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152.悪役令嬢の拒否

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスと小さな小さな家族との生活としては、29歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※

モラハラ、パワハラなどに近い不快な描写があります。

閲覧にはご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 私のために用意されている居室で、目が覚めた。

 エリオットの変装は解かれ、寝衣に着替えている。

 ベッドの周囲には、クレーオス先生、マーサ、そして伯母様がいて、「すぐにあの人を呼んできて」と侍女に命じていた。


 めまいと冷や汗は治っていたが、頭痛がする。吐き気もだ。おそらく精神的な負荷のためだろう。

 すぐに腹部に手を当てる。胎動は感じられないが、特に痛みなどはない。


 それでも“ユグラン”が無事かどうか焦る。



「……先生、……“ユグラン”は?」


「母子共に大丈夫じゃよ、姫君。ただ無理をし過ぎですぞ。

昨夜は睡眠が短く、朝食も水分は摂られたが、食事の量はいつもの半分にも届いておらんかった。


(わし)は、『ルイス様を見送られたら、すぐに戻られる』という条件で許可したんじゃ。守ってもらわねば、困りますわい。

皆もこうして心配しておる。


さあ、蜂蜜湯をお飲みなされ。このところ、また食が細くなられておった。

妊娠すると血液量も増加する。食べぬと栄養が薄くなる。

ここ数日の食事の量が足りておらぬのじゃよ」


 先生の介助を受けて、マーサが用意した少しぬるめの蜂蜜湯をゆっくり、ゆっくり口にする。

 マーサは少し涙ぐんでいるようだ。


 甘さと温かさが体の中に入ると、頭痛や吐き気も少しだけ和らいだ気がする。

 全て飲み終えると、また横になる。



「エリー様……、ご無事で……」


「エリー、よかったわ」


「心配おかけしてごめんなさい、伯母様。マーサ。

クレーオス先生、申し訳ありません」


 そこに伯父様が駆け込んでくる。


「エリー!無事か!!」


「タンド公爵閣下。お静かに願います。また部屋をお移りいただきますぞ」


「……申し訳ありません」


 どうやら伯父様は気が動転し過ぎて、先生に退室を指示されたようだった。


「クレーオス先生、伯父様と話の続きをさせてください」


「…………どうしても、今せねばならぬお話かの?」


「はい、機密になるので、伯父様と二人だけで」


「許可できませんな。医師には守秘義務というものがある。それに(わし)にいまさら国家機密も何もありますまい」


 仰るとおり、クレーオス先生はあの『ラゲリー・ペンテス』の“手紙”事案以降、帝国の機密に何度となく触れていた。

 現在も第二皇子母の側室様の治療を指導されている。


「では、先生と一緒で。いいですよね、伯父様?」


「エリー。明日でも……」


「今、すぐ、です」


 私は緑の瞳に力を込めて、伯父様に訴えかける。様子を見ていた伯母様が溜め息を吐く。


「あなた。エリーがアンジェラに似てるのは面立ちだけではないのよ。

一度こうと決めたら意志は動かないわ。


マーサ、クレーオス先生が付いてらっしゃるから大丈夫。

私達は別の部屋で待っていましょうね」


 伯母様の優しくも圧のある声に、マーサも素直に従ってくれる。

 最後に扉が閉まる前、口角を上げて見送ったが、笑顔と思えただろうか。


「クレーオス先生、重ねてですが、他言無用に願います」

「承知いたした。姫君もあまり興奮せぬようにな」

「はい、先生」


 私は静かに呼吸を整え、大きく動いたお腹の“ユグラン”を宥めるように両手を置くと、伯父様に尋ねる。


「伯父様、取り乱して申し訳ありません。

私が倒れる前に、『連合国に宣戦布告する。通告はルイスに託された』と仰っていました。

お間違えございませんか?」


