174.悪役令嬢のお祖父様 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※※※
負傷による傷痕の表現があります。苦手な方は閲覧にはお気をつけください。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、50歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「以上がエヴルー“両公爵”家の家訓だ。不服な者はいるか」
朗々としたルイスの声が帝都邸の大広間に響く。
使用人達と、警備に就いている団員以外のエヴルー騎士団帝都駐留部隊全員を集め、私とルイスから説明をした。
第一は、『領地、領民、帝室、帝国のために』。
これは帝室の藩屏たるエヴルー家と、それを支えてくれる領地・領民を大切に遇する意味がある。
第二は、『信賞必罰、公正中立』。
家内及び領地運営に関しては、『信賞必罰』で風通しをよくし不正や癒着を防ぐ。
『公正中立』は対外的、特に政治的なものだ。
具体的には、帝室に娘を嫁入り、息子を婿入りさせないこととした。
第三は、『品行方正、自由闊達』。
礼儀を重んじるが、堅苦しくなりすぎず、自由な発想も重んじることとする。
下の者は上の者の命令を聞く義務があり、上の者は下の者の意見を聞く義務がある、とする。
ただし意見具申は別室で聞くこととした。命令系統に混乱を招かないための措置だ。
また、将来的にこの家訓を変更する際には、以下の者の同意が必要とエヴルー“両公爵”家の領地法に定めた。
領地邸、帝都邸を取り仕切る者、騎士団の副団長と顧問、“中立七家”を代表してタンド公爵家当主だ。
“中立七家”を含めたのは、政治的立場を同じくするためだ。
この処置は、将来において、世襲制による愚かな当主が現れても、勝手に振る舞えない安全装置の役割を負っていた。
領 地 邸については、移動後に行う予定だ。
使用人や部下に、『不服な者はいるか』と問いかける時点で、通常の貴族家とは違う、どちらかといえば、“騎士団方式”だ。
王国で騎士団での訓練にも本気で参加させられていた私にも馴染みがあり、違和感はない。
『あとで文句を言うなら、今言え。聞く耳はある』というルイスの態度は好ましかった。
問いかけに答える者はなく、自然発生的に拍手が起こり、私は優美に微笑む。
ルイスが右手を挙げると、拍手は静まる。
「諸君の常日頃の行いは、この家訓に充分ふさわしいものだ。今まで通り勤めてくれれば、主人としてこれほど誇らしいことはない。
昨年はエリーの懐妊に伴う“籠城戦”や、南部戦争などでよく働いてくれた。
全員に褒賞を授ける。
執事長に名を呼ばれた者はエリーの許に、副団長に名を呼ばれた者は俺の許へ来るように。
始め!」
申し訳ないが私は椅子に座らせてもらい、一人ひとりに、“特別賞与”を手渡し、「これからもよろしくね」「いつもありがとう」などと声かけし握手していく。
私の場合は、執事長と家政婦長が査定したものを私がさらに確認して決めた。
二人には“安全装置”の役割も伝え、承諾してもらった。
便箋にある各々の宛名は、騎士団も含めすべて私の直筆だ。
こうした小さな心遣いだけでも違ってくる。
ルイスは敬礼を交わした上で、一人ずつに渡していた。
そして最後の一人、南部戦争でルイスを守るためにその身を投げ出し、重傷を負った騎士に、ルイスはがっしりと抱擁する。
「よくやってくれた。お前の誠実で真摯な努めが俺を救ってくれた。これからもよろしく頼む」
首筋に大きな傷痕を残した彼は、ルイスが離れ、肩をぽんぽんと叩いた時には、涙腺が決壊しそうなほど潤んでいながらも、再び美しく敬礼する。
「はっ!自分こそ我が主君をお護りでき、これ以上ない身の誉です!
