177.悪役令嬢の義父
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、53歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ルー様、見て。とてもすてきよ。肌触りもいいわ」
皇妃陛下から贈られた箱を開けると、現れた洗礼式のための水色のベビードレスは、麦とカモミール模様のレースがふんだんに用いられ愛らしい。
エヴルー“両公爵”家の子どもにふさわしい品を調製してくれていた。
「ああ、そうだな。考えてくれてる。礼状はきちんと書くよ」
「よろしくね。あら、これは……」
ベビードレスの下には、封筒があった。
かなり分厚い。
表書きには皇妃陛下の筆跡で、『我が娘、エリーへ』と書かれ、封を切ると、便箋とさらに封筒が入っていた。
便箋には美しい筆跡でこう書かれていた。
『あの方ががんばって書いた手紙です。ルイスと一緒に読んでみてくれる?
ただし無理だ、と思ったら、絶対にやめてくださいね。
産後、落ち着いてから読んでください。
返事は不要です』
「エリー。“あの方”って……」
「皇帝陛下でしょうね……」
ルイスの眉間に皺が深く刻まれる。
「産後にしよう!いや、エリーは読む必要はない!母上も何を考えてるんだ!」
「ルー様、落ち着いて?
皇妃陛下がこう書かれてるってことは、そんなにひどくはないと思うの。
かえって気になっちゃうし、クレーオス先生もいるでしょう?
万一産気づいたって、もう安全に出産できる時期なんだもの。
早産にはならないの。ユグラン”は大丈夫。安心して。
きっと大きな声にびっくりしてるわ」
私は激高したルイスに穏やかに声をかけて微笑み、堅く握られた拳に手を重ねる。
ルイスは深呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻す。
「……ごめん。つい。
エリー、嫌ならすぐに嫌って言うって約束してくれ。
エリーはすぐに我慢するからね」
「えぇ、我慢はしないわ」
表書きもない封筒を、ペーパーナイフで封を切り、二人で読み進める。
以前、私の“療養中”に寄越した、型通りの見舞いの言葉の時とは違う、ていねいに書かれた文字だった。
『ルイスとエリーへ
柄にもなく緊張しておる。
今は帝国の皇帝ではなく、一人の父親、いや人間として、この手紙を書いている。
儂には父たる資格はない。
妻に尋ねたところ、『あなたは言葉や行動でルイスを傷つけてきた』と諭された。
妻が言うならそうなのであろう。
子どもの心に寄り添えぬ父親がいる、と聞けば、酷い話だと思う。
ただそれを自分がやっているとは思いもよらぬことだった。こんな父親で誠にすまぬと思う。
実は妻に尋ねたのも、幽閉中の第二皇子母の治療に通っているクレーオス医師に相談してみたのがきっかけだった。
すると、「生まれてきた小さな赤子を考えてみなされ」と言われた。
赤ん坊は自分の心のままの、人の感情などが理解できない言動を、周囲の大人達に繰り返し導かれ、また同年代の子どもに鍛えられ、共感力や他者の感情を思いやることを学んでいく、そうだ。
「あなたはその点が、ごく一部を除き赤子のままなのだ。抜け落ちている。育っていない。為政者としての判断はほぼまともだ。それを考えないように育てられたのだろう」
そう言われた。
特に妻を巡っては顕著だ、と続けて指摘された。
「あなたは一目惚れした皇妃陛下を、ずっと変わらぬ熱量で慕い続けている。赤子が母を求めるようにだ。愛には人各々の形がある。そこは何も申さぬ。
ただことさらルイス様に冷たくしたのは、皇妃陛下がお子様のうち、ルイス様に特に気持ちをかけていたためだろう。
自覚もしていない無意識の嫉妬だ。
原因は自分で作り出したのに酷いものよ。
この原因も皇妃陛下への想いが止められずやったことの結果だ。二重に酷いのだ」
これを図式に書いて、より詳しく懇々と教えられた。
穴があったら入りたいほど、恥ずかしかった。
「ルイス様が騎士団へ行かれたあと、どこかでほっとしただろう?」と問われた。図星だった。
「ただ養育は信頼するウォルフ閣下に無意識に任せた。
でなければ皇妃陛下が許さぬ、もしくは嫌われたくない、と無意識に計算されたのだろう。そこがせめてもの救いだった」とも分析された。
