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148.悪役令嬢の懺悔

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスと小さな小さな家族との生活としては、25歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


「どうかお気をつけて。またいつかお会いしましょう」


 ソフィア様が王国へ帰還されるため、帝都を出発された。

 大使館では見送りの方々の中に、皇妃陛下と第五皇子殿下もいらした。

 私はソフィア様の馬車に同乗する。ソフィア様の意向で二人きりだった。

 もちろん出発の一行の中にはエヴルー“両公爵”紋章入りの馬車があり、マーサとクレーオス先生が乗っている。


 王国の王子妃殿下を、帝国の元皇子の妻で王国の第一王女が、途中までお見送りする、という政治的な意味合いもある。

 本当の目的は、外交日程を無事に終えた親友に、領 地 邸(カントリーハウス)で英気を養ってもらうため、そして天使の聖女修道院の院長様を迎えに行くためである。


 新聞で出立を知った帝都民が沿道で手を振り、ソフィア様が笑顔で振り返す。

 帝都を出てしばらく行ったところで、ソフィア様が大きく深呼吸された。


「これでとりあえず、主な公務はおしまい。

さすがに肩が凝ったわ。皇帝陛下の圧がすごくて、『帝国が上だぞ』って。それだけでも疲れて……。

さりげなく張り合ってたらしいラッセル公爵閣下を尊敬します」


 ああ、お父さまは私の毒殺未遂案件とか、その他諸々握ってらっしゃるので、とは言えずにソフィア様に微笑みかける。


「“あの”お父さまだもの。それに威圧は国王陛下もいざとなったらスゴいわ。

ソフィア様はソフィア様よ」


「ふふっ、確かにそうかも」


「本当にお疲れ様でした。来てくれてありがとう。

米が根付くよう尽力するわ。米と麦の 二毛作(にもうさく)という手もあるのだもの。

エヴルーで元気を取り戻してね。領 地 邸(カントリーハウス)の皆も大歓迎よ」


「エリー様のおもてなしなら喜んで。とにかくゆっくりしたい……。

あの皇帝陛下のお相手をされてるって大変ね」


「極力近づかないようにしてるわ。その分、皇妃陛下と親しくさせていただいてます」


「あら、嫁姑関係が良好なんて羨ましい。

私はもしも復活されたら、ラッセル公爵閣下と組んでがんばるわ。

フレデリックの教育には、絶対に口出しはさせません」


 王妃陛下は復活しても、お父さまが抑えてくれるだろう。ソフィア様とメアリー様は私の代わりを引き受けてくださったのだから。


「お父さまには、もしもの時には尽力くださるよう頼んでおきました。

ね、愚痴があったら何でも言って。そのための二人きりでしょう?」


「その通りなの。ねえ、エリー様。聞いてくださる。

実は……」


 そこからはソフィア様は、時折り妊婦である私を労わりつつ、話し続けた。

 単独外交での精神的疲労もあるが、王国に帰還する憂鬱も感じられる。

 ただフレデリック様とメアリー様のお話になると、明るく目を輝かせていた。


 “緊急道路”も使用した馬車の旅も、エヴルー領 地 邸(カントリーハウス)への到着で、一旦一休みだ。

 アーサーを始めとした使用人達は、いつものようにずらりと並んでソフィア様を出迎えてくれた。


『ソフィア薔薇妃殿下。遠いところをようこそお越しくださいました。どうかお寛ぎくださいませ。

エリー様、お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました!』


 拍手の中、代表してアーサーがソフィア様にあいさつし、すぐにお部屋へ案内する。

 王国側の護衛は、ここエヴルーでも騎士団棟へ移動してもらう。念のための王妃陛下対策の情報統制だ。

 ギャラリー室にある、私やお母さまの絵の存在は、アーサーを通じ箝口令(かんこうれい)が敷かれていた。


 ソフィア様には皇妃陛下の“お里帰り”と同様に、エヴルー領 地 邸(カントリーハウス)を挙げておもてなしさせていただく。

 私の親友でもあるが、“国賓”なのだ。


 私にはクレーオス先生の休養指示と、アーサーでの口頭報告が待ち受けていた。

 マーサのケアを受けながら、アーサーに指示を与えるという、我ながら器用なことをこなし、最後には眠っていた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 私が私的な友情を深めながら、“国賓”に対し最後のおもてなしをしているころ——


