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164.悪役令嬢のお祖父様

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。


ルイスと小さな小さな家族との生活としては、40歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


「よっ、待たせたな」

「ウォルフ!!」


 帝国騎士団長ウォルフ・ゲールが、騎士団本部のルイスの執務室で待っていた。


 予定より1日早い帰還だ。

 会議から戻ってきたルイスは、『なぜここにいる』と突っ込みたいが、それより前に『数騎を連れて駆けてきた』と話す。


「陛下の許可は得た。2度もパレードする気はないからな」

「それでも部下達と一緒に入場するべきだろう?」


 ルイスは小姓だった習慣のまま、ウォルフ好みに紅茶を入れて差し出す。

 疲れたのか、ブランデー割りにしている。となると砂糖が欲しくなるのだ。

 すかさず、来客用の角砂糖入れを渡すと、右の口角を上げた。


「いや、エヴルー公爵閣下にここまでしてもらえるのは、俺だけじゃないか?」


「残念だな。エリーには果物まで付けるさ」


「そうか。なるほど。で、さっきの質問だが、皆、ばらばらに戻ってきてる」


「はあ?聞いてないぞ」


「教えてないからな。隠密行動を取るように命じた。

で、明日、本部に集合して広場での閲兵式だけやる。

『戦場に風のように現れ、風のように去り、また風のように舞い戻る』ってな感じで新聞に書き立てられれば、『神出鬼没』『変幻自在』って(ふた)つ名が付きそうだろう?」


「“付きそう”、じゃなくて、“付ける”んだろ?」


 そう付ければ、軍事的な抑止力になる。

 特に不安定な南部に対してだ。自分に対しても容赦はしない。確かによく考えているとは思う。


「まあ、そうとも言う」


「だったら、早く帰れ。エヴァ夫人がお待ちかねだ。そっちが本命な癖に」


「お前も言うようになったね〜。もちろん帰るさ。

聞くべき報告を聞いたらな。明日は各所へ面倒なあいさつ回りだ。

詳細な状況を先に把握しておきたい」


「……了解」


 ルイスが現時点の報告をすると、特にタンド公爵家騎士団抜きで、帝国騎士団の職務の肩代わりの輪番について確認される。


「なるほど。ドーリス公爵家騎士団を使い回すのは良い方法だが、ヤツらが使えるか?」


「職務以外は訓練で徹底的にしぼってる。あのままじゃ、よそに再就職できない者が大半になる。

となると、ろくな職業に就けず、治安が悪化する。その先回りだ」


 輪番のリストを見ながら、小さく(うなず)いている。


「今ならこれで持つだろう。ただ、その熊害(ゆうがい)か?熊の害が広がっていったら、どうする?

ポツポツと出てきてはいるようだが?」


 内容の深刻さとは裏腹な明るい笑顔がむかつく。

 試されている。こういうところは全く変わらない。


「さっきも言ったが、主力は罠だ。

それでも人里に降りてきた熊には、騎士と各地の領兵だ。

戦斧(せんぷ)部隊を結成させ、各地を回るついでに、その領地の領兵に伝授する。命がかかってるんだ。必死でやるだろう」


「ずいぶん希望的な予測だな。戦斧(せんぷ)は扱いが難しいぞ。一朝一夕でできるか?」


「俺もそう思ったんだが、ウチの騎士団の平民出身者が言うには、そうでもないらしい。

幼い時から毎日斧を振るってたんだ。飲み込みは剣より早かった」


「あ〜。そういうことか」

「そういうことだ」


 貴族階級で薪割(まきわ)りなぞ、早々経験しないが、平民出身は幼い時から馴染みがある。男子なら定番の家事手伝いだ。


 もちろん工具と武具とは全くの別物なのだが、剣に比べればその形状に親しみがある。バランスや武具としての取り扱いの違いなどを覚えれば、上達は早かった。

 投擲(とうてき)も面白がっていたほどだ。


「まあ、すべてがすべてうまく行くとは思っていない。熊が敵なんて、ほとんどの騎士が初めての経験だ。

地道に問題点を上げて、討議して、現場で下ろすの繰り返しになるだろう」


「しかし、熊か……。俺も想像ができんな。

先代タンド公爵が帝都へいらしたら、ぜひお話を(うかが)いたいものだ」


「いらっしゃる時は、第一に治療のため、第二は生まれた孫に会うためだ。

無理をしていただきたくはない。

エリーとタンド公爵夫妻を敵に回したいか?

