151.悪役令嬢の驚愕(きょうがく)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、28歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリオット殿、話がある。儂の屋敷に来てもらえるか」
エヴルー騎士団員に変装したエリオットである私は、帝都騎士団の出発を共に見送った伯父様に誘われる。
副団長を見上げると、小さく頷き許可が出る。
「はっ!タンド公爵閣下!光栄であります!」
お説教かな、と思っていた私を待ち受けていたのは、まったく別の、“南部問題協議会”と皇帝陛下で秘密裡に討議された結果だった。
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南部国境地帯——
“炊き出し会”は順調に軌道に乗っていた。
場所を移しても、連合国の住民達がどこからともなく“抜け道”を通って現れ、長い行列ができる。
院長やシスター達の、優しく、時には厳しい教導で、今では行儀の悪い者はほとんどいない。
せいぜい前後の者と話すくらいだ。
違う村の者だと互いに情報交換するが、どこも似たり寄ったりで追い詰められていた。
時が熟したと見た、調理役や運搬役の“影”達が何気ない会話で、灌漑工事の話を出す。
「そういえば、大きな灌漑工事をやるって話はどうなったんだ?」
「賃金も良いし三食付きで休憩有り8時間労働、宿舎あり、治安のために警備も常駐、家族も呼び寄せていいって高待遇だけど、人が集まらないんだとよ」
「ああ、北部の出稼ぎも南部は危ないって避けて、人集めに困ってるって、職業斡旋のヤツも言ってたなあ。
俺は院長様を信じて来たけどな」
「お前の信心は村でも有名だ。
工事の募集はあんまり来ないんで『国籍・性別を問わない』ってことにしたら、今度は傭兵が来ちまって、断るのに大変だってよ」
「そりゃ正解だ。真面目に働くモンを守ろうっていうのか。
俺もこのご奉仕が終わったら考えてみるか」
「期間も自由っていうもんな」
情報に飢えている村人が早速食いついてきた。
「ちょっと、兄さん。今の話、本当かい?」
「今の話?」
「かんがい?なんちゃらの工事で、人を集めてるって話さ」
「ああ、本当だとも。マトモなお役所ご用達の職業斡旋屋に聞いたんだ。間違いない」
問いかけをきっかけに、男たちは条件を繰り返す。
「本当に国は問わないのか?」
「性別って女もいいってコトだよね」
「家族も一緒に行けるって確かかい?」
二人をかこんで盛り上がったところを、院長が窘める。
「何を騒いでいるのです。列を崩して、働き手を取り囲んで。後ろの人が困ってますよ。
元の列にお戻りなさい」
「あ、すみません。院長様」
人々は渋々、列に戻る。今の空腹を満たすにはここ炊き出しに頼るしかない。
「申し訳ありません、院長様。
あの、灌漑工事の働き手募集で困ってるって話をしてたら、聞かれてしまって。
俺が迂闊でした」
「私も口がすべり申し訳ありませんでした」
「ああ、あのお話ですか。確かにここに来る途中も聞きましたね。ただ今のあなた達のするべき仕事は、炊き出しです。
反省しているようなので、私にではなく、眠る前の祈りで神に過ちを告げてください。
きっとお許しくださいます」
『はい、ありがとうございます』
二人の神妙な振る舞いと、噂通りの院長の優しくも厳しい姿に、村人はおずおずと話し掛ける。
「院長様。あの、あたし達が悪いんです。いろいろ聞こうとして。すみません。
それで、さっきの話、炊き出しがすんだら、聞かせてもらったらいけませんか?」
「灌漑工事の働き手募集のお話ですか?」
「はい、あたし達、本当に困ってるんです。
村じゃもう食べていけなくて、院長様の炊き出しも、ずっとじゃないだろうし、それでも役人が来て、税金だけは持っていこうとするし……。
次に来たら、家族の誰かが、税金の代わりに連れてかれちまう……」
「もう食べていけない、とは、来年のための種籾も食べ尽くしたんですね?」
「は、い……」
女がくやしそうに涙を流し、袖でぬぐう。