 騎士団では着々と“遠征訓練”に向けた準備が進んでいた。

 目的地の南部では、食糧の現地調達は難しい。

 “訓練”という名の軍事行動を支える、兵站(へいたん)の計画は、南部の主要都市を中継基地とし、練り上げられていたが、その実施に穴がないか、綿密な確認がなされていた。


 腹が減り、武器を始めとした装備が無くては、いくら頑強な騎士でも戦えない。

 その中心にいたのはルイスであり、豊かなエヴルーや諸地域から南部へと、支援物資の名を借りた運搬はほぼ終えていた。


 一方で、さまざまなケースに合わせ検討された作戦を基にした、模擬訓練にも余念がない。

 ウォルフ団長に託された副団長ら幹部達が、団員達を激励し、最後の仕上げとばかりに鍛え上げていた。



 そして“遠征訓練”の準備の一環は、ウォルフ団長の工作を助ける“小道具作り”にも及ぶ。


 “まだ”役に立つと判断された数名の中にいたドーリス公爵は、暗い牢の中から引きずり出され、自分が愛用していた筆記用具を前に、歯噛みしていた。


「ゔ、ゔ、わじは、わじ、は……」


 声はしわがれ、枯れかかっている。

 逮捕以来、水の一滴も与えられていない。

 通常、人間が水分を取れずに生きていられる時間は3日間とされる。

 しかし贅沢(ぜいたく)に慣れた身には、初日だけでも拷問にも思え、怒鳴って抗議しても、一切相手にされず、喉の渇きは増すばかりだ。


 空腹と自尊心がせめぎあった結果、コップ1杯の水と引き換えに、“小道具作り”に同意せざるを得ず、取調官の言うがまま、必死になってペンを走らせていた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 寝静まった皇城近くの貴族街に、ルイスを乗せた馬車の音が響く。


 騎士団本部に泊まり込んでもよかったが、次々と判断を求められ、頭脳を高速で働かせ続けたためか、感覚が焼きつく頭を冷やしたく、帝都邸(タウンハウス)に帰邸した。


 用意されていたハーバルバスで、余分な力が抜けていく。

 香気を胸いっぱい吸い込むと、浄化されていくようだ。

 ふと、いつもと違う香りに気づく。


 執事に(たず)ねると、エリーがハーブの配合を変えたと話す。

 一緒に眠るエリーから、妊娠前はよく香っているラベンダーだという。


「旦那様に少しでもリラックスしていただきたいと仰せでございました」


 そのおかげか、ヒリヒリとした感触も静まっていた。

 自分の居室でなく、つい二人の寝室に足が向く。


「何をやってるんだ、俺は……」


 それでも習慣からか、いつものベッドにそっと潜り込む。

 眠る最愛の妻を起こさないために習慣となっていた。


 だが、(さと)さからか目覚め、自分に「お帰りなさい、お疲れ様でした」と迎え入れてくれた。


 その温もりを懐かしく思いつつ、ルイスの五感がエリーを求め、思わず妻がいつも使っている枕を抱き寄せる。

 リネンは当然替わっていたが、かすかにゆかしい人の匂いがした。


 その向こうには、『一晩だけだし、きっとソフィア様と一緒だから恥ずかしいわ』と置いていった黒い犬の抱きぐるみが見えた。

 黒い縦型の犬の瞳は、自分によく似たサファイアだ。

 これを作った時も、エヴルーと帝都で離れ離れだった。

 

