168.悪役令嬢のお父さまの手紙(改稿あり)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※ 申し訳ありませんm(_ _)m
お父さまの手紙に関しては、大幅に改稿しています。
大変失礼いたしました。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、44歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー、お疲れ様」
「ルー様こそ、たくさんの方のお相手、大変だったでしょう」
祝賀会が華やかな打ち上げ花火で終わったあと、私達はすぐに帰邸し、待ち構えていたマーサ達にケアしてもらった。
私は言うに及ばず、ルイスもかなり神経を使っていたためだ。
今は2人で寝室のソファーに座り、湯上がりのローズヒップティーを飲んでいる。
ルイスからもラベンダーの香りがする。寒い時期はラベンダーかローズマリーが好みのようだ。
「戦場で指揮することを考えれば、たいしたことじゃない。
“ユグラン”もいい子でちたね〜。ってやっぱり慣れないな」
「うふふ、無理しなくていいのよ。私が呼びかけるわ。
“ユグラン”、パパが今、とっても褒めてくれたんでちゅよ〜。よかったでちゅね〜」
ここでぽこんと蹴ってくる。私もぽんと軽く叩く。
「あのね。お風呂とか入ってると、足の裏とか手形がわかったりするの」
「え?!そうなのか?!痛くないのか、エリー」
驚きと共に心配してくれるルイスがとても愛しい。今夜もたくさんの不躾な視線から守ってくれていた。
エンパイアドレス越しにも、体形の変化を興味のままに見てくる人達がいたのだ。
「大丈夫よ。最初はびっくりしたけど、手形の時は少しだけ、ぷにって押してあげたら、“ユグラン”もびっくりしたのか、おててを引っ込めちゃったのよね。
“ユグラン”、かわいいでちゅね〜」
私がお腹をゆっくりなでていると、ルイスもなでてくれる。
その後、私の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせ、部屋の中央へエスコートする。
「ルー様?」
「エリー。俺と少しだけ踊ってくれないか?
ゆっくり、ゆっくりでいいんだ。
こう、触れ合う感じで……」
「それでいいの?」
「ああ、やっぱりエリーと踊りたかった。自分から踊りたいと思うのはエリーだけだ」
「ルー様……」
私は『美しき青き大河』のメロディをゆっくりと歌う。
寄り添ってゆったりとしたリズムに合わせ、身体を揺らしているだけなのに心が安らぐ。
ルイスが私に頬を寄せ、耳許でそっと囁く。
「エリー、大好きだ。歌も声もすてきで、こうしてずっと聞いていたい。でも休まないとね。
願いを叶えてくれて、ありがとう」
「ルー様、私も、ルー様と踊りたかったの。
ありがとう……」
そっと私の額に唇を落としたあと、今度はベッドにエスコートしてくれ、少しでも眠りやすい体勢を取らせてくれる。
私の旦那様は本当に優しい。
「足をさすろうか?」
「ううん、マーサにやってもらったから、大丈夫。
今夜は特に念入りだったの」
「途中から座らせてもらったけど、それまで立ってたからね。もしつったら遠慮なく起こすこと。
いいね」
「はい、ルー様。おやすみなさい」
「おやすみ、エリー」
お互いに軽く額を合わせ、鼻をこすりあい小さく笑ったあと、目を閉じる。
私はつかの間に訪れた夢の中で、ルイスと軽やかに踊っていた。
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戦勝祝賀会を締めくくった豪華な花火の音も聞こえてこない、皇城の地下牢——
収監されていたのは、かつてドーリス公爵閣下と呼ばれた男だった。
今は髪も髭も伸び放題で、囚人服を着ている。
そこにわずかな酒精の香りを漂わせた皇帝陛下とウォルフ騎士団長が靴音を響かせ現れる。
男は粗末なベッドに横たわっていたが、ウォルフの呼びかけで起き上がり、誰が来たか理解したようだった。
「陛下!皇帝陛下!私は無実です!無実なんです!」
「……証拠は出そろっている。皇妃の実家ゆえ、表沙汰にはせぬ。侯爵家となったお前の家は長男が継いだ。お前はもう死んだことになっておる」
「え?!侯爵家、に?皇妃陛下の実家に、なんてことをなさるのですか?!
