154.悪役令嬢の心の主君
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、31歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「……はあ?騎士団長?閣下?なんの、ことだあ?」
ウォーリーことウォルフは不快感を露わに出してみるが、ルカッツ伯爵は動じない。
仕留める方法と逃走経路を頭の中で検討していると、ルカッツ伯爵がククッと小さく笑う。
「ゲール殿。育ちは知れる、とはよく言ったものだ。
そのシーツの敷き込み方は、帝国騎士団特有のものだ。
我が家は昔、貴国との関係改善を図った一時期、帝国へ短期滞在した先祖がいてね。まあ、言わば人質だ。
世話係とお目付け役に、ある帝国騎士団員が付いた。
騎士の心得の基本として、清掃と整理整頓を学ぶ中で、『便利でずれない』と教えてもらい、それ以来、我が家の男は代々、清掃と整理整頓を叩き込まれる。
そのベッドメイキングもな。
あとはあの戦場でお見かけした剣筋と目鼻立ちの配置だ。
そのベルトを取って差し上げようか?」
もはや言い逃れはできない。だがこうして来たからには何らかの目的があってのことだ。
ウォルフは変えていた声を元に戻す。
とりあえず認めないまま、密やかな無声音で問いかける。
「……それで、ルカッツ伯爵閣下はいったい何をされたいんですか?
よくあるのは、拷問付きの事情聴取か、人質で恫喝するか、ですが?」
「私と一緒に来ていただこう。あなたを傭兵として貰い受ける。逃げられては困るので、それなりの処置はさせていただく」
ルカッツ伯爵は扉の外に待たせていた自分の護衛を呼び込むと、ウォーリーことウォルフを後ろ手にし、両手親指に指錠をきっちり付ける。これが最も外せない。
ウォルフも無駄な抵抗はしない。
少なくともモランド伯爵邸に潜入していた“影”は逃走して潜伏し、ダートン伯爵家の潜入組と連絡を取るだろう。
自分の所在も探るはずだ。
そして、“手紙”により“同士討ち”したなら、その報告のためルイス達とも連絡を取り合う段取りだ。
もちろん最悪のケースは検討済みだ。
アイツらなら実施できる。ルイスを始めとした自分の育成には自信があった。
そう思いながら、首都にあるルカッツ伯爵の屋敷に移送された。
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時は遡り——
クレーオス先生からのお墨付きをもらい、私はようやく日常生活に戻れた。
“ユグラン”も順調に育ってくれている。本当にありがたい。
例のガーディアン勲章と新領地の件は無くなった、と伯母様から聞き一安心だ。
いつエヴルーに帰るか、検討しているところに、皇妃陛下から『相談したいことがあるので、体調が許すなら来てほしい。絶対に無理はしないで、先生の許可はきちんと得てね』という内容のお手紙をいただいた。
院長先生の“炊き出し会”に一役買っていただいたお礼も手紙だけだった。
この時期に帝都を離れるなんて、ルイスを心配していないのか、という風にも見えるだろう。
そういった事はなく、離れても安心な理由も説明したい。
そう思い、クレーオス先生に許可を得て皇妃陛下の許を訪れた。マーサは供待ち部屋に待機してもらう。
温かく迎えてくださった皇妃陛下は、茶菓でもてなしてくださったあと、人払いした上で、まずは私を労わってくださった。
「倒れたと聞いて本当に心配しました。寝不足と食事があまりできていなかったのが原因とも。
ルイスのことは心配だろうけど、エリー、あなた自身とお腹の子のことを、今は第一に考えましょうね。
ルイスに心配をかけてはいけないわ。
手厳しいようですけど、後顧の憂いなく働かないと、命が懸っているのですから。
かと言って、一人で抱えたりもしないようにね。
気心の知れた者に不安を口にして大丈夫なのよ。
あなたには一人で解決しようと頑張りすぎる悪い癖があるわ。私にしてくれた“鉄壁の防御陣”のように、問題は皆で共有しましょう。
