17.悪役令嬢の決断
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで17歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
今日はルイス殿下にお返事する日—
お手紙でご都合を伺った、2日後の午後。
ルイス殿下がタンド公爵邸にいらっしゃった。
今日はチャコルグレーのスーツを着て、緊張の面持ちだ。
黒短髪の前髪を後ろに流し、青い瞳は理知的でかっこいい。
右頬の薄い傷痕も、涼やかな顔立ちを精悍にも見せてくれている。
サロンに入ってきた時、私と後見役のタンド公爵夫妻が立ち上がって、礼をする。
私は優雅に深いお辞儀をし、敬意を示す。伯母様も同様だ。
「ようこそいらっしゃいました。ルイス皇子殿下。どうぞお席へ」
伯父様がルイス殿下に席を勧めている。
私の返答内容を知っているのは、タンド公爵夫妻、伯父様伯母様と専属侍女のマーサのみだ。
おかげでこの2日間は、美容のためにほぼ費やされた。
でも、肌はつるつるしっとり、髪はつやつやだ。
今日は控えめで上品なお化粧に、金髪は美しく結い上げてくれた。
マーサ、本当にありがとう。
ドレスは公爵邸滞在のために作っておいた、ミントグリーンの長袖のAラインだ。
トップスにはデコルテや腕にレースが配され、磨かれた白い肌が透けて見える。
スカートにはオーガンジーが重ねられ、身動きするたびに、ふわりと柔らかい雰囲気を醸し出してくれていた。
「ありがとう、公爵閣下。
どうか楽になさってください。
ごきげんよう、タンド公爵夫人。
ごきげんよう、エリザベート嬢。二週間ぶりだね。元気になったようで、本当によかった」
そう、会うのは二週間ぶりなのだ。
高熱を発したとはいえ、ずいぶんお待たせしてしまった。申し訳ない。
ルイス殿下の呼びかけに、浅く俯いていた顔を上げると、深く澄んだ青い眼差しを受ける。
貴族的に微笑むも、挨拶の声が震えそうだ。
腹筋で支え、流麗に返す。伯母様の後だ。
がんばれ、王妃教育。
「ごきげんよう、ルイス皇子殿下」
「ごきげんよう。ルイス皇子殿下。先日は貴重なお見舞いの品、誠にありがとうございました」
高熱の中、一時的にでも救ってくれた“氷室の氷”のお礼を伝える。
青い瞳に優しさが灯り、眼差しが柔らかくなる。
私は貴族的に微笑んだ緑の眼差しで、受け止めるのに精一杯だ。
四人が席につくと、紅茶が運ばれてくる。
胸の鼓動が早く、落ち着かない。自分の耳に響いて聞こえてくる気がする。
首筋や頬が火照り、冷ましたくて手を当てたいくらいだ。
緊張を緩めようと、丹田に力を入れ、深呼吸をゆっくり静かに繰り返す。
伯父様が伯母様の眼差しに促され、ルイス殿下に呼びかける。うん、早く言ってほしい。
「ルイス皇子殿下。
本日は、先日お申し込みいただいた、我が姪、エリザベートとの結婚について、お返事をお答えするため、お呼びだていたしました。
お忙しいところ、足をお運びいただき、誠にありがとうございます」
「タンド公爵閣下。
お招きありがとう。無粋者で申し訳ないのだが、早速お返事をお聞かせ願いたい」
伯父様が、「エリザベート、お返事を」と私に呼びかける。
私が直接答えるとは、思ってなかったらしく、ルイス殿下の瞳が、大きく見開かれる。
ちょっと可愛らしい。
その表情で少し落ち着けた私は、背筋を美しく伸ばし、ルイス殿下にゆったりと相対する。
テーブルには、すでに淡い緑色の封筒が置かれていた。
私はそれを取ると、ルイス殿下へ丁寧に差し出す。
「ルイス皇子殿下。こちらが私のお返事です。
どうか、お確かめください」
「!」
こういう返しを、予想していたのか、していなかったのか、ルイス殿下の顔に緊張が走る。
ルイス殿下の結婚を申し込んだ手紙には、騎士団で用いる、識別票、シグナキュラムという鉄製のプレートが入っていた。
2枚と1枚に分けられ、長いチェーンに2枚、短いチェーンに1枚、通されていた。
帝国の騎士団では、騎士が戦地で亡くなった時の遺体確認で用いられてるものだ。
騎士は氏名が線刻されたプレートを2枚身につける。
万一戦死した時には、1枚を戦友が報告用に持って帰り、もう1枚は遺体に付けたままにしておく。
そして、帝国の騎士に伝わる古い風習では、その2枚とは別に、もう1枚、家族や恋人、大切な存在に預けて戦地に赴く。
無事に帰ってくるという、誓いの証、そして願掛けの意味もあるとされていた。
