162.悪役令嬢の収穫祭 2(下)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※糖度は時々高めです。苦手な方はご注意ください。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、38歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
広場を中心に設営された屋台は、最初の年の倍はある、と許可を出したアーサーが説明してくれたとおり盛況だ。
私とルイスは本部で見守る。
ここは薪ストーブを設置し、ガンガンに燃やしていた。
私の冷え対策だ。他にも膝掛けに始まり、もこもこにされている。暑いくらいだ。
ざっと眺めるだけで、新旧共に名産である屋台が並ぶ。
チーズやハーブ料理、焼き菓子、郷土料理の一口パイなどさまざまだ。
飲み物は今年は温かいものが多い。
スパイスやドライフルーツなどを混ぜて温めたホットビールやホットワイン、紅茶、ハーブティーなどが売れている。
香料やハーブの香りに引き寄せられているのか、列をなしていた。
むろん、冷たい飲み物も温かい塩っけの効いた食べ物の友として、エールを筆頭に人気がある。
熱々のアップルパイと冷たい果実水もセットで売っている屋台もある。
皆、各々に工夫していた。
帝都からの屋台も今年は多いとアーサーの報告にもあった。
各地の収穫祭は終わっており最後の稼ぎどころ、とばかりに来ているらしい。
それはいいのだが、売れ残りを一掃したいのか、割引の声が多い。
私はトラブルの素とならないよう、見回りの強化を命じる。楽しい思い出を台無しにしたくはなかった。
出店に際しては、アーサーを始めとした行政官達が厳しく審査してくれてるが、念のためだ。
贈り物にしやすいお洒落な小物、祭りの仮面などは、若い男女に人気だ。
お買い得の衣料品は、奥さん達が夫と交渉していて、店の前がひときわ賑やかだ。
エヴルー騎士団の軍楽隊も出て、リクエストに応じている。かなりレパートリーが増えたようで何よりだ。
また小さな楽団や吟遊詩人も音楽を奏で、間合いのあいさつに差し出される帽子などに、硬貨が投げ入れられる。
こうした賑わいの中、広場の中心にどんと居座っているのが、牛と、新たに加わった豚の丸焼きだ。
何度見ても豪快だが、今年は牛と豚の相乗効果で目に入ってくる迫力がすごい。
『品評会第一位獲得!●◆地区産!』とどちらも看板を掲げ、張り合っている。
焼き上がりを今か今かと待っている領民達も、『牛派』と『豚派』に分かれて論争していた。
論争をよそに公爵邸の料理人達と育てた領民達が一緒に作業を進める。串に刺し、炭火でじっくりと焼いていた。
焼けたところから薄く切り分けていく。
味付けは、肉の風味を楽しむ塩だけから、ハーブソルト、料理長手作りの各種ソースなどが用意されている。
『牛派』も『豚派』も満足らしい。「こいつぁ、うまい!」などといった声も聞こえる。
一番満足したのは『どっちも派』で、皆が笑いあい楽しそうだ。
その横で、これも一等賞で買い上げた鶏のチキンパイが、小分けにして食べられていた。
さくさくとした食感に、ハーブ鶏の臭みのない肉がおいしいと評判だ。
また去年と同様、『◎◉地区産小麦部門一等賞受賞パン』との看板付きテントが作られ、さらに『△▲産取れたて野菜一等賞受賞』が加わり、パンと刻み野菜を売っていた。
このパンに牛や豚の薄切り肉、さらに野菜をはさみ、ソースをたっぷりかけ、みんな喜んで食べている。
昨年より確実に進化していた。
「ルー様、人間って食べることに貪欲よね。
すごいわ。アーサー、あれは領民から言い出したんでしょう?」
「さようでございます。品評会の意義も増すと考え許可しました」
「いや、俺が見てても皆、工夫してる。すごいな」
「では、どうぞお召し上がりを」
去年と同じく、私とルイスが行けば大騒動になると、本部に料理人が持ってきてくれた。
ルイスは断然『牛派』だったが、今回は、牛には牛の、豚には豚のおいしさがあり、どっちも選べない、との結論だった。
2個ペロリと平らげた上に、私のサンドを手伝ってくれるのだから、ルイスの食欲もすごいと思う。
「この豚は飼料にハーブやホエーを使ってるから、臭みの少ない、肉汁たっぷりなお肉になってるの」
「ハーブはわかるけど、ホエーってなんだ?」
私は牛乳からチーズを作る時に出る、“乳清”とも呼ばれる液体で、これにも栄養がたっぷりあるのだと説明する。
王国にあった建言の一つを使わせてもらった結果だ。
最初は半信半疑だった養豚農家も育てた豚を食べた時には、目を丸くしていたことを思い出す。
「さてと。腹ごなしにこの辺りだけ、ゆっくり回ってこよう。今が一番暖かいからな」
「ありがとう、ルー様」
「エリー様、ルイス様。どうぞ、こちらを」
アーサーが天鵞絨張りの鞄を開ける。
そこには最初の年に贈られた、金茶の猫と黒犬の仮面があった。顔の上半分を覆うタイプだ。
クレーオス先生に、この間だけはマスクを取る許可を得る。
「アーサー、本当にありがとう。
ルー様、付けてあげる。かがんでください」
今年は『にゃ』はやめておくが、ルイスはぶれなかった。
「さあ、エリー。今年も可愛い猫ちゃんになろう。
警護の黒犬がしっかり守るから、安心して」
「もう、ルー様ったら」
恥ずかしがる私を楽しむように仮面を付けてくれる。
