14.悪役令嬢の会議 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで14歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
※切りがいいところで分割した、2話めです。
ご注意ください。
「ただいま、エリー」
「お帰りなさい、伯父様」
伯父様はダイニングで、優しく抱きしめてくれた。
「さあ、まずは食べよう。シェフが腕によりをかけたそうだ」
確かに今夜は私の好きなもので、なおかつ、消化が良い調理法で作ったものだ。
息子達夫婦は、先に食べたと言う。
三人で、料理や食材、流行、皇城のたわいない噂話などの話題に、終始した。
お酒が抜きなのは、この後の話し合いのためなのだろう。
夕食後、場所を伯父様の執務室へ移し、日中ルイス殿下と話したこと、伯母様との話し合いについて、伯父様へ伝える。
ルイスとのやり取りは、伯母様と一度話したため、落ち着いてまとめられたと思う。
伯父様は最後まで黙って聞いた後、口を開いた。
「エリー。
ルイス殿下からのお手紙を見せてもらえるか」
私が手渡すと、伯父様は丁寧に封を切り、数枚の紙と、何かを紙で包んだ薄いものを、テーブルに置いた。
「エリー。私達が先に読んでも大丈夫かな」
「はい、伯父様」
真剣な眼差しで、文面に目を走らせる。
読み終わると、手紙を伯母様に渡す。
そして、伯父様は薄い紙包みを開ける。
2枚の小さな金属片を通した、無骨な長めのチェーン、首に掛けるくらいのものと、短いチェーンが通ったもう1枚の金属片が出てきた。
「ふむ、本当にシグナキュラムだ。
古風なことを……」
「シグナキュラム?」
知らない言葉に、私は思わずそのまま聞き返す。
「エリー。
シグナキュラムは識別票とも言う。
騎士団で使用されている、個人を判別するものだ。
ご覧、ルイス殿下の名前が刻まれてるだろう?」
伯父様が見せてくれた小さなプレートには、2枚ともにルイス殿下の名前が線刻されていた。
「我が国で、騎士が戦地で亡くなった時の遺体確認で用いられてる。
騎士はこの2枚が通った方を身につけ、戦死した時には、戦友が報告用に持って帰るんだ。
もう1枚は遺体に着けたままにしておく。
略奪されないよう、鉄で作られている」
驚きで一瞬、息が止まる。伯父様の説明が続く。
「帝国の騎士に伝わる、古い風習というか、慣例でね。
このもう1枚は、家族や恋人、大切な存在に預けて、戦地に赴くんだ。
無事に帰ってくるという、誓いの証とされていた。
今はあまり行われていない。古い慣習だよ。
私が若いころ、騎士団に所属していた時でさえ、やってる者は少なかったくらいだ」
思ってもみなかった内容に、言葉が浮かばない。
知識として『わかった』と答えるのみだ。
「そう、ですか」
「これを預けるには、別の意味もある。
戦地に赴く者には、『自分を待っててくれ。無事に帰ってくる約束を必ず守る』
待つ者には、『約束を破らずに無事に帰ってきて』
という願かけだ。
ただルイス殿下がどういう気持ちで、これを同封したかは、手紙に書いてある」
伯母様が読み終わり、渡された手紙には、より詳しく、私への気持が綴られていた。
戦場から戻ってきた時の状態を、どのように救ってくれたか、自分が二度の邂逅で犯した過ちへの謝罪、自覚した私への想い。
出征する時、戦地で戦っている時、護りたかった平和の、穏やかな生活そのものが、私であること。
そして、私に話した、形式上の婚姻で、皇太子殿下の意図を防ぎたいこと。
それが叶わない場合も、伯父様や天使の聖女修道院などと連携し、可能な限り、私の自由な生活を保障したい、とも記されていた。
—エリザベート嬢は、これ以上、搾取されるべきではない。
搾取される存在ではない。
この文は、力強く、記されていた。
伯父様の言う通り、シグナキュラムは、決して裏切らずに私を護る証に、同封する。
返事が『否』の時には、シグナキュラム全てを返し、『応』の時には、小さなチェーンのシグナキュラムは預かって欲しい。
手紙の中の1枚は、誓約書の書式に則り書かれ、サインまでされていた。
今回、たとえ緊急避難的に婚姻しても、私の同意がない限りは、“白い結婚”であり、婿入りの際の条件も明記されていた。
その条件については、伯父様も説明してくれる。
「ルイス殿下が皇族から臣下に下った場合、ここに書かれているよう、公爵に叙爵され、ふさわしい領地が与えられるのは、今までの事例から見ても確実だろう。
特に今回の紛争の功労者だ。
皇帝陛下は最後まで、栄誉を与えたいと仰っていたからね」
「それが、なぜ、エヴルー伯爵の陞爵や領地に?」
「一家を興す場合は、さっき言った通りだ。
事例は少ないが、婿入りする場合は、代わりに相手の家が受け取る。
