171.悪役令嬢の新年の儀 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、47歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー、大丈夫か?」
「えぇ、ルー様。
ここでは椅子に座らせていただいてるもの。大丈夫。
出産前に皆様とお会いできる最後の機会は、大切にしたいわ」
エヴルーでの“珍獣”生活を守るためにも——
今は、“新年の儀”を行う大広間への入場を待つため、公爵家の控え室にいる。
公爵家の方々にはごあいさつし、次は侯爵家の方々のごあいさつを受ける。
“中立七家”の侯爵家の方々が、私の臨月の身体を思いやってくださり、こちらに来てくださった。
すると、追随して他の侯爵家もいらした。
去年は私達が出向きあいさつをして回った。
本来なら逆なのだが、私とルイスがさっさと済ませようと効率を優先したためだ。恐縮されて申し訳なかったっけ。
だが今年は違う。名実ともに序列1位となった“両公爵”家にあいさつにお見えになる。
ルイスを不躾に見るあのドーリス元公爵家は、引き続き自主的に謹慎しているようで、侯爵家の中にもいなかった。
おかげですっきり快適だ。
この新年の儀を終えれば、公的な機会はほぼ終わり、私的にごあいさつをすませたら、エヴルーへ帰れるのだ。
最後はきちんと締めよう——
マダム・サラは私の意図に合わせ、ルイスの色目に合わせた、黒レースを用いた青いエンパイアドレスを仕立ててくれた。
胸下の切替は黒の太いレースに大粒の真珠を重ねてぐるりと連ね、手首までの長袖は、カモミールの花が編まれた黒いレースに、花びらに露を模した真珠が縫いとめられている。
スカートはドレープをたっぷり取り、大きなお腹の膨らみも立っていれば、さほどは目立たない。
宝飾は真珠とサファイアのパリュールだ。
ネックレスは二連の真珠の中央に大粒の青いサファイアが輝く。
今夜は結い上げた髪にサファイアと真珠のティアラを冠り、エヴルー公爵家の紋章を金糸で刺繍した黒レースのヘッドドレスを付ける。
耳には吊り下げ式のイヤリングが揺れ、指輪もサファイアを真珠が取り囲んでいる。
このパリュールでは、婚約式以来のほぼフル装備だ。
そこに赤いサッシュでガーディアン三等勲章と星章、拝受したばかりのミネルヴァ一等勲章を胸に付ける。
この衣装には4つ意味がある。
二つの勲章は、帝国への忠誠を誓うものであり、功労者でもあること。
ルイスの色目、黒と青に包まれ、私とルイスの仲は誰も入り込めないほど円満であること。
帝国では貴重な真珠をふんだんに用い、またティアラを冠る私は、ラウリカ王国の第一王女という身分を有していること。
そして、見事なレース編みや刺繍、ハーブ染料に代表される領地エヴルーの広告塔だ。
ルイスは黒の帝国騎士団儀礼服に身を包み、同じく赤いサッシュでガーディアン三等勲章と星章、拝受したばかりのミネルヴァ一等勲章を胸に飾る。
ピアスとカフスボタンなどは、エヴルー公爵家の紋章だった。
控え室から、大広間へ入場する扉の前に案内される。
臣下では私達が最後だ。
序列第一位の重みを今さらながら、ひしひしと感じていると、ルイスが私に優雅にボウアンドスクレープをしてみせる。
本当にかっこいい。剣の名手なだけに、動きの一つひとつが様になっている。
私が手を差し出すと、甲にそっと唇を落とす。
「エリー、なんて綺麗なんだ。エスコートできる名誉を俺に与えてくれた。
“ユグラン”がお腹にいて三人で入場できる。最初で最後の新年だ。
今年はありがとう。来年もよろしく。三人で幸せになろう」
ルイスの愛情のこもった青い眼差しに見守られながら、私はお腹をなでたあと優美に微笑み返す。
「ルー様、とてもかっこよくてよ。
さすが私の夫で“ユグラン”のパパだわ。
“ユグラン”と三人で行きましょうね。
ね、“ユグラン”。あなたのパパはとってもすてきな方なのよ。
今年はありがとう、ルー様。来年もよろしく。三人で幸せになりましょう」