これからも今まで以上に職務に邁進いたしますッ!」
この答えに、私が始めた拍手が広がり全員から拍手を贈られる。
こうして讃えられるべき功績であり、『騎士団の顧問と副団長の命令をよく果たしてくれた。生命が助かって本当によかった』と思った。
『殉職するならルイスの側でする方々だけに、この任務は果たせます。この命令は嫌なら拒否しても構いません。待遇は一切変わりません』
残酷な私の問いかけに、選抜した全員が応えてくれた。
本当に心の底から感謝する。
彼らは私が果たしたくても果たせない役割を完遂してくれた。今も続けてくれている。
すばらしく誇らしい、エヴルー“両公爵”に仕えてくれる人々だ。
私とルイスの眼差しが交わされ、微笑みあう。
心満たされるひと時だった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
数日後——
お祖父様が帝都にお越しになった。クレーオス先生の手術を受けるためだ。
私は伯母様と相談し到着後、お疲れが取れてきたころにクレーオス先生とルイスと共に訪問した。
「お祖父様!」
「おお、エリー!身体はどうだ?驚かせてすまなかった」
伯母様にお二人の居室へ案内された私は、思わず駆け寄ろうとして自制する。今はお腹の大きさとアンバランスでそれさえもできない。
すぐにルイスがエスコートしてくれた。
お祖父様とお祖母様は、笑顔で迎え入れてくださった。
全員、ソファーで向かい合う。
「エリー、元気そうでよかったわ。決して無理はしないようにね。
あなたもですよ。大人しく座っていてください」
「すまぬ、つい……」
「お祖父様、お腹の子も私も順調です。
クレーオス先生のお墨付きですので、ご安心ください。
お祖母様、お久しぶりでございます。
この度のこと、改めてお見舞い申し上げます」
あの、か弱そうだったお祖母様が、お祖父様をぴしゃりと窘めてらっしゃる。
お祖父様も微苦笑され頷いていらした。
伯母様の仰るとおり、騎士の妻として“復活”されたようだ。
私には慈愛深く微笑みかけ、優しく応えてくださる。
「エリー、ご機嫌よう。元気そうで何よりだわ。
お腹の子は私達にとって初めてのひ孫。母子共に無事で産まれますように。恩寵がエリーと共にあることを祈っています。
ルイス様もよろしくお願いいたします」
「タンド先代公、夫人、この度はお見舞い申し上げる。
エリーの夫として、家族として、できることはなんでもする。気兼ねなく申し出て欲しい。
エリーと子どものことは、私とクレーオス先生に任せてほしい。万全を期している」
「それは何より。安堵しました」
こうしてお祖父様と向かい合うと、負傷箇所で目立つのは、やはり頭から額にかけてだ。
2本、頭部から斜めに額中央辺りまで伸びていた。
だがお祖父様が気にされているのは、左二の腕の傷だった。
幸いにも動かせるが、やはり大きな傷が引きつれて動かしにくくなっていると話す。
「それではごあいさつもお済みのようですので、早速診察させていただこうかの。
改めまして、タンド先代公爵閣下。
私、マキシミリアン・クレーオスと申します。
前職はラウリカ王国国王陛下の侍医長を務め、現在は陛下のご命令により、第一王女殿下であるエリザベス様の侍医を努めております。
どうかよろしくお願いいたしまする」
「これはごていねいなごあいさつ、痛み入る。
こちらこそよろしくお願いいたします」
お祖父様が深く頭を下げると、あちこち痛むようで、わずかに顔をしかめる。
「ほれほれ、ご無理はなさらぬように。
そうじゃな。先代夫人はご主人の傷はご覧になっていらっしゃるのかの?」
「はい、入院中に付き添いましたので知っております」
「ではエリー様と公爵夫人は控えていただきましょう。
ルイス様はタンド公爵閣下の代理人ということでお立ち合いいただけるかの?」
クレーオス先生の有無を言わせぬ雰囲気に、あとで伺えるなら伺えばいい、と傷の治り具合いを心配してしまう気持ちを飲み込む。
「クレーオス先生、承知しましたわ。
お祖父様のこと、どうかよろしくお願いします。
お祖父様、お祖母様。クレーオス先生はお手紙でお伝えしたとおり、形成外科でも名医でいらっしゃいます。
どうかご安心なさって、なんでもご質問されてください。
参りましょう、伯母様」
「えぇ、そうね。エリーには話もあるの」
私は伯母様と退室すると、伯母様の居室に誘われた。
診察後、お祖父様とお祖母様はそのまま部屋で休まれ、私達はサロンでクレーオス先生に説明を受ける。
「肩や胸の傷は動きに支障なく治りそうじゃ。しばらく痛みがあるのは致し方のないところ。
きちんと術後の処方箋も出ていた。領地での担当医はきちんと治療されていらっしゃる」
伯母様は真剣に聞き入り、メモも取っていた。