ふむ。皇位継承権を放棄の有無は書かれてないな。
もし受け入れるなら、確認しないと」
法的手続きを説明した伯父様は、足りない部分を指摘してくれる。実に冷静だ。
私は足元がふわふわしている感覚に襲われていた。
全く違うのに、あの質屋のショーウィンドウに、あの懐中時計を見たときのようだ。
—裏切らないと誓ってくれているのに、裏切りそのものを、この目で確認した時と、同じ状態になるなんて。
伯父様の声が、より低くなる。
「ただ、この手紙は皇太子殿下への反逆の意図を疑われる可能性がある。
一旦は、私の執務室に設置した、皇妃陛下のための金庫に保管しよう。
申込みを辞退する時は、シグナキュラムと共に全て返還し、目の前で焼いていただかないと。
エリーまで巻き込まれてしまう可能性がある」
この手紙を焼却—
伯父様の言うことが当然で、帝室の貴族、公爵として、取るべき行動であるのは、頭では理解していた。
ただ、気持ちがついて行かなかった。
「エリー。顔色が悪くてよ。無理もないわ。
あなた。これ以上、エリーが知るべきことはないわよね。必要なことは説明したでしょう?」
「ああ。今の段階ではそうだね」
「じゃ、お部屋に行きましょう。
無理かもしれないけれど、なるべく眠ること。
マーサにリラックスできるハーブティーを、入れてもらいましょう」
「ありがとうございます。伯父様、伯母様。
失礼します。おやすみなさい」
私は立ち上がり、一礼したが、ふらついてしまう。
支えてくれた伯母様が、額に当ててくれた手が心地いい。
「大変よ!あなた。エリー、熱があるわ!」
「なんだって!ちょっと待て。わたしが運ぼう。
お前は先生に知らせてくれ」
伯父様に客室に運ばれ、マーサに寝衣に着替えさせてもらってまもなく、公爵家のかかりつけ医が診察に来てくれる。
『疲労による発熱』と診断され、三日三晩、寝込んだのだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
寝込んでいる間、私は王国時代のことで、魘されていた。
その度に、看病してくれる、マーサや伯母様が手当てしてくれる。
冷たく少し重いものが、額や頭、首筋に当てられてすごく気持ちがいい。
ルイス殿下からの手紙の件もあり、情報漏洩を防止するため、この二人だけが看病してくれた。
本当に申し訳ない。
うなされた夢は、悪夢だった。
王妃陛下の厳しい教育。実際、されたことはないが、課題と鞭を持って、追いかけてくる。
いきなりの方針転換を告げられる。
王立学園での楽しみが削られていく。
アルトゥール殿下がシャンド男爵令嬢に、心が奪われていくさまをじっくりと見せられる。
注意・勧告する私を見る冷たい目、目、目。
『アルトゥール殿下の寵愛を失った』と陰で嘲笑われる。
『物語の悪役令嬢みたい』と罵られる。
“影”から知らされた、あの懐中時計。
実際に、ショーウィンドウで見て、泣き明かしたあの晩。
そして、全校生徒を前にした追及—
王国であった嫌なことが、悪夢で襲いかかってくる。
王国でも時折見たが、こんなに酷くはなかった。熱のせいなのだろう。
帝国に来た後は、悪夢なんか見たことはなかった。
帝国に入ってからの馬車の車中や、無理な旅程で領 地 邸で寝込んだ1週間は、夢も見ず眠っていた。
マーサや伯母様が、汗を拭き、食べ物と薬を与え、冷やしてるものを替えてくれ、冷たいハーブティーを飲ませてくれる。
その繰り返しだった。
やっと熱が下がった後も、頭がぼうっとし、心身がやっと覚醒したのは、その3日後だった。
「ずいぶん高いお熱だったためでしょう。
帝国に来てからも、働きすぎです。
お医者様の仰る通り、祝賀会とその後の対応で、心も体もお疲れになったんでしょう。
お礼状も夜遅くまで認められて、昼はお茶会では、無理もありません。
公爵様ご夫妻以外、お従兄弟様ご夫妻のお見舞いもお断りしました。
そういえば、奥様(=公爵夫人)がご連絡したルイス殿下が、皇室の氷室から、氷を贈ってくださいました」
マーサが食事を用意しながら、教えてくれる。
「お見舞い状とかは?」
「皇妃陛下を始めとして、かなり届きましたが、全て奥様が処理されました。
お見舞いもルイス殿下からの氷と、アーサーからのハーブ以外は、ご遠慮しています。
ご心配には及びません」
「マーサもありがとう。
伯母様と交代でずっと看病してくれて……」
「エリー様がお元気になられることが、一番嬉しゅうございます」
食事の後は、ローズマリーのぬるめのお風呂に浸かる。
さっぱりした後、少し休んでいると、伯母様が訪ねてくれた。
「エリー。熱が下がって、本当によかったわ。
マーサ。エリーの体調も戻ってきたかしら?」
「はい、奥様。食欲もずいぶんお戻りです」
「そう。何よりね。
エリー。今、話せそう?無理はしないこと」