想いのこもった言葉を交わし、互いが互いを見つめ合い、微笑んでいると、担当の侍従が身振りで指し示す。
「エリー、行こう。足元に気をつけて」
「はい、ルー様」
私達は扉が開けられる瞬間を、凛とした姿勢で待った。
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「エヴルー“両公爵”、ルイス閣下、エリザベス閣下、ご入場です!」
豪華な大広間に敷き詰められた、分厚い真紅の絨毯の上を、ルイスのゆっくりとしたエスコートでしずしずと歩む。
高い天井から照らすシャンデリアは、宝飾を煌めかせ、ドレスを際立たせ、私を美しく見せてくれていた。
一番はマーサ達がエヴルーの美容品で磨き上げた私の肌だ。
ネックレスを飾ったデコルテや、レース越しの腕は、白い艶を帯びている。
「まあ、どれだけの真珠を使ってらっしゃるのかしら。サファイアもすばらしいわ」
「青と黒、ルイス閣下のお色だわ。いつもすてきなドレスですこと」
「あのヘッドドレス、見事な刺繍だこと。
エリザベス閣下の金髪も透けて見えてるんですもの。どれだけ薄いレースなのかしら」
マダム・サラに演出された私は、その役割を果たせているようだ。
「ルイス閣下も本当に凛々しくて……。
生きた戦神と呼ばれるにふさわしいわ」
「エリザベス閣下を得て、戦争に勝ち、さらに堂々としてらっしゃる。見事なものだ」
ルイスへの賛辞も多い。
ただ“生きた戦神”なんて冗談じゃない、と思いつつも、今は聞き流し、公爵家の定められた場所に二人で立つ。
次は帝室の方々の入場だ。
最初は第四皇子殿下だが、お母様のご側室様をエスコートされていた。
珍しい光景に、多くの臣下が目を奪われる。
皇子殿下は胸を張り、お母様を護られるように壇上に立つ。
次なる入場で、大広間はさらにどよめいた。
第五皇子殿下が、皇女母殿下をエスコートしていらしたためだ。
お二人とも注目には慣れていらっしゃる。
衆目とシャンデリアの光を浴びながら、典雅に歩み、壇上へ進まれる。
第五皇子殿下の背の低さも、気にならないほどだった。
私とルイスは当然のように、二組のご入場を迎える。
今回は置いてけぼりにはならなかった。
しっかり皇妃陛下と伯母様から情報は得ている。
安心して“珍獣”になるためにも、“両公爵”家を守るためにも、情報は欠かせない。
最後は皇帝陛下と皇妃陛下だ。
例のお花やピンクダイヤモンド、そして離婚届の問題など思いもつかない、王者たる風格で会場を圧しながら、ご入場される。
帝国を象徴する豪華な衣装の皇妃陛下を、皇帝陛下は何よりも大切そうにエスコートしていた。
どうか、お幸せに。
こっちまで問題を振り分けないでほしい。
両陛下が壇上に立たれる。
静まり返った荘厳さの中で、儀礼官が新年の儀の始まりを告げる。
それに合わせるかのように、高らかな鐘の音が、皇城内にある聖堂から響き始める。
昨年の喪中と異なり、大聖堂を皮切りに、次々と聖堂の清らかな鐘の音が鳴らされ、帝都中に満ちていく。
この新年を祝う聖なる響きの中、大広間の貴族達は全て、礼の姿勢を取る。
右手を心臓の上に当て、神へ祈り、帝室への忠誠を誓う。
鐘の音の余韻が漂い、そして静まると、儀礼官が祈りの終わりを告知し、いよいよ皇帝陛下のお言葉だ。
どうか無事ですみますように、と心から祈る。
皇帝陛下は決める時は、その威厳を遺憾なく発揮される。
昨年の国難とも言うべき、南部の“熱射障害”による不作、続いて起きた南部戦争、その勝利、新しく得た版図、そして北部の熊害と、一丸となって立ち向かった、今も続けている臣下に感謝の意を示し、そして鼓舞し、忠誠心を褒めたたえる。
さらに今年は第五皇子殿下の立太子の儀を執り行うと宣言し、併せてその妃候補を、選定委員会にて、年月をかけて選び抜くと告げる。
「儂の隣りにいる皇妃のような、そして皇女母のような、この帝国にふさわしい存在に育つご令嬢を、国内外を問わず、委員会が選定する。
立太子の時にあったような、不埒な動きは許さぬ。
そのような暇があるなら、南部と新版図の復興、北部の熊害対策に注ぐように。
よいな!
