156.悪役令嬢の祈り 3
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、32歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
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流血や犯罪行為などの残酷な表現があります。
閲覧にはご注意ください。
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「ウォルフ!ウォルフ!」
突き飛ばされ自身も頭部を打撲し裂傷を負ったルイスが、ウォルフに必死に呼びかける。
「ルイス閣下!ウォルフ閣下は生命には別条はないようにございます。
それよりも……」
副団長の制止で、動転していたルイスはハッと気づく。
自分を庇ったエヴルーの護衛は、地に伏し、小さな血溜まりができていた。
同僚3人が必死で応急手当てをする一方で、軍医の要請をしている。
1人は人工呼吸を行い、1人は自分のハンカチを取り出し、圧迫止血を試みているが、ハンカチがすぐに赤く染まっていく。
もう1人は周囲に呼びかける。
「恐れ入ります!軍医を!先生はどちらですか?!」
ウォルフの負傷もあり、教えられた場所へ駆け出していく。
残る1人はそれでもルイスを守るため、次の攻撃に備え傍から離れず、周囲を警戒していた。
「俺はいい。手当てを手伝え」
「いえ、まだどこに敵が潜んでいるかわかりません。
エリー様からあれほどの命を受けたのに、抜かりました。
ウォルフ閣下がいらっしゃらなければ、どうなっていたか。お詫びのしようもございません。
申し訳ございませんが、ルイス様の傷はご自身で清潔な布を押し当て圧迫止血をされてください。
我々はクレーオス先生の指導を受けております」
「わかった」
ウォルフも気になったが、生死を彷徨っているのは、明らかにルイスの部下だ。
教えられた通り頭部を止血するが、『これどころではない』という気持ちに押されてか、さほど痛みは感じない。
まもなく軍医が現れた。状況を確認後、すぐにエヴルーの護衛から治療を始める。
とりあえず即効性の毒は使われていないようだ。そうならば今ごろ心臓が停止しているだろう。
意識消失のため麻酔なしで傷口を縫われ、後処置もされたエヴルーの騎士は、衛生担当により担架でそっと運ばれていった。
同僚の血糊を拭き取り、4人はルイスの警護に戻る。
「誰か1人は付き添ってやってくれ」
「いえ、これ以上、ルイス様からは離れられません」
「命令不服従に問うぞ」
「顧問と両副団長の命令です。団長閣下と同等となります。それにヤツが目覚めた時、『お前はここで何をしている?』と責めるでしょう」
「…………わかった。
では、目覚めた時、病態が急変した時は必ず教えてくれ」
「かしこまりました」
これだけ言っても任務を続けるなら、仕方がない。それにどちらの気持ちもわかる気がした。
軍医は次はウォルフを診察していた。
左腕のアーマーを金具で切り、さらされた二の腕に矢が突き刺さっていた。貫通はしていない。
だがその分抜くのが厄介だった。
「横になってください。衣服は切ります」
「エヴァのハンカチとサシェが」
「お諦めください」
この後に及んで、妻からの贈り物を気にしているのがウォルフだ。
あの左腕にあるのは、エヴァ夫人お手製のサシェをハンカチで巻きつけた、ウォルフのお守りにようなものだった。
軍医は麻酔薬を取り出し、ウォルフに服用させ、手際良くはさみで衣服を取り除き、改めて負傷箇所を確認している。
「ふむ、これなら矢を貫通させて引き抜くよりも、切開したほうがよいな」
薬が効いてきたところで処置し矢を取り出す。
矢には返しが付いており、念のため分析する。
遅効性の毒が塗られていれば、厄介だった。
ウォルフも処置をされると、担架で運ばれていった。
「ルイス様、お待たせしました」
軍医に傷を確認された後、頭部の傷口を洗浄され、傷口を縫合すると、薬を塗布され包帯を巻く。
「頭部打撲はしばらく後で、症状が出ることがあります。頭痛、ふらつき、めまい、まっすぐ歩けない、などがあった場合は至急ご連絡ください」
軍医はそう指示すると、負傷者が集められた救護所へ戻った。
ルイスは副隊長ら幹部と、援軍の将官達と被害状況を確認する。