第二には、地位のある者の態度は、周囲の者に影響を与えます。体調の許す範囲でいいので、それも考えましょうね」
優しいお言葉だが、皇妃の座に長年着いていた方の、重みのあるお言葉だ。
周囲に甘え、自分と“ユグラン”のことしか考えていなかった自分が恥ずかしくもある。
「皇妃陛下、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした。周囲のおかげもあり、体調は回復し、子どもも無事に育っているとのクレーオス先生の診断です。
温かいお言葉と、私の務めについてのご教導、身に染みましてございます。ルイスに心配をかけぬよう、また自分も子どもも周囲も考え、身を律したく存じます」
私の気持ちが通じたのか、ほっとした表情も見せてくださる。本当にお優しい方だ。
「わかってくれて良かったわ。
さあ、こちらへいらっしゃい。少し相談したいこともあるの。
ルイスの母と妻として、そして私の義娘としてもね」
ソファーの隣りの席を勧められる。私は悪遠慮せずに礼儀正しく座った。
「皇妃陛下、ご心配おかけして」
私の詫び言葉の途中に、ふんわりと抱いて包んでくださる。
「もう謝らなくていいのよ。今は義母と義娘なのだから。妊娠中は心が揺れやすいのは、四度の経験で知ってます。
私も気心の知れた者の仲間に入れてちょうだいね」
「……お義母様」
この方がお義母様で、私は幸せだ。
お互いに公では重責がある辛さも共有してくださろうとしている。
不安が解けていくようだった。
しばらく包み込んでくださったあと、そっと離れ慈愛溢れる笑顔を向けてくださる。
「エリー。こんな時にごめんなさいね。
先ほど話した、周囲に与える影響について相談したいの。
ただし気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
「はい、皇妃陛下」
話は公に切り替わる。
それでもご配慮くださる心遣いに感謝する。
この方が帝室の要の位置にいてくださるありがたみが胸に沁みる。
「まずは、皇帝陛下が第一の藩屏であるあなた達に不要な負担をかけようとしたことは、あってはならないことだと思います。
ただ、あなた達を褒賞しないと、その下に続く功労者も褒賞しにくくなる、受け取りにくくなる状況も考えてほしいの。
それに民心の問題もあります。
どうしてふさわしいものを授与しないのか、と思い、帝室への反発にもつながりかねないの。
あなたはたいしたことはしていないと思ってるでしょうけど、それは違うと思うわ。
正しい自己評価と周囲への影響も考えましょうね」
仰ることはごもっともで、やはり何らかのものはいただかないとならないようだ。
「……申し訳ありませんでした」
「わかってくれたら、とてもありがたいことよ。
あなたの望みも知ってるわ。うふっ、“珍獣化”でしょう?それもしやすくなると思うの」
「え?」
私はつい驚きを見せてしまう。
このところ王妃教育がはがれ落ち過ぎている。
妊娠中とはいえ、しっかりしよう、私。
それもにこやかに受け入れる懐の深さは皇妃陛下だ。
「まず新しい勲章を新設しようとは思っているの。
いえ、前々から考えてはいたのよ。
今はほとんどが貴族向けでしょう?」
「はい、仰るとおりです」
「これを幅広い意味での臣下、いえ臣民ね。
国民の中で、文武や福祉に功労のあった方達を表彰したいの。
第一は天使の聖女修道院の院長様です」
「…………」
そのお考えは、まさしく“国の母”、“国母”の視点だった。
「まあ、院長様は世俗の名誉は不要です、と辞退の申し出をなさるでしょうから、団体も含めます。
天使の聖女修道院も今回だけではなく、今までの功績も含め、国民からの感謝も込めて表彰します、と言えば断れないでしょう?」
人の心もおわかりだ。
院長様個人ではなく、修道院の名誉となると、その歴史にも関わってくる。おそらくは受け入れるだろう。
「院長様と天使の聖女修道院へのご配慮には厚く御礼申し上げます」
「エリー、これを一緒に考えてほしいの。
これなら、あなた達の褒賞も悪目立ちしないでしょう。
