160.悪役令嬢の故国 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※糖度高めです。苦手な方はご注意ください。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、36歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ラッセル公爵視点】
エリザベスが半日勤務のルイスと待ち合わせし、皇妃陛下から悪阻明けに贈られた小切手式商品券で、外食を楽しんでいたころ——
王国では私と国王陛下が人払いをした上で、話し合っていた。
愛娘エリーことエリザベスから打診があった、帝国のミネルヴァ勲章の件だ。
「受ければ良いではないか。ほぼレオの手配だ」
「国王陛下には全面的にご支援いただきましたし、ソフィア薔薇妃殿下には特にお骨折りいただきました。ドラコもです。
私個人ですと帝国との癒着も疑われます。
ここは国王陛下か、同盟国として受けるべきかと存じます」
私情を抑え、王国のために最もよい外交関係を考える。
愛娘が設立に寄与した、それもすばらしい内容だ。
第一王女殿下としての立場も、強めておきたかった。
ここは義父の国王陛下が受け取るべきだ。
「お前はそういうヤツよの。
ふむ、団体に貢献者の氏名をつけるよう、帝国側に頼んでみてはどうかの?」
「貢献者の氏名、ですか……」
我が主君もなかなかお考えになる。その手があったか。
「ああ。儂にソフィア、お前にドラコ、あと“米”の研究者だったか。
その辺の名前を並べて、これらの功績ゆえに、王国に勲章をもらう、という形だ。
先方が難色を示した時は、国として受け取ればよかろう」
「ではそのように返答いたします。ご配慮感謝します」
まずまずの落としどころに、両者共に機嫌がいい。
「で、ここからは私の会話だ。
エリーの体調はどうなのだ?」
「母子共に健康、とクレーオス先生からは報告が来ております。ただ無理をする時もままあるので、周囲で『目指せ、安産チーム』なるものを結成し、注意勧告を行っているとか。聞かなければ実力行使もあるそうです。まだ実施はしてないそうですが。
今は子どもの名前を考えているそうです」
「そうか。儂にとっては孫の名前なのだが……」
「私でさえ口を挟めないのですよ。ご遠慮ください」
少し寂しそうにするが、これは私もそうだ。
『参考くらいは』と思っていたが、はっきりと『二人で決めます』と手紙に書かれていた。
仕方ない。祖父として嫌われたくはない。
国王陛下もそう思われたようで、「仕方ないの。時代が違うのだ」とポツリと呟いたあと、話を戻す。
「婿殿も無事に帰ってきたのだな」
「はい。戦功を立て無事に帰還いたしました。
大使から帝国には祝意を伝えております」
「しかし恐ろしいものよの。そのような、読むだけで暗示にかかるものがあるとは。いまだに信じられぬ……」
エリーはラッセル公爵家の“影”を使った時点で、情報が私と国王陛下に伝わる覚悟はしていただろう。
ただそうそう、書かれるものではない。
相手は大公国の先代大公妃殿下なのだ。
「クレーオス先生の報告にもあったではありませぬか」
ラゲリー・ペンテス元侯爵家子息——
アンジェラを帝立学園でイジメ、追いつめ、あの傷を付けた張本人だ。
私がその場にいれば、ありとあらゆる苦しみを与えたものを。それだけが口惜しい。
「ふむ。あの時はまだ半信半疑でいたのだ。
だが、回復方法も確立されておる。油断はできぬが、正しく怖れていればよい」
本当に賢い方だと思う。
長い間、ご自身の子どもの出来にくさからきた、王妃陛下への愛情とすまなさで、その言動を大目に見てきたが、今はそれも解決した。
「陛下。何度も申し上げておりますが、王妃様にはくれぐれもエリーの妊娠の件は耳に入れぬようお願いいたします。
何をなさるかわかりません」
「ほぼ自発的に閉じこもっておるがの……」
「甘うございます。あの方のいざという時の実行力をよくご存知でいらっしゃるではないですか。
国境、いえ、各港にも、王妃様を出国させぬよう、通達を出させていただいておりますが、さらに強化させていただきます。
アルトゥール殿下も出産するまでは、同様に願います」
王妃陛下とアルトゥール殿下は、エリーの妊娠に関して完全な情報統制を敷いている。絶対に耳にも目にも入れないよう、手を尽くしていた。
「……なるほど。わかった。よろしく頼む。
しかし、親子そろってか。苦労をかけるの」
「これくらい苦労ではございませぬ。
それより朗報がおありと伺いましたが?」
「そうなのだ、レオ。実はな……」
国王陛下が述べたことはにわかには信じがたいが、新しい侍医長、クレーオス先生の息子も確認しているという。
「それは、誠におめでとうございます」
「これで少しは気がまぎれると良いのだが……」
「どうでしょうか。あの方の第一のご興味はいまだに我が最愛のアンジェラです。勘もいい。
アンジェラに“心酔”していた王妃派の面々の中で、クレーオス先生が侍医長に手紙で教示された治療を施され、効かなかったのはあの方だけです。
先生いわく、『“天使効果”は解けているが、根深い執着が形成されているのではないか』とのお話でした。
エリーの出産後、一度ご帰国願い、クレーオス先生ご自身に治療をお願いしたほうがよろしいかと存じます」
「そうだな。ソフィア薔薇妃がよくやっているとはいえ、王妃の病気療養が長引けば、色々言ってくる輩もいるゆえな」
「それは今回の慶事でどのようにでもできるのでは?