「ああ、その通りだ。

だが、落ち着いてほしい。

宣戦布告状は2種類用意させた。そこは絶対に譲らなかった」


 私は全身から力が抜けていく。


 宣戦布告状が2種類ということは、簡単にいうと

『すぐに戦闘を始めますよ』という宣戦布告と

『これをしたら、もしくはあれをしなければ、宣戦布告が成立し、戦闘を始めますよ』という、最後通牒付きの宣戦布告がある。


 危険に変わりはないが、それでも後のほうが格段に減る。


「…………では、最後通牒という選択肢も、ルイスにはあるんですね」


「ああ、ある。そこは絶対に、と譲らなかった。

多くの廷臣が宣戦布告に反対し、最後通牒で納得していただいたのだ」


「…………それでも危険に変わりはありませんけれど?

で、私に話せ、猫に鈴を付けるよう、伯父様に押し付けた、と。

どこまでエヴルー“両公爵”とタンド公爵家をバカにすれば気がすむんですか?」


 抑えようとしても徐々に高まった私の怒りに、冷静かつ穏和なクレーオス先生の声が寄り添ってくれる。


「姫君。少し興奮されておる。

されて当然じゃが、今は落ち着くほうに気持ちを向けなされ。

深呼吸を」


「……はい、クレーオス先生」


 私は深い呼吸を繰り返しながら、昨夜のルイスの様子を思い出していた。


『余計なコト言う前に、あんたに言われなくても、エリーがいるから当たり前だって言っといた』


 あの時のルイスは少し早口だった。

 ごまかそうとする時、後ろめたい時など、人はそうなりやすい。


 実際には“余計なコト”を言われ、“余計なモノ”を押し付けられていたわけだ。

 それを私に心配をかけまいと隠そうとした。


 皇帝陛下の『生きて帰れ』も罪悪感や非難を逃れようと発したのだろう。


 ああ、本当に帝国騎士団を辞職しておけばよかった。

 それでも帝命があれば、従わねばならないのだが、交渉する余地はできる。

 病気療養中だ、とエヴルーに引きこもることだって可能だ。


 ルイスは絶対に、無事に帰還する。

 そうしたら、誰がなんと言おうと、帝国騎士団は辞めてもらおう。そうしよう。


「エリー。少しは気持ちが落ち着いたか?」


「……はい、伯父様。戦争終了後は、ルイスと私は、エヴルーで“珍獣”になります。


妊娠と病気療養を理由に。

そうでもしないと、次は『新しく版図とした連合国をエヴルー“両公爵”に与える』とか、『領地を移す』とか言い出しかねませんもの。


絶対に、絶対に、拒否します。

ご自分がなさったことは、臣下に押し付けず、責任を取るように帝王教育で学ばれたはずです」


「それも条件に付け加えた。

『宣戦布告なさるなら、将来的な連合国領は帝室直轄地にする』と文書で残してある。

米栽培の推進も南部と一緒に行ったほうが効率的だ。

第一、ルイス様とエリーに負担がかかりすぎる。


『エリーが王国の第一王女殿下であることをお忘れか。今度は王国に宣戦布告されますぞ』と釘は刺した。

実際、ラッセル公爵殿はしかねない。

(わし)も出仕拒否する、と伝えた。

皇妃陛下にこの一部始終を伝える、ともな」


「伯父様……」


 私とルイスに代わり、言うべきことは言ってくださったようだった。


「他の廷臣も慌てて、『それだけは絶対におやめください』と口々に上申していた。

特に“中立七家”から、“南部問題協議会”に参加されていた方々も、『タンド公爵の判断に準ずる』と仰ってくださった。


エリー。エリーが今までやってきたことが、エリーとルイス様を守ったのだ。

自分を責めるでないぞ。エリーが策を立てねば、“熱射障害”による被害はもっと広範囲かつ深刻となり、連合国に攻め込まれ、二十数年前の泥沼のような紛争になっていただろう。


お前は帝国にとって恩寵なのだ。

これが終われば、ルイス様とエヴルーで穏やかに暮らせばよい。

そのために帝国に来たのだから……」


「……伯父様」



 伯父様が私の手を握り、頭を優しくなでてくださる。

 お母さまにそっくりな、青い瞳は潤んでいた。


「タンド公爵閣下。

伝えるべきことは、もう終わられたか?