そこにクレーオス先生が加わるぞ」


 ルイスは大きな釘を深く刺しておく。エリーやピエールの祖父だ。自分も顔見知りだ。

 できれば治療に専念してほしかった。


「もちろんご本人の体調が最優先だ。お会いするのが無理だったら、質問リストを作るので、お前が聞き書きしてくれればいい」


「俺を巻き込むな!」

「わかった。タンド公爵と交渉する」


 また突き崩すべきところを狙ってくる。

 熊害(ゆうがい)対策の先頭に立っているタンド公爵は、公私の別がはっきりすぎるほどだ。

 帝国のため、国民のために動くだろう。


 だが、今のルイスは安易には乗れない。

 実際に先代公爵が帝都に来れるのは年明けだ。

 その間に最愛の妻に露見すれば、また公私の間で苦しめることになる。


「なるべく秘密裡に頼む。エリーを刺激しないでくれ。

俺が宣戦布告の通達をすると公爵に聞かされて、倒れたんだ。最後通牒付きもあるって言われる前だったが……」


「……そうか。それは無理もない。妊娠中のご婦人に申し訳ないと思う。

今さらだが()びはお伝えしてくれ」


「わかってくれたならいい。()びは明日以降、伝えておく。

でだな……」


 ウォルフにしては神妙な態度だ。

 ルイスもこれ以上は触れたくないので、話を切り替え報告と打ち合わせを続けた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「え?!先代公爵から手紙が来たって?!」


