小話 10 書籍発売記念SS 緑の隠れ家(が)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※※※※※ 『書籍発売記念SS』の掲載について※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
皆さまのおかげで、『悪役令嬢エリザベスの幸せ』は、明日12月7日に発売を迎えることとなりました。
こちらは本編第1章の番外編で、ルイスがエリーに初めて贈った花束、タッジー・マッジーを作った庭師から見たお話です。
書籍に掲載される外伝の1つ、『タッジー・マッジー攻防戦』にも少しだけ登場します。
あわせてお楽しみくだされば幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。
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引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
——またいらっしゃる。
我が家は代々、ここ皇城の庭園を管理してきた。
私も幼い頃から他家へ修行に出され、一人前になってからはずっと手入れし、失礼だが我が家の庭のようなものだ。
第三皇子殿下は、御付きの乳母殿が退職されてから、度々庭にいらっしゃるようになった。
それも独りで考え込むか、泣いてらっしゃる時もある。
後任の侍従には懐いていらっしゃらないようだった。
無理もない。
乳母殿は恐らくは毒を使われたのだろう。
それも第三皇子殿下に巻き込まれる形でだ。毒味役を務めるのも乳母の役目だ。
庭園の中には薬草園もあり、あの日は採れたてでなければ、薬効のない解毒に用いる薬草の緊急の依頼があった。
『またか』と思ったが、これも仕事だ。
その後に、『第三皇子殿下が寝込んでらっしゃる』『乳母殿は退職された』という噂を聞けば、何があったかは想像は付く。
今まで上の者からの叱責を受け、庭園の目立たないところで泣いている使用人達は、庭の花木に八つ当たりしなければ見過ごしてきた。
賃金をもらい働くいい大人だったためだ。
だが、この方は違う——
幼い、護られるべき子どもだ。
私はつい、声をかけていた。
「第三皇子殿下、あちらに木苺が実っております。食べごろですよ。いかがですか?」
普通なら身分の低い者から高い方への声掛けは失礼に当たる。
ここで「無礼者め!」と言われたら、その時はその時までだ、と半ば開き直っていた。
「……きいちごって、なに?」
泣きはらした目が痛々しい。私はそこには触れずに言葉をゆっくりと続ける。
「ベリーとも申します。第三皇子殿下のお食事にもジャムや実のままで時々出ていたかと存じます。
ご自身で摘まれて食べてみませんか?」
毒を使われたなら、この誘いはまずかったと思ったが後の祭りだ。
どうなるか、と思ったが、素直に小さく頷かれた。
「いく……」
「どうぞ、こちらへ」
私はあまり人目につかない木苺へ案内する。
おいしそうに熟したものが多く、自分で食べてみせる。
「これ、このように、色づいたものをひょいと摘んで、お口に運べばよろしゅうございます」
実演して見せたあと、じっと私を見上げていた第三皇子殿下に笑いかける。
「甘酸っぱいお味でございます」
「……うん」
第三皇子殿下に色づいた粒を指し示すと、おずおずと取って、しばらくじっと見つめたあと、口に運ぶ。
「……ほんとだ。おいしい」
「それはようございました。よろしければもう少し召し上がりませ」
「うん!ありがと」
夜明け前の空のように、深い青の瞳に光が戻る。
青白かった頬もほんのり赤みを帯びていた。
人間はちょっとしたことがきっかけで、一時的にでも、悲しみや苦しみを忘れられる。
庭の木や花は、傷ついた人間を癒すこともあった。
第三皇子殿下は夢中になり、色づいた木苺を次から次へと摘んでは食べ、はっと私を見上げる。
叱られないか、と思われたようだった。
「第三皇子殿下、ここは庭でございます。花木をいじめなければ、ご自由にお過ごしくださいませ」
「……ありがと。おいしかった。また、きても、いい?」
最後におずおずと聞かれる。整った目鼻立ちに、つぶらな青い瞳が本当に愛らしい。
「はい、お越しください。爺も庭木も喜んでお迎えします」
「ありがとう、じいや」
ほっとしたあと、にこっと満面の笑みが浮かぶ。それこそ、可憐な花が咲いたようだった。
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その後、第三皇子殿下をルイス殿下と呼ぶようになるまで、さほど時間はかからなかった。
木登りをしてみたい、と仰るので、殿下でも登りやすい木に、先に私が登り、上の丈夫な枝に命綱のベルトを付けた上で登っていただいたりもした。
素振りができるものを、と相談され、間引いた不要の枝を削り、やすりをかけ、なめらかにしてお渡ししたときは、目を輝かせ飛び跳ねる。
青空の下、緑の中で、短い時間でも生き生きと過ごされていた。
私の前では子どもらしく素直なルイス殿下も、後宮に戻れば違うのだろう。あまり良くない噂も流れてくる。