私が?死んだって?!」
「皇妃にお前はもう必要ない。害悪だ。せめて世のために役に立て」
牢番がそこに液体を入れたコップを持ってくる。
「……イヤだ!死ぬのはイヤだ!助けてください!」
「……安心せよ。死なせはせぬ。そのうち、殺してくれ、と言うようになるだろうが、薄汚いお前も人のために役立つことを喜ぶがいい」
「え?は?」
皇帝陛下の言葉が理解できないまま抵抗するも、複数の牢番に押さえつけられ、口の中に漏斗を突っ込まれ、薬を飲まされる。
まもなく意識を失った男が次に目覚めた時は、過去にマキシミリアン・オレトスという名をこの世から消された男が隣りにいた。
自分の両脚は失われており、口は塞がれ、身体は固定されている。
表向きには毒杯が与えられ、貴族として最低の尊厳は守られたと肉親には伝えられた。
しかし実際には地下牢に“永年留置”され、薬や治療方法の試験体となったことは皇城の闇に飲み込まれた。
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新年も間近に迫る中、私の出産準備は進んでいた。
出産前後のための準備、そして“ユグラン”のためのおむつを始めとした衣類、お世話道具、ケア用品、さまざまなものが用意されていく。
私と相談の上、マーサが嬉しそうに指示を出していた。
ここ帝都邸と領 地 邸、両方に必要なため、二組ずつそろえるのだ。
購入した衣類は一度洗濯したあと、領 地 邸へ送られていた。
“ユグラン”が主に過ごすのは、どちらの邸宅でも私とルイスの部屋のすぐ近くに設計していた、家族のためのスペースにある子ども部屋だった。
そんなある日——
伯母様・タンド公爵夫人が、木工細工のベビーベッドを“ユグラン”のための贈り物として持ってきてくださった。
悪阻明け早々から言われていた品だ。
「ベビーベッドは我が家から贈らせてもらうわ。
これを機に“テルース”のためにも、商品としてきちんとした品を作りたいの」
“テルース”とは、『妊婦と子どものためのお店』で、年明けまもなく開店予定だ。
“学遊玩具”の店“フォンス”と姉妹店のような関係だ。
“熱射障害”や南部戦争などで計画の遅れを余儀なくされたが、逆に準備を充分にできたと報告されていた。
どちらも“中立七家”が出資・運営し、商品開発も行なっている。
“テルース”とは、古代帝国語で“大地”の意味があり、“泉”の意味がある“フォンス”と韻を踏んでいる。
そういうところも貴族や富裕市民層が好む雰囲気を醸し出していた。
ベビーベッドは仰っていたとおり、しっかりとした作りで、お世話がしやすい高さだ。これも調節できると説明される。
転落防止の柵もきちんと設けられていたが、一面は開閉できるようになっていた。
「これは赤ちゃんのお世話をしていた者達から聞き取ったの。
私達が実際にお世話をすることは少ないけれど、お世話係の気持ちは赤ちゃんに伝わるでしょう?