 帰邸したルイスは私の話に、目を丸くしている。

 サファイアのような瞳が本当に綺麗だ。と、そういう場合ではない。


 ルイスの先触れを聞き、玄関まで出迎えたあと、話したいことがあったので、執務室に来てもらった。


 階段の上り下りを毎日心配されているが、少しでも動いておかないと、産む時に大変なのは自分だ。

 マーサにもクレーオス先生から説明してもらい、万一のことがないよう、警護も付いてもらっていた。

 晴れていれば欠かさず庭園の散歩もし、雨や雪の日は邸内や温室で歩いている。


 手紙の返信は、私も駄目で元々だと思っていた。

 最初のお見舞いの手紙の最後に、こう記した。


『領民のために、あの恐ろしい熊と戦われた帝国の騎士は、私が知る限りではお祖父様が初めてです。

もし後に続く者がいる場合には、お言葉を頂戴すれば、心強いかと存じます。

ひと言でも大変ありがたい教訓となるでしょう。


仮にお医者様がお許しになり、お気持ちが許せば、ご無理のない範囲で、よろしくお願いいたします。

お願いをして僭越ですが、以上の条件は必ず守ってくださいませ』



 我ながら酷い孫だと思う。

 ただ騎士として、“本当の”貴族として、誇り高いお祖父様なら応じてくださるのではないか、と思った賭けだった。


「えぇ、お見舞いでお願いしたの。

『後に続く者のために、ひと言でもお言葉を』って。

もちろんお医者様の許可を得て、ご無理なく、お気持ち次第って条件付きよ。

秘書官の代筆でのお返事が早馬で来たの」


 ルイスに渡し目を通してもらう。

 そこには、生々しい戦いの様子が描かれていた。

 お祖父様は領民を庇って負傷したあとも、部下の騎士と共に剣で戦われた。その体験と観察が詳細に記されていた。

 何点かの助言もあり、実戦には役立つだろう。ルイスも真剣な表情だ。


「……大変なときに、よく教えてくださった。

これを基にして幾つか周知させてもらおう。

エリー、辛いことをさせてすまなかった……」


 しばらくして手紙から目を離すと、私をそっと抱きしめる。


「ルー様。私は辛くはないわ。

ただお祖母様には嫌われたかも。覚悟してるわ。

私が逆の立場だったら、『そんな場合じゃないでしょう!』とか言って叩き出しそうだわ」


「エリーはそんな事はしない。

俺のために怒ってくれても、最後には受け入れてくれる。

もちろん、さっきの三条件を満たしていれば、の話だ」


「……ありがとう、ルー様」


 私は両手をルイスの背中に回し、そっと抱きしめ返す。

 体形の変化で以前のようにぴったり寄り添うことは、顔を合わせ向き合っていると無理だが、それでもルイスの腕の中は安心できた。


「騎士団と国のためにありがとう、エリー。

俺からもお祖父様には、お礼の手紙を書いておく。

さあ、夕食にしよう。“ユグラン”もお腹が空いたっていってるみたいだ」


 確かに“ユグラン”がルイスも感じ取れるほど、お腹の中で動いていた。


「ふふっ、そうね。着替えていらしてね」


 私は執務室を出ていくルイスの、逞しい背中を見送った。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 ウォルフ騎士団長率いる、元連合国に残留していた騎士達の帰還の閲兵式は、ルイスの時と異なり、粛々と行われた。


 その代わり、パレードは華やかに行われる予定だ。


 そこに私も参加するよう、エヴルー帝都邸(タウンハウス)を訪ねてきた儀礼官から要請されたときには、本当に驚いた。


 どうして妻の私が、と思う。

 夫の晴れ姿を桟敷で観る立場ではないんだろうか。

 それも説明を聞くと、結婚式のパレードのように、オープンスタイルの馬車だ。

 ウォルフ騎士団長の奥様、エヴァ様は承知したと説明される。


 儀礼官は私が参加する意義を、ご丁寧なことに親切に何度も繰り返し説明してくれた。


 私の場合は南部の“熱射障害”対策の立役者という意味もあり、また南部戦争の指揮を執ったルイスを支えた内助の功もあると仰る。


 いやいや、前者は帝国貴族として、できる対策を“進言した”だけで、あとは悪阻(つわり)のためもあり伯父様任せだ。たいして動いていない。

 お父さまにお願いし送金はしておいたが、そのあと予測して動いてくださり、それこそ実務は丸投げした。


 お父さまも私のため、そして帝国に“貸し”を作るため、せっせと働いてくださった。感謝は勲章の功労者だけではまったく足りない。

 手紙で伝えても、『母子共に無事に出産してくれればいい』としか仰らないので、勝手だが、帝国での最高級の布地をエヴルーのハーブ染料で染め上げ贈らせていただいた。

 お気に召してくださり、何よりだと思う。


 また内助の功なら、ルイスこそ私を支えてくれている。私は支えられっぱなしだ。

 それに必要以上に目立ちたくない。


「ミネルヴァ勲章と褒賞をいただけるだけで、充分です。ルイスは騎士ですので、騎馬でのパレードを望むかと思います」


「そうでしょうか。まずは“両公爵”でご相談してみていただけますか?

ルイス公爵もお喜びになると思いますよ。

ウォルフ騎士団長夫人は大層お喜びだったそうで、騎士団長閣下がエヴルー“両公爵”もぜひ、と仰られたのです」


 あ゛〜〜〜!!もう!読めた!


