159.悪役令嬢の贈り物 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※糖度高めです。苦手な方はご注意ください。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、35歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「………………」
騎士団の半日勤務を終えたルイスと共に摂った昼食後、新しいミネルヴァ勲章を創設するに至った経緯を説明したところ、黙り込んでしまった。
「あの、バカ親父(=不敬ワード)」
とか言うと思っていたが、予想したよりずっと怒りは大きいようだ。
日焼けした大きな両手を組んだルイスは、俯きがちに考え込んでいる。
私はそっと白い手を重ねる。
妊娠が進んだせいか、以前よりも少しふっくらしてきていた。それもかわいいと言ってくれた。
「ルー様……」
呼びかけではっとしたルイスは、私をサファイアの瞳で見つめる。
「本当にすまない。いったい何を考えてるんだ。
妊娠しているエリーに伝えるなんて。
俺が帰ってきてからだって充分だ。
きっと“南部問題協議会”の会議で、宣戦布告やら、連合国の統治についていろいろ言われて、挽回したかったんだろう。
本当に考えなしでごめん……。
切れるなら縁切りしたい。マジで……」
「ふふっ、皇妃陛下の離婚届に続き、ルイスから絶縁状が届いちゃったら、皇帝陛下もさすがに落ち込むんじゃないのかしら。だってどこが悪いかわからないのよ。ある意味哀れだと思うの。
あ、決して同情とかではないわ。だって被害が甚大なんだもの。悪いところがわからなければ、改善しようもない。
となると、こっちが防衛するしかないわよね」
「その防衛策の一つがコレ?」
「えぇ、皇妃陛下と私と伯母様で素案を考えて、選考委員会も設立したわ。
残留している帝国騎士団、全部は無理でしょうけど、ウォルフ騎士団長が帰還したら祝賀会を開くでしょう?」
「ああ、やるな」
「その席上で発表される予定なの。新しい視点の、身分を問わない勲章よ。
お父さまのために、国籍も問わず、にしたら、クレーオス先生にだって差し上げられるわ」
「そうか!クレーオス先生にも差し上げられるのか!」
「そう。だから縁故なし、審査は功績のみ。なの。
委員もそういう方々を選びました。
だから、これは受け取ってね。
私と皇妃陛下と伯母様の想いがこもってるんだもの。
本当に誇らしく思っているのよ、ルー様」
私はルイスの黒髪を優しくなでる。
気持ちよさそうに目を細める姿が愛しくて、どこか大型犬みたいでかわいくて、きゅんきゅんする。
「ああ、これは喜んでいただくよ。
しかし、期せずして重なったなあ」
「ああ、領 地 邸の飾りとね。
ちょっとだけ思ったけれど、そこまで言う人はいないでしょう。おいでになった方、そんなにいないもの」
私とルイスは領 地 邸を建築する時、なるべくシンプルなものを、と希望したが、『序列1位の公爵邸です』と設計者から抗弁された。
その結果、正面玄関の上に装飾の切妻屋根を支えドーリア式の円柱が並び立つ荘厳な作りになった経緯がある。
その円柱の装飾に、古代帝国の知恵と戦争の女神・ミナヴァの像を私とルイスの加護を祈り選んだ。
このミナヴァ女神の別名が、ミネルヴァなのだ。
この装飾自体は、お父さま、ラッセル公爵にも褒めていただき、冷や汗をかきつつほっとしたものだ。
今となっては懐かしくも良い思い出だ。
そのお父さまへは、昨日の内に勲章について“鳩”を送った。国王陛下の許しも必要だろう。
どういう答えが返ってくるのか、糸が紐になるように期待と不安が絡み合う。
「エリー、エリー?」
「……ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって」
今度は私が考えすぎていたようだった。
「しかし、このもう一つの褒賞はすごいな。
よく思いついたもんだ。母上が一番の傑物に思えるよ」
「私もそう思うわ。北部の出稼ぎの人達の受け皿にもなるって言われたら、断れなかったの。
ごめんなさい。