伯父様はまだお戻りでない。正確に伝えなければ、と思ってらっしゃるのだろう。
「ご本人も気にしてらっしゃるし、儂も手術の必要があると診断したのは、左の二の腕じゃ。
ルイス様もご覧いただいた通り、かなりえぐれておる。
ああ、ご気分が優れないときはすぐに仰ってくだされ」
「大丈夫ですわ、先生。それで手術をすれば治りますの?」
「全く元通りという訳にはまいらぬが、今よりはかなり改善する見込みがる。
それと額の傷はご本人が、『戦いの負傷による見かけを気にするのは騎士ではない。手術は不要』と仰られてのお。
奥方と少し口論になりかけたのを、儂とルイス様で宥めてきたのじゃ」
クレーオス先生がルイスに視線を向けると、大きく頷く。
「ご本人の意志は尊重するとして、医学的、心理的な影響は申し上げてきた。
これからお歳を召すに従い、皮膚の老化の関係で傷が盛り上がり、さらに目立つようになる。
またこれ以上の変色を防ぐため、日焼け止めクリームを塗り、日光を遮るものをしばらく身につけるように、とはお伝えした。
新しい皮膚は日焼けすると、そのまま色が定着してしまうんじゃよ。
心理的にはご本人も“今は”平気じゃろうが、これからお生まれになる、ひ孫の方々とのご関係はどうなさる、とご一考は促した。
夫人や姫君はともかく、こちらのご子息がたの奥方がたのご様子はいかがであったか、とな」
伯母様の表情が引き締まる。
あの傷をみれば、いくら貴族令嬢、夫人として、表面的には感情を抑制するよう教育され、かつ伯母様から忠告を受けていても、多少は動揺されても無理はない、と思われた。
今は特に妊娠中なのだ。心も揺れやすいだろう。私も別の意味でそうだった。
「申し訳ありません。嫁達にはよく言って聞かせました」
「なに、あの傷痕では普通の女性は無理もない。姫君や公爵夫人が特別なんじゃよ。
また大人はその後、どういう対応をするかで、品性がわかるもの。その点はご心配はあるまい。
ただ子どもは正直ゆえのお。
事情を理解する年ごろには、『熊と勇敢に戦われたひいお祖父様』と尊敬されるじゃろうが、それまではおびえられるかもしれん。
また社交上、ひ孫の方々がからかわれる可能性もある、とな。
からかうほうが躾がなっておらず、品性下劣じゃが、可能性としてお伝えはしておいた。以上じゃよ。
ルイス様、付け足すことはおありかの?」
「いや、特にはありません。ただ俺からもお伝えはしました。
俺のこの薄い傷痕でさえ、口うるさく言う者がいるのです。
エリーは誇りに思ってくれていますが、生まれてくる子どもはどうだろうか、と考える時もある、と」
ルイスの言葉は思いもよらないものだった。
私にとっては、傷痕があろうがなかろうが、全く変わりはないが、確かに子どもがそうとは言い切れない。
他者と比べて無邪気に「どうして?」と聞く可能性は高かった。それに思いが及ばず、ルイスの心に寄り添えていなかった自分が情けなかった。
「ルー様……」
「エリー。その時はきちんと説明するよ。大丈夫。安心してほしい。
ただ先代公の傷は、正直俺の比ではない。また子どもは残酷だ。
大変申し訳ないが、からかいや喧嘩で、『お前の曾祖父は“化け物”だ』などと平気で言う慮外者はいるだろう、とは忠告しておいた。
手術までまだ時間はある。お考えになるそうだよ。エリー、夫人」
「……そうでしたの。いろいろとありがとうございます。
クレーオス先生、ルイス様」
「ありがとう、先生、ルー様」
「とんでもござらぬ、医師として当たり前のことをしたまで」
「俺も家族として、同じ騎士として、尊敬する方にこれ以上、嫌な思いをしてほしくなくてお伝えしただけだ。
二人とも気にしないように」
頼りがいのある二人の言葉に、伯母様も少し緊張がほぐれたようだった。
ちょうどそこに、伯父様が帰邸された。
サロンに顔を出され伯母様から報告を聞き、クレーオス先生とルイスに頭を下げる。
「誠にかたじけない。ありがとうございます。
重ねて申し訳ないのだが、クレーオス先生に少しお願いしたいことがございまして……」
「ほほう、なんですかのお?」
伯父様が、『ちょっとここでは』という表情を浮かべる。
それに抑えてはいたが、帰ってきてから怒りや不快感を抑制している雰囲気がしていた。
私はピンとくる。
伯父様をそうそう怒らせるのは、あの方しかいらっしゃらない。
「伯父様。皇帝陛下が“また”何か仰いましたの?」
大きなため息を吐かれる。どうやら当たりだったようだ。
「……ああ、父上に会いたい。謁見を行い、熊害の功労者として表彰されたい、と提案されてきた。
ただ手術前だ。かなり先になる、と申し上げたら不服そうなご様子だった。
傷など気にする必要はない、勇者らしいではないか、と仰せで……」
「そう、ですの……」
あの人は!