回り回れば赤ちゃんのためになるの」
「そうですよね。赤ちゃんって聴覚は最初から鋭敏なようなんです。
人間の口調は気分に左右されやすいですから、お世話係にとっても便利で優しいほうが絶対に良いと思います」
「ふふっ、さすがエリーね。よく知ってること」
「クレーオス先生がよくお話しくださいます」
王妃教育で叩き込まれたとは、あまり言いたくないし、実際クレーオス先生はさりげなく“赤ちゃんの不思議”を教えてくださっていた。
医学にとっても、まだまだ未知なる分野だそうだ。
「“ユグラン”様もしっかり観察させていただきますぞ」
こちらもにっこり笑い、手ぐすね引いてお待ちである。
「ゆりかごと乳母車はもう少し待ってね。ノックス侯爵家から年内には届くはずよ」
領地に鉱山がある関係で、金属加工業が発達したノックス侯爵家は、“中立七家”のうちの一家で、私のお友達・アンナ様が当主夫人でいらっしゃる。
アンナ様にも男の子がいらっしゃり、その養育にあたった人達の意見を元に、揺れがなめらかなゆりかごや、揺れが少ない乳母車を開発されたという。
「エリーのおめでたは、本当にいい機会だったの。
皆様、贈り物のために、いろいろ工夫してくださって、それが“テルース”のためになってるんですもの」
「一石数鳥なのよ」と楽しそうに微笑まれる。
この様子だとお祖父様のお加減も大丈夫そうなのでは、と思っていたら、納品後におもてなしをしたサロンできちんと説明してくださった。
「お義父様は大丈夫よ。しばらくお熱が出ていたけれど、もうすっかり下がって、傷の治りも順調なんですって。
『ベッドに大人しく寝てないから、医師が様子を見ながら、動かせるところは回復訓練を始めた』って、デュランからの手紙にあったの」
デュランとはタンド公爵家の長男で、私の従兄弟だ。
今回は当主である伯父様に代わり、領地の熊害対策の指揮を取っていた。
私はお祖父様のご回復の様子を具体的に聞き、ほっと安堵の吐息をつく。
「お祖父様のご様子を伺って安心しました。私、ご無理を言ってしまったので……。
あの、お祖母様のご様子はいかがなんでしょうか?」
お年によるお心弱りがかなり出ていらしたのに、との私の心配を思ってか、伯母様が声を潜めた。
「それがね、エリー。
お義母様、復活されたようんなんですって」
「え、復活?」
思わぬ言葉に、一瞬理解がついていかない。
伯母様はゆっくりと言葉を続ける。
「そうなの。お義父様が大怪我をされた、という報せが早馬で来て、執事長が伝えたら、しゃきんとされて、指示を出されたんですって。
どれも的確で、『昔の奥様が戻っていらした』って屋敷の者達は言ってるそうよ。
デュランも鍛えられてるらしいわ、ふふっ」
「それは……。不幸中の幸いというか、お祖父様をお助けしなければ、ときっと思われたのでしょう。ご夫婦の絆ですね」
「私もそう思うの。騎士の妻ですもの。いざとなったら、意外な力が出るものなのよ、きっと」
「それで……。タンド公爵領の熊の被害はいかがですか?」
「デュランによると、かなり防げてはいるそうよ。
エリーからの助言で助かってるって言ってたわ。
罠で数頭は捕まえられたけれど、残った熊とは知恵比べになってるんですって」
「……よかった。でも賢い熊が残って、そこが大変なんですね」
「そういうことらしいの。デュランは新年の儀に多分間に合わないでしょう。北部の幾つかの家も儀礼官に申請して欠席の許可を得たらしいの」
「熊も生きるのに必死になってるでしょうから、立ち向かう方々は大変でしょう。
伯母様、できることは何でもしますから、遠慮なく仰ってくださいね」
伯母様はソファーから立ち上がると、私の隣りに座り、ふわりと抱きしめてくださる。上品な香りと柔らかさに優しく包まれる。
「エリー。気持ちは嬉しいけれど、今のあなたにしてほしいことは、母子共に無事に出産することよ。
生命をかけた一大事なの。それにしっかり備えてほしいわ」
「伯母様……」
「散歩や運動はしている?食事も順調かしら?」
「はい、我が家の『目指せ、安産チーム』はとても優秀で、運動もきっちり調整してくれます。
食事も“食いしん坊”はしばらく封印ですよ、と言われてます。
胃が少しずつ楽になってるので、知らず知らずに食べていて、すぐにマーサに注意されました」
「ふふっ、実践は大変でしょう?」
「はい。伯母様を心から尊敬いたしますわ。
“テルース”のレシピ本が早速役に立ってますのよ」
「まあ、それは感想レポートを書いてちょうだいね。
“テルース”のためには、エリーの妊娠は思いがけない幸いだったわ。
こんなに優秀な試験者はいないもの。
