達はクレーオス先生に送り出され、マーサにぬくぬく素材に着替えさせてもらった上で、日課の運動を始めた。
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翌日——
朝食後、ルイスが居室に訪ねてきた。
「エリー。よかったらこれを……」
差し出されたのは、ルイスの大きな手にすっぽり収まっていたタッジー・マッジーだ。
甘く爽やかな香りが漂う。薔薇が多めで、禁忌でないハーブを用いて作ってくれていた。
ルイスの色目、黒い縁取りの青いリボンが結ばれている。
「ありがとう、ルー様。可愛くてとっても嬉しい」
受け取ると、花束からふわりと香りが立ち上る。
清々しさで不安な気持ちも追い払ってくれるかのようだ。
私は思わぬ贈り物に込められた、ルイスの優しさや思いやりに、嬉しくて心も体も温まる思いだ。
「あの、出産のときに、枕元にサシェ(ハーブや花の香り袋)があると落ち着くって、クレーオス先生が言ってたから、普段でもいいか、な、と思って……」
照れて頭をかくルイスに、優美に微笑みかける。
「えぇ、大切に飾っておくわ。本当にいい香り。気持ちが安らぐもの」
「あ、それで、そのまま、ハーバルバスにもできるんだ。毎朝、選んでくるから、その、よかったら……」
「え?選ぶって?」
「あ、うん。庭師に勧められたんだ。
ハーブはいろいろ功能とかあるから、薔薇は選びませんかって。
その、エリーが喜ぶ、って、言われて……」
耳を赤くして事情を説明してくれるルイスが、愛しくて、本当にこの人との子どもを身籠って、“ユグラン”がきてくれて、よかったと思う。
「ルー様が選んでくれた薔薇だと思ったら、本当に姿も香りも嬉しいわ」
「喜んでくれてよかった。俺ができることは何でもやるよ。それと、これも……」
ポケットから取り出されたのは、薄紫色の封筒だった。
私が好きなローズマリーに似た色だ。最初に贈ってくれたタッジー・マッジーのリボンの色でもあった。
「エリーへの、応援、というか、あの、重くとっては欲しくないんだけど、その、気持ちで……。
ユグラン”を産む時は、隣りの部屋になるから、せめてもの、応援なんだ……」
私はじんとしてしまう。
ここまで私を想ってくれる男性と巡り会えて、結ばれて、よかったと思う。
「ありがとう、ルー様。ゆっくり読ませてもらうね。宝物だわ」
「あ、うん。嫌だったり、変だったら、すぐに言ってほしい。書き直すし、やめるよ」
「ううん、とっても嬉しいわ。大好きよ、ルー様」
ルイスも照れと喜びが混じり合った微笑みを浮かべ、私の頭を優しくなでてくれた。
その夜——
夫婦の寝室のソファーに座り、私からもルイスに薄紫色の封筒を渡した。
「あ、あの、今は開けないで、隣りの部屋にいる時に読んで欲しいの。
落ち着かないでしょうけど、ルー様の分もがんばるわ」
「……エリー、ありがとう。二人の無事を祈ってるよ。大丈夫。クレーオス先生も付いてるんだ」
「そうね。私だけじゃなく、ルー様も安心でしょうし、大丈夫。きっと無事に産まれるわ」
そのあと、ルイスが“ユグラン”に絵本の読み聞かせをしてくれた。
幸せなひと時に、今は身を委ねる。
「ああ、もう休もうか」
「はい、ルー様」
二人でベッドに横になり、ルイスのくれた手紙の文面を思い返していた。
『最愛のエリーへ
本当にありがとう。
妊娠中、悪阻に始まり、ずっと大変だったと思う。
それでもお腹の“ユグラン”に優しく呼びかけるエリーを、心の底から感謝し尊敬するし、俺の誇りだ。
それと、“ユグラン”が男の子でも、女の子でも、どんな子でも、二人で、みんなで育てよう。
“天使効果”のことは、どこか頭から離れないと思う。俺もそうだ。
アンジェラ殿のこともあるし、母上も“限定的天使効果”の持ち主だ。
もしも“天使効果”を持って産まれてきても、義父上、ラッセル公爵のように、愛して守り育てよう。
クレーオス先生もいらっしゃる。
俺にとっては、最愛のエリーが血肉を分けて育み産んでくれた二人の子は、どんな子どもでも、天からの授かりもの、奇跡なんだ。
どんなことをしても護り育てる覚悟はしているし実行する。
前に話したとおり、俺は結婚する気はなかったし、たとえしても“白い結婚”を貫く決意をしていた。
そんな俺をエリーが変えてくれた。
俺を夫にし、エリーが妻になり、家族になり、そして、俺を父親にしようとしてくれている。
その瞬間に立ち会えないのは残念だけど、たぶん、最後はマーサが付き添うだろうから、よろしく頼んでおいた。
「ルイス様の名代を務めさせていただきます」と言ってくれた。マーサにならエリーを委ねられる。
綺麗で可愛くて優しい、俺の最愛のエリー。
自分だけ痛くて苦しくて、どうして夫の俺はちっとも痛くないんだって、いくらでも叫んでいいからね。
楽になるなら、俺が付いてる間でも思ったことは何でも言ってほしい。
エリーが安全なまま、“ユグラン”が無事に産まれることを心から祈ってる。
愛してるよ、エリー。
エリーの夫、“ユグラン”の父、ルイスより』
ていねいに書かれた手紙だった。
“ユグラン”を産む前も、産んだあとも、きっと何度も読み返すだろう。
よく眠っているルイスにそっと触れる。
本当に、この気持ちを、何と言えばいいのだろう——
お母さまが生きていらしたら、聞けたのだろうか——
ふと、そんなことを思いながら、忍び寄ってきた眠りに意識が溶けていった。