「伯母様、本当にありがとうございます。
大丈夫です。辛くなったらお伝えします」
「それではね」
一通りのお見舞いリストを見せてくれる。
全て、伯母様と侍女たちが対応してくれていた。
「これは報告。社交に必要だから、伝えただけ」
そう言うと、マーサを含めて人払いを命じる。
「エリー。大切なのはここからなの。
ルイス殿下が、負担なら、あのお手紙の件はなかったことにしてほしい、って、あの人に皇城で伝えてきたの。
人払いした上で、口では貴女の病状を確認しながら、筆談でこの申し出をしたのよ。筆記した分は、他の不要な書類と共に焼却したわ。
徹底してるわね。皇帝陛下か、皇太子殿下対策なんでしょうけど。
戦火を潜って来ただけのことは、おありだこと」
「あの、なかったことって……」
「手紙を預けた後、倒れたのを、ずいぶんご心配だったみたいね。貴女の負担になったんじゃないかって。
自分に護られることさえ、縛られると感じさせるくらいなら、その申し出自体、取り消したいそうよ。
全く。エリーを振り回して、勝手な方ね」
伯母様の声に、途中から少し怒りがのってくる。
「そうなんですね……」
「それで、見舞いのお手紙一つ寄越さずに、いきなり氷室の氷なんだもの。
ふう。人を驚かせてばっかり。言葉足らずで、無神経なのねぇ」
頬に手を当てて、ため息を吐いている。
今回はそこまで無神経じゃないような……。
実際、すっごく気持ちがよかった。
熱が一時的にでも下がって、楽にはなってた気がする。
「……確か、氷室の氷って貴重品ですよね」
「それはそうよ。皇室のおもてなしで使うのがほとんど。
まあ、我が家でお願いしたって、出してもらえたのよ。余計なことばかりなさるのよねえ」
伯母様はウチでもできたのに、余計なことをって思ってらっしゃるのかな?
「そう、なんですね」
「待たせても溶けるばかりだから、仕方なく、受け取りました。
他のお見舞い、お花や食べ物、不要だから、こっちもご遠慮してるのに。
本当にそういうところまで、気が回らない方ね」
う〜ん、そういう意味では、やっぱり気が回らないのかな?
「ああ、そういうことですか」
「まあ、勝手口から業者を装って、内々に届けてはくれたから、噂にはならないでしょう。
皇太子殿下も、『口説いてるじゃないか』と思っただけでしょうけど?」
ああ、ルイス殿下の意図はそういうことか。
それなら噂にならないし、皇太子殿下の目も誤魔化せる。
「なるほど……」
「無骨って言われる騎士の方々でも、もう少し、気のきく、優しい方がいるのにねぇ」
いや、あの氷は、優しさだった。
マーサと伯母様の看病には、決して敵わないけれど。
私を思ってのことだろうが、伯母様のあまりの言いように、気やすさからか制御しきれず、つい反論してしまう。
「伯母様。そこまで仰らなくても。
氷は冷たくて、ありがたかったですし、手紙の取り下げも、私の自由を最優先に考えてくれたことです。
皇太子殿下への目も考えて。
伯父様とのお話でも、口話しながら、筆談なんて、普通しません。
きっと、“影”対策なんです。私を護ろうとしてくださって……」
「…………」
伯母様が黙って私をしばらく見つめる。沈黙が流れる中、居心地が悪い。
伯母様が穏やかな声で、口を開く。
「それだけルイス殿下を庇うってことは、嫌いではないようね」
「?!」
しまった。でも病み上がりにこの仕打ち。
さすが、社交で百戦錬磨の公爵夫人だ。
「あの手紙の件は、それこそ、『エリーの自由にさせてください』って、あの人は答えたそうよ。
私もそう思います。
あ、無神経云々は、わかっているでしょうけど、試しただけ。
あの方にしては、気が利いてたと思うわ」
「伯母様、ひどいです……」
私は思わず、じとっと見てしまう。
「エリー。本音って自分でもよくわからない時があるでしょう?
確かめたかっただけなのよ。ごめんなさいね。
あの人の答えは、私の考えでもあるわ。
体力が回復するまで、貴女のことだから、時間を持て余すでしょうし、じっくり考えなさい。
貴女の将来がかかってる、大切なことよ」
「伯母様……」
「本当は、もっと、本当の意味で、自由な時間を与えてあげたかったんだけど……」
伯母様が私の手を取り、優しく撫でながら、切なそうに見つめる。
皇太子殿下の件だろう。
「あの人が、貴女の好きな蜂蜜を買ってきたのよ。
何か飲み物を作ってきましょうね」
「ありがとうございます、伯母様」
届けてくれたのは、氷の欠片が浮かび、冷やされた、蜂蜜入りオレンジジュース。
甘酸っぱく、ほろ苦い味がした。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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