やはり前回よりは格段に少ないものの、犠牲は出ていた。皆で黙祷を捧げる。
“影”が現れルイスが報告を受ける。
丘陵地帯に現れた帝国の旗は、“影”が立てて回ったものだった。
人的被害は一切出ていないと、旗と未使用の“先代大公妃殿下の手紙”を返納される。
新たな命令が下されるまでは連合国への潜入は続け、民心をさりげなく親・帝国へ誘導していく予定だと告げる。 その勤勉さには頭が下がる思いだ。
帝都へは勝利の報告と、死者と負傷者数、ウォルフやルイスら幹部の負傷もまとめ、担当が暗号文を作成し、“鳩”を飛ばす。
一段落したところで、“援軍”の将、タンド副騎士団長にウォルフが“援軍”にいた経緯を尋ねる。
昨夜、日没後に騎馬で現れたという。
長髪のかつらで変装しており、潜入を知らされていなかったタンド副騎士団長は驚いたと話す。
そのウォルフは、今は眠っている。
となると、事情を知るのは、連合国のルカッツ伯爵だ。
これからの打ち合わせをしたい、と呼び出す際に、『帝国の本陣へ1人だけとは報復されかねない』という周囲を、『降伏後の捕虜は安全を保障される』と宥め独り現れた。肝が据わった人物のようだ。
ウォルフとの事情を問うと、正体を見破った経緯を話したあと、こう続ける。
「連合国はもう保たないと、前々から公私に渡り考えておりました。
代表の座を持ち回りに戻すのではないかと警戒され、我が家はモランドから度々嫌がらせを受けましたが、領民の殺害などは行わず、まだ耐えられました。
数年前に『巡回する、宿泊させろ』と押しかけたモランドが、娘を凌辱するまでは……」
「…………」
その内容に聞き取っていた幹部ら一同は言葉もない。
ルカッツ伯爵はしばし苦渋の色を浮かべた後は冷静だった。
「お恥ずかしいことに、事態に気づいたのはモランドが出立し、娘が自害したあとでした……。
『婚約者に申し訳が立たない』と、遺書で知り……。
我が家は一人娘だったので、婿となる婚約者を定めていたのです。二人の仲も良好で、希望を見出せていましたが、一気に失いました……」
「天におわすご令嬢は神のお側にいらっしゃるだろう。
なんの非もない。一同、他言無用を誓え」
『はっ』
自死は教えで禁じられてはいたが、人としての尊厳や教えを守るためなど、例外条項もあった。
それでも醜聞だ。
ルカッツ伯爵家の後継者を辱め、家の存続を妨害するモランドのやり口に、一同、強い嫌悪と侮蔑を覚えていた。
「ただいまは私の話、公は、妻が帝国に巡礼した際の話を聞いた時でした」
「巡礼?」
「はい。天使の聖女修道院様へ参らせていただきました」
「……ではエヴルーへ」
「はい。院長様に懺悔した際、妻が娘の事情を話したところ、『神の御許で穏やかにお過ごしでしょう』と仰っていただき、少しでも心が軽くなったと。
道中で見知った帝国の治安、政策、民度や教育など、領民を搾取するばかりで、自由とは名ばかりの腐敗した連合国とあまりに違うと申しました。
それは自分の以前からの考えの裏付けでもありました。
民は連合国政府の統治よりも帝国国民となったほうが、どれだけ幸せか、と。
ウォルフ殿を保護し、しばらく人柄を観察し、信がおけると判断した後、私の事情をお話し、ウォルフ殿の事情もごく簡易に伺いました。
『これは神が与えたもうた恩寵だ』と決意し、新たに変装されたウォルフ殿に騎馬を与え、自由の身としたのです。
ウォルフ殿は帝国の作戦などについては、一切口を閉ざし話しませんでした。
宿営地に向かったとばかり……。“援軍”で現れた時は驚きました」
経緯と事情は把握した。事前調査通り、連合国内で良心的な領主という評価は正しかったようだ。
その精神力は卓越している。
ルイスなら、最愛の妻や生まれてくる子どもが同じ目に遭えば、相手を跡形もないほど撃滅するか、死ぬまで絶望の淵に沈めるだろう。
それを領民のために耐え、好機を窺っていたのだ。単なる臆病者ではなかった。
「公私共にご事情は理解しました。ウォルフ騎士団長を救出し、保護していただいたことは深く感謝します。
では、これからの段取りですが……」
投降した貴族や将兵の待遇やこれからの措置などを伝え、捕虜を集めた連合国側の本陣へ送り届ける。
「さあ、やることは山積みだ。さっさと終わらせ、帰還するぞ!」
『おーーッ!』