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ルイスがタッジー・マッジーを毎朝届けてくれるようになってから、5日目の未明——
ついに陣痛が始まった。
段取り通りに準備が始まる。
私はざっと入浴し、身を清めてから、白い産婦用の服に着替える。
シーツも全て白一色だ。
これはすぐに出血などに気づくためだと、クレーオス先生が話してくれていた。
間遠でも着実に訪れる痛みに、寄り添ってくれるルイスの大きな手を握る。
クレーオス先生が教えてくれた通り、汗をふいたり、飲み物や食べ物に気遣ってくれた。
腰や手足、背中もマッサージしてくれる。
こんなにしてくれるのに、わがままだなあ、と思いながら、陣痛の合間にねだってしまう。
「ね、ルー様。歌を、歌って。練習してる、子守歌……」
「え?!」
ルイスの驚いた顔がおかしくて、つい小さな笑いがこぼれる。
「ふふっ、練習しておく、って言ってたでしょう。
もうすぐなんだもの」
「……わかった。でも下手だ。嫌ならすぐに言って欲しい」
「ありがとう、ルー様。ツゥ」
またやってきた陣痛に耐えたあと、ご褒美のように聞かせてくれた、バリトンの子守歌は心地よく安心できた。
『りんごの花咲く枝に、小鳥が止まる。
小さなお前を祝い、さえずってくれるよ。
りんごの葉が茂る木に、栗鼠が駆け上る。
爽やかな木影が、お前を眠らせてくれるよ。
りんごの実がなる畑に、白馬が歩く。
大きくなったお前がその実を手にするよ。
大地の女神の恵みを、何度も味わえるように。
お前に加護と恩寵を祈り、この腕にいだくよ』
「……ふう、やっぱり、エリーのほうがずっと上手だ」
「ルー様の歌、とてもすてきだったわ。んッ」
「エリー!手を握って。いくらでも握っていいからね」
ルイスに励まされ、耐えていた陣痛の間合いが次第に短く強くなり、何度目かの診察のあと、クレーオス先生の判断でルイスは隣りの部屋に移動する。
「エリー、愛してる。ずっと祈ってるよ」
ルイスは離れる前に、私を抱きしめてくれた。
すぐにマーサが寄り添ってくれる。
クレーオス先生達の励ましと指導を受けながら、練習した呼吸法で、強くなっていく陣痛のいきみを逃し、また、を3時間ほど繰り返す。
最後の最後に、外の世界に出ようとする“ユグラン”と共に、送り出そうとがんばったあと——
やっと、やっと、“ユグラン”が生まれてくれた。
元気な声が聞こえる。
私はぼおっとする中、お母さまとお父さまの声が聞こえた気がした。
「エリー、がんばったわね」
「本当によくやったよ、エリー」
汗をぬぐい、乱れた髪を整えてくれているのはマーサだとわかっているのに、お二人が重なり涙があふれてくる。
「姫君。女のお子じゃ。小さな姫君のお誕生じゃよ。安心しなされ。ご無事に生まれてらっしゃる」
産着を着せた生まれたての赤ちゃんを、私の胸に抱かせてくれ、その上から毛布もかける。
「ルイス様には母子無事にお生まれになったとお伝えはした。後産と処置があるので、もう少しじゃよ」
「はい、先生……。ありがとう、ございます……」
ルイスが部屋に入ってきた時には、青く美しい瞳はすでに潤んでいた。
マーサが譲り、私の枕元に座る。私の頭を何度もなでて労ってくれる。
「エリー、エリー。よくがんばったね。ありがとう、ありがとう」
「ルー様こそ、ありがとう。
この子が、“ユグラン”よ。
“ユグラン”、お父様よ。あ、名前はどう?」
「女の子なんだよね。エリー譲りの金髪だ。目は青いのか」
「えぇ、目元もルー様そっくりだと思うわ」
ルイスが恐る恐る手を伸ばし、“ユグラン”にそっと触れる。
「口元や鼻筋はエリーに似てるよ。なんて小さな手なんだ。あ」
“ユグラン”がルイスの指をぎゅっと握る。
さっきまで私を励ましてくれていた手だ。
ルイスは“ユグラン”をじっと見つめたあと、小さな声で問いかける。
「オリヴィア、オリヴィアはどうだろう、エリー」
「……オリヴィア、オリヴィア・エヴルー。
すてきな、良い名だと思うわ」
「俺が南部から帰ってきたとき、エリーがオリーブ冠を授けてくれただろう?
この子は平和な世に育ってほしい。
そして、エリーに似て、知恵を身につけ、勝利と共にあり、安らかな人生を送ってほしい。
いや、そうなるように俺は夫として父親として、エリーとオリヴィアを護り抜くよ」
「ルー様……」
きっと私にローズマリーの花言葉で求婚してくれた時のように、名前ごとに考えてくれていたのだろう。
オリーブの花言葉は、『平和』『知恵』『安らぎ』『勝利』。
それを散りばめ、父親としての守護を誓い、この子の未来を祝福してくれた。
マーサにお願いし、ルイスに抱いてもらったオリヴィアは泣きもせず、小さなあくびをする。
その愛らしさは周囲に、幸せと微笑みをもたらしていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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●エリーとルイスにめでたく子どもが生まれました。
第3章ももう少し、お付き合いください。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
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