157.悪役令嬢の出迎え
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、33歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
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一部、残酷な表現があります。閲覧にはご注意ください。
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「それではこれより両国代表による調印式を行います」
あの戦闘から10日後——
帝国と連合国の講和会議は戦闘翌日から開かれ、連日討議した結果、連合国は全面降伏し、帝国の支配を受け入れることとなった。
ルイスは帝国側の特命全権大使として降伏文書に調印し、連合国側は他家の当主も了承したルカッツ伯爵だった。
講和会議では、帝国側から幾つかのケースが提示されたが、代表・モランド伯爵家と副代表・ダートン伯爵家が実質的に滅亡した連合国には、“国家”を運営する力は残っていなかった。
ルカッツ伯爵の巧みな誘導もあり、各家当主に妻の巡礼で見聞きした、帝国の豊かさや行政手腕を伝える。
また左腕を負傷したにも関わらず、発熱が下がった3日目から会議に出席したウォルフは、人誑しぶりを発揮し、両国の間を取り持った。
元連合国の領土は、帝室直轄領となるが、残った八貴族家が、元領地の代官を務め、貴族としての身分は保証される。
運営が軌道に乗れば、領地を返還するとの協定も結ばれた。
また長年代表と副代表を務めたモランド伯爵家とダートン伯爵家の旧悪が、各家への犯罪行為も含め暴露された。
軍議で多くの人命を殺めたモランド伯爵は、錯乱したまま首都の中央広場で吊るし首となり、そのまま晒され、重税で苦しんだ民衆から石を投げられた。
刷新した雰囲気を醸成するため、その遺体は1日で身寄りのない区画の共同墓地に埋葬された。
その遺児、10歳の長男は、ルカッツ伯爵が引き取った。
教育を施し、充分に耐えられると見極めた年齢で、父の所行も説明し、それでも見どころがあるようなら、養子にする、とウォルフには明かしたらしい。
帝国騎士団の調査でも、長男は処分の対象外だった。
両家の処分は勝利と占領の報を受け急行した、帝国の外交・行政・法務などの実務者達が、帝国騎士団の調査を基に裁定した。
モランド・ダートン両家共に取り潰しとなり、関わった部下などは、各々裁かれた。
腐敗した政権に、制裁の風が吹き荒れた後——
「お前が先に帰れ」
何度出席したかわからないほど連続した会議の休憩中、隣りに座ったウォルフから、ルイスは囁かれる。
「帰るなら、お前が先だろう」
「俺は左腕がまだだ。馬を操るのに支障がある」
「馬車でもいいだろう?」
「馬にも乗れない騎士団長なんて、冗談にもならん。
それにそろそろ特命全権大使として帰国し、報告しなけりゃいけないだろう?
実務者と、治安要員の騎士団が半分いれば大丈夫だ」
「絶対に無茶はするなよ」
「わかった。しないしない。エヴルーの騎士も責任をもって預かる。それもあって渋ってただろう」
ウォルフの見抜きには降参するしかない。
適切な応急処置と医療で、一命は取り止めたものの、出血多量のため、回復に時間がかかっていた。
あと少しずれていれば、亡くなっていただろう、との医師の言葉だった。
「…………よろしく頼む」
「ああ、任せておけ。エリー閣下によろしくな」
エリーからも三人の負傷を案じる手紙が、軍務便に混ざり届いていた。
タンド公爵か帝室の伝手を頼ったのだろう。
そこにウォルフの愛妻・エヴァ夫人の手紙も同封されており、どの見舞いより喜んでいた。
「ああ、伝える」
「しかし、この書類の山には頭が痛くなる。早く身体を動かしたい」
肩をぐるぐる回すが、傷に響いたのか顔をしかめる。
「ほら、すぐ無理をする。目を離せない」
「特命全権大使閣下を小姓にできるかよ。ちょっと歩いてくる」
「護衛は連れてけよ」
「了解」
前を向いたまま、右手を振るウォルフに、ルイスは小さくため息を吐いた。
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ルイスが帰ってくる。
その報せがタンド公爵邸からの“鳩”で知らされた時、エヴルー領 地 邸は、勝利の知らせよりも沸き立った。
早速、アーサーの執務室を訪ねる。
「エリー様。お呼びになれば私が参りましたものを」
「いいのよ。少しでも歩いておかないと、安産の基本よ。それでルー様が帝都に戻ってくるのは、17日の予定なんですって。どうしましょうか」
「11月の内なら、と申すでしょうな」
「わかったわ。ではその方向でお願い」
「かしこまりました。来ていただいたついでで恐縮ですが」
二人でエヴルーの施策について、議論を重ねた。
待つ時間は長く感じるというが、私はマーサを始めとした美容グループにより、長く感じる時間もなかった。
伯母様もマダム・サラを連れて、領 地 邸に襲来される。
「ふふっ、戦争勝利記念の夜会はまだ先ですけど、式典はあるに決まってるでしょう?
