176.悪役令嬢の“家族”の集まり
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、52歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「今日は来てくれて、本当にありがとう」
皇妃陛下を始めとし、皇女母殿下、第五皇子殿下、第四皇子殿下、第四皇子殿下母の側室様に出迎えられた。
ルイスは近衛役として呼び寄せられたが、『席に着きなさい。これは命令です』と皇妃陛下に言われ、苦笑いしていた。
要するに、私の産前の最後の出仕という名の、“家族”の集まりだ。
「カトリーヌとマルガレーテは、はしゃぎすぎてお腹の子に何かあってはいけないので、今回は遠慮します。
皇帝陛下は執務で来られないの。ごめんなさいね」
皇妃陛下がすまなさそうに仰られた。それこそありがたい心遣いだ。
私のことを考えて、短いお茶会だった。
出てくるお菓子も、メレンゲクッキーや、果物を中心にした太りにくいもので、配慮してくださっている。
愛らしい食器にすぽっとはまった焼き林檎は、食べやすく飾り切りも入り、美しくもあった。
夢中で食べたい欲求を抑え、各々のお話に耳を傾ける。
特に第五皇子殿下と第四皇子殿下の仲が良い雰囲気に、安堵する思いだった。
皇妃陛下からはご下命という名の提案があった。
「私のハーブティーの調合師の身分はそのままにしておきましょう。実務はしなくてよいの。身分だけよ。
そして無理のない範囲で手紙を頂戴ね。
それに“調合”について書かれているようにします。
実際、エリーの助言に従ったレシピで調子がよいのだもの」
「皇妃陛下と話し合って、私もそれがよいと思いました。エリー閣下にご無理はさせたくありませんもの」
この提案は皇妃陛下からお手紙で事前に相談されたものだ。
エヴルーに引きこもる間に、『ご厚意に甘えているのではないか』と非難されても、『調合師として尽くしてくれている』という庇護は大きい。
ルイスは迷ったようだが、私が承ることにした。
それに、皇女母殿下を孤立させすぎないためにも有効だ、と皇妃陛下は考えたのだろう。
私の友人でもあり、皇太子殿下のご学友でもあるアンナ・ノックス侯爵夫人にも、引き続き“話し相手”を頼んでいる。
“中立七家”ができる前からの、あくまでも“私的”な関係だ、とお手紙にも書かれていた。
第五皇子殿下の皇女母殿下のエスコートも、婚約者が決まるまで続けるという。
これも皇妃陛下のお手配で、第五皇子殿下が後継者を指名するときにも、『公正に熟慮した』根拠の一つになるだろう、とも記されていた。
お見事な後宮運営だ。
正直なところ、皇女母殿下とは距離を置きたかったが、孤立は先鋭化を生む。
私がここで断ると、序列第1位のエヴルー“両公爵”家との関係悪化という不安となり、嫡孫皇女殿下派閥への動きを活発化させかねない。
そして、今の第五皇子殿下との適度に親密な関係にひびが入る可能性もある。
地盤固めはゆっくりと確実に、が無駄に争わない妥当な選択だ。
それにお二方共に“帝室”の女性だ。
庇護を得られると同時に、あくまでも”私的”だが、調合師としてお二人の健康に貢献していることで、藩屏の務めも果たしていますよ、というエヴルー“両公爵”家側の根拠にもなった。
「お心遣い、深く感謝いたします。
これからもよろしくお願いいたします」
「ご配慮ありがとうございます。この先もどうか、“このまま”よろしくお願いします」
私は普通の感謝だが、ルイスは『絶対にこき使うなよ』という意志がありありで、皇妃陛下も皇女母殿下も『あらまあ』といった微笑みだった。
うん、ここで過保護発動されても困るんだけど、ちょっぴり嬉しいかな、と思ったのは内緒だ。
最後に「これは皆からよ」と受洗式での子どもの衣装を渡された。
「気が早いけれど、大聖堂で『安産祈願』と、母子共に『身体安全祈願』もしておきました。
御守りの一つにしてね」
大聖堂で“中立七家”に続き『またか』と思われていないか、気恥ずかしかったが、受洗式の子どもの衣装は祖父母が調製することが多い。
ルイスと二人、ありがたく頂戴した。ルイスもこのまま直帰していいと言われる。照れているがありがたくもあった。
お礼を申し上げ退出しようとしたとき、皇女母殿下からお声がかかる。
「実は私も贈り物を用意しましたの。お渡しするだけなので、少しだけ部屋に寄ってくださらない?」
これは皇妃陛下も予想外だったようで、瞬きがわずかに増えた。が、和やかな雰囲気を壊したくない。
“アレ(=皇太子)”を模した三毛猫の編みぐるみがあるのだが、今日はルイスもいる。悪阻も終わっている。
少しだけだ、と誘いをお受けする。
「かしこまりました。ルイスも一緒でよろしいでしょうか」
「もちろんですとも。ぜひご一緒にどうぞ」
私とルイスは、他の皆様に辞去のあいさつをし、皇女母殿下と共に居室へ移動した。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
警戒していた“アレ(=皇太子)”の編みぐるみは、目につくところにはなかった。とりあえずほっとする。
カトリーヌ嫡孫皇女殿下は、別に設けた子ども部屋でお休み中とのことだった。そちらにあるのかもしれない。
贈り物は極上品のタオルと傷薬の軟膏だった。タオルは10枚でドレス1着分の価格帯の品だ。
「カティを産んだ時、エリー閣下は私の汗をずっとふいてくれていたでしょう?