口さがない人も、あまり文句を言えないと思うわ。
だって民心を敵に回すんですもの」
これも仰るとおりだ。
長年、女だけの世界である後宮の舵取りをなさっただけのことはおありだ。
「ルイスに代わっても御礼申し上げます。
そういった勲章なら、誇りに思うかと存じます」
「あなたの知恵を貸してくださいね。
それと、さっきの“珍獣化”を実現するためになんだけれど……」
内容を聞いて、これはさすがに受け取れないと抗弁したが、『さまざまな意義があるのだ。申し訳ないけれど、あなた達だけのことでもない』と仰られる。
「それと、“一筆”は、私が代わりに受け取りました。
陛下も受け入れやすいでしょう?」
ああ、伯母様は本当に“しっかりと”私の望みを伝えてくださっていた。
『頂戴したいのは、『エヴルー“両公爵”は好きなだけ領地に引きこもってていい。勝手な帝命は下さない』言わば“不敬の許し”の拡大版、その一筆です』
つい口走ってしまった希望にも限りなく近い。
皇妃陛下がその座を賭けて守ってくださるのだ。
離婚を持ち出されたのも、よく考えられた一手だった。
恐れ多いが皇帝陛下に罰を下すとするなら、一二を争うものだ。
「皇妃陛下、ありがとう、ございます……」
思わず潤みそうになる涙腺に叱咤しているところに、お言葉がかかる。
「これは恩返しでもあるのよ。
私が辛かった時、あなたは“防御陣”を敷いて守ってくれたわ。今度は私が守る番よ。
お腹の“ユグラン”が無事に産まれたら、おばあちゃんとしても会いに行きやすくなるんですもの」
こうして私の心を軽くしようとしてくださる。私のエヴルー行きも理解してくださった。
「ルイスも、いろいろと騒がしい帝都にいるより、エヴルーで待っていてくれた方が安心すると思うわ。手紙で知らせてあげなさい。
帰還の時は報せが来るから、帝都で迎えてあげる用意の時間は充分にあるんだもの」
「ありがとうございます、皇妃陛下」
改めて院長様達へくださった配慮への感謝も伝え、皇妃陛下との面会を終えた。
マーサは私の様子を見て安堵し、共に馬車に乗り込む。 段差は私以上に気遣ってくれる。
先月から胸と腹部が大きくなり始め、少し動きにくくなっている。育った“ユグラン”の重みで、今までのバランスが崩れ、背中や腰に負荷をかけ、痛みが出る時もある。
それを少しでも軽くしてくれているのが、クレーオス先生が処方してくれる湿布と、マーサの毎晩のマッサージだった。
ありがとうございます、クレーオス先生。
ありがとう、マーサ。大好きよ。
帰りの馬車の中では、ルイスやマーサ、皇妃陛下を始めとした周囲に改めて感謝すると共に、伯父様や伯母様の言葉を思い出す。
『エリー。エリーが今までやってきたことが、エリーとルイス様を守ったのだ。
お前は帝国にとって恩寵なのだ。
これが終われば、ルイス様とエヴルーで穏やかに暮らせばよい。
そのために帝国に来たのだから』
『エリーを大好きな人間は、あなたが思ってるよりもずっといるわ。私がその一番ですけどね』
この言葉を体現したような、皇妃陛下のご配慮だった。 無事に帰ってきたルイスに伝えたら、どんな顔をするだろう。
今でも私を深く愛してくださるお父さまに伝えたら、安心してくださるかしら。
そして、私の心の主君は皇妃陛下だ、と密かに思い定める。
護衛の手を借り慎重に馬車を降り、クレーオス先生の診察を受けたあと、私はルイスへの手紙を書き始めた。
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「ウォルフが捕まった、だと?」
目の前にいるのは、2年に渡りモランド伯爵家に潜入していた“影”だ。
“手紙”による混乱に乗じ離脱を予定していたウォルフが、モランドの息子を助けたために自室軟禁となった経緯、その移送先がルカッツ伯爵の屋敷と判明したとの報告だった。
共に聞いていた幹部の何人かは、奥歯をぎりッと噛み締める。感情を制御しようとしていた。
よほどの危急だったのだろうが、ウォルフの膝切りを見られたのはまずかった。
一度見た者は忘れられないウォルフの剣筋の一つだ。
