178.悪役令嬢の安産祈願
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、54歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エヴルーだわ。エヴルーに帰って来たのね」
「はい、エリー様。もうここはエヴルーでございますよ」
「姫君は感慨無量、というところですのお。すっかりエヴルーに根付かれた。いいことじゃて」
帝都から“緊急道路”に入ったところに設けられた、エヴルー騎士団の集合用地で一旦馬車を降りる。お花摘みのためだ。
私のために簡易トイレを設けてくれていた。本当に助かる。
すっきりしたあと、青い空を見上げ、麦畑を眺める。
ここはもうエヴルー“両公爵”家の領地だ。
御者や技術者が馬や馬車の点検を念入りにしている。異常はないようだ。
今回、私の乗っている馬車は、ノックス侯爵家を始めとした“中立七家”のさまざまな技術を結集して造られたものだ。
揺れを吸収する車輪や部品を作り、座席の角度は変えられ、座面の布地や詰め物に工夫し、手すりや簡易テーブルも付属し、乗り心地と安全性を追求した。
さらに、荷物を運ぶ馬車の他に、いざという時の救急処置ができる馬車が、私が乗る馬車のすぐ後ろから付いてきていた。
これもクレーオス先生の希望に応えた“中立七家”による特注品だ。
ベッドで横になれる仕様で、私がエヴルーへの帰途、もし産気づいても処置ができるようになっている。
「“ユグラン”、エヴルーのお家に着きまちたよ〜。よくがんばりまちたね〜」
何度かの休憩をはさみ、領 地 邸へ到着したときは、正直安堵し、“ユグラン”を褒めるようにお腹をなでる。
「お帰りなさいませ、エリー様」
アーサーを始めとした使用人に出迎えられ、居室で旅装から着替えると、すぐにクレーオス先生の診察を受けた。
「うむ、大事ない。姫君、ようがんばられましたの。
お腹も空かれたじゃろう。間食をされるとよい。
儂もご相伴させていただきますわい。
そのあとゆっくり休まれよ。マーサ殿、お頼み申した」
「ありがとうございます、クレーオス先生」
「かしこまりました」
前もって頼んでいた焼き立てふわふわスフレケーキと、ラズベリーリーフティーが、移動した疲れを癒してくれる。
クレーオス先生はハーブティーとご一緒でご満悦の表情だ。
そのあとのローズバスは、疲れが湯に溶け芳香に包まれ最高に心地よかった。さらに湯上がりにはマーサのマッサージを受ける。
マーサの技術はクレーオス先生とも相談しますます進化し、本当にすばらしい。
最初は少し痛かった場所もだんだんと気持ちよくなってくる。
眠たくても、“ユグラン”の重さと動きでなかなか眠れない私も、エヴルーという心身共に安らげる安全地帯と、限界を越えた眠気に引き込まれ、短い間でもぐっすり眠れたのだった。
夕食前には起きて、マーサと冷え対策万全の服装を選び、邸内をゆっくり1時間ほど歩く。
階段も、何かあった時のために、騎士が数人付き添って上り下りする。
きちんと運動をしておかないと、出産に耐えられないためだ。
王国の騎士団での訓練から、クレーオス先生と相談し、妊婦用に改変、工夫した柔軟運動も行う。
股関節や骨盤、腹筋などが中心だが、腰痛緩和も取り入れていた。
明日からはこれに、執務が加わる。アーサーが手ぐすね引いて待っているだろう。
私もある意味楽しみにしていた。
夕食はエヴルーのチーズや野菜、肉が互いに引き立てあった料理が並ぶ。
「姫君、儂だけすまぬのう」
「どうか、お気になさらず。クレーオス先生に飲んでいただけて、ワインも幸せですわ」
クレーオス先生はタンド産のワインを使ったホットワイン、私は温かいオレンジピールティーと共にいただく。
冷え対策でもあった。
料理長は私の量を少し小ぶりにしてくれていて、ありがたい。ゆっくりよく噛み締めて、領地の味を確かめる。
