172.悪役令嬢の故国 3
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※諸般の事情により、今まで称していた王国をラウリカ王国、帝国はブルグント帝国とさせていただきます(基本は王国、帝国です)。
よろしくお願いします(*´ー`*) ゞ
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、48歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ラッセル公爵視点】
「ラウリカ王国の繁栄を願って、乾杯!」
『乾杯!』
アルトゥール殿下の乾杯のあいさつは、前もって用意された原稿通り、まともに終わった。
ひと安心だが、この後、あいさつする臣下へボロが出ないことを祈る。
まあ、ソフィア薔薇妃殿下とメアリー百合妃殿下がどうとでもしてくれるだろう。
今のところ、新年の儀は好調だ。
祝事が三つ、発表されたためだろう。
一つは昨年10月にメアリー百合妃殿下がお産みなされたレティシア王女殿下のお披露目だ。
国王陛下はソフィア薔薇妃殿下腹のフレデリック王子殿下と同じく、目に入れても痛くないようなおかわいがりようだった。
演技だとしてもたいしたものだし、穏健派と革新派の政治バランス上、とても重要だ。
アルトゥール殿下も抱きなれしており、メアリー百合妃殿下はもちろん、ソフィア薔薇妃殿下も抱いて祝福し、大広間は表面上だけでも実にめでたい雰囲気だった。
二つ目は、ブルグント帝国からのミネルヴァ第一等勲章贈呈の件だ。
功労者の中に、我が愛娘であり、第一王女でもあるエリザベスの名前があったことは、会場の貴族を驚かせてもいた。
ついでに言うと、あのおバカ(=アルトゥール王子)も、『え?!』という驚きを、わずかに浮かべていた。
すぐに平静な表情で覆っていたが、まだ足りないと見える。衆目を浴びる壇上なのだ。
何をしている、と心中腹立たしい。
ミネルヴァ勲章贈呈の概要はひと通り説明した。
『功労者は国王陛下、ソフィア薔薇妃殿下などの方々です』と伝えたところ、『わかった。父上にお慶び申し、ソフィアは労わっておく』とそれ以上確認しなかったのはお前だろう。
最後は、それ以上の驚きと共に受け止められた。
国王陛下にアルトゥール殿下以来のお子様が、順調にいけば21年ぶりにお生まれになることが発表された。
母親はご愛妾で、王妃陛下の養子とする、と改めて宣告される。愛妾の身元も現在どこにいるかも、一切明かされなかった。
当然だが、暗殺防止だ。
バカをやらかしたとはいえ、今のところ、アルトゥール殿下が次の国王ではないかとの予想が、再び高まっていた。
友好通商条約締結国であるブルグント帝国に入国できない国王など、私からすればあり得ないのだが。
ここに新しい直系の誕生が予告されたのだ。
また、フレデリック王子殿下を早くも擁立しようとする声が、ソフィア薔薇妃殿下の実家である穏健派筆頭侯爵家を中心にじわじわと広がってきている。
メアリー百合妃殿下がお産みあそばしたお子が、王女殿下だったことも大きい。
そこに一石が投じられたのだ。
だが、慶事である。
臣下として祝わずにいられようか。
「ラウリカの大地と海の守護者たる偉大なる国王陛下。
このすばらしき日に新年を迎えお慶び申し上げます。
王室に新たな方々のご誕生は、王国の繁栄の証。誠におめでとうございます」
「うむ、ラッセル公爵よ。常日頃の忠心と政の見事な補佐を、心強く思っておる。
今年もよろしく頼む」
「はっ、確かに承りました」
「あいさつの後は、儂の元に参れ」
「かしこまりました」
これで宰相もめでたく一年更新された訳だ。
王妃陛下はまだ自主的幽閉をされてらっしゃるので、お出ましではない。
次はアルトゥール殿下だ。
さあ、試験と行くか。
「ラウリカの空に光る星たるアルトゥール王子殿下。
ラウリカに美しく咲き誇るソフィア薔薇妃殿下。
ラウリカに麗しく咲き誇るメアリー百合妃殿下。
このすばらしき日に新年を迎えお慶び申し上げます。
フレデリック王子殿下の健やかなご成長をお祈りし、またレティシア王女殿下のお誕生を改めてお祝い申し上げます。
本年も王室と王国のため、忠義と誠実をもってお仕えする所存にございます」
わざと愛妾の件は触れなかった。さあ、どう出るか?
