173.悪役令嬢の年始
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、49歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー、21歳、おめでとう。“ユグラン”と共に神の恩寵を」
「姫君、無事に齢を重ねられ実にめでたい。“ユグラン”様ももう少し、お腹で育たれよ」
「ルイス、23歳、おめでとう。神の恩寵を。
クレーオス先生も無事に齢を重ねられ、おめでとうございます。
“ユグラン”とルイスともども、今年もよろしくお願いします」
「クレーオス先生、おめでとうございます。
どうかエリーと“ユグラン”をお願いします」
「もちろんじゃよ。お任せくだされ。ルイス様もおめでたいことが重なりましたの。
今年はゆっくり足元を固められるよう、姫君のためにもお祈りしておりまする。
ふぉっふぉっふぉっ……」
「もちろんです、クレーオス先生。
では、エヴルーの安寧と繁栄、皆の健康と、エリーの安産を願って、乾杯!」
『乾杯!』
新年最初の夜、ルイスとクレーオス先生、三人での晩餐会で互いに祝福し、健康と無事な1年を願いルイスが乾杯の声をかける。
クレーオス先生の言葉は意味深だが、今は突っ込まず、グラスを掲げ、タンド産のおいしい葡萄ジュースをいただく。
従兄弟デュランの領地での健闘と、お祖父様の回復、お祖母様の健康を願いながら、ありがたく味わう。
料理長も今年1年の抱負とばかりに、豊かな素材とすばらしい技術で、風味と彩りに富んだ一皿ひと皿を供してくれる。
ルイスとクレーオス先生の見事な食べっぷりと笑顔が何よりのご馳走だ。
私はよく噛んでゆっくり味わう。そうしないと、つい食べ過ぎてしまうからだ。
最後は林檎でできた薔薇のタルトだった。
料理長お得意の一品でいつもながら美しい。
「ん〜、林檎はもちろん、このカスタードクリームがたまりませんわ」
「食いしん坊のエリーは本当に可愛いなあ。今は“ユグラン”のために節制もしてくれてる。
出産後、元気になった時のご褒美の食事で、何が食べたいか考えておいてくれ」
え、何それ、嬉しい。
私は楽しい問いかけに小首を傾げて考え答える。
「そうね……。子牛の丸焼きとか?」
「…………」
「ブフッ、ふぉっふぉっふぉっ……」
ルイスは固まりクレーオス先生が笑い始めたが、私はまじめだ。
「私、一人で食べるわけではありません。
『目指せ、安産チーム』を始めとした皆で支えてくれたでしょう?籠城戦からその後もずっと……。
だから皆で楽しく食べたいの」
解凍したルイスも納得してくれる。
「なるほど。そういうことか。エリーらしいなあ。
アーサーに頼んで、一番良い子牛を選んでおいてもらおう」
「姫君、牛肉は貧血改善にも良いとされておるんじゃ。
たんと召し上がるがよかろうて」
後日これが吉例となり、エヴルー領ではこの日が『肉の丸焼きの日』となった。
子牛を付けると、養豚業者が言ってくるのが目に見えているので、鶏も全部ひっくるめて『肉の丸焼きの日』にした。
そして集落ごとに集まり、和気藹々と過ごす祝日となった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
私は体調が許す範囲内で、私的なあいさつ回りをしていた。もちろんクレーオス先生の許可を得た上でだ。
直接お会いできない方々には、お手紙であいさつ状を出しておく。
そんな中、伯母様がすばらしいお心遣いをしてくださった。
『妊婦と子どもの店“テルース”』の開店前の打ち合わせの会合場所を、我がエヴルー帝都邸にしてくださったのだ。
私は移動なしに皆様にお会いでき、周囲の気兼ねなしにごあいさつできる。
本当にありがたかった。
当日は伯母様も準備に加わってくださった。
昼食会のメニューはレシピ本の第2巻に載せられるかの試食も兼ねている。
他の五家の当主夫人が続々といらっしゃる。
私と伯母様がお出迎えし、さまざまな討議をしたあと開かれた昼食会は、サロンでの立食パーティー形式だ。
お好みのものを味見でき、お気に召せば給仕が盛り付けし席に運び、座って召し上がれる方式だ。
他家からいただいたレシピも忠実に再現され、ご満足いただけたようでほっとする。
私が考案したレシピは、冬にぴったりの身体が温まる煮込み料理だ。
エヴルーで好まれていた煮込み料理をかなりアレンジしている。
新しい素材は、クレーオス先生が推奨された白ラディッシュと川魚だ。
白ラディッシュは消化に良く、川魚は肉にはない栄養があり太りにくい。
少しえぐみがある白ラディッシュは何度か工夫し、ハーブで下ゆですると味が染み込みやすくおいしく仕上がった。
川魚はマーサの故郷の味・クネルを再現してみた。