「エリー、エリー、エリー……」


 エヴルーにいて、明日には戻ってくる魂の片割れを思い、口にしたその名は、夜の闇の(あわい)に溶けていった。


〜〜*〜〜


 ——誰かに名前を呼ばれた気がした。


 横に眠るソフィア様を起こさないように起き上がると、窓を開ける。

 お腹の“ユグラン”はおとなしく眠ってるようだ。

 深く静かに呼吸する。帝都よりも一段と空気が濃い。

 かすかな風が緑の気配を運んでくる。


 夜空を見上げると、(きら)めく満天の星に、ルイスを思い出す。


 まだ婚約もしていなかった初めての謁見の夜——


 エヴルー女伯爵となった私は、ベランダで二人、星を見た。


 あの時はまだ、『帝国の輝ける星たる第三皇子殿下』と呼ばれる身だったルイスに、「地上で光らなきゃいけない星は、とても大変で辛いだろう」と言った。


 臣籍降下した今でも、ルイスは再び、地上で光る星にならなければいけなくなる。


 もうこれで最後にしてほしい——


 我ながら政治的には甘いと思う。

 だがそのために、ウォルフ団長と交渉したのだ。

 禁じ手ともいえる策を口にしたのだ。


 私はここエヴルーで、社交界では滅多に会えない“珍獣”のような生活を送りたいと思っている。

 ただその側には、ルイスにいてほしい。

 無事に生まれた“ユグラン”を抱いてほしい。

 ルイスと“ユグラン”、親子三人、温もりを大切に穏やかに暮らしたい。


「ルー様、どうか、安らかに眠れてますように……」


 “ユグラン”が起きたのか、胎動を感じる。


「起こしてごめんなさいね、“ユグラン”。

ママと一緒に眠りましょう」


 私は窓を閉めると、マーサが用意してくれたオレンジ水を飲み、ソフィア様が眠るベッドに静かに身を沈めた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 翌朝、エヴルーを出立したソフィア様は笑顔だった。


「ね、似合うでしょう。帰り道はこれを身に付けようと持ってきてたの」


 ソフィア様の背中に流れる銀色の髪には、白金の薔薇が美しく咲き誇っていた。

 私が出産祝いに贈った見事な金細工の髪飾りが上品に輝く。

 

「私の髪とエリー様のお(ぐし)のようでしょう。とても気に入ってるの。安全に王国に帰れると思うわ」


「頼もしい近衛騎士団の方々もついています。

もちろん私も祈ってますわ。

ソフィア様とフレデリック様の未来を、太陽と月が照らし、星が護りますように」


「エリー様こそ、ルイス様とお子様、ご家族に幸いが共にありますように」


 二人で抱擁(ほうよう)しあったあと、私はソフィア様の馬車をずっと手を振り見送った。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 天使の聖女修道院、院長室——


 私と院長様は向かい合い座っていた。

 妊婦にも飲めるローズヒップのブレンドティーを出してくださる。ありがたいことだ。


「院長様、本当によろしいのですか?