主治医としては姫君を休ませたい」


「クレーオス先生。申し訳ありません。

皇帝陛下からエリーに伝言が……」


「それは今聞かねばならぬことかの?

(わし)にも姫君の心身の健康を守る使命と義務がある。

タンド公爵閣下、姫君の伯父上でも譲れないものは譲りませぬぞ。

それこそ王命じゃ」


 ああ、ここにも味方がいてくださった。まるでお祖父様のように守ってくださろうとする。

 ただここまで聞けば、気にはなる。


「クレーオス先生、伯父様がこう仰るには知っておいたほうが良いことです。

伯父様。その伝言は私の心身を害するものですか?

でしたら伝言ではなく、療養後に皇妃陛下からお話を(うけたまわ)ります」


「いや、害するものではないと思うが……。

気分が悪くなったらすぐに言って欲しい。

こう仰られた。


『“熱射障害”への献策に感謝し、連合国に対しての武勲を讃える。その意を表すため、ガーディアン勲章に準一等もしくは最低でも、準二等を新たに(もう)けて授与し、帝室直轄領をエヴルー“両公爵”家創設時とほぼ同じ規模で授け」


「いりません!何をお考えなんですか!

そんなことしたら、ルイスに皇位継承について、野心があるとか言われかねないじゃないですか!

頂戴したいのは、『エヴルー“両公爵”は、好きなだけ領地に引きこもってていい。勝手な帝命は下さない』。

言わば“不敬の許し”の拡大版、その一筆です!」


 私は伝言の途中で叩きつけるように断る。

 特にガーディアン勲章は、一等は皇帝陛下、二等は皇太子殿下と帝室儀礼に規定されている。

 拒否一択だ。


「エリー……」


「公爵閣下。妊婦を興奮させては困ります。ご退室願いましょう。代わりに公爵夫人とマーサを。

この心理的負荷はすぐに吐き出していただいたほうが良かろうて」


 クレーオス先生のお声は動ぜず柔らかいが、これ以上は譲らないと告げていた。


「……エリー、すまない」


 伯父様は肩を下ろし、退室される。

 そのあとにいらした伯母様相手に、機密には触れずに、皇帝陛下からの褒賞について、言いたいことを話す。

 伯母様は途中からこめかみに指を当てて揉んでいた。


「……あの人は、まったくもう。

エリーとルイス様のために勲章の創設までする。

臣下として最高の栄誉だと思ってしまったのね。


エリー。これに関しては、私に丸投げしちゃいなさい。

安心して。えっと、“珍獣”……、だったわよね?

マダム・サラは確か、“聖獣”にしたいと言ってたけど?

エリーの希望になるべく沿うように、私がするわ」


「伯母様……」


「まあ、社交シーズンの最初と新年の儀と終わり、この3回だけは顔出ししないと、また余計なこと言い始めるし、あなたもそう言ってたでしょう?

『“滅多に”会えない』って。会える最低限の機会、そこは譲歩してもらうとして。

あとは好きなようにさせてもらう。それがエリーの希望。それでいいかしら?」


 伯母様は慈愛深く微笑み、穏やかに話す。お母さまの記憶と重なる。気持ちも次第に安らいでくる。


「はい、仰るとおりです。ただ伯母様に迷惑はかかりませんか?」


「何言ってるの?これでも建国以来の歴史を持つタンド公爵の妻なのよ。

それにエリーを大好きな人間は、あなたが思ってるよりもずっといるわ。

私がその一番ですけどね」


「私も、伯母様、大好き、です……」


 そこでマーサとも目があう。泣くのを必死で堪え私を見守ってくれていた。

 マーサはいつもそうだ。


「マーサ、大好きよ。ありがとう……」


「とんでもないことでございます。エリー様」


「さあ、しばらく眠りなさい。クレーオス先生が動いていいと言うまで、休養すること。

妊婦なのに無茶をし過ぎです」


 伯母様が私の額にゆっくりと手を押し当てる。伯母様の柔らかい手が気持ちいい。

 その温もりにいつのまにか眠っていた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「はあ?村から人が消えてるだと?!」