「ラッセル宰相閣下、昨年は王国のためによく尽くしてくれた。
新年も王室と王国をよろしく頼む。
ミネルヴァ勲章の件は、宰相もエリザベスもおめでとう。
帝国との友好のためによく役立ってくれた。私からも礼を言う」
「はっ、ありがたき幸せ、痛み入ります」
「それと……」
ここで終わればいいのだが、何か言い淀む。
まったく、今はやめてくれ。
「本当に喜ばしいこと。
慶事が三つも重なるとは、これも宰相閣下が国王陛下を万全に補佐してくださっているからですわ。
フレデリックもレティシア様も安心して委ねられます」
「ソフィア様の仰る通りです。
ラッセル宰相閣下、今年もよろしくお願いしますわ。
特にレティシアのことは、私とソフィア様と同じように、フレデリック様と仲の良い兄妹に育つため、臣下がたの導きをお願いいたしますね」
やはりこのお二人は優秀だ。
おバカ(=アルトゥール王子)からさっさと話を引き取り、レティシア王女殿下、フレデリック王子殿下の話とすり替えてしまった。
それもお互いの仲の良さを並みいる臣下達に聞かせながらだ。
さすがエリザベスの親友だったことはある。
「はっ、重々承知いたしております。
それでは御前を失礼いたします」
私は壇上を後ろから移動し、国王陛下の玉座の斜め後ろに立つ。
いつもの定位置だ。
国王陛下があいさつを次々と受ける中、時折り小声で質問され、それに答える。
国王陛下といえども、全ての貴族家の昨年の慶事を頭に入れておくのは難しい。
王妃陛下がその役を果たしていない今はなおさらだ。
それ以上に重大な執務はいくらでもあるのだ。
私の補佐能力はこのためにもある。
皆、三番目の慶事である愛妾について知りたがっている雰囲気に満ち満ちていたが、陛下も私も見事に流していた。
どんな小さなことでも、国王陛下から我が家の慶事を祝われるのは嬉しく名誉なことだ。
そんな中、待っている間に酒を過ごしたのか、不埒者が現れた。
自分の家の孫の懐妊を祝われた、ある伯爵が大声でこう言ったのだ。
「我が家の嫁も、エリザベス第一王女殿下とご一緒の年に、子どもを授かり産めるとは、実に光栄でございます」
会場が一瞬、静まり返る。
エリザベスの懐妊は、国王陛下が公にするまでは、一切口にしないと、非常に強い箝口令が王城内と各貴族家に敷かれていたためだ。
破った際は謹慎ではすまず、厳しい罰が与えられると通達していた。
「…………」
私は慈愛の微笑みを浮かべながら、怒りを内包した冷たい声で命じる。
「近衛。伯爵は大層お過ごしのようだ。別室でお休みいただくように」
「はっ、かしこまりました」
私の声に、周囲をきょろきょろと見回しながら、伯爵は近衞に連れて行かれた。
「やれやれ、まいったものだ。自分の口さえ制御できぬ愚か者が我が臣下に迷い込んでいたとは……」
「早くに知れて、ようございました」
「皆の者、通達は儂が解くまでは続く!さよう心得よ!」
『はっ!』
アルトゥール殿下以外、全ての臣下が心臓に右手を当てて、誓いを立てる。
ソフィア薔薇妃殿下とメアリー百合妃殿下もだ。
アルトゥール殿下も急ぎ、同じ姿勢を取る。
ふむ、少しはマシか。
その後も粛々とあいさつは続き、全てを終え、新年の儀はめでたく終わりを迎えた。
王国では引き続き、新年を祝う舞踏会が開かれる。
ファーストダンスは、国王陛下と今年はメアリー百合妃殿下が踊られ、セカンドダンスはアルトゥール殿下とソフィア薔薇妃殿下だ。
セカンドダンスを眺めていると、メアリー百合妃殿下が私の元に来る。
「ラッセル宰相閣下。後ほど私と踊っていただけますか?」
「恐れ入ります。私は妻と娘以外とは踊れぬ無粋者でございます」