ルイス殿下が結婚を申し込んだ手紙には、この3枚のシグナキュラムが、決して裏切らずに私を護る証として、同封されていた。
返事が『否』の時には、シグナキュラム全てを返し、『応』の時には、小さなチェーンのシグナキュラムは預かって欲しい、と認められていた。
ルイス殿下に差し出された封筒を受け取る手は、ほんのわずか震えているようだ。
視線を手元から顔に移すと、黒髪を流した額に、うっすら汗を浮かべた真剣な面持ちで、封を開ける。
右頬の傷も紅潮し、ほんのり赤く染まっている。
「………確かめさせていただこう」
ルイス殿下の手のひらに封筒の中身が滑り落ちる。
そこには、ルイス殿下が用いる、2枚の小さなプレートを通した、長めのチェーンのみがあった。
1枚のプレートを通した短いチェーンは、私の元にある。
つまり、返事は『はい、お受けします』ということだ。
「ふうぅ」
深呼吸したルイス殿下の緊張が、見るからに解けていく。
さすがに鍛えられており、姿勢は保ったまま、安堵の表情を浮かべていた。
「ありがたく、結婚のお申し込みを承ります。
このシグナキュラムは、大切にお預かりします。約束通りに、無事に帰ってきてくださいませね」
私はそう答えると、短いチェーンを通したプレートを、ルイス殿下に見せ、小首を傾げ、くすぐったそうに微笑みかける。
この答えを伯父様と伯母様の前で言うのって、今さらながら恥ずかしい。
「おめでとうございます、ルイス皇子殿下。エリザベート」
「ルイス皇子殿下、おめでとうございます。
エリザベートをよろしくお願いします」
伯父様と伯母様がにこやかに祝福してくれる。
「ありがとう。公爵、夫人。
エリザベート嬢。どうか末長く、よろしく」
「ありがとうございます、伯父様、伯母様。
ルイス皇子殿下。どうか幾久しく、よろしくお願いいたします」
ルイス殿下が伯父様と伯母様に、貴族的微笑でなく白い歯を見せて爽やかに笑いかける。
「二人とも。いつもの呼び方に戻してくれたら嬉しい。
すっごく緊張してたんだ。厳しい訓練を一日通してやった時より疲れたよ」
「では、殿下。
残念ながら、休む暇はありませんぞ。これからの段取りを打合せねばなりません。
また、エリーの実父、ラッセル殿に、婚約のご挨拶のご一筆、お願いいたします。
エリーを深く、愛しているお方です。それなりにご覚悟召されよ」
「了解した。打合せはここで?」
「はい。エリーや家内がいた方がいいでしょう。
エリーはすでに帝国の帝室儀礼をほぼ頭に入れているのです」
「あんなややこしいものを、本当にすごいよ、エリー。あ、っと失礼。
エリザベート嬢。あなたをエリーと呼ぶ権利を私にもらえるだろうか」
悪戯っぽく笑い問いかけてくる。無邪気なためか不思議と歳下にも感じる。
ルイス殿下に、エリーと呼んでもらって、嬉しい日がやってくるとは—
初めて勝手に呼ばれた時も、ここタンド公爵邸だった。
『失礼な』と思った自分を少し懐かしく思いつつ、優美に微笑む。
「もちろんですわ。ルイス皇子殿下」
「私もルーと呼んで欲しい。騎士団でも皆からそう呼ばれてる。
夫妻は殿下呼びだけどね。
エリーと結婚式を挙げれば、殿下は取れるから、ルイスかルーで頼むよ」
「かしこまりました、ルー様」
「では、私的な場ではルイス様で」
「私もですわ。つい殿下とお呼びしそうですけど。
ピエールと一緒に悪さをする度に、『殿下!』と何度となくお呼びしていましたので、抜けませんの。
おほほほほ……」
「まいった。エリーの前で旧悪が暴露されてしまったよ」
一気に家族団欒の雰囲気だ。
伯母様が指示し、新しくハーブティーが入れられ、皆でゆっくり味わう。
そこからは、事務手続きの打合せだ。
伯父様の評価通り、ルイスは書類にも強く、的確な意見を述べる。
スケジュールを一目で分かるように書き込んでいく。
まずは行う段取りも決まった。
「父上と母上には、さっさと伝えておく。3分でいいんだ。割り込ませてもらうよ。
誰にも邪魔されたくないからね。私のエリーを誰にも渡したくないんだ」
ルイスのはっきり過ぎる言葉に、私の首筋から頬にかけ、薄紅色に染まっていく。
「んんっ。ルイス様。
ラッセル殿へのお手紙は、まずは礼儀正しく願いますぞ。実に聡く賢い方です。
浮かれたくなるお気持ちは分かりますが、手紙を書く時は、真摯に、居住いを正し、邪気を払った上で認めください」
伯父様、邪気って何?邪気って?