ルイスのことは『頬に傷を負っているが、気にはならぬのか』と婚姻の許可を得る謁見で言い放ったのを、忘れているのだろう。
今度はお祖父様を呼び寄せて、何を言う気なのだ。
私が怒りを抑えていると、クレーオス先生が穏やかに諭してくださる。
「姫君、落ち着かれよ。お怒りはごもっともじゃが、今は体に良くない。
タンド公。診断書をお見せになればよい。作成して翌朝までには届けさせまする。
ご安心なされ」
「誠にかたじけなく……」
「なに、患者を守るのは医師の役目じゃて、当然のこと。
移動でかなりお疲れのご様子。
夫人、食事は消化の良いもので、気兼ねなく部屋で取るようにお伝えくだされ」
「承知しました。本当にありがとうございます」
夕食に誘われたが、ルイスが断った。
私を休ませたい、との理由だったが、伯父様と伯母様もかなりお疲れだったためだ。
今日は本当にルイスに助けられたと思う。
夕食や入浴を済ませ、寝室で二人っきりになったとき、ルイスから話してきた。
「エリー。“あの人”は見栄っ張りだ。
先代公の傷もさっきタンド公が話したとおり、『勇気ある証だ』とか言うくらいだ。
それに夫人が母上に手回しして、謁見前に言い含めるさ。
母上なら同席したいと言ってもくれるだろう。
俺からも手紙で頼んでおくよ」
私は正直ほっとする。皇妃陛下がいらっしゃれば、最悪の事態は免れるだろう。
「ありがとう、ルー様」
私はこのとき初めて、南部の紛争でルイスが頬を負傷し帰還した際、皇帝陛下や皇妃陛下がどういう反応をして、どういう言葉をかけたか、聞いてないことに気づく。
ルイスも一切口にしない。
だったら、いつか話してくれる時がきたときに、耳を傾ければいいだけだ。
傷があろうがなかろうが、ルイスはルイスだ。
私は可能な限り、すべてを受け入れたかった。
「今日は疲れただろう。もう休もう。エリーが心配することは何もないよ。
クレーオス先生に任せておけば、万事うまくいくと思う。
陛下も無碍にはできないからね」
これもルイスの言うとおりだ。
クレーオス先生は帝室のさまざまな事に協力し、決して粗末には扱えない。また背後には国王陛下とお父さまがいらっしゃるのだ。
この件に関しては、下手をすれば伯父様よりも影響力があるかもしれない。
「そうするわ。おやすみなさい」
私はルイスに助けてもらい、大きくなった“ユグラン”を抱えるように横になる。
重さと動きで切れ切れにしか眠れないが、それでもルイスの温もりがある安心感は特別で、波だった心を落ち着かせてくれた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
翌日、皇帝陛下に提出されたクレーオス先生の診断書は効果抜群で、大人しく引き下がるしかなかった。
お祖父様はお祖母様とよく話し合った結果、額の傷痕の手術もなさることにした。
数日後の手術は、医術学校附属病院の施設を借りて行い、助手についた院長先生と共に、クレーオス先生が執刀、無事に成功した。
見学した医師達が感嘆するほど、見事な手技だったという。
後日、お祖父様の謁見時は、クレーオス先生の指示で、陽射しよけに額には白い包帯を巻いたまま行われ、皇帝陛下は特別に椅子を与えた。
「領民を護る領主として立派に務めを果たした名誉の負傷だが、充分に労るように」
この言葉に同席された皇妃陛下も満足気に頷かれ、さらにお祖父様を褒めたたえたあと気遣い、早々に切り上げてくださった。
「エリー、言ったとおりだったろう?
クレーオス先生と母上に、あの人は絶対に逆らえないよ」
結果を知らせてくれたルイスは、私に明るく笑いかけた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
◆活動報告でもお知らせしましたが、この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』のコミカライズがただいま進行中です。
これも読者様の応援あってこそのお話で、本当にありがとうございます。
進展などあったときは、活動報告などでお伝えさせていただきます。
※※※※※※※※※※お知らせ※※※※※※※※※※※※※
コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※