農民にとっては命綱であり、そこで耕作する証で代々伝えてきた誇りでもあった。
そこに、シスターのひとりが院長の側で囁く。
「院長様。ご報告せずに申し訳ありません。
実はあの工事の募集要項を、かなり前ですが、ある町で押し付けられてしまいまして……。
炊き出しに便宜を図ってくれた、町の世話人の方でしたので、断れず……」
「報告が遅れたことについては、夜に懺悔を聴きましょう。その募集要項は正式なものなのですね?」
「はい、その町から工事現場は遠いので、募集してくる者がほとんどいない。近い場所で炊き出しの時に、張り出すか、配ってほしいと……」
「事情はわかりました。
では、こうしましょう。炊き出しが終わったあと、その募集要項を希望の村ごとに渡します。
字が読めない方には、字が読める方が話してあげてください」
そこに、おずおずと手を挙げ、男が発言する。
「あの……。院長様。今、俺の村には、字が読めるモンがいねえんです。ほとんどいなかったトコに、税金の代わりに使い勝手がいいと連れていかれちまって……」
「そのようなことが……。
わかりました。では文章は読み聞かせて差し上げます。
数字なら読めますか?」
「あ、はい!数字ならなんとか」
「では、間違いなく覚えて帰って教えてあげてください。
さあ、炊き出しを続けましょう。鍋が煮立ち過ぎてしまいますよ」
『はい!院長様!』
この村々に回覧板のように回った灌漑工事の募集要項を前に、国境地帯の村人達は腹を割り本音で話しあった。
『今すぐ行きたい』という者、『騙されてるんじゃないか』という慎重な者、『税金代わりに連れて行かれた家族と生き別れになる』などさまざまだ。
だがこのまま村にいては、飢え死にか、税金代わりに連れていかれる。
そして罪人として、男ならただ働きで酷使されるか、剣を持たされて戦場に送られるか、女なら花街に売られるか、子どもも奴隷扱い、という現実が重く横たわっていた。
「俺が行って話を聞いて確かめてくる。
本当だったら、みんなで行こう。残ってたら、役人に連れていかれるぞ。
もし俺がいない間に来たら、山に逃げるんだ」
字が読める中で最後まで残っていた村長が連れていかれたあと、リーダー格の男が立ち上がる。
次に税金を取り立てる徴税役人がその村を訪れた時には、人の姿がすっかり消えていた。
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一方、灌漑工事現場事務所では、連合国から村ごとやってきた人々を前に、帝国の役人達が“難民”の説明をしていた。
計画の成否に関わるため、礼儀正しく、しかし舐められずに、と振る舞いを求められ、研修も受けてきた。
ポツポツと聞きにくる者もいたが、募集に応じる人間は加速度的に増えていく。
計画に半信半疑だった彼らの前には、今、多数の連合国の国民が並んでいた。
「あなた達は連合国では飢え死にしそうだった。
だから、帝国の、働けば食べて生きていける、この工事現場に逃げてきた。間違いないですね」
皆、大きく頷き、「そうだ、そうだ」と声を上げる者もいる。
「わかりました。あなた達のような人のことを、難しい言葉で、“難民”と言います」
『なんみん?』
担当者はここからが一苦労だった。
何度も説明を繰り返し、質問には真面目に答える。
『帝国はあなた達を“難民”として受け入れないと、周囲の国々に、連合国から国民をさらった悪者扱いされてしまう。
また“難民”認定されここで工事終了まで働けば、希望者には帝国の国籍が与えられる。
連合国で落ち着いて暮らせると思った時は帰ることもできる。
ただし、二度と同じ“難民”認定は受けられない』
この内容を理解させ、難民申請書に名前の綴りを教え、拇印を押させ、“難民証明書”を渡す。
工事従事者、給食担当、洗濯担当、清掃担当など、職掌別に説明会を開き、宿舎を割り当て、希望する子ども達には集会所で読み書き算数を教えるなどと周知するために、奔走していた。
〜〜*〜〜
ルイスら幹部が率いる帝国騎士団の“遠征訓練”は、帝室直轄領を中心に南部の主要な町や村々を経由して進軍した。
理不尽に暴力を振るっていた者は厳しく罰し、治安を改善・回復させながら、国境地帯へ向かう。