もう、ふさわしいデザインは決めてるの。仮縫いを早めにすませましょうね」
妊婦ということで、かなり手加減してくれたが、久しぶりのトルソーとなり、マダム・サラに気遣ってもらいながら終える。
マダム・サラはそのまま帝都に戻る。どこかで見た風景で申し訳ない。
伯母様は1泊しエヴルーの美容プランとハーブ料理を楽しみ、「では、帝都でまたね」と帰っていった。
身体に負担をかけないようにと、2日前の15日に帝都邸に移る。
タンド公爵家からルイスの帰還を知らされており、柱1本、ガラス1枚に至るまで磨き上げられており、いつも通り皆で出迎えてくれる。
『お帰りなさいませ、エリー様』
「皆、ただいま。よろしくね」
「かしこまりました。まずはおやすみください」
私は少し懐かしさを覚える帝都邸の居室で、クレーオス先生の診察を受けたあと、マーサ達のケアを受ける。
ルイスに会うのは、2ヶ月ぶりだ。
お腹もかなり大きくなっている。体重も正常の範囲内だが、かなり増えた。
さっきも階段を登るだけで息切れがした。
これは成長した赤ちゃんが、臓器を上へと押し上げ、肺を圧迫するので仕方がないとはわかっている。
ルイスに限ってないと思うが、この体型の変化にがっかりされないという保証もない。
少し不安になってくる。
「マーサ……。私、ルー様にふさわしいかしら?
その、妊婦としては当たり前の体型で、太り過ぎてはいないと、クレーオス先生も仰っているのだけれど……」
「何を仰います。私どもが腕によりをかけてきたお身体でございますよ。お美しいに決まっております」
「そう、かしら……」
「はい。ご不安になるのも無理はございませんが、ご安心ください。以前よりも明るく優しい雰囲気になられていらっしゃいますよ。
特に“ユグラン”様に読み聞かせなどをされたり、“ぽこぽこゲーム”で遊んで差し上げていらっしゃる時は。
ルイス様が“ユグラン”様に焼きもちを焼かれなければいいが、と心配しております」
“ぽこぽこゲーム”とは、“ユグラン”がお腹を蹴った時に、ぽんと軽く叩くと、ぽこっと蹴り返してくることがある。逆に私がなでる合間にぽんと叩くと蹴ってくる時もあった。
楽しくてかわいくて、“ぽこぽこゲーム”と呼んでいた。
「え?ルイスが“ユグラン”に焼きもち?」
「はい。ソフィア薔薇妃殿下がご滞在中も、エリー様と仲がおよろしいお姿に、焼きもちを焼いていらっしゃいました」
「え?あれ、冗談じゃなくて本気だったの?ソフィア様はとても大切だけれどお友達よ」
「はい、焼いてらっしゃいました。ふふっ、クレーオス先生に一度お尋ねになってみられてはいかがでしょうか?」
「……そうしてみるわ」
その日の夕食、クレーオス先生がにこにこ顔で仰った。
「姫君、鈍すぎますぞ。ソフィア様とルイス様は、姫君を間にバッチバチでしたわい。
まあ、王国に帰られるお客様、かつ姫君のご親友ということで、ルイス様が多くを譲ってらっしゃったが、ソフィア様と一緒に眠られたのはエヴルーに行かれたあとでござった。
そこがご夫君として絶対に譲れない戦いでしたのお。
まあ、見る分には楽しませていただきましたわい」
「……そうだったんですか」
「姫君もご存知でしょうが愛妻家の場合、子どもに焼きもちを焼くことも珍しくはござりませんぞ」
これは王妃教育の一環である後宮運営でも学んでいる。
「……確かに。それは聞いております」
「防止策は母と子だけではなく、父親も置いてきぼりにせず、父母でかわいがるとよろしかろうて。
姫君のご両親もさようであられた」
「わかりましたわ。お父さまもよく、お母さまと私に呼びかけてくださったと仰せでしたもの。
それに、これは『妊娠ガイドブック』にも書いておかないと。
夫婦円満の秘訣でございましょう?」
「クックッ……。さすが姫君。しっかりされとる。
充分にお綺麗で一緒にいて楽しい方を置いて、ルイス様がよそ見をする暇はないでしょうな」
マーサが話したのか、私は思わず顔が赤くなってしまう。
「やっぱり、ちょっと、不安で……」
「大丈夫じゃて、姫君。
もしよそ見されたら、ルイス様は命懸けになりますぞ。
マーサ殿、儂、タンド公爵ご夫妻、皇妃陛下、ラッセル公爵閣下、国王陛下、アーサーを始めとした領 地 邸の皆々、執事長を始めとした帝都邸の皆々、エヴルー騎士団も多くは姫君でしょうなあ。
何よりルイス様ご自身がご自分を許さないでしょうなあ。
姫君にベタ惚れゆえ」
指折り数えて名をあげていくクレーオス先生は、最後の仕上げとばかりルイスの名をあげた。
「ベ、ベタ惚れ?」
「はい。安心めされよ。儂のお墨付きじゃよ」
先生は上機嫌で、お気に入りのワインをくいっと飲まれた。