「はい。綺麗さっぱり、人っ子一人いない村が」

「私のほうも……」

「モランド伯爵閣下、私もでございます。誰もいない村ばかりで……」


 村の異変に気づいた徴税役人は、モランド伯爵への報告を譲り合い、誰が不都合な事実を告げに行くか、なかなか決まらなかった。


 徴税できなかったと言うだけで、首を刎ねるか、牢に入れられるかは、その日の気分次第だ。

 全員で行けば、この異常事態が少しでも伝わるだろうし、被害も分散されるだろう、と全員で半ば強引に押しかけていた。


「思うに、ダートン伯爵家の嫌がらせではないかと」

「さようでございますッ!」

「それ以外、考えられませぬ!」


「なるほど。ヤツめ。手が込んだことをしおって!」


 二人の互いへの嫌がらせは日常化している。

 モランド伯爵も副代表ダートン伯爵を疑ったところに、執事長が手紙を2通、息を切らす勢いで駆けこんで持ってきた。常にない行動だ。


「ハァ、ハァ、ハァ……。

旦那様、お手紙が……。

“いつもの”、ものと、国境の、検問所から、でございます。

検問所は、大至急で、帝国の、騎士団が、現れて、旦那様と、会合を、持ちたいと……」


「なぁあにぃい?!早く寄越せ!」


 破らんばかり勢いで開封し、まずは国境検問所からの手紙に目を通す。執事長の言うとおりの内容だったが、さらに重要なことが書かれていた。


「“難民”申請者だと?

連合国から帝国に、救いを求めて?!

はああ?!バカな!!何を言っている!!」


 モランド伯爵は、手紙を握りつぶす。顔が怒りで真っ赤になっていた。


 自分の国から帝国に助けを求める者が出るなど、屈辱に思えた。

 何かの間違いか、何者かの策略だ。


「旦那様。“いつも”の手紙に、何か書かれているかもしれませぬ」


「そうだな。まずは中を改めよう」


 執事長の言葉に、モランド伯爵は少し冷静さを取り戻し、こちらはペーパーナイフを使って開ける。

 徴税役人達は執務室の隅により、どうなることかと見守るばかりだ。

 モランド伯爵が開けた手紙は、帝国貴族の内通者、“裏切者”からだった。



『帝国騎士団が連合国に向かっている。これは皇妃の兄、ドーリス公爵の(たくら)みだ。

ドーリス公爵は副代表ダートン伯爵家と通じていることが判明した。

帝国騎士団が連合国と戦闘状態となれば、援軍を送ると見せかけ兵をあげ、はさみ撃ちにする計画だ。

ダートン伯爵はそうやって武勲を立て、あなたから代表の座を奪うつもりだ。

同封の手紙はその証拠だ。お気をつけあれ』



 同封されていた手紙を開けると、帝室への不満が多いが、その通りの内容だった。


 ドーリス公爵からはモランド伯爵のところにも誘いの手紙が来たことがあった。疑り深い性格から、『皇妃の兄という立場でこういうことをするはずがない。罠だ』と思い相手にしなかった。

 念のために取っておいた封蝋(ふうろう)の指輪印章や筆跡を照らし合わせると、どうやら本物だ。



「そういうことか!お、の、れ〜〜!!

ダートンめッ!今すぐ攻め込むぞ!!」


「お待ちください、旦那様。帝国はどうするおつもりですか?!

