158.悪役令嬢の懐かしさ
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
※糖度高めです。苦手な方はご注意ください。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、34歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「帝国騎士団の智勇とルイスの帰還に乾杯!」
帝室の昼食会に私とルイスも招待された。
皇妃陛下のお手配ではなく、またしても皇帝陛下の気まぐれという名の“ご厚意”で、断れるはずもない。
確かに2ヶ月近く出征していた息子が帰ってきたのだ。
いくら特殊な環境の帝室でも、その基準で“標準”な親子関係なら、当たり前の光景だ。
ただ“標準”でないのに、当たり前を平気でやるのが皇帝陛下だ。
あとは臣下の目も非常に大きいだろう。
これだけの功績を挙げた息子、臣籍降下したとはいえ、序列第1位のエヴルー公爵を、簡易にでももてなさないのはなぜか、関係が良くないのか、と思われたくない。
弱みを見せたくないという思惑も透けて見えた。
皇妃陛下がすぐに側に来てくださり、「大丈夫?遠慮せず、辛いなら断ってね」と仰るが、“あの”皇帝陛下にしてはまだかわいいものなので、「ご心配なく。まだ辛くはありません」と受け入れることとする。
それに自分では良案だと思った、ガーディアン勲章の準一等、準二等を断られ、皇妃陛下からかえって迷惑だとお説教され、離婚届までサインさせられている不満もおありだろう。
ここらでガス抜きしておいたほうがいい、と判断し、心配そうなルイスにも、「大丈夫、先生にもすぐに来ていただくわ」と伝えた。
連絡して来ていただいたクレーオス先生に、ベッドのある近くの部屋で控えてもらう。何かあった時は私をここに運び、診察していただく手筈だ。
この頃、時折りお腹に張りを感じる、前駆陣痛があるためで、もちろん皇城の豪華な昼食を召し上がっていただく。
お願いするとほくほく顔だったが、すぐに真面目な表情となった。
「安定期とはいえ、無理は禁物ですぞ、姫君。
少しでも痛みなど感じられたら、すぐにここへおいでなされ。マーサ殿もよろしく頼む」
「かしこまりました」
『“滅私奉公”癖、抑制チーム』は、『目指せ、安産チーム』に変貌を遂げていた。
昼食会は表面上は和やかに進んでいく。
第五皇子第四皇子両殿下は、ルイスを質問攻めにし、皇妃陛下から窘められる一幕もあった。
それでも楽しく柔らかいお祝いの雰囲気だ。
ここでオリーヴ冠と、タッジー・マッジーの花束はやはり皇妃陛下の発案と知る。
「やはりさようでございましたか。何よりのものをありがとうございます。ね、ルイス様?」
「ああ、本当に誇らしく嬉しかったです。
皇妃陛下。お心遣い、感謝します」
「よかったこと。ほんのちょっぴりルイスを驚かせてあげたかったの」
「そういうものなのかの?オリーブ冠はわかるが、花を贈られてさほどに嬉しいものか?」
皇帝陛下は不思議がっていた。
オリーブ冠の栄誉は古来より神話にも謳われ、有名なのでわかるようだが、タッジー・マッジーを説明するのに一苦労だ。
「……とにかく、私とエリーにとっては希少な宝石よりも大切なものです」
「そういうものなのか、ふむ……」
皇帝陛下へのピンクダイヤモンドを絡めた嫌味だが、まったく通じない。
「陛下?思い出の品とはそういうものでしょう。
私も陛下に贈っていただいて、とても嬉しかった花がありますの。その時、陛下にも伝えましたのよ。
どの花かおわかりかしら?」
これは藪蛇で、皇帝陛下は内心慌てているのがわかる。
「もちろんだ。今宵、持っていこう」
「まあ、楽しみですこと」
皇帝陛下の額にうっすら浮かんだ汗は見間違いではないだろう。
ご健闘をお祈りすると共に、皇妃陛下への花の贈り物の記録を総ざらいさせられるだろう秘書官達に深く同情した。
次の話題は私の妊娠・出産についてだ。
「出産予定日は1月下旬です」
「もう2か月と少しね。ルイス、充分に労わってあげるのよ」