ウォルフ騎士団長は帝都に残っていることになっている。
さすがにごまかせず、『皇帝陛下がお側からお離しにならない』との理由だった。
計画は同時進行で、“影”や早駆けにより、続々と情報は集まってくる。
昼は行軍し、町や村に駐留した際は治安回復させるか、演習訓練を行う。
夜は将官たちと、計画と方針に従い討議を繰り返す。
帝国騎士団による“遠征訓練”はその規律ある軍事的な威力を見せつけつつ、帝国の治政のわかりやすい一形態、“国家と治安の守護者”として、荒れた民心を慰撫していった。
その行軍途中、南部の最後の主要な町を抜けたところで、天使の聖女修道院の院長ら“炊き出し会”と行き合わせた。
運搬役兼、護衛していたエヴルー騎士団の騎士が、先触れで知らせに来る。
行軍は一時中断し、ルイスを始めとした幹部らが院長達一行を迎え入れる。
その礼遇は、王族に準じるものであり、地道に、そして着実に、粘り強い努力を重ね、計画の下地を形成してくれた、院長とシスター達への尊敬を表したものだった。
「院長様。このたびのご苦労、誠に痛み入ります。
深く感謝申し上げます」
「ルイス閣下。どうぞ、私のような者に礼を取るのはおやめください。
神の教えに従い、するべきことを、できることをしたまでです」
「あとのことはお任せください。
もう少し行けば町があります。せめて一泊、我らが警護し、心置きなくお休みください」
ルイスが後戻りを申し出るほど、“炊き出し会”の一行の疲労は濃かった。
「ありがたいお申し出ですが、ご辞退いたします。
騎士団の方々は一刻も早く、“遠征訓練”をされなければなりません。
どうか、皆の奉仕を実らせてくださいませ」
院長は凛然として、ルイスの申し出を断る。
こう言われては、引き止めもできない。
せめて、たっぷり蜂蜜を入れたハーブティーと、缶詰を開け、果物のシロップ漬けでもてなす。
その間に、院長の護衛をしていた“影”や騎士から、さらなる報告を受ける。
甘味と懐かしい香りで癒された“炊き出し会”の一行は、帝国騎士団の騎士礼で見送られ、帝都へ向けて再出発した。
〜〜*〜〜
帝国騎士団が南部国境地帯へ到着まで、あと数日というころ——
連合国代表・モランド伯爵邸に傭兵として潜入した、ウォーリーことウォルフは困った事態に巻き込まれていた。
10歳になる長男の護衛に任じられたのだが、いたく気に入られ、付きまとわれるようになっていたのだ。
機嫌取りなど一切していない。
偽装した傷痕を隠すため、額と右眉下を覆うようなバンドを付けた、女子どもが泣き出しそうな強面で、作った濁声は滅多に発しない。
やり取りのほとんどは、頷くか頷かないかだけだった。
どうも読んだ小説の影響で、悪人に見える容貌だが、実は善人で剣の名手という登場人物がいて、『傭兵なのに乱暴者ではない』というだけで、勝手に思い込まれていた。
剣の稽古の相手を頼まれたが、「自分は護衛です」とすげなく断ると、それがまたカッコいいと言われる。
長男の護衛はモランド伯爵の居室とも近く、任務としては格好の場所だったが、内心うんざりしていた。
そんなある日、モランド伯爵から呼び出された。
息子が護衛の傭兵に懐いてしまっているという報告を受け、人物鑑定したいのだろう。
モランド伯爵とは、前回の紛争終了後の交渉の場で何度か顔を合わせている。
さすがに緊張はしたが、傭兵ごときがいきなり伯爵に呼ばれ、緊張しないのも不自然だ。
身ぎれいにしていけ、と長男の警護責任者に言われ、髪は整える。服装は長男付けになった際に支給されたものをそのまま着ていた。
執務室に入る前に、剣を要求され渡す。当然の処置として受け入れた。
執事長の紹介を受け、軽く頭を下げる。
「お前がウォーリーか。剣の達人らしいな。儂と勝負するか!」
この場で望みどおり首を刎ねてやりたいが、次は自分が串刺しになっているだろう。そんなために潜入したのではない。
「……旦那様のほうが、強い。見りゃあ、わかります」
ぼそぼそとした濁声で答えていると、いきなりペーパーナイフを投げつけられて、肩をかすめる。
執事長は慣れているのか、黙ったままだ。
ウォルフはウォーリーとして、答えることにする。
