147.悪役令嬢の祈り 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、24歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「我が国の国難に際し、示していただいた貴国の友好と助力は、非常に意義のある協定を生んだ。
帝国と帝国国民にとって、長きに渡り、決して忘れえぬものとなるだろう。改めて御礼申し上げる」
「王国と帝国は友好通商条約を締結しております。
条約国として当然のことをしたまででございます。
我が国の提言をこうして受け入れてくださり、協定を結べたことに感謝し、また嬉しく思います」
王国からの米粉の支援や、米の栽培指導などについて結ばれた協定の調印式は、無事に終えた。
皇帝陛下とソフィア薔薇妃殿下は、対等に握手を交わす。
広間で見守る家臣達は、帝国側は行政を担う大臣や行政官、“熱射障害”対策に協力的な上位貴族達、王国側は在帝国大使を始めとした大使館員や随行員達である。
通常ならばもっと華やかに執り行われるべき公式行事だが、国難に際し、必要最低限とした簡易なものとなった。
それでも皇帝陛下の威厳と、それに臆せぬソフィア様の淑やかさに隠れた胆力は、進行された式次第に堂々とした格式の高さを与えていた。
エヴルー“両公爵”として出席していた私は、真っ先に拍手を始める。
王国の第一王女としても、最初に祝う立場だった。
広がり盛り上がった拍手が潮が引くように静まったあと、儀礼官が式の終了を告げ、お二人が壇上から退出される。
国家の代表者が語ったように、協定案作りをした両国関係者の歓談はしばらく続いていた。
ソフィア様は明日出発するご予定だ。
お別れ会も兼ねて帝室の方々との昼食会に出席し、夕食は大使館で“親王国派”とも言える帝国の貴族達と滞在最後の交流をする予定だ。
そして、エヴルーに1泊し王国への帰途につくことになっていた。
私も天使の聖女修道院の院長様達をお迎えにあがるため、エヴルーへ同行することとなった。
ルイスを通し騎士団からの依頼もあったが、元よりそのつもりだった。
院長様に頼んだのは私自身で、当たり前だ。
昼食会には私も出席した。
皇帝陛下はもちろん、調印式にはご臨席されなかった皇妃陛下や皇女母殿下、第四・第五皇子両殿下もいらっしゃり、和やかな雰囲気だ。
ソフィア様とは市場での催しで打ち解けて、王国と帝国の食べ物の違いなど話題となる。
そんな中、魚から海に話が移ると、二人の皇子殿下が食いついてきた。
まるで釣りの餌にかかった魚を、思わず連想してしまうほどだ。
見たことのない海に対して、興味と憧れが強いようで、さまざまなことを尋ねる。
「海の水は塩っぱく、塩が取れると学びましたが、本当ですか」
「帝国の湖も大きくなれば、波ができますが、海の波は非常に大きいと聞きました。大人の身長の数倍になる時もあると。
潮の満ち引きというものもあるらしいですね」
「海で獲れる魚も塩味なんでしょうか。海で生きているということは、ずっと浸かってるってことですもんね」
「川では見られない、非常に大きな魚もいるとか。
確か、そうクジラです。ソフィア殿下はご覧になったことはありますか?」
次から次へと質問攻めにあい、ソフィア様も困り顔で、眼差しで私に助けを求めてくる。
「二人とも、そう性急にお聞きするものではありませんよ」
皇妃陛下に窘められ、しゅんとなった両殿下に、私が知る限りは、と断った上で答える。
視察で見た塩田事業や捕鯨漁の話、高潮対策、海の生物が生きてる仕組みの有力な学説など、“あの”王妃教育がこういうところで活かせるとは。
感謝はしないが、自分の努力が報われたとも思える。
「エリザベス王女殿下はすばらしいですね、私も勉学に励みます」
「私もです。エリザベス王女殿下を見習います」
両殿下のキラキラとした眼差しには照れてしまう。
昼食会の終わりには、ソフィア様から帝室の方々に贈り物があった。
皇妃陛下と皇女母殿下には、真珠のネックレス、イヤリング、指輪などだ。
男性陣には大粒の真珠のカフスだ。
特に皇帝陛下には、王国の海軍提督らが南洋へ航海した時に手に入れた黒真珠だった。
黒真珠自体、非常に珍しいが、ここまで大粒だとさらに貴重で価値が高い品だ。