それに、『エリーとルイス、“ユグラン”へのプレゼントよ。そして私のためでもあるの』って仰られて……」
「いや、これはこれでありだと思う。
少なくとも反乱だのなんだの言われずにすむ」
とんでもない言葉が出てきた。
噂でも広がったら一大事だ。
『ない事の証明は、悪神の証明』とも古代帝国から言われている。
私はルイスの腕に触れ、強く問いかけてしまう。
「え?!反乱?!なに?!誰がルー様にそんなこと言ったの?!」
「…………」
ルイスは明らかに『しまった』という表情だ。
しかし、言っていいことと悪いことがある。
「……ルー様。どなたが言ったか仰ってください。
お相手によっては、対策練らなきゃいけないんだもの」
「いや、その、俺への当てつけだから、大丈夫。
エリーへののろけで、煙に巻いといたし」
ルイスの言葉にピンとくる。
今のルイスにそうそう当てつけを言える人はいない。
それも物騒な“反乱”なんて、下手したらルイスに決闘を申し込まれるか、私に不敬と名誉毀損で裁判に訴えられるか、もしくはその両方だ。
そんな中、平気で言いそうなのはお一人しかいない。
「ルー様への当てつけで、“反乱”なんて口にできる方って、まさか……」
「…………ごめん。だから母上も離婚を持ち出したんだと思う。
皇帝陛下の補佐官や秘書官の内、絶対に母上に通じてる者はいるだろう」
「…………絶縁状、出しときましょうか」
私の怒りを感じ取ったのか、今度はルイスが宥めてくれる。
「エリー、かばう訳じゃ絶対ないけど、“ユグラン”に障ると一大事だ。落ち着こう」
私も静かに深呼吸し気持ちを落ち着ける。
クレーオス先生からも、『なるべく穏やかに過ごしなされ。興奮し血管が狭くなると血の流れが悪くなる。母子共によくないんじゃよ』と説明されていた。
「そうね。お茶でもいただきましょう。水分補給もこまめにしないとクレーオス先生に叱られちゃう」
マーサを呼んで、ルイスにはいつものハーブティーを私にはラズベリーリーフティーを入れてもらう。
“安産のお茶”と呼ばれているハーブティーで、クレーオス先生の処方に従い飲んでいた。
「そうだわ。ルー様。
いつか南部の湖を見に行く時は、マーサも一緒に行きたいの。実はね……」
私は天使の聖女修道院の院長様がマーサのためにしてくださったことと、話してくださったことをルイスに伝える。
私がマーサと約束したことも——
ルイスは真摯に耳を傾け、時折小さく頷いていた。そしてマーサに声をかける。
「マーサ。許してもらえるなら、お父上、キーファー卿と兄上の墓に参らせて欲しいんだ。領主の鑑のような方だと思う」
「ルイス様……」
「そして、これはあくまでも提案なんだが、院長様に相談してマーサのお母上の分骨をされてはどうだろう。
お父上と兄上のものも修道院にお願いできると思う。
そうすれば、マーサも家族に会いに行きやすくなるだろう?」
「……あ、ありがとう、ございます。
母を故郷に……。父と、兄と、一緒に眠ってもらえる日が、くるとなんて……。
申し訳ありません……。取り乱してしまいました」
自分の足りなかった配慮をルイスが口にしてくれて、心から感謝する。
ありがとう、ルー様。大好きよ。
立ち上がると、マーサの手を取る。
「私が気づかなければいけなかったのに、ごめんなさいね、マーサ。
ルー様が気づいてくださってよかった。気兼ねなく一緒にきてね」
「ありがとうございます、エリー様。
私はすばらしいご主人様がたにお仕えできて、幸せでございます」
瞳を潤ませながらも凛としたマーサを、私は美しいと感じていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
お茶のあと、執事長がお目にかけたいものが届いたと、相談に来た。
エヴルー公爵家の歴史の一コマになると執事長が主張し依頼した、帝都民が捧げてくれた花束に帝都邸が囲まれた時の絵だ。
「そう、出来上がってきたのね……」
ごめんなさい、執事長。
皇帝陛下他、陛下クラスからの直筆の手紙を記録文書として保存するほうは覚えてたけど、絵はすっかり忘れてました。
「はい。先ほどギャラリーに飾りましたので、おいでいただければありがたく……」
「わかった。エリー、お手をどうぞ」