そもそもフレデリック皇子殿下に、今回、メアリー百合妃殿下がレティシア王女殿下をご出産あそばしました。
年齢を考えれば、まだまだ続くでしょう。外交的に非常に喜ばしいかと」
「まずはレティシアをどこに嫁入りさせるかだな」
「はい、今のところ、可能性としては……」
国王陛下との密談はしばし続いた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
後宮に赴くと、ソフィア妃殿下は、フレデリック王子殿下をあやしていらした。
もうすぐ生後9か月になられる。
今もハイハイをされて、お座りになっている母上・ソフィア妃殿下のお膝に辿り着かれたところだった。
「ご機嫌麗しゅう存じます、ソフィア薔薇妃殿下」
「ラッセル宰相閣下。いらっしゃいませ、先触れをいただいていたのに申し訳ありません」
「お子様のご養育が第一でございます。お気になさらず。お母上が恋しくいらっしゃるようですので、ソファーにそのままお移りいただければ充分なお話でございます」
「ご配慮、ありがとうございます」
ソフィア妃殿下がフレデリック王子殿下を抱いて、ソファーに座らせる。
お座りもなかなか様になってきている。
エリザベスが贈ったというベビー服もよく似合っていた。
ソフィア妃殿下が玩具を与え、機嫌良くされたところで話を切り出す。
「早速ですが……」
私は新設されるミネルヴァ勲章で、功労者として名前を挙げさせていただいてもよいか、ソフィア妃殿下に確認を取る。
「もちろん、光栄なお話でお受けしたいと思います。
ただ……」
「ただ?アルトゥール殿下でしょうか?」
「……はい。ご報告しましたが、私が黙って帝国に行ったのが、よほどお気に召さなかったようですの。
あの方は行こうとしても入国できませんのに、不思議ですこと。ふふふ……」
優雅に微笑み小さく笑いがこぼれるが、目が笑っていない。愛娘エリーが『晴れた日の空のよう』と評した瞳は細く冷たかった。
「それについては、帝王教育でもご説明したのですが、困ったものです。
国王陛下は論外、戴冠式以外に出向くということは序列が下になります。
アルトゥール殿下はご自身の過ちで入国できない。
王妃様もあのご様子、メアリー百合妃殿下は臨月の身、ということで、フレデリック王子殿下をご養育中のソフィア薔薇妃殿下にご無理をお願いしました、とご理解いただいたはずでしたが……。
ソフィア薔薇妃殿下は何も悪くはございません。
功労者に名を連ねることも、国王陛下か私から伝え、帝王教育でその意義を説明させましょう。
ソフィア薔薇妃殿下は今まで通りにお過ごしください。
すばらしい王子妃殿下でいらっしゃいます」
「ラッセル宰相閣下にお褒めいただき、光栄ですわ。かしこまりました。
それと、先日ご相談を差し上げた件ですが……」
「ああ、アルトゥール殿下がフレデリック王子殿下を避けるようになった。その割には羨ましそうな視線を感じる。
ソフィア薔薇妃殿下がフレデリック王子殿下をご自身より構うから、といったことではなさそうだ。
ということですね」
「はい。このところ、メアリー様のところにお渡りが多いのは当たり前だと思いますの。
先月出産されたばかりで、夫が気遣うのは当たり前ですわ。宰相閣下も“例のこと”は2か月は免除してくださってますもの」
“例のこと”とは妃殿下方からの、アルトゥール殿下の言動履歴書のことだ。
妻といる時は帝王教育の一貫である、“24時間の監視”から逃れられる、と思っているのは本人だけで、その妻達からも監視されている。
このところは、ようやくマシになってきたと思ったのだが困ったものだ。
「産褥期の女性は、極力無理をしてはいけません。また“影”も入れております。
あちらでは、フレデリック王子殿下の時のご経験を活かして、まあ、割とまともにお過ごしのようです。
メアリー百合妃殿下もレティシア王女殿下もお休みの時は、読書されているとのことです」