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帝国騎士団、帰還当日——
今日帝都に帰ってくるのは半数ほどだ。
それでも新聞報道され、沿道は物見高い帝都民でいっぱいだった。
南の壁門から皇城へ向かう大通りの歩道は人でいっぱいで、帝国旗や騎士団旗を振る人も多い。
帝国の国民なら誰でも知っている、南部問題が解決しようとしているのだ。
それも全面降伏で、連合国は新しい版図となる。
ここ百年以来の出来事に沸き立っていた。
それは皇城前に設けられた桟敷席でも一緒で、タンド公爵家の一家と一緒にいる私に、わざわざあいさつにいらっしゃる方々が本当に多い。
今日の私は紺地のベルベットのドレスを身に纏う。螺旋状に黒糸の緑糸の唐草模様に金の花が刺繍されていた。
胸下で切り替えるエンパイアドレスだが、腹部の膨らみは隠さず、あえてその丸みを帯びたラインをデザインに取り込み、美しく見せている。
マダム・サラのセンスはすばらしい。
まるで地母神を思わせるようなドレスだった。
宝飾のネックレスは曲線と四つ葉のクローバーを組み合わせた白金細工で、二人の色目のサファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンを散りばめている。
ピアスは二人の思い出の品、髪飾りも同じデザインの白金細工で、結い上げた金髪の両サイドを、羽根の形で飾っている。
あいさつする方々の多くは、ルイスへの褒め言葉を並べる。
またしても『英雄』だの『英傑』だの『知将』だの、中には「将来の宰相にふさわしいのでは?」などという方もいて、「皇帝陛下は宰相は置かれません」と速攻にっこり叩き落としておいた。
皇帝陛下を始めとした帝室の方々がご臨席となり、一同静まり返る。
その時、儀礼官と皇妃陛下の侍女長が私を呼びに来て、マーサと侍女長に助けられついて行った。
遠くから歓声が聞こえてくる。
騎馬一体となった帝国騎士団の行進が見えてくる。
先頭は副騎士団長だ。
ルイスは中程に一騎、悠々とした風情で愛馬を操る。
歓声には一顧だにせず、凛々しく前を見つめていた。
その視線の先には、愛しい者がいるのだ——
昨夜の宿には最愛の妻の手配で、新しい帝国騎士団の制服など一通りそろっており、侍従が控えていた。
埃っぽく日焼けした制服から着替え、今朝漆黒の制服に袖を通し、愛馬にまたがったのだ。
その耳には、二人で初めて選んで買った、二人の色目のサファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンを散りばめた白金細工の四つ葉のクローバーが光る。
これを用意してくれた気持ちも嬉しかった。
騎士団員が広場に整列し、皇帝陛下に謁見する。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
特命全権大使、ルイス・エヴルー公爵。
帝国と帝室を守護し奉る帝国騎士団と共に、ただいま参着いたしました」
ルイスの朗々とした声は、広場中に響く。
「ルイス・エヴルー公爵。よくぞ、戻った。
帝国を護り、長年の懸念を晴らし、見事に務めを果たしてくれた。
ここに、その栄誉を讃え、与えたいものがある」
「……はっ、ありがたき幸せに存じます」
聞いてない段取りだが、ルイスは拒みたくとも、拒めるものではない。
内心苦り切っていると、桟敷から現れたのは私だった。
そばに儀礼官が控えている。
「古来より、勇者を讃えてきたものじゃ。
それと無事の帰還を祝っての、皆からの感謝の印を受け取るがよい!」
私はルイスの前に立つと、儀礼官が掲げた箱から、緑のオリーブの冠を手に取り、背をかがめたルイスの頭に乗せる。
緑の冠をかぶった姿が凛々しく輝かしい。
ずいぶん日焼けしたけれど、私のルイスだ。
懐かしさに胸がいっぱいになる。
そして、ルイスの手のひらに収まる、愛らしくも邪気を払うとされる、香り高いタッジー・マッジーを差し出す。
「おかえりなさいませ、ルー様。ご無事なお姿が何よりの宝物です」
「エリー、ただいま」
タッジー・マッジーを受け取ったルイスはその芳香を聞くと、爽やかに笑いかけてくれた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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●は〜。やっと帰ってこれました。今週末中に二人を会わせたくて、更新をがんばってみました(⌒-⌒; )
駆け足の部分はお許しください。
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