帝室の財宝にもここまでの品は無かったのだろう。抑制された驚きが感じられた。
さらにカトリーヌ嫡孫皇女殿下とマルガレーテ第一皇女殿下には、すばらしい真珠だった。
さまざまなサイズと数をそろえている。
宝飾品を身につけるお年ごろに、お好みの品に加工できるように、という配慮だ。
ソフィア様らしい、いや、おそらくはお父さまも加わった、行き届いた心遣いだった。
帝室からもソフィア様だけでなく、国王陛下を始めとした王室の方々へ、帝国の財力と宝飾技術の粋を集めたような品々が贈られた。
このやり取りが表立って行われなかったのは、貴族や民心に配慮されてのことだ。
貴族を含めた国民には、穀類メニューを推奨している政治的な立場と状況がある。
なにせ、二人の皇女殿下のお誕生日のお祝いも内々の食事会のみ行われ、正式には延期されていた。私もルイスも目立つことを避け、また悪阻の時期でもあり、贈り物のみで出席は遠慮していた。
その分、この孫娘と愛娘へのお祝いは嬉しかったようで、皇帝陛下が最もご機嫌な内に、昼食会は円満に終えた。
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一旦、エヴルー帝都邸へ帰邸し、充分に休む。在帝国王国大使館の夕食会は立食ということもあり、私は早めに退出した。
ソフィア様は開会に当たり、両国の友好を褒めたたえ、硬軟織り交ぜたスピーチを立派になさった。
大使からの信頼を得て、帝国貴族からは一目置かれる存在となっていた。
私は妊娠中ということもあり、乾杯のあいさつを行った後は、主要人物と少々言葉を交わし、大使とソフィア様に断り帰邸した。
待ち受けていたマーサ達のケアを受け、妊婦向けのメニューを中心にした夕食を摂る。
これは、南部問題が落ち着いた後に開店予定の、妊婦向けの店『テルース』で扱うレシピ本の実食も兼ねている。
タンド公爵夫人である伯母様を中心にした、“中立七家”の事業の一つだ。“学遊玩具”の店や缶詰など、さまざまな事業を通しても結束が高まっていた。
政治面でも、“熱射障害”の被害があった領地では推奨された対策を実施し、損害を抑え、全家で雑穀メニューも積極的に取り入れている。
帝室を支持する“中立派”が力をつけることは、政権の安定につながる。
王国との強固な友好関係もそうだ。
今日の調印式は絶好のアピールで、明日の新聞各紙は大々的に取り上げる予定だ。
南部問題を抱えた今、政権の基盤をしっかり固めれば、後顧の憂いなく取り組める。
私もその一助となれば、と動いていた。
それでも裏切り者は潜んでいたのだ。
彼らの中で、利用価値のないと見極められた者は、早々に毒杯を与えられた。
皇帝陛下の怒りがわかる処分だった。
今夜はクレーオス先生と二人で、それでも豊富な話題に和ませていただいた。
「姫君。今宵は早めに休まれよ。
お疲れが残ると、明日からに差し障りますぞ」
「そうですね。マーサのマッサージを受けて、早めに休みます」
先生に言われるまでもなく疲労は自覚しており、私は入浴後のマッサージを受けながら眠ってしまっていた。
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クレーオス先生が気にかけていた明日からの予定はこうだ。
王国に向けて出発されるソフィア様をエヴルー領 地 邸へご案内し、翌朝にお見送りする。
そして天使の聖女修道院の院長様とご一緒に帝都に戻ってくるという日程だった。
クレーオス先生は当初は難色を示したが、絶対に無理はしない、という条件付きで許可してくださった。もちろん同行してくださる。
ルイスも心配性が加速していて、先に眠り帰邸で目覚めた私を、ベッドの中で優しく抱きしめる。
「とんぼ返りさせるのが、心配でたまらないんだ。
だけどエリーが院長を迎えに行ってくれるのは、ものすごくありがたい。
地元のエヴルー騎士団でも、騎士に囲まれる圧迫感ってあるだろうしね……」
そう、院長様の警護は、エヴルー騎士団が主に担うことになった。混成される帝国騎士団員は平民出身に限定されている。
ウォルフ騎士団長との交渉では、ルイスの警護のため、エヴルー騎士団の“選抜者”を受け入れる見返りに、団長指揮下となるエヴルー騎士団員も要求された。
その彼らに与えられた役割が、院長様の警護と、炊き出し人員の保安要員だ。