魚のすり身を小麦粉や卵を加え、オーブンで焼いたもので、表面は焼き目が付いて香ばしく中はふんわりとしている。
このすり身を揚げたものはフィッシュケーキと呼ばれ、また違う食感で、しこしことしている。
他にも生クリームと卵白も使った白ソーセージ、チーズを小麦粉やハーブを練り込み丸くしたチーズ団子のクネーデルなどもある。
また牛肉もクレーオス先生が吟味してくださった、肌や筋肉によいとされる、牛スジや牛タンを下ゆでして加える。
いずれも太りにくい具材だ。
これらを使った煮込み料理で、スープの出汁は黄色いきのこと、帝国でも流通している乾燥タラで取る。
旨みが合わさり極上の黄金色のスープとなった。
ここに下ゆでした白ラディッシュ、ゆで玉子、クネル(魚のすり身焼き)、フィッシュケーキ(魚のすり身揚げ)、トマト、玉ねぎ、きのこなどの乾燥野菜、クネーデル(チーズ団子)、白ソーセージなどを加え、味付けはハーブと岩塩のみだ。
「まあ、白ラディッシュは口の中でほぐれていくわ」
「クネルもふわふわでおいしいし、フィッシュケーキはぷりっとした歯ごたえが楽しめるのね」
「この白いソーセージ、皮を剥いて食べたら、中身がふわふわですのよ。香ばしいクネルともまた違うのね」
「えぇ、とてもジューシーで、うまみが凝縮されておりますわよね」
「クネーデルという丸くもちもちした具材も、チーズがとろけて、おいしゅうございますわ」
「このスープ、本当にハーブと旨みが効いていて、身体が芯からぽかぽかしてきますの。
私、冷え性ですので助かりますわ」
クレーオス先生も途中から顔を出してくださり、メニューを試食しながら、煮込み料理の具材の効能について説明してくださっていた。
そこに、新しく鍋が運ばれてくる。
「皆様。ご好評いただいている、煮込み料理のスープで炊き上げた、米料理をご披露いたします。
タンド公爵邸で召し上がられた、パエージャに近い調理法ですの。
具材はやはり鶏肉やきのこ、野菜ですわ。
こちらもどうぞお試しください」
私の呼びかけに、全員くるりとこちらを向いて興味津々のご様子だ。
「まあ、あのパエージャの?」
「このスープを使ってるんですもの。おいしいに決まってますわ」
皆様、期待に胸をときめかせ少女のように目を輝かせている。
その先にあるのは、炊き込み料理なのだが——
私はほとんど味わえなかった学園生活での、女子生徒同士の昼休みのランチっぽくて、うきうきしていた。
この気兼ねない雰囲気が、身分の制約がほぼなく気軽で楽しかった、1年生の前半に似ている。
炊き込み料理を盛り付けたお皿から、ひと口運ばれると、目を細められて頷く方が多い。
「この“米”にスープが染み込んで、さらにほのかな甘味も加わって、おいしいですこと」
「香りもよろしゅうございますわ。新しい具材がスープと“米”と一緒になって、より引き立つというか。
噛んでいていろいろ楽しめますもの」
「パエージャと違う味わいですが、この“おこげ”が香ばしくておいしいのは変わりませんのね」
「ふふっ、確かにさようでございますこと」
「季節で野菜もいろいろと変えられそうですし、それも楽しみですわね」
最後は焼き林檎に、皇妃陛下にお願いした氷室の氷を使ったバニラアイスを添え、冬場は温室で育てているミントを飾り、締めくくった。
その後の意見交換は皆様真剣で、さすが公爵家や侯爵家の当主夫人の方々だ。学ぶべきことも多い。
補佐官がご意見を記録しておき、後ほど各家に配る予定だ。
ここで、私が出した煮込み料理の名前について問いかけられる。
「エリー様、あのお料理にはお名前がありますの?」
「いえ、エヴルーでは野菜と肉の煮込み料理として伝わっております」
「でしたら、新しくつけませんこと?」
「そうですわね。こう、印象深いのがよろしいですわ。
これだけ手が込んでるんですもの」
伯母様も含めて、皆様盛り上がった結果、『貴婦人の感涙』という、とても高貴な名前となった。
庶民の料理が進化を遂げて、“貴婦人”にまで格付けされてしまった。
「本当に思わず涙が出るほどおいしいんですもの」
「最後の“米”料理まで含めてですわ。あれでさらに満足感が得られますの」
「そうそう。深い味わいのスープが、また変わった形で味わえるんですもの」
「早速我が家でも試してみましょう。このクネルやフィッシュケーキ、クネーデル、白ソーセージなど、他の料理でも使えそうですわ」
私は心の中で焦っていたが、伯母様は全く動ぜず、にこやかで悠々とされてらっしゃる。
さすがだ。
「アンナ様、そろそろ……」
伯母様が優しく声かけをされる。
何かご用かしら、と思っていると、アンナ様がお付きの侍女からリボンのかかった紙包みを受け取り、私の側に立つ。
「エリー様。これは私達、“中立七家”の皆の思いがこもった贈り物ですの。