「ルイス様、エスコートは慎重になさってくだされ。“ご配慮”も忘れぬように。
姫君も何事も我慢せず、痛みなどで来るのが無理なら儂を呼ぶんじゃよ」
牛肉サンドと豚肉サンド、さらには鶏肉のパイを楽しんでいたクレーオス先生が、すかさず注意してくれる。
「はい、充分気をつけて楽しんできます」
「先生、きちんと注意します。マーサ、アーサー、行ってきます」
この後、私達はまずはデザート代わりに飴かけ果物と紅茶を楽しむ。
パリッとした食感と果物の甘酸っぱさが口の中で交わると楽しくておいしい。
そこを紅茶でリセットする。無限に食べてしまいそうな今の私だ。
「ふ〜、いけない。何個でも食べられちゃいそう」
「俺が代わりに食べてあげるよ」
そう。今、私は甘いものがものすごく食べたい時期に入っていた。
クレーオス先生からは、『ほどほどにしないと体重が増えすぎて、体調不良にもなり、結果的に難産になりますぞ』と警告されていた。
後宮運営のため、知識としてはもちろん知っている。
しかし実践はかなり苦しい。大好きなカスタードクリームたっぷりのお菓子につい目が吸い寄せられるが、そこは耐える。
あっさり目の甘いものでしのいでいた。この飴がけのフルーツもそうだ。
「ルー様がいいお顔で食べてたら、うらやましいってほっぺた、つねっちゃいそう」
「ん?エリーにされるなら本望だけど?ほら?」
頬を寄せてきたルイスに私が照れてしまう。
「ルー様の意地悪。そんなことできないもん」
そう言い返したら、ルイスが右手を握りしめて「かわいい、マジかわいい。どうしよう、俺」とか言ってる。こっちが恥ずかしいのに!
深呼吸して立て直したらしいルイスが、立ち上がって手を差し出す。
「だったら気分転換に雑貨を見てみよう。それも楽しそうだ」
「うん、そうしてみる」
雑貨の出店で、二人で民族衣装に合わせた帽子を選ぶ。どちらもエヴルーの刺繍工房の品だ。
私には花が刺繍されたものを、ルイスには若葉が刺繍されたものを買う。
祭りに付きものの不埒者は、現れるたびに巡回の騎士達がさっさと確保していき、一晩、地下牢で過ごし酔いを覚ましたのだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
祭りの締めくくりは最初の年と同じように、材木が井桁に組まれた焚き火を、豊穣の女神に捧げる。
領主である私とルイスが二人で握った松明で火をつけると、夕空に炎が燃え上がる。
皆で祈りを捧げていると、聖歌ではない、別の歌が聞こえてきた。
『エヴルーの小麦畑に朝が来る。
朝食たっぷり、さあ働こう。
耕す大地に実りは来たる。
我らの暮らしに幸いあれ。
エヴルーの牧場に昼が来る。
緑の木陰で昼食だ。
チーズ作りに乳搾り。
我らの暮らしに幸いあれ。
エヴルーのハーブ畑に陽が落ちる。
一日働き、夕餉の団欒。
香る料理に温かい湯気。
我らの暮らしに幸いあれ』
エヴルー領の歌、エヴルー領歌だ。
初等学校を中心に領民に広まり、親しまれていると報告されていたが、ここで歌われると、胸に迫るものがある。
次第に大きな声となり、ルイスも私も歌っていた。
しばらくすると、焚き火がどっと崩れる。
その時、ルイスがさっと手を上げると、側に控えていた騎士が、領 地 邸に向けて松明を大きく振る。
「みんな、今から花火型狼煙も豊穣の女神に捧げる!。
エヴルーの領地に実りと平安を!」
領民達はもう、どこから上がるか知っている。
領地邸のドーリア式円柱が並び立つ壮麗な玄関の屋上にある、狼煙施設の前でも松明が大きく振られる。
もちろん周囲の貴族領と帝都の騎士団には連絡し、了承を得ていた。
「大いなる豊穣の女神に感謝を!
今年も大地の恵みを分け与えてくださり、ありがとうございました!」
声を響かせるように祈りの言葉を捧げると、色付けされた花火が、音を立てて上がっていき、白や赤、黄色、緑といった光を上空で放つ。
実はこれには、ルイスの祈りも込められていた。
天にいる戦友達にも餞として届けたいんだ、と願い私も同意していた。
領民達は知らなくてもいい。
共に戦場を駆け抜けたであろう人達への、ルイスなりの手向けだった。
収穫祭での花火型狼煙の打ち上げは2度目だが、比較的落ち着いていた。
初等学校や、住民代表を招いての見学で見知っている者が増えていたためだろう。
それでもすっかり陽が落ち宵の明星が煌めく夜空を、目を輝かせて見上げる。
今年は自粛もなく、20発上げておしまいだ。
「みんな!帝国騎士団と俺の帰還を待っていてくれて、本当に感謝する!
俺とエリーとエヴルー公爵家は、皆と共に生き、この土地を愛し、そして、共に守る。
もちろん生まれてくる俺とエリーの子どもも、このエヴルーの子だ!よろしく頼む!
エヴルー!万歳!」
ルイスが騎士礼を取り、感謝の意を捧げた後の言葉に、領民も続く。
『ルイス様!万歳!エリー様、万歳!お子様、万歳!エヴルー!万歳!』
すでに生まれたかのような祝福の声に、私はお腹の“ユグラン”になでながら優しく呼びかける。
「ねぇ、聞こえてる?みんながあなたを待ってるのよ」
『聞こえてるよ』というように、“ユグラン”はぽこぽこ動いていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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