「ふふっ、これでよろしいでしょう。私さえ断ったのですもの」
「ご協力、感謝いたします」
まだうるさい虫が湧くのだ。我が最愛のアンジェラ以上はいないと言うのに。
「それはそうと。
この髪飾り、いかがかしら。エリー様が贈ってくださったんですのよ」
メアリー百合妃殿下が美しく結い上げた金髪には、白金細工の白百合の髪飾りがあった。
めしべとおしべは金色に光り、実に見事な細工だ。
メアリー百合妃殿下は、黄緑色の瞳を輝かせ、優雅な所作で髪飾りに手を当てると、自慢なさる。
「よくお似合いでございます。エリザベス第一王女殿下もお喜びでございましょう」
「美しい細工物でしょう?まるで本当の百合のよう。ソフィア様とも楽しい相談をしておりますの」
「それはそれは。麗しいことにございます」
そこに踊り終えたアルトゥール殿下とソフィア薔薇妃殿下がいらっしゃる。
「あ、ラッセル宰相閣下。明日にでも話したいことが……」
「殿下。次は私と踊っていただけますか?ソフィア様は国王陛下がお待ちでしてよ」
「あ、うん。宰相、頼んだよ」
「どうぞ、お楽しみを」
私は応とは言わないまま、王族の方々を敬意をもって見送った。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
執務室に戻った私は、部下にただちに命じる。
箝口令を破った伯爵は国境を守る砦へと送致され、伯爵家は息子に代替わりさせる処置を取る。
その後は会場に戻り、臣下達との社交を行った。
翌日——
思ったとおり、アルトゥール殿下が私の執務室を訪ねてきた。
確認に秘書官を送っただけ、かなりマシとなったが、何を話すかは予想がつく。
現れた時、顔色が良くなかった。あまり眠れていないのだろう。
人払いした上で、ソファーに座りテーブルをはさみ向かい合う。
「ラッセル宰相閣下。あなたの時間を無駄にしたくはない。単刀直入に聞く。
エリザベスの懐妊は本当なのか?」
瀬踏みをしない際、こういう言い回しが出来るとは、なかなか成長したと言うべきか。
「はい、事実です」
「どうして私に伝えない?」
「必要がありますか?」
「え?」
私が問いかけに答えた問いかけの意味が一瞬わからなかったようだが、すぐに目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
これがわからないようにできればよいのだが、まだまだだ。
少しずつマシにはなって来てはいるが。
「……私にはいつ、伝えるつもりだったんだ?」
「エリザベス第一王女殿下がご無事に出産されたとの報が入れば、王族のご出産の慣例、大聖堂の鐘を鳴らし、臣民に伝えます。
妥当なのはその時でございましょう」
「……わかった。ただあの鐘を鳴らせば、母上にも聞こえるぞ」
ほう、脅しをかけてくるか。
「そこはどうとでもなります。ご心配なく。
いずれにせよ、ご無事にご出産あそばすまでのご命令でございます。
国王陛下が『気になってならぬのでそうせよ』とお命じになられました」
建前を言うと、瞳を細める。自嘲しているような表情だ。
「宰相閣下。私も二人、子どもができた。
フレディもレティもかわいい。
そして、ソフィアやメアリーがどれだけ大変だったかも見てきた。
リーザ、いや、エリザベス第一王女殿下にも、『ご安産を』と、いや、違うな……。
ラッセル宰相閣下。孫の無事な生誕を祈っている。恩寵が赤子と母親と共にあるように」
中ほどを胸で収められれば、合格だったが、自己修正できただけ、かなりの進展だ。
「はっ、誠にありがとうございます」
私の時間を無駄にしたくない、と言ったとおり、さっと引き上げていった。