「ありがとう、ルー様」
あれはまだ悪阻に苦しんでいた頃、皇太子の1周忌を機に療養を公表すると、『国難に身を挺し倒れる!』に始まり、新聞に美辞麗句を書き立てられた。
ウォルフ騎士団長の戦略だったが、いわく『知恵と戦略の女神の申し子』『豊穣の女神に愛されし者』などなど、思い出すだけで遠い目となる。
その時に帝都民が『お見舞いに』と、私に花を贈ってくれた。
前例のないことで、さらにその花は帝都邸の正門前から壁に沿い、道路に面した歩道を埋め尽くす勢いで伸びていった。
私は『両隣りの邸宅に迷惑をかけるのでは』と心配したが、執事長の考えは違った。
『エヴルー公爵家の歴史の1頁になることです』と風景画を得意とする画家に依頼したのだ。
悪阻で実際に見られなかった私のため、という心遣いもあった。
それを思い出すと現金にも楽しみになってくる。
元々、絵画を鑑賞するのも好きだ。描くのは某王妃陛下が多かった、と過去過去過去。滅却しよう。
ギャラリーに入ると、かなり大きな号数の絵画が2つ飾られていた。
どちらも花畑のようだが、構図と技法が異なる。
1枚は皇城の方向からの馬車の高さの視点で、屋敷の壁に沿い縦方向に伸びていく花の列を描いている。
筆のタッチを残し、かつ隣の色と混ざっていない。
離れて見ると視覚の錯覚で隣接する色と混ざり合い、色鮮やかな花畑のように見えていた。
光の印象を絵筆で捉えるとされている技法だ。
もう1枚は、馬車幅を残し花に埋め尽くされた正門付近を、道路の向こう側から描き、背景に帝都邸を配した構図だ。
こちらは古典的な技法で、花束の一輪一輪を緻密に生き生きと描いていた。
各々の美しさの中に、1枚目は優しさと思いやりを、2枚目は帝都民の慈愛に包まれ励まされたエヴルー家を感じた。
古典技法をしっかり身につけ確立した上で、新しい技法にも意欲的なのだろう。それも画風の違いに現れていた。
「……これは、どちらもすばらしいわ」
「ああ。俺が見た光景を思い出すよ。うん、面白い。
斥候でパッと見た全体像を言ってくる者と、詳細に観察した結果を言ってくる者の違いだな。
どちらも役立つ」
軍事にたとえて話す癖は相変わらずで、そこも愛しいと思えるのが不思議だ。本質も捉えており『さすが私の旦那様』と誇らしかった。
「執事長。見事な絵を残してくれてありがとう。
この絵で始まる家の歴史に恥じないようにしないと。
画家には充分なお手当をしてあげるように。
これだけの大作、長い期間を費やしたに違いないもの」
特に古典技法のほうはそうだろう、と思えた。
「はい、すでに制作期間中の手当も含めて支払っておりますが、お二人がお気に召したということで追加を渡します」
「『すばらしい絵をありがとう。これからにも期待します』と伝えて。よろしくね」
「エリー。家の歴史といえば、家訓の話もあったよな。
形式ばるのは苦手だが、それはそれで残しておいたほうがいいと思う。
家訓でしばる家風じゃない、ってのが家訓だったりさ」
「ふふっ、そんな家訓もいいかも。私も“ユグラン”の名前と一緒に考えたりしていたの」
「そうだ、“ユグラン”の候補を決めないと。
エリー、疲れてないか?」
帰還してからさらに、その前もだけど本当に気遣ってくれる。私の旦那様は本当の意味で優しい。
今朝も庭の花、黒の縁取りの青いリボンを結んだ赤いサザンカを一輪、贈ってくれた。
『あなたが最も美しい』という花言葉だ。庭師が勧めてくれたのだろう。でなければさらに嬉しい。
こんなにするする花言葉が出てくるのは『社交に必要だから』と覚えさせられたからで、と昔の話だ。
花は美しく、花言葉は嬉しい。言うことなしだ。
「大丈夫よ、ルー様。疲れたらベッドで話しましょう。
執事長、ご苦労様でした」
「はっ、ありがとうございます」
皇帝陛下と第五皇子殿下、王国の国王陛下からの手紙も、図書室の一部を専門家の監修で改修した『文書保管室』で管理してくれていた。
この2枚の絵はギャラリーを代表するものとなり、帝都邸の見学を再開後は、コースに入ることとなった。
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「そうだわ。思い出した!