つい大声を出して乳児を起こしたり、といった態度だったアルトゥール殿下を父親として躾たのはソフィア妃殿下だ。頭が下がる。
「それはようございましたわ。
メアリー様は私よりも出産時間も長く、出血も多めでしたから……。
私はどうとでも振る舞えますが、幼い子どもはそうはいきません。
あのような態度はやめていただきたいのですが、『何も変わっていない。フレディが人見知りの時期だからじゃないか』などと仰せで……。
子どもは敏感ですのに困ったものですわ。ふぅ」
ソフィア妃殿下は、頬に手を当ててため息を吐かれる。 フレデリック王子殿下は与えられた玩具でご機嫌だ。
「ソフィア薔薇妃殿下。確かエリーはフレデリック王子殿下に、かなりの衣類や玩具を贈ったと手紙にもありましたが、今のお召し物もさようでしょうか?」
「はい、いただいたものはとても上質で、念のため侍医にも見せましたが問題なく、今着ているものもさようですわ」
「……ソフィア薔薇妃殿下。これは“焼きもち”ではないでしょうか」
「え?!フレデリックに“焼きもち”?我が子ですのよ。
出産した妻が子どもにばかり構うので、とはよく聞きますし、エリー様が残してくださった『後宮運営手引書』にもございましたから、注意してましたのに……」
私の言葉に驚いたあと、少し気落ちしているが、これはソフィア妃殿下に責任はないことだろう。
「いえ、ソフィア薔薇妃殿下は何も悪くはございません。おそらくはエリーが贈った服を着ているので、フレデリック王子殿下がうらやましい。
それゆえの“焼きもち”かと……」
「……なるほど。でもあの方もエリー様から贈られた服はたくさんお持ちでしょう?
よくおそろいでお召しでしたもの」
「あの男爵令嬢に泣かれて、ほとんど処分したとの報告がありました。今、あの方の手元にあるのはハンカチくらいでしょう。
エリーは刺繍もすばらしく、男爵令嬢も素人が刺したと思わなかったのでしょうね」
「それで……ですか。困ったものです」
ここにアルトゥール殿下の先触れが訪問を知らせる。
「ちょうどいい。試してみましょうか」
私はソフィア妃殿下に穏やかに微笑みかけた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
アルトゥール殿下は私の顔を見て、驚きの声を上げる。いくら後宮とはいえ、この辺がまだまだだ。
「え?!あ、ラッセル宰相閣下。来てたのか」
「はい、ソフィア薔薇妃殿下にご意向のご確認が必要なものがありましたので、参じました」
「では、私は戻るとしよ」
「お待ちください。もう所用は終わっております。フレデリック王子殿下のご養育などでお悩みはないか、伺っておりました。
またちょうどお知らせもございます。
お父上としても、アルトゥール殿下にも関わられること。どうぞ、お座りください」
見え透いて避けようとしたが、逃すものか。
すかさず立ち上がり、一番の上座を指し示す。
「……そうだったんだ。それで話って」
相変わらず、瀬踏みも無しに聞いてくるが今日はまあいい。バカ(=王子)ではなく、私の時間が惜しい。
「実は娘から伝言がありまして、フレデリック王子殿下のお洋服を、“また”作りたいので、サイズを教えて欲しい。よかったら肖像画を送ってほしい。もちろん画家の手当ては出します、とのことです。
ご両親のご意向はいかがでしょうか?」
アルトゥール殿下の表情がわずかに歪む。制御方法を少しは学んだようだ。
「いや、もう、いいんじゃないかな。充分すぎるくらいもらってるよ。
ソフィア。これからは王国産の服を身につけさせたほうがいいと思う。
フレデリックはこの国の王子なんだ」
ほう、まともな理由付けをしてきたか。だが根拠にとぼしい。すぐに論破されるぞ。
「そうですわね。今回はどっさり頂戴したので、ほとんどが“エリー様から”頂戴した服になりました。
でも数枚だったら、問題ないでしょう?