ご用意はあるとは思ったけれど、何枚あっても邪魔にはならないし、これは特に肌を痛めないの。カティのために探して知ったのよ。
軟膏はお詫びの品でもあるの。
私が手を握りしめてたせいで、爪が食い込んで小さな傷ができてしまったと、あとで聞いたわ。
本当にあの時は助けられました。ありがとう。
エリー閣下の時も、側に着いてくれる方の手を握ると、やはりそうなってしまうと思うの。
侍医の処方だから間違いはないわ。よかったら使って差し上げて」
本当に混じり気のないご好意だった。ありがたく頂戴しよう。
「何よりのものをありがとうございます」
「妻のためにありがとうございます」
これで終わりかと思ったら、皇女母殿下が妙に照れた表情を浮かべられた。
「それで……。その……。
エリー閣下に、寝室でお見せしたいものがあるの。数分ですみますわ。私も少し恥ずかしいし……。
でもお礼も申し上げたいの」
周囲の侍女の表情がなぜか固まった。
ちょっと待った。何かものすごく嫌な予感がする。
侍女長に視線をちらっと向けると、さりげなく目を逸らす。
あの、“アレ(=皇太子)”の三毛猫の編みぐるみについて、悪阻以降、情報は特に下りてこなかった。
皇妃陛下からも皇女母殿下のご様子が悪化したとの報せもなかったので、大丈夫だろうと思っていた。
詳細を探ろうとしなかったことを、今さら悔いても始まらない。
それにルイスもいる。
一緒でなくとも声をあげれば、寝室はすぐ隣りなのだ。
すぐに駆けつけてくれるだろう。
「かしこまりました。ルイスはここで待っててね」
視線とハンドサインで、『何かあった時はよろしくね』と伝える。
ルイスも表情がこわばっていたが、小さく頷いてくれた。
後ろからついて寝室へ入ると、以前はなかった大きな仕切りがあった。ドアも付いている。改築されたのだろうか。
仕切る壁は高い天井までは達してはいないが、新たに小さな部屋か、クローゼットを設けたように見える。
「この中なんですけれど……」
付けられたドアを開けると、嫌な予感は的中した。
“アレ(=皇太子)”が付けていたコロンの香りが微かに流れ出てくる。
“その中”には“アレ(=皇太子)”の肖像画が数枚、皇女母殿下と一緒のものもあった。結婚式の時のものだろう。
着衣らしきものも隅に多数掛かっている。
その前の3体のトルソーにはこの季節にふさわしい服を、公私、と部屋着に分けて着せていた。
公の装いには勲章も着けている。
ソファーには、あの“三毛猫”が、カトリーヌ嫡孫皇女殿下の白猫の編みぐるみと共に、季節に合わせた衣装を着て仲良く並んでいた。
「……一周忌を機に遺品整理をされた時に、私の手元に一部置かせてもらったの。
辛いことがあっても、ここだと人目を気にせず、あの方に相談できるように愚痴も言えるのよ。
なぜかすっきりして、公務にもカティにも向かい合えるわ。
きっかけはあの三毛猫だったから、エリー閣下にお礼が言いたくて……」
そうか、遺品整理か。
未亡人が夫を想っていれば、手元に残す品物としては常識の範疇だろう。皇太子妃殿下なのだ。
だけど、お父さまも、お母さまのドレスを季節ごとにトルソーに飾ったりはしてはいなかった。
うん。見なかったことにしよう。そうしよう。
「とんでもないことでございます。皇女母殿下のお心の安寧が一番かと存じます」
「ありがとう、エリー閣下。
侍女長は『皇女母殿下の大切な秘密の場所でございましょう』って言ったんだけど、エリー閣下にはご覧に入れたかったの。
そう、ここでは食事を摂ったりはしてないのよ。
大切な二つとない品々を、万一汚してしまっては大変だって、侍女長が言ってくれたの。
その通りだと思って、でもあの方を想う私だけの場所も欲しかったの……」
「……さようでございますか。忠義者の侍女長でございますね」
うんうん、あの三毛猫の編みぐるみと一緒に食事をしようとしてたんだもんね。
あれから止めてくれる努力はしてくれたんだ、ありがとう。
おまけに口が堅くて、情報が洩れなかった訳だ。
これも皇女母殿下の風評を避けるためだろう。