日も迫ってるしアーサーに叱られちゃう。
あのね、エヴルーで収穫祭を延期して待ってくれてるの。
ルイス様がいないと嫌だ。つまんないって」
「え?」
居室に戻った直後の言葉に驚き、目を見張る表情もかわいい。私の元気の素の大半はこの“きゅんきゅん”だ。
「ルイスを待って収穫祭をやりたいって、領民の総意なの。代表会議では満場一致だったんですって。6日後よ。お仕事で無理なら手紙を書いてね」
「絶対行くよ!さっさと仕事引継ぎして休暇を取る」
喜んでくれてよかった。いわば領民からルイスへの贈り物なのだ。
「よかった。“鳩”を出しておくわ」
執務室の補佐官に依頼を出しておく。他の者に任せられる分は任せるように、という『目指せ、安産チーム』の勧告だ。
家訓については、以前から話していた『信賞必罰』で、二人とも納得していた。風通しの良い家と領地にするためだ。
今の適度に自由な気風も保ちたい。
ただ自由すぎると障害も出る。
礼儀知らず過ぎたシャンド男爵令嬢を思い出す。あれは指示する者がいての半ば戦略だったが。
これも過去過去過去。記憶のゴミ箱にポイッだ。
今日は妙に思い出す。 ルイスに悟られたくなくて話を続ける。
私は使用人も領民もぎちぎちに締めつけたくはない。今の雰囲気を守りたかった。
「信賞必罰以外……。礼儀正しくのびのびと、とかどう?」
「堅く言うと、後半は自由闊達かな」
「そうね、合わせると、前半は品行方正、かしら」
いろいろと話し合った結果を、アーサーに手紙で送る。
私とルイスの共通認識は『家訓は絶対ではない』ということだった。
その時代に応じて変えていく必要もある。だが、当主の好き勝手に変えて押し付けても困る。
子孫を疑うようで申し訳ないが、世襲制の弊害の第一は、必ずしも良い主君が続く訳ではないことだ。
その辺の安全装置も設けておくことにするため、関係各位に手紙を書く。これは私とルイスで手分け、差出人は連名とした。
残すは、“ユグラン”の名前だ。
「エリーの時はどうしたんだい?」
「女の子の名前はお父さまが考えて、男の子はお母さまが考えたんですって。
お父さまの候補の数がすごくて、お母さまが『名前も最初の贈り物でとても大切だけど、今の触れ合う時間も大切にしたいの』って分担することにしたの」
「俺は一緒に考えたいな」
ルイスについては、あえて尋ねない。本人が話すのを待つつもりだった。
それに帝室や王室は儀礼官がふさわしい候補を上げ、選ぶことが多い。アルトゥール様もそうだったって、はい。ゴミ箱行きです。
「私もよ。これはお父さまが悪いの。だって数十もあったらしいから。男女別でね」
「と言うと……」
「合わせて100は越えてたそうです。だから担当を分けたの」
「なるほど……。それは義母上のお気持ちも分からなくはないな」
「えぇ、賢い方法だと思うわ。私達は一緒に考えましょうね。“ユグラン”のための大切な時間だと思うの」
「ああ、そうだね。なでてもいい?」
「もちろん。“ユグラン”、お父さまよ。離れていた分もなでて、読み聞かせしてもらいましょうね」
私がお腹をなでると、ルイスもそっと優しくなでてくれる。“ユグラン”もぽこぽこ動いている。
親子三人、ゆったりしながら、まずは各々が考えていた候補を出し合い、検討を始める。
会えなかった時空間を埋めるように、こうして二人で紡ぐ言葉は、お互いにとって何よりの贈り物だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
●作中に出てくる2枚の絵画は、印象派のモネの『花畑』と、ボッティチェリの『プリマヴェーラ〜春』の女神達の足元の花を参考にしています。
●活動報告の【悪エリ(暫定)書籍化日記】の5と6で、帯付き書影と口絵イラスト(キャラのイラスト)を公開中です。よかったらご覧くださいヽ(´▽`)/
ご感想もお気軽にどうぞ_φ(*´︶`*
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精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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