その中でも、特に数種類ブレンドされたとろけたチーズに、下ゆでした野菜と鶏肉のグラタンは、絶品だった。
お行儀が悪いがふうふう冷ましてぱくりと口に含むと、いろんな旨みが口の中で一つになっていく。
冬には至福の食べ物だ。
鶏肉の食感はぷりぷりで噛むと染み出す肉汁が、チーズと一体となるとまたおいしい。
「姫君は実においしそうに召し上がりますのお。
見ていてこちらが幸せになりまする」
「クレーオス先生もご満足いただけてるようで嬉しいですわ。
帝都に残ったルー様には申し訳ないんですけど……」
「なに、引き継ぎが終われば、すぐに参られます。
あと数日の我慢じゃて。
姫様と“ユグラン”様会いたさに、きっと風のように馬を飛ばして参りますぞ」
「速さよりも安全に帰って来てほしいですわ」
心配しつつも、馬を駆るルイスの勇姿を想像し、つい照れてしまう。
クレーオス先生とデザートの林檎のカスタードムースまで堪能し終える。
と同時に、帝都邸で一人で食べているルイスの背中を想像すると、早く会いたいと思った。
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翌日から始まった執務では、帝都邸で受けていた報告の詳細と、質疑応答を行う。
収支に問題はなく、むしろ収益は上がっていた。ありがたいことだ。
ハーブを始めとした特産品の研究所とした、旧エヴルー伯爵邸からのレポートは、読み応えがあった。
実現できれば、さらにエヴルーは発展するだろう。
「これができたら、ますますホテルが欲しくなってくるわね。だって帰りたくなくなっちゃうでしょう?」
「クックックックッ……。エリー様もなかなかですな」
「エヴルー産の品物だけではなく、エヴルーの土地のファンを増やしたいのよ。
ここでしか味わえない、田園生活の豊かさが、帝都から数時間の距離にあるんですよ、って知ってほしいの」
「気軽な別荘感覚、でしょうか?」
「そうね。上質な客層に、一度じゃなく、何度も足を運んでほしいから、そうとも言えるわ」
「なるほど……」
「雇用を生み出す点でもいいと思うの。
作業所がかなり規模が大きくなって来たし、卒業して農業以外に手に職を付ける選択肢も増えたわ。
さらにホテルだと、ここ公爵邸と同様のマナーも身につけられるでしょう」
「かしこまりました。ルイス様がお戻りになられましたら、討議いたしましょう」
「そうね。それよりも領民のためにはこちらが大切よね」
もう一つの計画書は病院についてだった。
今まで大きな怪我や病気は、帝都にある病院へ搬送しており、到着前に息を引き取る者も多かった。
クレーオス先生がいらしてからも、エヴルー騎士団所属の医師と共に、主に公衆衛生を指導してくださっている。
一人診察し始めたら切りがなくなり、本当の職分、私の侍医ができなくなる、とのお考えだ。
これはもっともだ。
設備もなく、クレーオス先生や騎士団所属の医師だけで、エヴルー領の医療など無理な話なのだ。
「診療所、できれば病院を建設したいの。
手術できる設備も備えて、帝都へ搬送しなくてもいいようにしたいわ」
「建物と設備はいかようにもなりますが、問題は人材確保です」
「クレーオス先生に“餌”になっていただきましょう。
週に1回でも講義を受けられると聞けば、集まるのではないかしら」
「なるほど……」
クレーオス先生は、王国では国王の侍医長を務め、『医術の神イポクラテースの再来』とまで呼ばれている。
その名は帝国までも届き、実際に皇城に出入りし治療も行っていた。
医術学校に留学していたため、帝国の医学界にもある程度は顔がきく。
「これはクレーオス先生の意見がとても重要になる案件だわ。むしろ先生の好きにしていただきたいのよね」
「院長にはなりたくない、と仰せになりそうですが」
「そうでしょうね。クレーオス先生の良いとこどりでいいと思う。お元気だけれどご年齢もあるし、何より私の先生なんだもの。
これも検討議題ね」