「もちろんです。留守を守ってくれた分も含めて、妻孝行します」
「そうそう、大切にね」
「お名前はもう決めてらっしゃるの?」
ここで皇女母殿下が、にこやかに尋ねられるが、皇帝陛下の前で言って欲しくはなかった。
『では儂が』などと付け入らせないためにも、何重にも封じておく。
「はい。いくつか候補は決めてますの。これからルイスとじっくり考えて、用意しておきます。
父や国王陛下から、ありがたくも名付け親に、という申し出がありましたが、ご辞退しましたの。
やはり、両親からの初めての贈り物と申しますでしょう。ね、ルイス様」
隣国の実の父・ラッセル宰相や、義父国王陛下の申し出も辞退していると言えば、いくら皇帝陛下でも言いづらい。
お願いだから話を合わせて、と優美な中にも圧を加えた眼差しが通じたのか、満面の笑みを作る。
「そうなんです。遠征中のいい気分転換で、無事に帰ってみせるという原動力にもなりました。
これからエリーを労りながら、じっくり考えます」
「まあ、ごちそうさま。あなた、そろそろ次のご公務では?」
ちょうどいいところで、話も食事も皇妃陛下が終えてくださった。
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昼食会を終えたルイスは、私の控え室となった部屋で抱きしめてくれる。
「はあ、エリーだ。本物のエリーだ」
「本物よ。夢じゃないわ、ルー様」
「夢で何度も見たよ。ゔ〜、このまま帝都邸に連れて帰りたい……」
「ルー様は帝国騎士団でのお付き合い、私は皇妃陛下との打ち合わせがあるの。
家族持ちは夕食には間に合うよう、帰らせてもらえるんでしょう?
そこはウォルフ閣下に感謝よね」
愛妻家のウォルフ騎士団長が、この慣例を強行導入前は、家族持ちの有無に関わらず、泊まりがけの訓練の打ち上げは、強制的な一晩中参加がほとんどだったらしい。
「絶対帰る。誰がなんと言おうと、剣にかけても帰る」
「そんなことで抜剣しちゃダメ。
気をつけて行ってらっしゃい」
私は柔和に微笑むと、お腹を抱えながら、少し背伸びをして、ルイスの頬に唇を捧げる。
ルイスも私の額にふんわり接吻してくれる。
そしてしみじみとした表情を浮かべる。
「エリーの『行ってらっしゃい』だ。本当に帰ってきたんだ。
うん、行ってくる。エリーも気をつけて。
クレーオス先生、マーサ、よろしくお願いします」
「お任せあれ、ルイス様。健闘を祈っておりますぞ」
「旦那様、ご安心くださいませ。どうかお早いお帰りを」
頼もしい二人の応援も加わって、別の意味の強者達が待つ戦場にルイスを送り出した。
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皇妃陛下とのご相談は、新設される勲章についてだった。
その名はミネルヴァ勲章——
古代の女神の名前から取り、戦略と文化、公共福祉などを司ったことにあやかったものだ。
叙勲対象は帝国の軍事、芸術、学問、商業、工業、農業、社会福祉などの幅広い分野において、多大な功労のあった臣民へ贈り、第一等から第五等まである。
初回の授与は、主に“熱射障害”と南部戦争関連で功績のあった者となる。
第一等と第二等の対象者はすでに定め、第三等以下はかなりの数にのぼるため、新しく設立した委員会に委ねていた。
休憩のティータイムに、皇妃陛下がもの柔らかに尋ねてこられた。
「ねぇ、エリー。エリーのお父様に贈らせていただくのは失礼かしら」
「え?!父にですか?」
「そう、ラッセル公爵閣下に。いろいろお骨折りいただいたでしょう。
それを言うなら、ドラコ提督閣下やソフィア薔薇妃殿下もそうなのだけど……」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、恐らくは辞退するかと……」
お父様のお考えなら、帝国への貸しはなるべく大きいままのほうがいい。
勲章一つでごまかすな、とお考えになりそうだ。
「公ではそうかもしれないけれど、エリーが創設者として、名前が残る勲章でしょう。親とすれば、お喜びになると思うのよ。