ということは、見破られたという可能性が高い。
「あの、文章では、まずかったのでしょうか……」
“南部問題協議会”に参加していた副団長が苦渋の面持ちだ。
“手紙”の文章は数種類あり、今回、“影”が用いた文章の選択は状況に応じたものだ。
『読んだ後はこの手紙を細かく破り捨てよ。
そして副代表ダートン伯爵を殺せ。
立ちはだかる者も殺せ』
細かく破り捨てることで証拠隠滅を図り、ダートン殺害で同士討ちさせる目的を果たし、立ちはだかる者への攻撃で、モランドが錯乱したと見せかける。
“手紙”が疑われることはまずない。
途中までは想定通りだった。
モランドの年若い息子が父の前に“立ちはだかり”、ウォルフが助けるまでは——
「“あの”モランドの息子だろう?どうしてそのままになさらなかったのだ!」
「閣下らしいと言えば、らしいですな。こういうところがおありだからこそ、部下が上官として忠誠を誓うのです」
幹部の中でも賛否は分かれるが、差し当たってはダートンの息子が最後通牒を無視し、攻撃準備をしていることだ。
ルイスは“影”から情報を得ようとする。
本来ならモランドの屋敷から離脱し、ウォルフの経緯を話すのみで充分なところを、仲間と共にウォルフの行き先まで確認してくれていた。
また国境地帯に配された“影”達は、村人達が工事現場に行くのを助けたあとは、撹乱も兼ねた“野焼き”をあちこちで展開してくれていた。
この優秀さは、さすが“あの”ラッセル公爵が仕込んだだけのことはある。
「戦闘を仕掛けるまでは、どれほどと見た?」
「ダートンに潜ませた“影”によると、ここ2、3日の内かと。遅くとも4日目には参ります。
時間を要しているのは、ドーリス公爵の“援軍”の確認と、何の裏付けもない若造、強引な新ダートン伯爵に他家が不満を持ち、士気が上がっていないのが要因かと推察します」
モランドはその情け容赦ない恐怖で、他家を圧倒し配下に置いていた。他家の親族でも失敗すれば見せしめに殺したこともある。
それだけの指導力は、新ダートン伯爵には無い、というのは、帝国側にとっては有利な情報だ。
ウォルフはとりあえず、十家の中でもまともとされるルカッツ伯爵家へ移った。
問題は“影”が救出するか、早く戦闘に勝利し、首都を制圧して救助するかだ。
ただ人質として交渉材料に出れば、幹部はまだしも、慕っている部下の動揺は間違いない。
「首都におけるウォルフの奪還については、お任せしたい。
もしこちらに送られる場合は速やかに知らせてほしい」
「はっ、承知いたしました」
“影”が去った後、幹部達でウォルフについて協議する。
といっても、山ほど検討した中の、最悪のケースの一つを再確認をするのみだ。
「まずは怪しげな噂への周知徹底だな」
「ああ、そうだ。
連合国を率いるのはモランドでもダートンでもない。二人は醜い同士討ちで倒れた。
だが、それを帝国のためと逆恨みしているダートンの息子が新代表だ。
何をするかわからない。何を聞かされても落ち着いて上官の命に従え。
たとえルイス閣下が倒れたと聞かされても信じるな。
これでどうだ?」
「おいおい、縁起が悪いぞ」
「実際、一番動揺するだろうが」
「俺は生きて帰るから心配無用だ。いや、“俺達”だろう?」
ルイスが“俺達”にウォルフを加えているのがどういう意味かは、皆、わかっていた。
ここから叩き台にし、“最悪のケース”の段取りを今の状況に応じ多少変更し共有する。
「さてと。今から腕が鳴るぜ」
「いよいよだな。仕込みは充分、あとは実行するのみだ」
「ルー!気合いを入れてくれ」
「おう!帝国騎士団諸君!各々の使命と職務に邁進せよ!敵を平らげ、生きて凱旋するぞ!」
『おーーツ!』
野太い声が響き、天幕の周囲の歩哨達はまたか、と顔を見合わせる。
そうして、備えること三日目の夜——
連合国側の夜襲から、戦いは始まった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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