放置しておくと、それこそ攻めこんでくるでしょう」



 執事長はモランド伯爵の乳兄弟だ。忠誠心が高く信頼している。


「……ふう、それもそうだな。

それにこの手紙は、ヤツが帝国と通じていた裏切りの証拠でもある。良いものを手に入れた。


開戦前の会合で晒してやろう。武勲を立てても無駄だとな。ただ働きさせてやるのだ。

この“難民”とやらも、ダートン達の策略かもしれん。注意していくぞ!


なになに?

『国際的な外交ルールは通常は非武装で行うが、お疑いがあろう。国境上に中立地帯を(もう)ける。ここに入れるのは2カ国の代表を含めた3名のみ、中立地帯外の護衛は双方50人ずつで願いたい』だとお?!偉そうに!


兵は見せかけは50、周辺には100は潜ませろ。

(わし)は手紙を書く。

ダートンには知らせずに隠密に行く!」


「はっ!すぐに用意いたします!」


「今に見ていろ!ダートンめッ!」


 モランド伯爵の憎しみは、帝国よりもダートン伯爵に対し燃え上がり、はっきり敵と認定していた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 数日後——


 帝国旗とモランド伯爵家の紋章旗がはためく、中立地帯が設置された街道上の周辺は、焦げくさい臭いが立ちこめる異様な状況だった。



 南部の国境地帯はゆるやかな丘陵地帯だが、思わぬ落とし穴や、岩柱が立ち並ぶ場所もある。


 国境地帯が荒廃して以降、放牧などもされず、草むらに覆われ、それが伏兵を配する場所にもなっていたのだが、あたり一面、きれいに焼き払われていた。


 “熱射障害”によりほとんどが立ち枯れていた草地を、帝国騎士団は街道を守る連合国側の抗議をいなしながら、野焼きを敢行し、隠れる場所の一つを失わせていた。


 青空の下、広く取られた中立地帯にはテーブルと2つの椅子しか置かれていない。

 その側でルイスと副騎士団長、参謀長が立っていた。


 帝国側の50騎の護衛はロープで区切られた、中立地帯の帝国側にいる。

 モランド伯爵は護衛を中立地帯の中に入れようとしたが、立哨する騎士が門番のように、背丈ほどの(かし)の木の棒で塞ぎ通そうとしない。


 テーブルの近くで待ち受けている副騎士団長が大声を放つ。


「手紙でもお知らせしたが、我ら帝国騎士団は、この交渉の間と貴国代表が戻られるその後の2時間は、帝国の誇りにかけて、中立地帯とその周辺では戦闘を行いません。


中立地帯で武力行使されれば、国の名折れ。

連合国の国際的な信用は失墜する。何も良いことはございませんぞ」


 帝国側には弓の装備も見える。

 モランド伯爵は渋々、2名の側近を連れ、テーブル近くに進む。


 互いに互いを、前回の紛争後の交渉の場で、よく見知った顔だった。

 ルイスが敬礼しても、モランド伯爵はふん、と軽蔑の目線を向け、敬礼に応じようとはしなかった。

 戻って、元皇子に敬礼させたなどと言いたいのだろう。



「モランド伯爵閣下。どうぞお席におつきください」

「エヴルー公爵閣下こそ、どうぞお先に」


 ルイスが席を勧めるが、座ろうとしない。

 ルイスのほうが身分が高いためではない。

 体術の攻撃と防御における、高さの優位を保とうとしているのだろう。

 このままでは不毛だ。長く付き合いたい相手でもない。


 ルイスはさっさとすませようと、「では、失礼」と着席する。その背後には、副団長と参謀長が控え、静かに連合国側の3名を威圧していた。


 モランド伯爵は、テーブルから椅子を離し、椅子に何か異常はないかと改めてから腰掛ける。

 つくづく猜疑心が強い男だ。



「モランド伯爵。本日、お越しいただいたのは、主には貴国からの“難民”受け入れについてだ。

貴国では飢え死にしかねないと、帝国に避難してきた。

帝国でも貴国でも信仰する神が教えたもう人道上、そして国際法上も放置できず、保護している。

これがその申請書類の一部だ」


 ざっと100枚以上がある紙の束を ルイスはテーブルに置く。