そこには全く触れず、隠れた時と場所で伸びやかに過ごしていただいていた。
最初に申し上げたとおり、庭木を傷めなければ、それも庭での楽しみの一つだ。
〜〜*〜〜
私が教えた常緑樹に囲まれた、1人になれる陽だまりの中で、真剣なご様子で考え込まれることが多くなったある日——
思わぬことを尋ねられた。
「ねぇ、じいや。庭師もちいさい子を“おでし”にしたりする?」
「さようでございますね。町の庭師ならよくある話でございます。ただこの皇城の庭師は大人だけでございます。ここでは失敗は許されません。
私も小さい時は別の場所で修行しました」
「そっか……。こどもで、皇城で、はたらけるところって、ないかな……」
「今のお家は、お嫌でございますか?」
初めて踏み込んでみる。すると、すぐにはっきり頷かれた。
「……イヤだ。うばやがいなくなってからは、みんなが……、ボクを、さけるんだ……。
だいに、おうじ、からは、『生まれてこなきゃ、よかった』って。
だから、べつの、とこ、いきたい……」
瞳に透明な膜が張ると、ぽろぽろとこぼれ始める。
私は手ぬぐいを頬に当てたあと、黒髪をそっと何度もなでる。
「さようでございますね。爺が知る限りでは、皇城の中で子どもが働いているのは、騎士団の小姓くらいでございますかね」
「“こしょう”?」
「騎士団の騎士には、少し偉くなるとお世話をする係が付くのです。その係を小姓と申します。
爺が庭師になるために、5歳から修行に出たように、小姓も騎士になるために、8、9歳から修行する、と聞いております」
「……そうなんだ」
「はい。今のルイス殿下より、もう少し歳上です。
それだけ大変なのでございます。
小姓の多くが騎士を目指す貴族のご子息ですが、今まで侍従がしてくれていたご自分のことをした上で、騎士のお世話をするのでございます。
皆様、最初は非常に苦労しているようです」
「…………ね、じいや。“じぶんのコト”ってどんなコト?」
ルイス殿下が“お世話をされている”身の回りの具体的なことを話すと、驚いて目を見張る。
皇子殿下なら当たり前だ。今の侍従も“仕事”は誠実にこなしているようだ。
私は剣のお稽古を付けている先生は騎士団の方なので、もっと詳しく聞けますよ、とお話を締めくくると、興味を持たれたのか、青い瞳がきらきらと輝く。
「わかった。聞いてみる。ありがとう、じいや。またくるね」
「はい。いつでもお待ちしております」
この“また”は、かなり先のこととなった。
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ルイス殿下が第二王子殿下との喧嘩で軽い傷を負わせ、謹慎処分を受けた、と聞いた時は胸が痛んだ。
意地悪をされ続け、何かがきっかけで我慢の糸も切れてしまったのだろう。
下された謹慎処分も心配だ。
庭に来てくださり、ここだけでも年相応の表情をお見せくださっていたのに、ずっとあのお辛い後宮の部屋で暮らさなければならないとは。
1日でも早く謹慎が解けますように、と祈っていた。
次のルイス殿下の噂は、皇帝陛下の罰で、騎士団の小姓になったというものだった。
違う。
あの方はご自分で進まれたのだ。
教えたことがよかったのか、悪かったのか、わからないが、歳よりも大人びてもいらした。
ご自分で考え進まれた道の前途が明るいことを、私は深く祈った。
〜〜*〜〜
”また”は約1年後だった。
小姓を非番にして通う皇子教育が、講師の休みで急に空いたと仰る。
「爺やに会いたかったけど、騎士の“お世話”ができてるよ、って言いたかったんだ。
ウォルフが合格だ、って言ってくれたんだ。
あ、ウォルフはね……」
庭で泣いていた時とは見違える生き生きとした表情だった。
それでも一見するだけで、顔にも数か所、打ち身があり、手にはマメができ、また潰れていた。
「ね、また来てもいい?」
「もちろんでございますとも。庭木をいじめなければ、いつでもお待ちしております」
「ありがとう、爺や」
手を振るルイス殿下は、以前よりもぐんと明るくなったように思えた。
それからは数か月おきに、お越しになるようになった。
時には小姓として付いていらっしゃるウォルフ様からいただいた焼き菓子をお土産にくださる。
騎士団では、初めて愛称で『ルー』と呼んでもらえている。私とも二人っきりの時はそう呼んでほしいと仰られた。
「はい、ルー様。光栄でございます」
「うん、爺やにはそう呼んでほしかったんだ」
そうして二人で食べた焼き菓子の味は格別だった。
ご自分でもマフィンを焼けるようになったと自慢されるご様子は、以前と変わらず愛らしい。
騎士団ではなかなかご苦労されていらっしゃるだろうに、弱音ではなく、“目標”を語られる。
『皇子ではなく、騎士として国や大切なものを護りたいのだ』との仰せに、あの、緑の中で膝を抱えて泣いてらっしゃった時の想いが、胸の中に秘められているのだな、と感じる。
「爺やも護れるようにがんばるよ」
「それは頼もしゅうございますな。楽しみにしております。これは摘んでおいた木苺のジャムでございます。よかったらお疲れ休めにどうぞ」
「ありがとう、じいや!」
私に抱きついてくださるルー様は、まだ愛らしい少年だった。
それから、従騎士、騎士叙任とその度に報告においでくださる。