 ウォルフ閣下はエヴァ様とパレードしたくて、必死で口説き落とした。

 だがウォルフ夫妻だけでは悪目立ちしかねないから、儀礼官を“喰って”うまいこと乗せた訳だ。

 儀礼官だって、『パレードが盛り上がれば、あなたの功績にも』とか言われたんだろうなあ。

 ここは一回『持ち帰る』としよう。私の家だけどね。


「そこまでの仰せであれば、ルイスと一度、相談してみましょう」

「はい、ご検討いただけるだけで、ありがたいことでございます」


 そういう訳で、帰ってきたルイスと二人の寝室で寝る前に話しあっているのだが、意外にもルイスは嫌がらなかった。


「いや、人に会うごとに『エリー閣下はお元気ですか』って聞かれるんだ。

部下に聞いたら、街の声もそうなんだよ。

皆、とくに行政官達がエリーを気にかけてるし、帝都民は『どうされてるのか』って感じだと思う。

ここで一度、元気な姿を見せておいたら、心おきなく出産前後をエヴルーで過ごせると思う。

もちろんエリーが嫌じゃなければ、の話だ。

エリーと“ユグラン”によけいな負担はかけたくはない」


 確かに、南部戦争から帰ってきたルイスを出迎えた際に、姿を見せた以外、私はこの1か月ほど、社交のオフシーズンということもあるが、社交界では全く表立ってはいない。

 南部戦争中もその後も非公式にお茶会などは開かれていたが、すべてお断りしていた。

 ああ、それも“内助の功”に受け取られていたのか。


 またソフィア様がいらした8月下旬から9月初旬は、事情もいろいろあり、まめに動いていたので、その差も激しいのだろう。


 皇妃陛下に会いに行くのも後宮での面会だし、皇城の噂雀達にさえずられても、姿はそれほど目にされてはいなかった。

 好意だろうが、今はまた熊害(ゆうがい)対策で大変なルイスに、そんなにいちいち聞かれたら負担がかかる。


「…………わかったわ。

パレードに、戦勝祝賀会、新年の儀を終えれば、エヴルーでゆっくりできるものね。

しばらくいなくなる前のご奉公だと思うわ」


「……すまない。このまま、“珍獣化”させてやれなくて」


「ううん。それに今思い出したの。あの、花の絵を。

帝都の民もあれだけ心配して私を思ってくれたなら、9月の市場でちょっと顔出ししただけじゃなく、『元気ですよ。子どもが生まれてしばらく経つまで、みんなも元気でね』って心を込めて手を振るわ」


「……ありがとう、エリー」


 ルイスが後ろから私を抱え、“ユグラン”がいるお腹をゆっくりなでてくれる。

 そして、私の髪に顔を埋め、ゆっくり深呼吸している。この頃このスタイルが多い。

 ルイスいわく、癒されて安心するそうだ。


「ふう、エリーの香りって落ち着くよ」


「そう?今は使えないハーブも多いから、ハーバルバスじゃなくて、ローズバスになってるんだけど……」


 温室で薔薇を育ててくれてる庭師さん達、ありがとう。


「うん、それも混ざってるんだけど、エリー本人の香りがいいんだ。儀礼官には俺から言っとくよ。

エリーはまた準備があるだろう?」


「そうね。伯母様は今回はとてもお願いできないから、マダム・サラと相談してみるわ」


「……ウォルフは締めとく」


「うふふ、大丈夫。今度もエヴァ様にお願いしておくわ。それが一番効くんだもの」


 背後にいるルイスに顔が見られなくてよかった。きっと思いっきり悪い顔になってたに違いない。


「だったらエリーに任せる。その権利があるからね」

「ありがとう、ルー様」


私はルイスの肩に頭を預け、こめかみを少しこすり(ささや)く。


「ルー様の顔が見たいな」

「ん」


 私を膝の上に乗せ、今度はゆっくり髪をなでてくれる。

 ルイスの美しい青い瞳を見つめながら、右頬に手を当てると、「愛してる」という言葉と共に、唇に温もりがふわりと落ちた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。

誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)


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悪役令嬢エリザベスの幸せ
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