お願いをしておきながら、このようにお伺いしてしまって……」


 私の心配をよそに、穏やかな雰囲気をまとったまま語る院長様の言葉は、深く高い(こころざし)を表していた。


「エリー様、私は街道に立ち呼びかけるだけで、大元の原因に働きかけようとはしませんでした。

それは俗世の、(まつりごと)を行う方々の務めと思っておりました。それは今でも変わりません」


「院長様……」


「呼びかけに応じた女性達が落ち着いてから話した日々を聞くと、胸が苦しくなるようなものばかりでした。

ただ望郷の念も強く、生き別れた家族を探したい、とここを去った方も何人かはいらっしゃいました……。

私はそういった方にさえ、神のご加護を、恩寵を祈ることしかできなかったのです……」


 院長様にとっては、聖者とみなされた言動でさえ、反省され、心に深く恥じ入ることだった。

 優しさに覆われた、こうしたご自身への厳しさゆえに、皆の尊敬を集めていらっしゃるのだ。


「院長様のお言葉で救われた、多くの方々もいらっしゃいます。私もルー様もそうでした。

その方々が故郷へ赴こうと思えたのも、この修道院での安らかな暮らしがあったればこそでございます」


院長様はにこやかに微笑まれる。和やかさを失わない高潔なお人柄と、気高く深い慈愛が感じられた。


「エリー様、私がこの南部の件に関して少しずつ変わっていけたのは、ある女性とエリー様のおかげなのです」


 思わぬ言葉に私は驚きを隠せず問いかける。


「え?それは、どういうことでしょうか」


 院長様が語るところによると、大規模な紛争から十年余り経ったころから、南方の連合国の貴族や富裕層の女性達がこっそりと入国し、巡礼のように、この修道院を訪れていた。


 敬虔な信者は国籍を問わず受け入れていた院長様に、連合国のある貴族家の夫人が懺悔にも似た内情を告げていった。


 私がエヴルーに来る約1年前——


 その女性が語るには、連合国では以前は持ち回りで平等だった代表の座も、いつのまにか政争に勝ち抜いたモランド伯爵家が独占するようになった。

 対立しがちな副代表ダートン伯爵家も、その座は決して譲ろうとはしない。

 この二家がいがみあうばかりで、他の貴族家は数合わせに利用され、治める民の暮らしは次第に放置されていった。

 見かねた貴族もいて、せめて自分の領地だけでも、と努力しようとしても、評判をあげまいと足を引っ張られる。


「帝国の覇権に抵抗し、自由を守った勇敢な国だと口では言いますが、その(まつりごと)は今では腐り切っております……。

自分の家さえよければいい、我欲を争う醜い国と成り果てました。


こちらに来るまで見てきた帝国の暮らしを見れば、帝国が治めてくれた方が、民は遥かに楽な暮らしが送れるでしょう。

でも、私は何もできず、家政にかかる費用をやりくりして、聖堂へ寄附するしかありません。

あとは祈り、神に縋るしかない身でございます……」


 ここまでの内情を赤裸々に語った巡礼者は、それまではいなかったという。

 院長様は“足を引っ張られた家”のご夫人ではないかと推測したが、静かにお話を聞くに留め、その身の恩寵を願い見送った。


 そして、私が現れ、母アンジェラ以降、変わらなかった、いや変えてこなかった修道院の事業を、周辺のエヴルー領地や領民も巻き込みながら、より良いものにしていったと話してくださる。


「エリー様は太陽のように明るく、私達に温かく接し、聖俗問わず、子どもや領民のために、良いものは良いのだ、と礼儀正しく申し込まれました。


そのような女性は初めてでした。


皆、恩寵を祈り、私を含め、自分からは積極的に動こうとはしませんでした。

今回のお申し出は、天が与えてくださった恩寵と私は思います。

シスター達に話したところ、南部出身の方達が手伝いを申し出てくれました。

やはり、故郷のために、何かしたい気持ちが強く、何度か話し合いましたが、共に参ることにいたしました」


 その眼差しには死をも(いと)わない覚悟が見えた。本当に聖者と称されるにふさわしい方だ。


「私達は参ります。

目を背けず、できることをすればよいのです。

ここでやってきたように……」


 院長様の微笑みは、常と変わらず静かで穏やかだった。

 現状に満足せず、領民のため、と言いつつ、最愛の人を失いたくないという私欲まみれの私には、とてもまぶしく感じられる。


 このような方を巻き込んでしまった自分を、心中深く懺悔(ざんげ)しながらも、帝都に向かう馬車へ、院長様達を案内した。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。

誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)


※ ※皇妃陛下の実兄をシャイド公爵としていましたが、アルトゥールのお相手だったシャンド男爵令嬢と一文字違いなので、ドーリス公爵と変更しました(^◇^;)

失礼しました。


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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
どんな人にも生きてきた人生には『あの時行動していれば良かった』という後悔があるのだなぁ…としみじみと思う回でした。宗教家が政治に関わろうとする動機には、こういうことかあるのかもしれないとも。 政治は生…
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