それは我が帝国のさらなる発展と栄光に寄与するだろう。
皆の忠誠と努力を望む!」
「皇帝陛下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!」
儀礼官の三唱に臣下一同が続き、大広間が声で揺れるようだ。私は思わず“ユグラン”を庇うようにそっと腹部に手を当て、伸びやかに発声した。
『皇帝陛下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!』
皇帝陛下が両手を大きく上られると、また静まり返る。
乾杯のごあいさつは、皇妃陛下だ。
国母の慈愛を表すようなお声で語られたあと、優雅な所作でグラスを掲げる。
「帝国の栄光と栄華を願って!乾杯!」
『乾杯!』
今年は儀礼に復した赤ワインで、もちろん私は葡萄ジュースで、帝室・臣下一同、祝杯を上げる。
そして臣下による皇族へのごあいさつが始まった。
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エヴルー“両公爵”家は序列第一位、私とルイスからごあいさつする。
ルイスは騎士礼を、私はゆっくりとお辞儀を行い、忠誠心を明らかにする。
“珍獣”化するための必須条件だ。
かつ、臣下の代表でもある地位で、手本を示さなければならない。
私とルイスは、先日の祝賀会で最も高い名誉と大きな褒賞を授与された。
どこかに付け入る隙はないかと、観察されている視線が刺さるようだ。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
帝国の麗しい月である皇妃陛下。
この清々しき日に新しき年を迎えたお慶びを申し上げます。
立太子の儀により、新たな帝国の煌めく北辰たる皇太子殿下が生まれることを、序列第一位の臣下として、心よりお祝い申し上げます」
そう、ここはとても重要だ。
ルイスは臣下として仕える立場であり、皇族復帰など絶対にしないし、帝位を望まない宣言でもある。
それを意識し、礼を取りながらも、朗々とした声を響かせる。
戦場でもこうだったのだろうかと、不意に思い浮かんだが、今は集中だ。
「昨年は見事に務めを果たしてくれた。ルイス、エリー閣下。
第五皇子が皇太子となったあとも、よろしく頼む。皇妃に続き、そなたらに後ろ盾になって貰えれば盤石だ。
新しき1年も、よろしく頼む。
おお、そうじゃ。エリー閣下。身体を大切にの。
我が孫を無事に産んでほしい。何かあれば、皇妃に言うがよかろう」
えっ?!ちょっと待った!!
