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169.悪役令嬢のお願い

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。


※ 申し訳ありませんm(_ _)m

前回の『168.悪役令嬢のお父さまの手紙』の、最後のお父さまの手紙の部分に関しては、大幅に改稿しています。

 念のため、告知させていただきます。


※前半は糖度が高めです。苦手な方は戦略的撤退をご検討ください。


ルイスと小さな小さな家族との生活としては、45歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


「ルー様、ユグラン”の名前なんだけど……」


「ああ、そろそろ決めなきゃと思ってたんだ」


 今年もいよいよ押し詰まってきた夜——


 いつものように夫婦二人の部屋のソファーに座り、温かなハーブティーとローズヒップティーを味わっていると、日中、ふと思い出したことを私はルイスに切り出した。


 前に話し合った時は、男女ごとに幾つかの候補を決め、そこから各々考えたあと、また話し合おう、と言っていた。


「ルー様の候補は決まったの?」


「いや、それが……。義父上(ちちうえ)のお気持ちがわかるような気がする。

絞れるどころか、少し増えてしまって……」


 ルイスが申し訳なさそうに、用意していたらしい紙をガウンのポケットから取り出して見せる。


 男女各々5つずつくらいだった名前が、10ずつに増えていた。


「ルー様?お父さまのことを言えなくなってよ?」


 お父さま、ラッセル公爵には、私の名付けの時にかなりの数を候補に上げてしまい、お母さまから、『私は男の子担当、あなたは女の子担当ね』と言われた過去があった。


 ルイスも、「それはちょっと……」と言ってたのに、同じ道を辿られては困る。


「いや、その、騎士団の食堂で子持ちのヤツらに聞いてたら、いつのまにか……」


 帝国騎士団はルイスにとって、実家のような、寄宿学校のような、気のおけない仲間がたくさんいる大切な場所だ。

 7歳の時から帝国騎士団の中で育ってきたと言ってもいい。

 食堂で和気藹々(わきあいあい)と話題にしている様子は目に浮かぶ。


 これでもルイスなりには“絞った”のだろう。

 微笑ましい光景だし、実に楽しそうだが、3つずつくらいに絞るつもりだった私としては、嬉しい予想外だ。

 それにいつかは話さなければならないことも、先送りしていた。


「……事情はわかったわ。ここから3つずつに絞るの、大変そうね。できそう?」


「やってみる。エリーの意見も聞かせてもらえるかな?」


「はい、ルー様」


 ここからは楽しくも悩ましい時間で、ようやく3つずつに厳選したが、ルイスはまだ心残りがあるようだ。


「エリー、やっぱりこの名前は……」


 検討しあった結果、惜しくも選外となった名前を指し示す。


「ルー様?この世にはいい名前、すてきな名前があふれてて、際限がなくなるでしょう?

ルー様と一緒に、“ユグラン”と触れ合える時間が少なくなるのは、ちょっと寂しいな……」


 私はお腹を撫でながら、少し(うつむ)き加減で話す。

はっとしたルイスは、私の手と重ねる。


「ごめん。そうだよな。本末転倒だった。

今はお腹の中で“ユグラン”を育ててくれてるエリーを大切にしたかったのに。

楽しくて、つい夢中になってたんだ」


「気持ちはよくわかるわ。大切な宝物、“ユグラン”に付ける名前だもの。こうして話し合うのもとても楽しいわ。

ね、ルー様。3つずつまで決めたから、名前はルー様が決めてくれる?」


「え?!俺が?!」


「そう。ルー様決めてほしいの。

出産までにこの3つから1つに決めておくか、外の世界にがんばって出てきた“ユグラン”に、初めて出会った時に決めるかは、ルー様にお任せするわ」


 私は家族との縁が薄かったルイスに、“ユグラン”の絆をより強く結んでほしかった。

 私は妊娠してから、もう8ヶ月以上、この身で育ていて充分だと思う。


「エリーはそれでいいのか?出産は命懸けだ。

悪阻(つわり)もその後もいろいろ大変だった。

名付けの権利はエリーにこそあると思うんだが……」


「そうね。苦しくもあり、幸せでもあったし、今でもそうよ。

この幸せをルー様は味わえないんですもの。だから、名付けはルー様にしてほしいの。

責任重大だけど、幸せでもあるでしょう?」


 私は穏やかに微笑む。これは本当の気持ちだった。


「エリー……。ありがとう。この名誉な幸せを充分味わうよ」


「そうね、次代のエヴルー公爵なんだもの。

ルー様、がんばってね」


 引き受けてくれた瞬間は、つい、『やった〜』とも思ってしまう。私が産み、ルイスが名付ける。

 産み出した赤ん坊に名前がつけられ、この世に一人の人間として存在が認められ、歩みが始まるのだ。


「あ、俺が引き受けた途端、すっごくいい笑顔になって。

このお、かわいすぎるよ。

絶対、他のヤツらに見せちゃダメだ」


 そう言えば、騎士団への差入れも『ガタイのいいヤツに万一ぶつかられでもしたら大変だ』ってやんわり断られたっけ。

ひょっとして、そういうコト?