「これからは『自分は赤子なのだ』と自覚されて、“私的”な言葉、特にルイス様とエリー様には、『こう言ってもよいものか』と発言前に考えられること。
できれば、皇妃陛下かウォルフ閣下かタンド公爵閣下に確認されるがよろしかろう」と忠告された。
でなければ、ますます心の乖離が広がるばかりだ、と。
なので、今回の“エリーとルイスを囲む家族の集まり”には儂は参加しなかった。
贈り物とこの手紙が、今の儂の精いっぱいだ。
こんな父親、祖父ですまぬ。
許さなくてよい。
儂はこの歳になって、ようやく自分はこういう人間だ、と自覚した。
これは、「粘り強く諭し続けてくれた皇妃陛下のお陰と、見捨てなかった側近のお陰だ、感謝されよ」とも助言された。その通りだ。
孫が生まれる今となっては、その小さき生命の父親に、儂は酷いことをしてきたのだな、と改めて思う。
妻にクレーオス医師への相談と助言を打ち明けた時、「孫が儂の所行を聞けばどう思うか、書き出してみよ」と言われた。
やってみると確かに酷い。恨まれても仕方ない。
許してくれ、とは到底言えぬし、儂もまたやるかもしれぬ。絶対にやらぬ、という自信がないのだ。本当に申し訳ない。
今は『誠にすまぬことをした』と詫びるしかない。
この手紙を読んでくれているだけで感謝する。
図々しいかもしれぬが、受洗式は儂の名前で行わせてほしい。実際は妻がすべてを取り仕切るので、そこは安心してほしい。
そうすれば、帝室とエヴルー“両公爵”家の紐帯を、貴族達にも知らしめられると思うのだ。余計なことを考える輩も口をつぐむだろう。
これは妻にもウォルフにもタンドにも確認し、賛成された。絶対に余計なことは言わぬ条件付きだったが。
ただ嫌だと思うなら、遠慮なしに断ってほしい。
家族三人やタンド公爵家とだけでやりたいと考えているかもしれないでしょう、と妻に指摘された。
そこはルイスとエリーの判断に委ねたい。
この判断は、妻かタンド公爵夫妻に伝えてくれればよい。
最後に、ルイスとエリーとお腹の子に、恩寵が共にあらんことを、心より願う。
オットーより』
これは冒頭にあるとおり、皇帝陛下としてではなく、一人の人間として書いたのだろう。
皇帝陛下の名前だけがあり、姓のブルグントも肩書きも記されていなかった。
ただルイスにすれば、今さらな内容だ。
どう話そうか、と思っていると、ルイスがぽつりと口にした。
「クレーオス先生に相談してたのか……」
これは私も意外だった。“例の手紙”の件で思い出しでもしたのだろうか。
「そうね、クレーオス先生ったらひと言も仰らずに。
まあ、守秘義務があるから、絶対に口にはなさらないでしょう。
皇帝陛下もここまでズバズバ言われたことはなかったんでしょう。それも普通の侍医とは違うわ。
心理的にはクレーオス先生のほうが上で、皇帝の座に就かれてからは初めての存在だった。
だから少しは心に届いたんでしょうね……」
ルイスはじっと手紙を見つめている。
「……俺もひとつ間違えば、こうなっていたかもしれない」
「ルー様……」
「騎士団に行かなければ、心を閉ざして、こういう風になってたかもしれない。
その前に殺されてただろうが、っと、ごめん。
“ユグラン”がいるのに、こんな話をして……」
「ううん、いいのよ。お母さまの『サナちゃん日記』にも、妊娠してよく自分を振り返るってあったもの。
お母さまは、“天使効果”をお持ちだったから、特に不安だったみたい……。
私も本当に親になれるのかしら、って思うときがあるの」
「え?!エリーも?」
ルイスの驚いた顔が可愛く思える。どうしてこんなに愛しいのだろう。だから素直に気持ちも伝えられる。
「えぇ。クレーオス先生に、『姫様は大丈夫じゃよ』って言われたけど、詰め込み教育しそうになったら、絶対に止めてね」
「ああ、そこはもちろんだよ。大丈夫。エリーは人の心が思いやれる人間だ。
親には一緒になっていこう。“テルース”の本にも、『子どもを育てると同時に親としても成長していく。焦らなくていい』と書いてあったじゃないか。
義父上、ラッセル公もそう書かれていたよ。エリーに父親にしてもらったと」
ルイスの青い瞳が優しい光を宿し、私の頭をゆっくりなでてくれる。
今なら言ってもいいだろうか。許してもらえるだろうか。
「ありがとう、ルー様。あと……。
どうか無事に産めますように。ずっと一緒にいられますように、って思っちゃうの……。
お母さまのこと、大好き、なのに……」