第五皇子殿下の後ろ盾になんて聞いてない。
皇妃陛下の雰囲気が微妙に変わった気がする。
絶対に事前すり合わせしてない。
聞き及んだ貴族達が息を呑む気配がする。
本当にどうかして、この人!(=不敬ワード)
この私の心の声を聞き届けてくださったかのような、優しく落ち着いた声が続く。
「ルイス閣下、エリー閣下。
昨年は非常な苦労をかけました。
今年はゆっくりと領地で過ごしながら、帝国のために藩屏として支えてください。
第五皇子は私も含めて、とのことよ。
あまり大仰に捉えないでね。
皇帝陛下、出産前のエリー閣下を驚かせてはいけませんことよ。懐妊中、しかも臨月の身体です。
それを支えるルイスもです。
よろしくて?」
「ああ、皇妃の言うとおりだ。よろしく頼む」
さすがは皇妃陛下。
何事もなかったかのように、修正してくださる。
ああ、後ろから微妙に怒りの視線を感じるのは、伯父様、タンド公爵だろうな。
だって全く聞いてない、無茶振りなんだもの。
後ほど諫言をがんばってください。お願いします。伯父様。
「皇妃陛下のお心遣い、感謝に堪えません。
帝室を守護し奉る藩屏として、皇帝皇妃両陛下を誠実にお支え申し上げます。
また両陛下の孫を身籠っている妻の出産を、エヴルーにて全力で支える所存です。
ご配慮賜り、深い感謝を捧げます」
あ、ルイスもちょっとキレてる。
私の出産でエヴルーに籠るけど、余計なコトすんなよ、って声が聞こえた気がしたのは、私だけじゃないと思う。
「夫同様、エヴルー“両公爵”の名に恥じぬよう、帝室をお支えする努力をいたします。
また私と子どもへのお心遣い、ご慈愛のお言葉、臣下の身としてありがたく、頂戴仕ります」
はい、エヴルーに籠っても良いとのお言葉を両陛下より頂戴いたしました。
『皇妃の言うとおりだ』をいただいたもんね。
誰にも文句は言わせません!
「おう、領地で大事にせよ。無事に生まれることを神に祈っておる」
「本当に皇帝陛下の仰るとおりです。二人ともまずは子どものために、過ごすように。
ゆくゆくはあなた方のような藩屏になってくれる大切な子ども、私と陛下の孫です。
どうかよろしくね」
私とルイスは改めて礼とお辞儀の姿勢を浅めに取り、さっと引き下がる。
次は、皇女母殿下へのごあいさつだ。
礼の姿勢も丁重に行う。
一年を通してのご公務で自信を取り戻し、明るく美しい雰囲気をまとってらっしゃる。本当によかった。
先ほども皇太子妃の手本と皇帝陛下が仰っていた。臣下も軽くは見ないだろう。
「帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下。新しき年のお祝いを申し上げます。
帝国の愛らしき鈴蘭である嫡孫皇女殿下の健やかなご成長を、心よりお祈り申し上げます」
「ルイス閣下、エリー閣下。どうかお楽になさってね。
エリー閣下、安産をお祈りしています。
ルイス閣下は支えてあげてくださいね。
カトリーヌも本当に大きくなったの。また会いにいらしてね」
私の無事な出産を願いつつ、しっかりカトリーヌ嫡孫皇女殿下も入れ込んでいらっしゃる。
お子様のために、逞しくなられたのだろう。
子どものためなら、何でもできる母親は多い。
「はっ、もったいなきお言葉、ありがたく頂戴いたします。
カトリーヌ嫡孫皇女殿下のご健康を願っております」
「お優しきお心遣い、誠にありがたく存じます。
カトリーヌ嫡孫皇女殿下の麗しいご成長をお祈りしています」
私とルイスは、それでも距離を保ち、ていねいに答え次に譲る。
第五皇子殿下、第四皇子殿下と母の側室様は、初めての新年の儀だ。
いずれも軽々しく扱わないよう、特に側室様には丁寧に対応した。
第五皇子殿下は頬を染め、少し高揚していたが、エヴルー“両公爵”家を慰労し、私の安産を願ってくれる。
第四皇子殿下と側室様は控えめで、落ち着いたご様子で、皇妃陛下のお言葉にほぼ従っていらした。
御三方に順々にごあいさつをすませ、私とルイスは壇上から降り、ほっとひと息吐く。
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公爵エリアに降りてきた私とルイスは、お付き合いのある下級貴族の方々のあいさつを受けなければならない。
ルイスはその前に私をお花摘みにエスコートしてくれ、戻ってきたところで、給仕からシャンパンと果実水を受け取り、二人で乾杯する。
「エリー、お疲れ様。新しき年の恩寵が、昨年よりも弥増ように」