無期限24時間監視付きの帝王“再”教育と、私が監修した“精神鍛錬メニュー”は、少しは実を結びつつあるようだ。
しばらく執務を執っていると、久方ぶりに王妃陛下のお召しの声がかかる。
予想はしていたので、居室に伺う。
3か月ぶりだろうか。
前回も、その前もずっと、ベッドに引きこもっていらっしゃった。
今日はドレスに着替えていたが、サイズが合っていない。
ずいぶんやつれられていた。
不都合な期間以外はほぼ毎日、陛下と褥を共にされているのだ。無理もない。
勧められるまま、ソファーに座る。紅茶を供されるが、口にはつけない。王妃陛下は人払いを命じた。
「王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう恐悦至極に存じます」
「ラッセル宰相閣下も御息災で何よりですわ」
「国王陛下とも仲睦まじく、臣下としては、王国の象徴として実にめでたきことと存じあげます」
「……えぇ、ありがとうございます。
でも、陛下は別の花を愛でられたそうで、もう私は必要ないかと……」
切なそうな表情の裏には、喜びが透けて見える。
やれやれ、性根は変わってはいないようだ。
「陛下は昨夜はどちらにもお渡りになっておられません。
舞踏会の後も執務があり、そのままお休みになられました。
今宵、いらっしゃった時に直接お聞きになってはいかがでしょうか」
「え?今夜、も……?」
王妃陛下に言葉が途絶える。信じられないことを聞いた、と顔も青ざめる。
「はい、ご寵愛麗しく、何よりのことでございます」
「……ご愛妾は、懐妊されたのでは?」
「すでに6か月、侍医が申すには緑薫る5月の下旬に出産との予定でございます」
「でしたら、私はもう、必要、ないのでは?」
「それは国王陛下のお気持ち次第でございましょう。
またご愛妾方から産まれたお子はすべて、王妃陛下のご養子となり、ご養育いただくこととなります。
どうぞ、王国の王妃陛下としての責務をお果たしくださいますよう、お願いいたします」
「ご愛妾、“方”?“すべて”?」
「はい。王妃陛下の不都合な間は、複数のご愛妾をお召しでございます。
幸運にも、奇跡的に、第二子のご誕生、ますます励まれることでございましょう。
ご養育の任をよろしくお願いいたします」
「……アルトゥールの、子どもも、いるのに?
私が欲しかったのは、アルトゥールとエリーの子どもよ!
私とアンジェラ様の血が一つになった子どもよ!
それ以外は要らないわ!!要らないのよ!!」
ゆっくりと洩らす自分の言葉に興奮されていき、最後は激高した。
私は平然と受け止める。
「それはご無理なお話でございます。何よりあなたが無理になさったのです。
私の掌中の珠を砕こうとなさったのをお忘れか?!」
私は慈愛の宰相の表情で、雷の一喝を与える。
王妃陛下はぶるぶると震え始め、呻めき、泣き始めた。
私は立ち上がると、室外に立っていた護衛の近衛と侍女に、侍医を呼ぶように命じる。
「お話はこれにて終わりとさせていただきます。
くれぐれも王妃陛下としてのお務めをお果たしください。
少なくとも、放棄されていたお時間と同等の間は……。
私はまだ優しゅうございますよ。
国王陛下は天に召すまでと仰せでした。ご寵愛、何よりのことと存じ上げます。
では、失礼いたします」
王妃陛下へ臣下の礼を恭しくとり退出する。
執務室へと向かう私の足取りは、実に軽やかだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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