「……殺されるんなら、出てきます。んじゃ」
「まあ、待て。確かにたいした腕ではなさそうだ」
不機嫌を隠さない態度は、疑念を薄くしたらしい。
呼び止められたので、ボソボソと不満を洩らす。
「……坊ちゃんには、旦那様から、言ってくだせえ。
あれじゃあ、護衛の役が、果たせねえ。
サボり、と言われ、金を減らされたら、こっちあ、たまった、もんじゃねえ」
「ウォーリー!旦那様に失礼を言うでない!」
執事長に叱咤され、小さく頭を下げる。そこにモランド伯爵家の正規兵が入室し、伯爵に何事かささやく。
「ふむ、部屋に怪しいものは何もなかったか。
ウォーリー、仕事は続けろ。息子には邪魔をするなと言っておくが、多少の相手はしろ。勉学が進まぬそうだ。給金も減らさぬ。いいな」
『おいおい、ずいぶん甘いな、ろくな大人にならねえぞ』とウォルフは心中毒づきながら、ウォーリーとして頭を下げた。
部屋に戻ると、家探しされたように、部屋中ひっくり返されていた。
大きな溜め息をつき、片付け始める。“手紙”はとっくの昔に“影”に預けていた。
彼なら、「執事長様がこれを」とモランド伯爵に自然に手渡せるためだ。
あとはそのタイミングだな、と、片付け直した部屋のベッドに、『坊っちゃまがお呼びだ』と護衛役の同僚が来るまで転がっていた。
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時は遡り、タンド公爵邸——
ルイス率いる帝国騎士団の出発を共に見送ったあと、人払いした執務室で、ソファーに座り伯父様と相対する。
私の変装と知らない者は、エヴルー騎士団の若い騎士がタンド公爵となぜ、と思ったことだろう。
それよりも、伯父様が言いにくそうに切り出した内容に、私は驚きを禁じ得なかった。
「では、今回は“紛争”ではなく……」
「ああ、“戦争”だ。
そして連合国を帝国の版図となす。
戦闘開始前に宣戦布告せねば、現状、周辺各国と外交的に問題が生じかねない」
戦争は最後の外交手段と言われる。
戦闘開始を相手国に通告する“宣戦布告”は、外交儀礼上、重要視されている。
“宣戦布告”抜きの攻撃は、外交儀礼も知らない野蛮人扱いされるのだ。
ただし、帝国と連合国の関係は、歴史的にも特殊だった。
「伯父様、紛争をこれだけ繰り返していれば、もはや“宣戦布告のない長期戦争”状態です。
周辺国の多くはそう考えています。王国もそうでした。おかげで我が国には攻めてこられないと。
王立学園の歴史の授業でも、『実質的な長期戦争』と教えているくらいです。
周辺各国も何を今さら、って感じだと思いますが、言い出したのは皇帝陛下ですか?」
あの方は見栄っ張りなところがおありだ。
実だけでなく、大義名分が欲しくなったのだろう。伯父様の答えはそれを示していた。
「…………そうだ。歴史に残る。けじめを付けなければ、後世、自分の治世の汚点となると仰せで……」
「まったく汚点のない治世を探すほうが歴史上難しいですが、それほど名声を残されたいとは。
であれば、ご自分で一軍を率いればよろしいでしょうに。
英雄と褒め讃えられている帝室の祖、初代・2代皇帝両陛下、お二人のように。
外交ルートもまともではない連合国へ通告する者の身の安全を、まったくお考えになっていらっしゃらない……。
って、まさか?!」
私は嫌な予感にゾクゾクする。妊娠以来、感情コントロールが以前より難しくなってはいたが、まったく違う感覚だ。
背中に冷や汗が流れ、めまいがする。
右手で頭を支え、左手をソファーの座面に着き、ゆっくりと身を横たえる。
「……そうだ。ルイス殿下に託された。
エリー?どうした?!エリー?!
誰か、医者を!クレーオス先生を早く!」
俯きがちに答えた伯父様が、私に呼びかけるが耳鳴りがしてうまく答えられない。
人払いした執務室の外に立つ護衛を呼ぶ、伯父様の声が遠くでかすかに聞こえていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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