「ルー様、お疲れ様です。新しき年の恩寵が、昨年よりも弥増ように。
この後、騎士団でしょう。気をつけて行ってらっしゃいませね」
新年の儀が終われば、今夜は家族で晩餐を囲み、団欒を楽しむ習慣だ。
だが皇城では飲み明かす職場もある。
その代表格が騎士団だった。
「絶対に早めに帰る。ウォルフと一緒に抜けたら、さすがにシャンパンはかけられないだろう」
私はあることを思い出すが、ルイスに伝える必要もない。
「では、“ユグラン”とクレーオス先生、屋敷の皆とお帰りをお待ちしています」
帝国では、幼い子どもを除けば、各々の誕生日は別個で祝わず、新年で皆、一斉に一つ歳を重ねる。
私は二十一歳、ルイスは二十三歳だ。
一人ひとりの新しい年を家族みんなで祝福する。
それが新年の晩餐だ。
「ああ、帝都邸の最初の新年の晩餐で、エリーと“ユグラン”も一緒なんだ。楽しみにしてるよ」
「クレーオス先生もね。きっと帝都邸も喜んでくれてると思うわ。
人がいてこその屋敷ですもの」
「そうだな。いろいろあったが、無事に新年を迎えられてよかった」
この言葉には、本当に深い意味と実感がこもっていた。私は柔らかな微笑みを浮かべ、お腹をなでる。
「えぇ、“ユグラン”が来てくれるなんて、私達、本当に運がよかったのね」
ルイスは一瞬、『ん?』という顔をしたあと、爽やかに破顔する。
『運が良かったら、二人だけじゃないかもしれないよ』
去年、この場所で、照れながら私に囁いた言葉を思い出したのだ。
「ああ、本当に運が良かった。そして、エリーは最高の奥さんだ。愛してる」
もう、公衆の面前で堂々と、今年は照れもせずに言っちゃって。私の頬が代わりに紅潮してしまう。
でもうるさい虫除けにはちょうどいい。
「ルー様。私も最高で最愛の旦那様と“ユグラン”がいてくれて、本当に幸運だわ。
どうかずっと続きますように」
「ずっと続くよ。俺が二人を、エヴルーを護る」
私の腰に手を回し、サファイアの瞳を輝かせ、宣言するルイスは、私の守護神で宝物だった。
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「ただいま」
「お帰りなさいませ、旦那様」
ウォルフが騎士団の付き合いをすませ自邸に帰ると、執事長が迎えてくれた。
先触れを出していたのに、最愛の妻・エヴァの出迎えがない。
新年は息子達もいつも一緒に出迎えてくれていた。
嫌な予感がする。
「エヴァは、部屋か?」
「旦那様、奥様よりこちらをお預かりしています」
執事長が手紙を差し出す。
ということは、エヴァはここにはいない、ということだ。
「どこに出かけた?」
「ご実家でございます。今宵はあちらで過ごされるとのこと。
旦那様のお食事はご用意されていかれました」
ということは、一人で食べろ。
迎えにきても帰らない、との意思表示だった。
「……わかった。着替えてくる……」
しょんぼりと肩を落とした後ろ姿は、誇り高い帝国騎士団を率いる団長には見えない。
執事長はそれでも、このあとのわびしい、たった一人の晩餐の給仕を務めてくれた。
ウォルフは妻の心のこもった、自分の好物を味気なく食べたあと、手紙を開ける。
やはり『懐妊中のエリーに対する仕打ちがあまりに酷すぎる。騎士の誇りを思い出さなければ、迎えに来なくていい。子ども達は私の父が立派な騎士に育てる』とまで書いてある。
ウォルフが深いため息を吐くと、今ごろは皇妃を始めとした、子や孫に囲まれた晩餐を楽しんでいるであろう我が主君を、心底恨みに思う。
——元々好きで引き受けていた仕事ではない。
もう二度とやらないと通告した。
おまけに今日もやらかしていた。
晩餐のあとは、またお説教だろう。
ニヤリと口角を上げるが、明日は我が身だ。
『俺も明日は心して迎えに行こう。
いや、誠意を込めて謝り誓ったあとは、もう一度プロポーズするか……』
最愛の妻の残り香に包まれ、わびしい独り寝で新年の朝を迎えたウォルフだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
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精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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