 私は思わずストレートに聞いてしまう。


「ルー様。私、外出しちゃダメなの?」


「えッ?!ああ、そういう意味じゃなくって!

その、あの……」


 首から耳までだんだん赤くなっていくルイスが愛しくてたまらない。

 私が照れて真っ赤になる言葉を、甘く、もしくはかっこよく(ささや)くときもあれば、こうして照れてしまうときもある。

 どちらも私限定なのが、この上なく嬉しくて胸が高鳴る。きゅんきゅんが最高潮だ。


「……ありがとう。

エヴルーに戻って、“ユグラン”を産んだらしばらく外には出られないから、大切な方への私的なごあいさつはすませておきたいの。

いいかしら?」


 私の問いかけの間に、気持ちを立て直したらしい。


「ん、んんッ。もちろん、エリーと“ユグラン”の安全が保障できるように、マーサとクレーオス先生、護衛がいれば大丈夫だよ」


 “安全が保障”ってルイスらしいし、頼もしい。


「よかった。ありがとう、ルー様。いつも私の安全を第一に考えて、護ってくれてて。大好きよ」


 私と“ユグラン”のことを大切にしてくれるルイスに、想いを込めて微笑みかける。

 すると、ルイスががばっと私の頭を包み込むように抱きしめてきた。


「もう、ほんとかわいくなって。

いや、前のエリーもかわいくて仕方なかったんだけど、“ユグラン”が来てくれてから、どんどん増えてって、俺、限界試されてる気分……」


「え?ふっくら好みだったってこと?」


 私は“ルイス包み”にされてる頭を傾げたい気分だ。


「違うよ。俺の子どもを、いろんな痛みや苦しさに耐えて、産んでくれようとしてるエリーが、かわいくて、愛しくて、仕方ないんだ。

うまく言えなくて、ごめん……」


 両手をなんとかルイスの背中に回した私は、興奮を落ち着かせるように、とんとんと軽くゆっくり叩く。

 ルイスの顔は見たかったが、気がすむまでこのままにしておこうと思った。


「ありがとう、ルー様。言葉にしなくても気持ちは伝わってくるもの」


「……ありがとう、エリー」


 この抱擁は、「ごめん、ちょっと腰が痛いかも」という妊婦あるあるで幕を下ろした。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 私とルイスの話し合いが始まる前——


 正門で手紙を見せ、帝都邸(タウンハウス)に住み込みで働いている父親を呼び出す男がいた。

 まもなく現れた老庭師は、門衛の騎士に執事長の許可証を提示し、棲家(すみか)ともなっている温室へ二人で歩いていく。

 途中、巡回の騎士達にも会い、息子は誰何(すいか)される。その都度、許可証を示していた。


 温室の奥、住まいとしている部屋に辿り着き、息子はその温かさと共に緊張が緩みほっとする。


「ずいぶん厳重なんだな」


「それは序列第一位の公爵様で、奥様は跡取りになるお方をご懐妊中だ。

それにご当主様は南部戦争で指揮を執られた。

逆恨みした慮外者(りょがいもの)が現れても不思議ではない。当然だろう」


「それはそうか」


 父親が入れたハーブティーを載せたテーブルをはさみ、親子で向かい合う。


「それで、折り入っての相談とはなんだ?

お前には皇城の庭師として仕込めることは、すべて仕込んだ。

だから私はお前に役目を譲り、ご縁があってここに雇っていただいたんだ。

お前は申し分ない、一人前の庭師だ」


「ああ、親父はきっちり仕込んでくれた。感謝してるよ。

実は親父にしかわからないことがあって、聞きに来たんだ。

手紙には書けなくて、実は……」


 息子は訪ねてきた事情を説明する。


 皇帝陛下が皇妃陛下に、「贈ってもらいとても嬉しかった花がある。それは陛下にも伝えた。どの花かわかるか?」と(たず)ねられ、「わかっている」と答えた。


 しかし実は不明だ。

 贈答記録を元に花束を贈ったが違った。

 まだ皇太子妃だったころ、庭で慰めた時の花ではないか。そのころを知る者に確認したい、との御下命があったと話す。


「あのころは親父が管理者で、皇族の方々がおいでの際は、付き添っていた。何か覚えていないか?」


「私は記録すべきはすべて記録している。記録簿は調べたのか?」


「ああ、調べたよ。だが、当時の皇太子妃殿下と皇太子殿下のおいでがあった、とだけしか書いていないんだ。どうしてだ?」


「お前も知ってるだろう?