“マダム・サラ”もとてもお役に立ってくださいましたって喜んでたもの」
より快適に、よりお洒落に、とのコンセプトの妊婦の衣服を、下着から一通り企画していた。
これも“テルース”の主力商品の一つとなる予定だ。
確かに私の衣食住は、ある意味“テルース”の試験場となっていた。
「では、何かご褒美をくださいませね」
「えぇ、喜んで。考えておいて。また来るわ」
そう仰って、伯母様はさっと帰られた。
お義姉様方のご様子も心配なのだろう。
妊娠中に夫が側にいない不安は、嫌というほどこの身に染みて知っていた。
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今のルイスは南部戦争での不在の間を補うように、ほぼ定時で帰ってくる。皇妃陛下の残業禁止の通達は効いているようだ。
ただ朝は早めに出勤したあとは、集中して仕事をこなしているようで、嫌がらせめいた仕事の押し付けはきっぱり断っているそうだ。
「今はエリーをしっかり支えたいんだ。
母上の講義でも習ったし、クレーオス先生も仰ってるが、父親の自覚が育つのは、お腹で子どもを育てている母親よりもどうしても遅れる。
今のエリーを支えることで、少しでも育てられる。俺のためでもあるんだ」
「ありがとう、ルー様」
そんな私たちの元に、王国のお父さまからお手紙と荷物が届いた。
『もう用意しているだろうが、母方の祖父としても贈らせてほしい』と申し出られていた。
男女どちらでもいいように2着ずつ用意された、成長に合わせたサイズの異なるベビードレスが数種類あった。
出産後の私が座れるようになったら、赤ちゃんを抱いた構図で肖像画を描き、1枚はエヴルー公爵家に残し、もう1枚はお父さまへ送ってほしい、とも書かれていた。
費用はすでに送金してあるとのことで、いかにもお父さまらしい贈り物だ。
そのお優しい心遣いに、『本当は孫の顔を見て抱きたいだろうに』と思ってしまう。
そして荷物の底には、厳重に梱包された日誌のようなものが10冊近くあった。
梱包を解くと出て来たものは、お父さまが記した日誌だった。表書きには『我が最愛、アンジェラへ』とあり、ナンバーが振られている。
そしてここにも手紙が添えられていた。
『エリーとルイス殿へ
これは私がアンジェラ宛てに書いていた、エリーについての記録のようなものだ。
アンジェラは最期までエリーのことを気にかけていた。私が天に召された時にエリーの様子をアンジェラに話したいと思い、最初は記し始めた。
結果的にはエリーの育児記録のようなものとなった。
私の子育ては、息を引き取る最期までエリーをこよなく愛したアンジェラの願いを叶えるために、という想いと、エリーの愛らしい笑顔、そしてアンジェラの想いが詰まった“サナちゃん日記”が支えてくれた。
この記録が傍にいて助言もしてやれぬ父の代わりに、エリーとルイス殿の一助になれば、と願う。
ただ幼児期についてはもう古い記録だ。
医学の進歩もあり、情報は古くなっているだろう。そこはクレーオス先生の診断と助言を第一としてほしい。
最後に一つだけ願いがある。
私が天に召されたと報せがあった時には、この記録は燃やしてほしい。
私にとってはアンジェラを思いながら、エリーとの年月を記した大切な物だが、元々はアンジェラに話すために書いた忘備録のようなものだ。
神の御許にいるアンジェラにゆっくり読み聞かせたいのだ。父の願いを叶えてくれるよう、よろしく頼む。
神の恩寵がエリーとルイス殿と共にあるように。
ラウリカ王国にて 父より』
「お父さま……」
私はこの手紙をルイスに手渡すと、テーブルの上のタオルを取り、顔を覆う。
涙が溢れ止まらなかった。
私達よりも少し歳上だったお父さまが、覚悟していたとはいえ、慣れない育児に一人で向き合い、それでも精いっぱいの愛情を注いでくださったのだ。
ルイスも手紙を読み終わり、テーブルの上に静かに置くと、タオルで顔を覆ったままの私を両腕でそっと囲ってくれる。
世界で一番安心できるルイスの腕の中で、私はタオルで目元を隠し、幼子のように泣きじゃくる。
ルイスは時折背中を撫でながら、私を穏やかに守ってくれていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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●申し訳ありませんm(_ _)m
お父さまの手紙に関しては、大幅に改稿しています。
大変失礼いたしました。
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