遺品を置く部屋を作る増築なら、問題なく許可される。
使い方もとりあえず他人には迷惑はかけてはいない。
そう思うことにしよう。
微笑め、私。そして早期離脱だ。
ごく普通の口調で、ただし少し恥ずかしそうにお願いしてみる。
「……申し訳ありません、皇女母殿下。お
花摘みをお借りしてもよろしいでしょうか」
「あら、ごめんなさい、気付かずに。
この時期はそうですものね。気兼ね無しにどうぞ」
私は無事に寝室を出て、ルイスには「あとで」と囁き、お手洗いをお借りしたあと、お礼を申し上げ皇城を退去した。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
馬車の中でルイスに、“遺品の部屋”の説明をした。
「そんなことになっていたのか……。エリー、辛くはないか?」
「大丈夫。締め切らなかったし、締め切っても天井は空いてるから、ルー様はすぐに呼べると思っていたの。
一緒に来てくれてありがとう」
「当たり前だ。母上に感謝する。参加してよかった。
侍女長は二人が寝室に行ったあと、『決して危険はございません。ただどうかご内聞に願います』と俺に言ったんだ。
いったい何があるんだと、ヒヤヒヤしてたんだが……」
「……やりすぎかもしれないけれど、重責を背負う辛さを吐き出せる場所があってよかったのでは、とも思うのよ。
複雑なお立場だし……」
「カトリーヌ殿下を母上に託して、再婚とか勧めてはどうだ?」
ルイスの提案に、私はゆっくりと首を横に振る。
「無理だと思う。忘れ形見のカトリーヌ殿下を手放す皇女母殿下って想像できないもの。
皇女母殿下は亡き夫に、今も貞節に愛を捧げてるだけなんだもの……。
ちょっと、こだわりが強いかもだけど、ああいう最期だったし……。
“アレ(=皇太子)”、ううん、前皇太子殿下とセットになるのは、もう仕方ないわ。
あのレベルに留めてくれてるのは、侍女長のお手柄でしょうね。
皇妃陛下にご報告だけはしておくわ」
「俺から書こう。それとタオルや塗り薬、処分してもいいんだぞ」
私は皇女母殿下がカトリーヌ殿下を出産された時のことを思い出していた。
付き添う私を信じこの手を握りしめ、10数時間、痛みに耐え、カトリーヌ殿下を命懸けで出産されたのだ。
それに“事情”を知らなければ、離別の苦しみを“昇華”した、ああいう愛の形もあるだろう。
修道院に入り、亡き夫の追悼に残りの半生を捧げる方もいらっしゃるのだ。
ただいつ破裂するかわからない“危うさ”を抱えている可能性も捨てきれない。
そのどちらかは、今の私には判別できなかった。
「ううん、処分はせずに、大切に取っておくわ。
塗り薬は念のため、クレーオス先生に中身を確認してもらって……」
だがルイスはすぐに私第一主義を発揮し、はっきりと意志を示す。
「いや、どっちも騎士団で使おう。エリーの心の負担を軽くしたい。立ち寄らせるんじゃなかった」
「ルー様……」
「今は無理はしないことだ。誰からだと言わなければ、皆、喜んで使うさ。それこそ物に罪はない。
同じ物を買って、万一の備えだけはしておけばいい」
私の心を軽くするためか、明るく笑ってくれる。
「……ありがとう、ルー様」
「エリーはこの件は忘れること。お礼状は俺が書く」
「ちょっと待って。それはさすがに過保護よ。私が書くわ」
「じゃ、母上から渡されたこっちの分は俺が書く。いいね?」
「……わかったわ。よろしくお願いします」
有無も言わさぬ過保護ぶりに少し困って、でもどこか心温まる私がいた。
帰邸して、しばらく休んだあと、夕食をクレーオス先生と三人で摂り、楽しい会話で時を過ごす。
入浴後にマーサのケアをたっぷり受け、二人の寝室に移る。
そして皇妃陛下から贈られた品のリボンを、ルイスが見守る前で楽しみに解いた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
※※※※※※※※※※お知らせ※※※※※※※※※※※※※
コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※