「承知しました。続きましては……」
やはりいなくてはわからないことが山積みで、アーサーのガイドに従い順調にさばいていく。
時折私が疑問をぶつけても、行政官達が作成した的確な資料があるか、後日の検討課題となる。
やはり、エヴルー“両公爵”家にとってなくてはならない人材だ。
こうしてアーサーと討議していると、帝都での社交よりも、充実感を味わえ楽しくさえある。
「初等学校の名札も入学式には間に合いそうね」
「はい。刺繍の作業所からはそのように報告を受けております」
「私は今回、卒業式にも、入学式も無理そうだから、残念なのだけど……」
「ルイス様がいらっしゃるではありませんか。
学校教育の現場を見ていただく良い機会ですし、元直轄領の先生方とも久しぶりにお話しできるではないですか」
元帝室直轄領の初等学校の先生方は、騎士団出身者だ。
訓練や事故による負傷などで合わない事務仕事をされていた人達の中から、希望者を募った経緯があった。
「それはすてきな考えだわ。
ルー様は子育て以外にもいろいろ大変ね」
「今までエリー様が領主業務の多くを行い、ルイス様を支えていらっしゃいました。
これも良い機会なのではありませんか?」
アーサーは言葉を和やかさで包み、やんわりと促してくる。
私もいつかは言わなければならないと思い、ずるずる来てしまっていた。
「……そうね。ただルー様の気持ちもあるから、私が折りを見て話してみます」
「エリー様、差し出がましいようですが、お二人のお話し合いで冷静になれそうにない、とお感じでしたら、いつでも立ち会わせていただきます」
アーサーには珍しく踏み込んでくる。
「わかったわ。ありがとう、アーサー。その時は遠慮なくそうさせてもらいます。
ただし、立会人なら公平にね?」
「はい、かしこまりました」
アーサーは柔和に小さく微笑んだ。
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ルイスは数日遅れてエヴルーへ到着した。
寒風吹きすさぶ日だったので、すぐにハーバルバスに直行させる。
ルイスはまずは私と抱擁したいようだったが、クレーオス先生と私の意見が一致し、執事達に連れられていった。
「ちょっと、待った。エリーと、少しだけ」
「お風邪を召されては一大事でございますぞ。
本邸でも騎士団棟でも、感染者を出さぬよう、日夜努力しているのです。
当主が模範を見せずして、どうするのじゃ!」
クレーオス先生の一喝にしゅんとなり、おとなしく部屋へ行く姿が、やっと大好きなご主人様に会えたのに、砂遊びで風呂場に直行させられる大型犬のようで、きゅんきゅんを久しぶりに堪能していた。
ゆっくり温まってもらい、心置きなくどちらともなく抱きしめ合う。
「ルー様、おかえりなさいませ。寒い中をありがとう」
「ただいま、エリー。
エリーに会えるなら、雪中行軍でも来たよ。良い訓練だ」
「ふふっ、ルー様らしい。エヴルー騎士団の人達も騎士団棟の浴場で温まってもらったから安心してね」
「気配り、感謝する。さすが俺の奥さんだ。
いや、エヴルー騎士団顧問殿の判断に感謝する」
ふざけて固く言い直すルイスは、よほど上機嫌らしい。見えない尻尾がぶんぶんだ。
そのあとも、互いの体温と囁きあいで、互いの無事を確かめ合う。
「……んんッ。ルイス様、エリー様。
昼食の用意が整っていると厨房からの知らせですが、いかがいたしましょうか」
マーサが声をかけるまで、私達の抱擁は続いていた。
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昼食後、帝都邸で行ったように、家訓を発表し、こちらでも受け入れられた。
特別賞与も嬉しそうで、何よりだ。
ルイスも相変わらず、騎士団の騎士達とがっしり抱き合っている。
あれを見ていると、『私って手加減されてるんだなあ』と思う。