私はつい語尾が震えてしまう。
たとえ3つの時に亡くなっても、お母さまは私を深く、こんなにも愛してくださった。
でも私はずっと側にいたいと思ってしまうのだ。
申し訳なさと、そう望むのは当たり前よ、という気持ちがせめぎ合っていた。
初めて見せた不安に、ルイスは私の手を取ると、大きな手で包んでくれる。
「エリー。俺はエリーがアンジェラ殿の夢、子どもの成長を見守るって夢を叶えてあげられる、と思ってるんだ」
「え?」
「いや、絶対に重荷になってほしくはないんだけれど、日記を読んでたら、どれだけエリーを愛してたか、無骨者の俺でもわかる。
それに、エリーの願いは当たり前だ。皆が思うことだよ。安心してほしい」
ルイスは私の頭をそっとなでたあと、両頬を包み込むように両手を当て、額をじっと合わせてくれる。
「何より俺の願いだ。ずっと俺と一緒にいてほしい。
俺より長く生きるって誓ってくれただろう?」
「ルー様……」
「愛してる。エリー」
私の唇にそっと触れたあと、そっと、そして少しずつ力を込めて抱きしめてくれる。
「あの人の手紙は、とりあえず棚上げにしておこう。返事をする内容でもない。
受洗式は“ユグラン”が生まれてからゆっくり考えても充分間に合う。100日間もあるんだ。
『手紙は読んだ。受洗式は考えさせてもらう』と俺から母上に書いておくよ」
私の耳元で囁いてくれるバリトンは、理性的で落ち着いていた。
心の中は複雑だろうに、と思うと切ない。少しでも吐き出して欲しかった。
「ルー様こそ辛くない?私は平気よ」
「……今さらだ。だが、反面教師にはなった。
あんな父親には絶対になりたくない。
万一なりかけてたら、エリーが注意してくれるか?
クレーオス先生にも言っとくけど」
ルイスの気持ちは当然だ。
ただ可能性は低いが、反抗期などで一時的にでも、私が皇妃陛下の立場になったとき、時期を見て取り持とうとするとは思うのだ。
皇帝陛下がルイスに今までやったことは消せないし、私は心の中で許すことはないだろう。
だが実際の未来は別物だ。
これでルイスの心の負担が少しでも減るなら、良いことに思えた。
あの人が書いてあるように、油断は禁物だが。
「はい、ルー様。きちんと伝えるわ」
「俺も人との距離感をどう取ればいいか、苦手なところがあるんだ。特に私的な時は……。
だから、弟達にも近づかなかった。
いや、正直うらやましかったのかもしれない」
やっと話せた本音なのだろう。そう思うのが自然だ。
私でさえ『第五皇子殿下を政治的な“人柱”にしたくない』という趣旨の発言を聞いた時は、『ルイスはそうしたくせに!』と思ったのだ。
「ルー様は優しいお兄様だと私は思う。だって、お二人ともあんなに慕ってるでしょう?
剣の稽古だけだって、相手がどう思ってるのかは伝わるのよ。私は訓練で知ってるもの」
今度は私がルイスの背中をゆっくりとなでる。
「エリー……」
「二人でゆっくり、“パパとママ”になっていきましょう。
ルー様には、赤ちゃん言葉って難題が待ってますけどね」
気恥ずかしいのか、なかなか喋れない。お父さまも最初は苦手だった。
「大丈夫よ。とりあえずやってみましょう、慣れだと思うわ」と励ましていた。
「あ〜、そうだった。がんばらないと」
「なでて話しかけてみる?」
「やってみる。“ユグラン”、パパでちゅよ〜。
もうすぐ会えまちゅからね〜。
楽しみにしてますよ〜。あ、まちゅよ〜。
う〜ん、まだ照れるなぁ。
“ユグラン”、聞こえてまちゅか〜」
抱擁を解き、私のお腹をなでながら、二人の宝物“ユグラン”に一生懸命話しかけるルイスの姿は、お母さまのお腹の中にいた私に話しかけていたというお父さまとも重なる。
なぜか涙が込み上げそうになるほど愛しくて、何にも代えがたい幸せなひと時だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
●皇帝陛下の御名は、オットー・ブルグント3世です。
諸事情で出させていただきました。
●育児などについては、ある程度は調べていますが、あくまでもフィクション、ゆるふわ設定です。ご理解いただきますようお願いいたしますm(_ _)m
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
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