ね、一度伺ってみていただけるかしら。
宰相閣下がご無理なら、大使閣下には王国を代表して受け取っていただきたいの。
友好通商条約の締結国の枠を越えて、ご支援くださったんですもの」
今の私にはまだ自覚の薄い、“親”の視点を提示され、そういうこともひょっとしたらあるかも、と思い引き受ける。
試してみるのはそれほどの労苦ではない。
「……承知しました。“鳩”で聞いてみます」
「お願いね、エリー。お疲れのところ、本当にありがとう。
しばらくはルイスもばたばたしてるでしょうけど、ルイスは残業禁止よ、って各所に通達は出しておいたわ。
夜はゆっくり過ごしてね」
すごい通達を出してくださっていた。
ルイスの長期的な心身の疲労も気になったので、お心遣いはありがたく受け取ることにする。
本当にありがたくて嬉しいものは、こういうことなのだ。
皇妃陛下に人望のある理由がよくわかる。
「誠にありがとうございます。ルイスにも伝えます。では失礼いたします」
私は帝都邸にいち早く戻り、クレーオス先生の診察を受け、伯父様に“鳩”の依頼をすると、待ち受けていたマーサ達のケアに身を委ねた。
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帝国騎士団本部での打ち上げを逃げ切り、もしくは戦略的撤退をしてきたルイスは、すぐに居室のバスルームに直行した。
帰り際にお祝いとばかりに、シャンパンを浴びせられたという。
「家族持ちはほぼやられてたよ。新しい習慣にならなきゃいいんだが。
俺と一緒に抜けようとしたピエールも、もれなくやられてた」
私の従兄弟でもあるタンド公爵家の次男ピエールも共に帰還した。今回は隊長として部下を率い、勇敢に戦ったという。
顔を出し濡れた髪を乾かす私に、苦笑しながらも楽しそうに話す。
ルイスにとって帝国騎士団は古巣であり、本当の実家のようなものだ。
なるべく早めに話さなければならないことに、少し気が重くなるが、今は棚上げすることにする。
ルイスと私、クレーオス先生が顔をそろえた、帝都邸の朝食室での夕食は久しぶりだ。
ルイスも懐かしそうに、部屋を見回している。
この部屋は美しい木目細工の格天井で、壁にはステンドグラスのような飾りガラスが嵌め込まれ、薔薇や百合など、12ヶ月の花が並んでいた。
「この屋敷は、エヴルーと違った意味で癒される。
落ち着くというか……」
「お気持ちはわかりますぞ、ルイス様。
建物全体が、ノスタルジックというか、こう故郷を思わせる雰囲気になっとるんじゃよ。
ここの飾りガラス一つとっても、知ってる花の一つや二つはござろう。身近な植物をモチーフにしとるためかのお。
おっと、それよりも乾杯じゃて」
ルイスとクレーオス先生がシャンパン、私は白ぶどうジュースの微炭酸割りだ。
「ルー様のご無事なお帰りを祝して」
「ルイス様と姫君の再会を祝して」
「エリーと“ユグラン”、クレーオス先生、マーサを始めとした皆の健康を祝して」
『乾杯!』
グラスを掲げた先に、ルイスの姿があるのが、何より嬉しい。意識的に引き締めないと、頬が緩みっぱなしになりそうだ。
さらに拍車をかけたのが、料理のおいしさだった。
メニューはルイスの好きなものを、料理長が腕によりをかけ、一皿ひと皿に思いを込め出してくれる。
エヴルーのチーズと旬の野菜を使った、色とりどりの美しいアミューズから始まり、ルイスは素直に目を輝かせている。
それはそうだろう。
従軍中は具入りのスープとパンや甘いものがあれば、恵まれている。缶詰などで改善されたとはいえ、この食事とは比べものにはならないだろう。
きのことチーズたっぷりのミートグラタンの、旨味の三重奏には目を細め、ヒレ肉のハーブソースのステーキをおいしそうに頬張る。
肉の最後の一切れを食べ終え、ハッとする。
「ガツガツ食べてたらごめん。おいしくて、つい……」
「いや、無理もございません。“遠征訓練”に、食糧事情が悪い国での駐屯。少し痩せていらっしゃいますぞ。
たっぷり召し上がるがよろしかろう。胃腸に負担にならぬ範囲での。