天幕の布を震わせる声が高らかに上がった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
“炊き出し会”を率いてくださった、天使の聖女修道院の院長様がエヴルーへ戻って来られた。
ウォルフ騎士団長が警護役に差配してくれた、エヴルー騎士団の別働隊に守られての帰還は、先触れもあり、領民達に拍手と歓声で出迎えられた。
もちろん私もだ。
留守を守ったシスター様達や子ども達も総出で、花束や紙で作り色付けしたメダルを、院長様や同行したシスター様達に渡し、首にかけて差し上げる。
皇妃陛下と考えている勲章が、ふっと頭をよぎる。
だが院長様はこの紙のメダルを何より大切になさるだろう、と思った。
院長様を始めとした皆様は、エヴルー帰還前には帝都に立ち寄られた。
皇妃陛下へ紋章旗を返還し、ご報告しなければならなかった。
騎士がエヴルー帝都邸へいち早く先行し、疲労の色が濃い院長様やシスター様達に、まずは栄養のある食事とハーバルバスなどで疲れを取っていただく。
“鳩”で報告された私は、暗号文での簡易な労りとお礼を伝えた後、早馬での手紙では、心からの尊敬と感謝の念を記し、執事長には院長様が受け入れられる範囲での最高のもてなしを命じた。
休養後、身なりを改め、後宮で皇妃陛下に面会し、月と蘭の私的な紋章旗と帝国旗を返還し、“炊き出し会”の報告書を提出された、
最後まできっちり仕事をなさるのは院長様らしかった。
〜〜*〜〜
お出迎えしたあと、天使の聖女修道院で面会した時は、帝都邸での休養のお礼を仰られ、さらに南部から帝都へ戻る道中、“遠征訓練”中のルイスと行き合ったと話してくださった。
「お元気そうで、私達にも食べ物などでもてなしてくださり、本当に疲れが取れました。
一つ前の街へ共に戻ろう、とお優しいお気持ちで申し出てくださいましたが、ご辞退申し上げました」
先月帝都を出立してから、久しぶりに聞くルイス個人の様子に安堵の思いで、微笑みと共にじんと込み上げるものがあった。
生きている。
無事で元気で、優しいルイスだったのだ。
嬉しさと懐かしさを抑え、院長様に応える。
「そうだったんですね。ルー様も院長様とお会いできて安心したと思います。
困難なお務めを快く引き受けてくださり、誠にありがとうございました」
「とんでもないことでございます、エリー様。
私こそ、参ってよかったと心より思っています。
南部や連合国の人々とご縁を繋いでくださった神に感謝を捧げておりました」
真摯な表情を浮かべられた院長様が、壁際に控えていたマーサに声をかける。
「マーサ殿。あなたの生家にも立ち寄りました」
「え?!私の、家に、でございますか?」
「あなたのお母様が、シスターとなられたあと、しばらくして『いつか娘が戻りたいと行った時のために』と詳細な場所を教えてくれていたのです。
立ち寄ってみると、村の丘の上で、門柱と建物跡は残っていました」
「院長様……」
「祈りを捧げたあと、これもご縁だろうと炊き出しをしました。
お話を伺っていたところ、マーサ殿のお父様とお兄様のご遺体は、逃げ帰った村人の皆さんにより弔われ、お墓があると聞かされ、そちらにもお参りしてまいりました」
「父と、兄の?!」
マーサの顔に驚きが走る。無理もない話だ。
「はい。良いご領主様だったと当時を知る方は仰っていました。村人を逃すため、戦って命を落とされた。
せめてものお礼に、となさったそうです」
「…………」
マーサは唇を引き締め、涙をこらえている。
私の専属侍女として、取り乱すまいとしているようだった。
院長様は柔らかく温かな口調で伝えてくださる。
「そこは村一番の大きな木の側で、私が参った時も綺麗に掃除され、野の花が供えられていました。
お父様とお兄様は、今でも慕われていらっしゃいましたよ」
「…………院長様、ありがとう、ございます。
父母と兄に代わり、御礼申し上げます」
マーサは現在の身分、子爵令嬢として美しいお辞儀を行う。
私はゆっくり立ち上がると、マーサの手を取り、ソファーに座らせる。
「マーサ。ここには私と院長様しかいないの。大丈夫よ。
今は、男爵家のマーサ・キーファーにお戻りなさい」
「エリー、様……」
「あのね、マーサ。私とルー様は約束をしているの。
南部には大きく美しい湖があるんですって。
落ち着いたら、一緒に行こうって。
その時、マーサも一緒に行ってくれる?