彼らはエヴルー領の治安のため、定期的に巡回している。領民達との触れ合いも多く、一般人に対してはほぼ垣根がない。
これは、私とルイスが領主であるエヴルー領の特色ゆえだ。
帝国騎士団を始めとした、公爵家の騎士団が行っている“威嚇的警備”は、無礼者や不埒者限定だった。
領民代表には定期的に訓練も公開しており、その腕っぷしの強さは領地中に伝聞されていた。
この垣根のなさ、帝国国民の多くを占める平民への親和性の高さを、今回は買われた形だった。
まさしく適材適所だ。
帝都への移動についても、エヴルー領との行き来は訓練を兼ねて頻繁で、帝都民もエヴルー騎士団の存在に慣れてきている。
つまり、エヴルー公爵家の紋章入りの私の馬車に同乗されれば、院長様の移動も秘匿される。
“裏切者”の存在が発覚後、念のための対策だった。
私はルイスの頬を両手でふんわり包むと、額をそっと合わせる。
「大丈夫よ、ルー様。安心して。
“ユグラン”も私も元気なの。食べられる量もほぼ戻ってるし順調よ。
平民の妊婦さん達は安定期に入れば、気遣いしながら出産直前まで働くの。
私にはマーサもクレーオス先生もついてくれてるわ。安心して、ね?」
「エリー。誰よりも大切なエリーに頼んでおきながら、いざとなるとこんな風で、ごめん……。
“ユグラン”がお腹にいるエリーの方が、ずっと大変なのに……」
「ルー様、ありがとう、って言ってくれた方が嬉しい。
あ、ちょっと待って」
“ユグラン”の胎動を感じた私は、ルイスの手を取ると、急いで動いたあたりに当てる。
「……動いてる」
「ね、一度動き始めたら、“ユグラン”ったら元気なの。マーサも皆も喜んでくれてるわ。
私とルー様、どちらに似たのかしら。どっちに似ても活発よね」
「ああ、俺もエリーもじっとしてられない性分なのは認めるよ」
「時々、無性に馬に乗りたくなるの。
あ、もちろん今は乗りません。出産後、クレーオス先生の許可がでたらね」
乗馬と聞いた途端、表情が厳しくなったルイスに、落ち着くように髪を優しくなでながら、静かに伝えると、ほっと息をつく。
髪からルイスが愛用しているハーバルバスのミントの香りが漂い、涼やかだ。
「先生からは散歩を勧められてるんだろう?」
「ふふっ、そうね。時間さえあったら、庭を散歩して、ハーブの手入れをしたいもの。
マーサがね。『テルース』で出す『妊娠生活ガイドブック』をさっそく読み込んで、『妊娠中はいつもより日焼けしやすいらしいので、日焼け止めクリームと日傘はお側から離されませんように』ですって。
ね、これだけ気を配ってくれてるのよ」
妊婦向けのさまざまな出版物も『テルース』の取扱商品の一つで、クレーオス先生や産婦人科の医師達が監修している。
「マーサには俺の分も、って頼んでるんだ」
「まあ、道理でこのところ、厳しくなってたのね。
もう、ルー様ったら。これで許してあげる」
ルイスの頬をぷにいと伸ばす。互いに小さく笑い、和やかな雰囲気が戻ってくる。
やっぱり笑顔って大切だ。
手を離すと、両頬を優しくさすり、唇を捧げる。
ルイスも唇を淡く重ねてくれる。
互いの温もりが何よりの宝物だ。
大切に覚えておく。離れなければならない時が近づいてきていた。
それも私がエヴルーで領地運営するようなものでなく、ルイスや多くの命が懸かっている。
だから、二人の宝物である“ユグラン”を育てつつ、やれることはやると決めていた。
「エリーは俺に安らぎと勇気をくれる。
ありがとう、起こしたのに付き合ってくれて……」
「私がルー様と話したいの。だから早寝してるのよ。マーサに褒められるくらい」
ここでも小さな笑いが洩れる。私はルイスの胸に頬寄せ、その鼓動に耳を傾ける。
生きている。ルイスの生命が脈打っている。
このところの就眠儀式だ。
「エリー、愛してる……よ……」
激務のルイスも疲れもあり、私のローズバスの香りに誘われたように寝息を立て始める。
私はルイスの生きている証、愛しい温もり、呼吸、心音など全身で感じながら、自分の手の届かぬ、神のおわす領域の加護を祈っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
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