「難民申請申込書の一部だ。

すでに数百人を帝国で保護している。

彼らは彼らの自由意志で、飢えずに生活できる帝国に保護を求めてきた。

決して帝国側が誘拐したのでも、武力に訴え連れてきた訳でもない。

その事実をここにお知らせする」


 モランド伯爵にとっては、『飢え死に』だの『自由意志』だのと、連合国側を侮辱する言葉に聞こえ、にこやかにさえ見えるルイスの落ち着いた物言いに、さらに苛立っていた。


「そんなまやかし、信じられるか?!」


「事実は事実だ。疑われるなら、正式な使節団を派遣し、ご確認いただきたい。

もちろん非武装で、だ。

我らは外交儀礼上、礼節をもって受け入れ、見学していただき見送る」


「何を見ろというのだ!せいぜいが監獄に入れてるのだろう!」


「まさか。ここからもさほど離れてはいない、帝国の工事現場で、彼らの自由意志で適切な時間を働き、朝昼晩3食十分に食べ、清潔な宿舎で暮らしている。

希望する子ども達は読み書き算数も教えている。

帝国民とほぼ変わりない暮らしだ」


「ぐぐぐ……。そのように偽善者ぶりおって!

強制労働に違いない!」


「推測でものを言わずに、使節団でご確認に来られよ。

そうだ。もう一件、お伝えせねばならぬことがある」


ルイスは難民申請申込書を参謀長に渡し、テーブルの上に分厚い封筒を置く。


「最後通牒と宣戦布告書だ。

条件はこちらに明記されている。


この会合の安全保障時間、つまり会合終了時刻から2時間経過して以降、貴国から戦闘開始した場合、帝国が保護した難民や帝国の住民に危害を加えた場合、帝国は戦争を開始する」


「はああ?戦争だと?!やはり罠か?!」


 モランド伯爵は立ち上がるが、 ルイスは座ったままで、穏やかな雰囲気を(たも)ち、冷静な眼差しを向け、言葉を続ける。



「人の話をよく聞かれよ。互いに国の代表だ。

条件は先ほど申し上げたとおり、貴国から何らかの攻撃などがあった場合だ。

持ち帰ってよく読まれることをお勧めする。

では、失礼する」



ルイスはゆっくり立ち上がると、モランド伯爵に向かい敬礼し、帝国側の出口に向かおうとする。


「待たれよ!何を今さら、このようなことを?!」


「保護した難民を理由に、帝国に侵攻されても困る。

戦闘するならば、保護すべきか弱き民を巻き込まず、我々戦闘員のみで正々堂々と剣を(まじ)えるべきだろう。

それが我ら貴族の義務、ノブレス・オブリージュだ。

私はこの件に関し、皇帝陛下より特命全権大使に任ぜられている。

和平協定を結ばれたいのなら、いつでも申し出られよ。

では」


「待て!待てと言うに!」


 颯爽と立ち去るルイスを、副団長と参謀長が護り、50名の騎士も気迫を込めて、相対する。


 モランド伯爵は腹立たしく、テーブル上の封筒を叩きつけたが、中に補強で入っていた鉄板で指が痺れただけだった。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。

誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)


●ご心配おかけしましたが、前回から今回にかけてのエリーの症状は低血糖とストレス過多の設定です。ネタバレになるので、事前に妊娠関連の注意ができず、申し訳ありませんでした。


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短めであっさり読めます。

お気軽にどうぞ。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
>補強で入っていた鉄板で指が痺れた  って… 笑! モランド伯爵さん、その痺れ、覚えておいてくらさいましね♢  それにしても皇帝くん、申し訳無いけれど、ホント申し訳無いけれど、とっとと、ホントとっとと…
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