少しずつ立派になられるそのお姿に、つい涙し、驚かれた時もあった。
〜〜*〜〜
帝立学院に通われるようになってからは、女性についてぼやかれる。
まあ、育った環境ではいたしかたない。
また美しく装った貴族女性の裏側は、庭師という立場でも充分に知っていた。
「お気持ちはわかります。誰も見ていない、と思われて、庭で花木に当たられる方もいらっしゃいます。
ただそういう方ばかりでもございません。
嵐に折れた花木を悲しむ優しいお心を持った方も、中にはいらっしゃいます。
そういう方に巡り会えますよう、お祈りしています」
「そっか。そんなヤツがやっぱり多いんだ。
爺やの祈りが通じてくれたらありがたいけど……。
今は、いや、やっぱり俺に女性はいらないよ」
そう仰るルイス殿下は、どこかかたくなで強がっているような風にもお見受けしたが、これはご本人がお決めになることだ。
確かに皇族の中には、一生を独身で通される方もいらっしゃる。皇位継承や権力争いから一線を引きたい方々だ。
そういう道も良いのではないかと思っていた。
そして、騎士団の中で順調に昇進され、庭へのおいでもめっきり減ったころ、南部の紛争に皇帝陛下の命令により、『皇子殿下』として指揮を任され出征されると、噂で知った。
ここまで放っておいて、ルー様がご自分で築かれた立場さえ利用されるのか、と我が主人ながら腹立たしい思いだった。
“あの方”は自らはほぼ庭にはいらっしゃらない。
いらしても皇妃陛下に付き合って、で花木の扱いも手荒い。
お散歩のお知らせがある時は、庭師の誰かがそっと見守り、直接手出しをされぬように代わりに花を摘み、葉や棘を取りお渡ししていた。
あの方にとってルイス殿下は、その差し出された花のようなものなのだろう。
準備された、都合の良い、便利なもの——
その裏に、どのように悩み苦しみ努力して成長したかなど思い及ばない。
皇妃陛下に捧げた花をひとつとっても、その花がどのように芽吹き、我々が丹精を込めて育て、その花も応えてくれて、お目にかけられるようになったかなど、思いもされないのだ。
皇妃陛下は違っていらしたが——
とにかくルイス殿下のご無事を祈るばかりだった。
勝利とご無事の報せを聞いた時は、心から安堵した。
しかし庭へのおいではなかった。
寂しくはあったが、責任もできお忙しい身だ。
これで少しでも、皇城での暮らしが楽になればいい、と思っていた時、不意にお越しになった。
お元気なご様子にほっとするが、お顔に傷痕があった。
薄くはあるが、苛烈だったと聞いた戦いの痕跡に胸が痛む。
どれほどのお辛い思いをされて、この帝国を、我々臣民を護ってくださったのか——
手には焼き菓子が入った紙袋があった。
「爺や。長く来れなくてすまない。知っての通りいろいろあって、顔出しできなかったんだ」
「爺はご無事な姿を拝見できて、何より嬉しゅうございます」
「うん、ここにも来たいけど来れなかった。
ちょっと、庭木を傷めそうで……、さ。
今はもう、大丈夫なんだ。
その、実は、相談があって……」
照れたご様子で『女性へ花束を贈りたい』と仰る。
以前お話ししたような、嵐に折れた花木を優しく慈しむような方と巡り会えたことにほっとする。
ここからは庭師の職分だ。
ご満足いただける花束を作るため、その方の趣味嗜好をていねいにお聞きすると、なんと、噂で聞いていた新しいエヴルー卿だった。
ハーブの専門家と我々は聞き知っていたので、力も入る。
「ルー様。タッジー・マッジーはいかがでしょう」
私が勧めた花束に、『タッジー・マッジーとは何だ?』というお顔をされたので、ハーブや香り高い花をまとめた、小さな花束をこう呼び、昔は魔除けにも用いたと説明する。
そこからさらにエヴルー卿のお好みを詳しくお聞きすると、真剣な表情で、必死に思い出そうとなさる。
時には青空を見上げ、「あの時は確か……」などと仰せだ。それだけ想っていらっしゃるのだろう。
今のお心持ちを本当に嬉しく思う。
そうやって作り上げた、我ながら会心の出来の花束は、女性の手にちょうどいい大きさの、香り高い可憐なものだった。
伺ったご趣味では豪華なものよりこちらだろうと思うが、ルー様は少し不安なようだった。
「大丈夫でございますとも。
ルー様が騎士が天職となるよう励まれたように、爺も毎日修行しております。ご安心ください」
私の言葉にはっとし、照れた笑顔を見せてくださる。
リボンのお色を伺うと、「薄紫色を」とのお答えだった。お二人の仲も類推できたが、野暮なことは申し上げない。
「ありがとう、爺や。また、来る」
「はい。いつでもお待ちしております」
タッジー・マッジーの魔除けの香りが、ルー様の前途にいる悪意を払うように、と願いを込めて見送る。
緑の庭を出て行かれるそのお姿は、とうに私を追い越し、すっかり逞しくなられていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の、今回は番外編です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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