見聞きしたことを『忘れろ。他言無用だ』とのご命令はよくあることだ。その度に私は忘れてきた。記録も残せない。

帝室の方々のご命令だ。従わざるを得ない。お前にもそう教えたはずだが?」


 父親はそう答え、悠然(ゆうぜん)とハーブティーを飲む。

 エリーのレシピを元に調合されたエヴルー公爵家門外の品で、使用人達もほとんどが愛飲していた。


「それはそうだが、親父の記憶力は抜群だ。ひょっとして覚えてないか?

皇帝陛下のご下問なんだ」


 息子の焦った様子に、父親は黙ってカップを置く。


「それこそ他言無用だぞ。

あのころは先代の皇妃陛下が皇太子妃殿下に、時折厳しい態度を示されることがあった。

その気分転換に、庭においでになることも多かった。


時々付き添われた皇帝陛下のお優しいお言葉に、涙されることも確かにあった。

ただ泣いたのが先代の皇妃陛下のお耳に入れば、『涙は未来の皇妃にふさわしくない』とさらに厳しくご指導される。

それで『絶対に忘れろ。一生、他言無用と心得よ』とのご命令だった。

私はこういった件に関することは忘れた。記録も約定(やくじょう)通り残さなかった。

命は惜しい。覚えていてなんの(えき)もないものだ」


 ハーブティーを飲み干す。

 冷めてもおいしく、冬の冷えに身体の中から温めてくれる思いやりを感じる味だった。


「本当に覚えてないのか……」


「ああ。私の記憶も有限だ。覚えて害のあるものは、さっさと忘れるに限る。そして有益なものを覚える。

皇城の庭師とはそういうものだ。お前にも教えただろう?忘れたのか?」


「いや、覚えてるよ」


 こういった秘密や薬草園に関わることは、確かに『忘れるように』と、代々厳命されてきた。


「お前もご苦労なことだ。正門まで送ろう」


 暗に帰れ、と促された息子は立ち上がると、元来た道を辿る。


「なあ、本当に」


「くどい。『家の定めで“忘れた”ものは二度とは思い出せません。そのように初代皇帝陛下の御代から命じられております。それは代替わりのたびにお命じになられております』と答えるといい。

事実だろう?我が家を首にはできんよ」

 

 これほど口が堅く、忠義者の庭師の家はそうそう見つかるものではない。

 皇城の年経た大木のように堂々とした風格を現した父親に、息子が敵うはずもなかった。


 正門まで見送り、温室に戻る途中、老庭師は頭の中で、さっきあったことのように思い出す。


 現在の皇妃陛下が皇太子妃殿下時代に好んでいた花があり、先代皇妃陛下から『未来の皇妃に相応しくない』と言われたときに慰めとしていたことを。


 それは白く可憐なかすみ草だった。


 先代皇妃陛下から差し回しの侍女に囲まれ、部屋にも飾れず、庭で眺め、時には優しく手に取り眺め、しばしの癒しとしていた。

 『幸福』『感謝』という花言葉もふさわしいと思い、季節には必ず準備していたものだ。

 その生育記録は残してある。

 皇城勤めの優秀な役人が記録を丹念に読み込み、聡い者がいれば気付くだろう。


 温室に戻り、ひとり安楽椅子に座る。


『皇帝陛下はこの帝都邸(タウンハウス)のお披露目会の時、花と木でできた大きな飾り物の意図を見抜かれた才気がおありだ。

必死で思い出されるがよかろうて』


 そう思いながら、心地よい揺れにその身を任せる。


『ルー様は私が退職すると聞きつけると、『この庭を爺に任せたい』と丁重(ていちょう)にお申し出てくださった。

奥様も庭木をこよなく愛されている。

以前の主人(あるじ)だった皇弟殿下が植えていらした植物の復活を手がけるやり甲斐もある。

(つい)棲家(すみか)にはまたとない場所だ。

しかし、思えば皇妃陛下とルー様は……』


 庭でしか泣けなかった、不思議な母と息子の(えにし)に思いを()せていた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。

誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)


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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
やっぱり覚えてた。 まぁ庭師の爺からの宿題ですかね?これは。 素直に謝れば簡単に赦してもらえたのに、いらない意地を張ったばかりに自力で思い出せ(反省しろ)とお仕置きをされる羽目になる。 皇帝であるがゆ…
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