目は胃より大きいと申しますでな」
「クレーオス先生の仰る通りよ。
しっかり食べて、疲れを癒してね」
私は前回の紛争帰還後、味覚や嗅覚などを一時的に失った経験があるルイスの今の様子に、内心、安堵していた。
気を許した関係で、これだけおいしそうに食べて飲んでいるのだ。私の杞憂ですんで良かったと思う。
「俺の一番の癒しはエリーだけどね。
さっき、髪を乾かしてくれただけで実感したよ」
ルイスの言葉に、私の頬は赤く染まってしまう。
「これはこれは。食べる口と話す口で、ごちそうが重なってしまいましたわい」
クレーオス先生も楽しそうに笑ってくださる。
戦地のことはほとんど話題にせず、もっぱら料理や屋敷の皆やエヴルーの近況だった。
最後のカスタードクリームをたっぷり使ったアップルパイまで完食し、居室に戻る。
「エリー様、大丈夫でございますとも。私達をお信じくださいませ」
「ありがとう、マーサ。大好きよ」
寝衣に着替えた私はマーサを抱きしめ、勇気をもらったあと、夫婦の寝室に入る。
と、ドアを開けたところにルイスが待ち構えていて、視界はルイスでいきなりいっぱいになり、そして抱きしめられた。
「エリー、エリー。会いたかった。本当に、会いたくて、たまらなかったんだ……」
抑制されていた愛情があふれ出て私を包み、不安など吹き飛ばしてしまう。
私もルイスの青い眼差しと匂いと声と、その何もかもが懐かしくて愛しくて、想いで胸がいっぱいになり、言葉も最初は切れ切れで、やっと最後に伝えられる。
「ルー様。私もよ……。
おかえりなさい……。
本当に、会いたかった……。
ご無事を、毎朝、毎晩、祈っていたわ。
私の許に帰ってきてくれてありがとう……」
二人で抱き合い、自然と重なった唇で熱を分かち合っていると、お腹からポコンと大きく“ユグラン”が動く。
ルイスは唇を離すと、『え?』という顔をする。
そのびっくりした表情が愛らしくて、久しぶりにきゅんきゅんしてしまう。
「ふふっ、驚いちゃった。“ユグラン”よ。
“ユグラン”、お父様がお帰りになったのよ。
お帰りなさい、のごあいさつはできるかしら?」
私がルイスの手を取り、軽くポンと叩いた後、しばらくそのままにしていると、“ユグラン”がポンと蹴ってきた。
「すごいな、“ユグラン”。もうこんなに賢いのか」
「ですって、“ユグラン”。とても褒めてくださったのよ」
ルイスと共になでていると、少し動いたあと、また静かになる。
「眠ったみたい。私達も休みましょうか」
「ああ。エリーと眠れるなんて、夢みたいだ。
約束を守ってくれて嬉しいよ。すっごくかわいくなってる」
「ルー様……」
『よく眠って食べて、もっとかわいくなって、待っててほしい。俺の居場所はエリーの許だ』
この帝都邸で見送った時の約束を覚えていてくれて、かわいいと言ってくれる。
言うだけでなく、全身から愛情があふれていた。
私は嬉しくて仕方ないのに、瞳が潤み始めてしまう。
「私もよ。帰ってきてくれて、ありがとう。
愛してる、ルー様……」
「愛してるよ、俺のエリー」
私はまたルイスの逞しい身体に囲われ、安心して身を委ねる。
互いの約束と願いの識別票に触れ、約束を果たした、願いは叶ったと頷きあう。
これ以上の言葉はいらず、二人で分かち合う夜の闇にも懐かしさとぬくもりが溶けていった。
〜〜*〜〜
その頃、後宮の皇妃陛下の居室では、自信を持った皇帝陛下が、求婚の際に贈ったものと同じ薔薇の花束を抱えていた。
「そなたを妻に迎えたい、と申し込んだ時の花だ」
「まあ、ありがとうございます。綺麗でいい香りですこと。
でも残念ですわ。これもとても嬉しかったのですが、違いますの。明日も楽しみにしてますわ」
「そうか……」
がっくりと肩を落としたが、これ以降、決してめげない皇帝陛下の、優雅な花の百夜通いとなった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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