この感想をあとでマーサに言ってみたところ、「手加減ではなく、宝物とお思いなのです。ご自分のお力で壊さぬように、なさっていらっしゃるのです。愛情の証でございますよ」と諭されてしまった。
ありがとう、マーサ、大好きよ。
そして、ルー様。本当にありがとう。私も愛してるわ。
その後、夕食までは休みなしに、アーサーと私から報告を受けたり、私の運動に付き合ってくれたりした。
階段の上り下りでは、本当にはらはらし、こちらが緊張したほどだ。
“ユグラン”の“立っち”や“あんよ”でも同じようでは、ルイスの心臓が大変そうだが、少しずつ慣れてくれるだろう。
翌日以降も、私の行っていた領主業務の引き継ぎが行われた。
その中で、ルイス担当の騎士団の分野での情報共有の際、戦勝祝賀会の時に言質を取った、エヴルー騎士団の夏の儀礼服を、黒から白へと改める提案を再度行う。
「いいと思う。予算も問題ない。
滅多に着ないが、それだけに涼しいほうが絶対にいい。
他の騎士団もきっと羨ましがるぞ」
即断即決で、あっさり決まった。
私の『“アレ(=皇太子)”からの“犬”扱いの記憶の上塗り』という目的には、全く気づいていない。
こういうルイスがものすごく愛おしくて、護りたいと思うのだ。
真剣な横顔もかっこいいなあ、眼福、目のご褒美だなあ、という思いはなるべく押し込め、私も真面目に業務に勤しんだ。
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翌日——
アーサーから説明を受けていたが、エヴルー旧伯爵領の住民達が、昔から伝わるとされる民俗行事で、『安産祈願』を行ってくれた。
現れたときは、金色の目がはまった真っ白な馬の頭蓋骨に、内心ぎょっとしたが、微笑んで迎え入れる。
この頭蓋骨に首や胴体に見立てた華やかに染めた美しい布を繋げ、色とりどりの糸で編まれたふさふさの鬣や尻尾、大きな翼の飾りやたくさんの鈴も付けた“天翔馬”だ。
古代帝国に伝わる神話にも出てくる、この“天翔馬”を、胴体に見立てた布の中に入った領民二人で操り、太鼓や笛に合わせ舞い踊ってくれる。
元々は新年のみの行事で、一戸一戸、家を回り、邪気を払っていくのだそうだ。
私とルイスは、新年は帝都にいて詳細をほぼ知らなかった。
この時、この“天翔馬”に妊婦が頭を噛まれると、無事に出産でき、小さな子どもは健康に育つ、という言われがあり、領民から『ぜひに』という申し出があったそうだ。
新年だけの行事をわざわざ私のために、と心が温かくなる。
“天翔馬”の馬の頭蓋骨がそのまますぎて、最初は恐かったが、踊りがユーモラスでもあり、仕草も可愛い。
下げた頭を噛まれたが、噛むというより、『上顎と下顎に挟まれる』といった感じだ。
ルイスも、身振り手振りで頭を下げさせられ、『かぷっ』と噛まれていた。
その格好も、外されたあとの照れ笑いも、本当にきゅんきゅんとときめく。
きっと、母親になっても、何歳になっても、この笑顔には見とれちゃうんだろうなあ、と思っていると、領民と歓談していたルイスが振り返る。
「エリー、かぶってみるか、だってさ。どうする?」
楽しい申し出に、私とルイスはほんのひととき、“天翔馬”にあやからさせてもらい、マーサやクレーオス先生、領 地 邸の皆も参加し、周囲の温かな笑いに包まれていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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●“天翔馬”は、イギリス・ウェールズの伝統行事『マリ・ルイード』や、日本のちゃぐちゃく馬子、獅子舞いなどを参考にした、架空のものです。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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