友好国ですし、何より侍医のお墨付きで品質がいいんですもの。
それにこの色、ハーブで染めているんですって。美しい色合いは他ではありませんもの」
「ああ、そうですね、ソフィア薔薇妃殿下。
私には布を贈ってくれたので、これから仕立てるつもりなんです。
友人の奥様が仰るには、子どもにも美しい色を見せたほうが感性が豊かになるとか」
アルトゥール殿下の頬がピクッと引きつる。
父である私にも贈るのは当たり前だろう。まだ人間関係の考察も足りないようだ。
「まあ、お父様思いですこと。
それにエリー様の服の色なら、情操教育にはピッタリですわ。そう思いませんこと?殿下」
「まあ、そうだね……」
「もちろん国産を主にしますけれど、この服が着られなくなるまでは、フレディに着せててもよろしいかしら?
無理でしたら、乳児院に寄附しますけれど……」
ソフィア薔薇妃殿下は、俯きがちに寂しそうに話す。
「え?いや、そこまで言ってないよ。そうだね、子どもの成長は早い。すぐに着られなくなるだろうし」
ここで妃殿下が花開くように、ぱあっと表情を明るくする。さすがだ。
「ありがとうございます、殿下。安心して着せてあげられますわ。
そうですのよ。成長が早いからこそ、父としてフレディを見守っててくださいませね」
「あ、うん。フレディ、おいで」
アルトゥール殿下が、フレディ王子殿下を抱き上げる。慣れてきているのは当たり前か。表情もかなり和らぐ。
親としての情は湧いてはいるようだ。
「ね、触り心地もいいでしょう?着心地もいいようで、フレディったらこのところご機嫌なんですの」
ここでアルトゥール殿下も何か思いついたように、まぶたを瞬かせ、明るく微笑み明らかに機嫌が良くなる。理由はだいたい想像がつく。
「エリーが直接触れて確かめて選んだのでしょう。
あの子はそういう子です。相手を思いやって選ぶ。
いや、“また”すべて処分、になどならなくてよかったです。娘が“また”泣くことになるところでした。
アルトゥール殿下」
エリーが直接触れた品だ、と思い高揚していた気持ちを、私は遠慮なく叩き落とす。
「……処分はしない。大切に着させてもらうよ。
ラッセル宰相閣下」
機嫌の良さがすっと消えるが、表情と声は静穏さを保っていた。
おや。少なくとも“表面上”はまともを装えるほどにはなったか。
「アルトゥール殿下。あなたもレティシア王女殿下の父親となられた。十数年後には私の気持ちがわかるような父親になっていただきたい。
息子に嫉妬している暇なぞございませんぞ」
最後にはズバッと芯を突く。何度でも何度でも、エリーの自由のために、はっきり言っておかなければならない。
「……わかった、宰相閣下」
「それは上々。では失礼します。
あなたから娘が刺繍したハンカチを没収しないのは、私の温情と思っていただきたい。
あなたはそれだけのことをやったし、つい昨年もやらかしたのだから。
娘への関心は、妃殿下方やお子様に向けてください」
「…………はい」
「ありがとうございます、ラッセル宰相閣下」
「とんでもないことでございます。
諫言は忠実なる臣下の務めでございます。では、失礼を」
「……ありがとう、宰相」
最後にポツリとアルトゥール殿下が礼を言う。
自分の子ども達のためにも少しずつでもよいので、このまま、まともになって欲しい。
ならなければ排除するだけだ、と思いつつ、“鳩”を飛ばすため、執務室へ向かった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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