エヴルーにいらっしゃる“聖獣”にはふさわしいと思いますわ」
私は思いがけない贈り物に、ただ驚くばかりだが、はっとして立ち上がり、丁重に受け取る。
「皆様のご厚意、ありがたく頂戴いたします。本当に感謝の念に堪えません」
にこやかな微笑みを浮かべた皆様が、私に楽しそうに勧めてくださる。
「エリー様、ご覧になって」
「そうね、ぜひ感想をお聞かせいただきたいわ」
「伯母様……」
「エリー、せっかくのお言葉ですもの。拝見してはいかがかしら」
伯母様にも勧められ、リボンと包み紙を解くと、中から白い箱が現れた。
その蓋をゆっくり開けると、目に飛び込んできたのは、煌めく透明感のある淡い青——
ブルーダイヤモンドだ。
細かな多面体にカットされた、大粒のブルーダイヤモンドを取り囲むように、白金細工の6本の輪が角度を変えて配されたブローチだった。
星座や太陽、月などの模様が見事に刻み込まれた各々の輪には、小粒のダイヤも埋め込まれ、また祈りの言葉『恩寵と共にあらんことを』ともある。
6本の輪は、おそらくはエヴルー家以外の“中立七家”を意味し、中央のブルーダイヤモンドがエヴルー“両公爵”か、私とルイスだ。
あまりのすばらしさに言葉を失い息を呑んでいると、伯母様から声がかかる。
「エリー?」
私ははっとし、皆様に御礼を申し上げる。
「このような芸術的なお品のすばらしさに、思わず目を奪われておりました。
また非常に価値のあるお品、エヴルー“両公爵”家の家宝とさせていただきます。
誠にありがとうございます」
「あら、付けてくださらなくては」
「そうですわ。エリー様なら絶対に似合うと思って、その石にしましたの」
「ルイス公の瞳に合わせた青いお召し物が多いでしょう。
絶対に映えますわ」
うん、確かに“エヴルー・シリーズ”とも言うべきマダム・サラに調製してもらったドレスを、エヴルー公爵邸で、私は制服のように毎日着ている。
着心地も極上で飽きが来ない。デザインは流行を取り入れて、微妙に変えてくれていた。
今日もルイスの瞳の青に近い生地に、ローズマリーを地模様に織り込んだ、上品なエンパイアドレスだ。
合わせる宝飾はエヴルー公爵家紋章の金細工の中から、ピアスやネックレスなど、1、2点にしている。
だって決めてた方が楽だし、毎日今日はどれにしよう、と悩む時間が惜しくもあった。
しかし、いきなりブルーダイヤモンドとは。
ハードルが高すぎる。
王国時代でも、王室に伝わる品を典礼などの際に貸し出され、身につけただけだ。
伯母様に『“テルース”のため試験体になったので、何かご褒美をくださいませ』と言ったが、これはご褒美レベルではない。
「エリー様、失礼しますわね」
私の戸惑いを見てとったアンナ様が、ブローチを持つと私の胸につけてくださる。
「とてもお似合いですわ」
「やっぱり。この布地にとても映えますこと」
「本当ですこと。この石にしてよかったわ」
「うふふ、そのブローチ、大聖堂で身体安全祈願もしてくださってますのよ。お守り代わりですわ」
すごい付加価値まで付いていた。
伯母様がマーサを呼び、鏡を持ってくるよう言いつける。
用意された姿見の中のブローチは、青いドレスを着た私に違和感なく馴染んでいた。
そして、白金の輪の中でブルーダイヤモンドが揺れるたびに、美しい煌めきを放つ。
これも熟練職人の高度な技により、細かい多面体にカットされているためだ。
私は皆様を振り返ると、浅めだがゆっくりとお辞儀をする。
「何よりのお品を贈ってくださり、本当に嬉しゅうございます。
この美しいブローチを見るたびに、皆様を思い出し、心の励みといたします」
「気に入ってくださってよかったわ。
さあ、お楽になさって。もう臨月なんですもの」
アンナ様が手を取り、座らせてくださる。
瞳が潤みそうになり、目元にハンカチを当てた私に、伯母様やアンナ様を始めとした皆様方は、温かい言葉をかけ続けてくださった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
※今回出てきた『貴婦人の感涙』は、実在の具材や、野菜の原産地などの説を元にしたフィクションです。念のために申し上げます(⌒-⌒; )
◆活動報告でもお知らせしましたが、この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』のコミカライズがただいま進行中です。
これも読者様の応援あってこそのお話で、本当にありがとうございます。
進展などあったときは、活動報告などでお伝えさせていただきます。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞ。
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