マーサのお父様とお兄様にもごあいさつしたいの」
忠義者のマーサは、長く私の側を離れなければならなくなるため、自分から墓参に行くとは言わないだろう。
湖の話は私とルイスの約束だったが、マーサを絶対に連れて行きたかった。
「……エリー……さ、ま………」
私がマーサにハンカチを渡し、背中をそっとなでていると、耐えていた感情があふれ号泣する。
院長様と二人、マーサの涙が止まるまで、穏やかに見守っていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
それから数日後——
待ちに待った知らせが届いた。
タンド公爵邸からの“鳩”で、私は執務室で暗号文を読み解く。
帝国騎士団と連合国側で戦端が開かれたが、短期決戦で圧倒的な勝利を収め降伏させた、という内容だった。
だが、ここに『落ち着いて読むように。まだ不確定情報だ』との伯父様のただし書きががあった。
読み進めると、『ルイス閣下が敵の残兵に襲われ、エヴルーの護衛1名、ウォルフ騎士団長閣下、ルイス閣下が重傷を負われた。詳細が判明次第、続報を送る』と書かれていた。
持っている通信文が震える。
え?どういうこと?どういうことなの?
重傷って、そうならないために、できることをやったのに——
顔色が蒼白となった私を秘書官やマーサが心配し、休憩室のベッドで横になる。
確定情報でなければ、皆には言えない。一気に不安が広がってしまう。
「“鳩”が来たら、すぐに教えて。絶対よ」
マーサに頼み横になると、大きくなってきた腹部をなで、“ユグラン”に語りかけながら祈る。
『神様、どうか、ルー様の命をお助けください。
ルー様だけでなく、ウォルフ騎士団長閣下も、エヴルーの護衛も。
エヴルーの護衛も一人やられてるってコトは、複数だったの?どうしてそんな状態に?
ああ、ダメだ。考えてもわからないことは考えない。
今は祈るだけ。三人の無事を、祈るだけ……』
エヴルーの護衛達は、万一に備えかなり高度な応急手当てができるよう、クレーオス先生に特訓を受けていた。
それが実ったか否かはわからないが、とにかく助かってほしい。
時が飴のように伸び、数日にも感じた3時間後——
“鳩”が来た、と執務室に担当者が飛び込んできた。
起き上がった私が暗号文を読み解くと、『先程の情報を訂正する。重傷は護衛のみ、ウォルフ騎士団長閣下は左腕負傷、ルイス閣下は軽傷』とあり、一気に脱力する。
伯父様の字で、『戦場では情報が錯綜することはよくあることだ。落ち着いてよく休みなさい』と書かれていた。
だが気を引き締めなければ。
大切な部下がひとり、恐らくはルイスを護って重傷となったのだ。
私が命じた職務でだ。
氏名は書かれていない。いったい誰なんだろう。
「お任せください。エリー様。この命にかえましても、ルイス様をお護りいたします」
口々に言ってくれた精悍な表情が浮かぶ。
ルイスが話していた、自分の命令で部下が生命を落とす、という重みが改めてのしかかる。
だが、覚悟してやったのだ。がんばれ、私。
やるべきことはやりなさい。エリザベス・エヴルー。
「副団長を呼ぶように」
人払いの上、呼び出された副団長に詳報を伝える。
覚悟していたのか、私と違い顔色は変えなかった。心中はわからないが。
「承知しました」
「天使の聖女修道院にお願いして、回復の祈りを捧げていただきます。もちろん私も祈ってるわ」
「部下のためにありがとうございます」
「私の部下でもあります。顧問ですもの。周知はすべき?」
「いえ、生死が判明後がよろしかろうと存じます。
もし亡くなれば、結団後、初めての殉職者です。
皆、覚悟はしていますが動揺するでしょう」
今の私がそうだった。副団長の判断を支持する。
「わかったわ。勝利については皆に伝えましょう。
騎士団内は副団長からお願い。
彼について何かわかったら、すぐに連絡します」
「ありがとうございます」
秘書官には、戦争の勝利のみ伝えると、いつもは冷静な彼らさえも喜びに湧き立つ。
皆に伝えるように指示すると、屋敷中が喜びの雰囲気に包まれる。
アーサーやマーサも「あとはルイス様のご帰還ですね」などとにこやかだ。
私は笑顔で共に喜んだあと、自主的に休憩室に移り、三人の、いやこの戦いでの負傷者全員の回復と、殉職者の冥福を祈った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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