「了解。公爵。
そうだ。夫人。エリーが身につける、三種のパリュールは、俺が贈りたいんだが」
「ルイス様。エリーは皆に愛されてますの。
恐らく、一種類はご実父ラッセル公爵閣下より、もう一種類は帝室か我が家からになるでしょう」
「そうか。俺の歳費が使われずに、貯まってる一方なんだ。ではドレスで頼む」
「かしこまりました。
婚約式の衣装は実家が、結婚式の衣装は婚約者が用意するのが、慣例です。
陞爵の時は、我が家が用意いたします。ね、あなた?」
「あ、ああ。ルイス様。女性の衣装や宝飾の恨みは恐ろしゅうございます。ここは従っていた方がよろしいかと」
「私のエリーにより美しくなって欲しいだけなんだが。
ただ公爵の言う通り、夫人は専門家だ。
ん?エリー?ぼうっとしてどうした?疲れたか?」
ルイスが私の額に手を伸ばそうとした時、伯母様がピシリと跳ね除ける。
「許可なく令嬢の身体に触れてはいけませんよ、ルイス様。エリーの評判にも関わります。
エリー、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫。伯母様。ルー様。ご心配かけてごめんなさい。
夢みたいで、こんな嬉しいのに、現実感がなくて……」
「そうか。じゃあ、現実感を自覚するのに、俺の手紙の添削をお願いできるかな?
今書くよ。夫人、便箋をお願いできるか?」
「承知しましたわ。ルイス様」
下書きした上で、さらさらと読みやすい書体で綴っていく。
帝国共通語ではなく、王国語で書いてくれていて、そういった心遣いも嬉しく思える。
細かい言い回し以外は、ほぼ完璧で、お父さまが少しでも安心してくださるように、心から願い、前もって書いていた手紙に同封し、封をする。
「これは今日送っておくわ。“鳩”の手紙はもう少し後で書きます」
伯母様に渡し、ほっと一安心だ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
その時、ルイスが伯母様に真面目な口調で申し出る。
「夫人。エリーのお母上、アンジェラ殿の肖像画を拝見しに行ってもいいだろうか」
「アンジェラの?えぇ、殿下なら構いませんよ。
どうぞ、ご自由に」
「エリー、お手をどうぞ」
「ありがとう。ルー様」
ルイスは私をエスコートしながら、タンド公爵邸内を、勝手知ったる、といった雰囲気で、公爵夫妻の部屋付近へ向かう。
その廊下には、ここタンド公爵邸で生まれ育った、タンド公爵令嬢、描かれたころは、エヴルー女伯爵。
そして私のお母さまである、アンジェラ・ラッセル公爵夫人の肖像画があった。
素晴らしい彫刻が施された額に縁取られたキャンバスのお母さまは、紺色のドレスを身につけ、月の光を集めたような銀髪に、湖のような青い瞳が神秘的でもある。
元々の公爵令嬢の身分を示す、公爵夫人に代々伝わるネックレスやイヤリングといった宝飾品を身につけて描かれていても、遜色なく誇り高くも見える。
全体的に、優美で上品に見え、微笑をたたえた意思的な口許に、少しだけ芯の強さも窺えた。
「お母さま。こちらはルイス第三皇子殿下でいらっしゃいます。
今日、私の婚約者になってくださいました」
正式には婚約式が行われてからだけど、ほぼ内定ということで、許していただこう。
ルイスは、私の手をエスコートからそっと外す。
何を思ったのか、肖像画に対し、貴婦人に礼を取るような、見事なボウアンドスクレープをし、お母さまに挨拶する。
「アンジェラ・ラッセル公爵夫人。
帝国の第三皇子であり、帝国の守護たる誇り高き騎士団で参謀の任に就く、ルイスと申します。
この度、貴女の愛娘エリザベート嬢の婚約者となりました。
必ず幸せにします、いえ、二人で共に幸せになります」
私はルイスが肖像画のお母さまに正式な礼を取ってくれたことに感動し、そして、『二人で共に幸せになります』という言葉に感極まってしまう。
緑の瞳からこぼれ落ちそうになっている涙を、あの祝賀会でのベランダのように、ハンカチを優しく当ててくれたルイスだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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