146.悪役令嬢の後方支援
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、23歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「皇妃陛下よ、また来てくれたんだ」
「皆様おそろいで。王国からのお客様をご案内してるんだろう?」
「王国の王子には正妃がお二人いるんだろう?
薔薇妃殿下ってお名前で、美人だって聞いたぞ」
「きゃ、第五皇子殿下がこちらを見たわ」
「第四皇子殿下と第五皇子殿下は、よく似てるね〜」
「皇女母殿下もお元気そうで何よりだよ」
物見高い帝都民達の視線を浴びながら、市場内の広場に帝室の方々が居並ぶ。
中には王国のソフィア薔薇妃殿下も混ざっており、にこやかな皇妃陛下に案内され友好ムードだ。
この日は穀類メニューの新しいレシピに加え、王国産の米粉を用いた焼き菓子も配布された。
皇城の城下では、帝都民へ向け、『南部の領民と共に国難を乗り切ろう』という政策宣伝に、帝室の面々が訴えかけていたころ——
皇城内、それも地下、暗闇の中、灯火に照らされている男がいた。
「わ、儂を誰だと思っている!恐れ多くも皇帝陛下の義理の兄だぞ!」
「よくわかってますよ。ドーリス公爵閣下。
皇妃陛下の兄上が、こんな恥知らずとは。
よくもまあ、自決もせずにおめおめと生きてるものだ」
「恥知らずだと!?無礼者めが!」
「無礼なのはあなた、いや、尊称さえもったいない。お前だろう。ドーリス!
よくも帝国を裏切ってくれたな!」
取調官は鞭を石造りの床に叩きつけ、ビシッと空気を引き裂く音を鳴らす。
ドーリス公爵は思わず反応し、小さく身体をすくませた。
反射的なものだが、怯えと取られることさえ、許せなかったらしい。
ワインを飲んだように顔が赤くなり、興奮していく。
「裏切りとは何のことだ!」
「ほう?自尊心だけは無駄に高く、図々しさは標準装備か。さすが己の虚栄心のために、血税をドブに垂れ流してきた男だ。
それにしてはセリフが陳腐だな」
「何を?!」
「この手紙に見覚えがないとは言わせない。
南部へ向かうお前の配下を拘束した際、所持していた。筆跡を比べれば一目瞭然だ。
また執務室の隠し金庫には、証拠があるわあるわ。お前の自白が不要なほどだ」
目の前の机に、手紙の束が置かれる。
南部の連合国の貴族達の代表、モランド伯爵に対抗しがちな副代表ダートン伯爵と、特に連絡を取り合っていた内容だった。
ドーリス公爵は途端に焦りを見せる。
どうしてあの隠し金庫がわかったのだ、
先祖代々、避難通路も兼ねて、当主しか開けられぬものだったのに、という焦りで心が埋め尽くされていく。
ドーリス公爵は知らない。
エヴルー帝都邸の“抜け道”事案で、建国当時からの公爵家にある入り口について、騎士団の知るところになったことも把握していなかった。
「ち、違う!儂ではない!はめられたのだ!これは罠だ!」
「そう言えるのも今のうちだ。
皇帝陛下のお怒りはすさまじい。表向きどおり単なる毒杯ですめば楽に死ねたものを……。
まあ、お前にはまだ役目がある。
それを行わなければ、水も食料も与えられない。
なあに。ぬくぬくと肥え太っていたのだ。
南部の民が“熱射障害”でどれだけ不安にさいなまれ、苦しんだか。
いや、南部だけではない。お前の領地の哀れな民もだ。
帝国が推奨した農業政策を無視した挙句、“熱射障害”の被害を防げず、領民を苦しめた。
その呪いの声を、報いを、その身をもって味わうがいい」
取調官の冷え切った眼差しに、公爵だった男は喉を鳴らし唾を飲み込んだ。
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「エリー様。これは何ですの?」
市場での帝室主催の催し物の一角、“中立七家”の当主や夫人達が集まったテントでは、あるもののお披露目会が開かれていた。
ソフィア様や皇女母殿下の前にある物体は、金属製で手のひらサイズの円筒形をしていた。
「保存食品の一種です。そちらにあるのは瓶詰め。ピクルスがおいしそうですわよね」
私は市場でも売られている透明な瓶を指し示す。
そして対比させるため、円筒形の物体を金属製の棒のようなもので叩くと高い音が響く。
「これはご覧のとおり、金属でできています。
今まで大きな金属容器を“缶”と呼んでいたので、これはさしずめ“缶詰”でしょうか。
当然、落としても瓶詰めのように割れません」
私は試しに落としてみせる。
石畳と金属がぶつかるカンッと高い音が響き、ころころとアンナ様の足元に転がっていき、拾い上げてくださる。
「エリー様、食べ物で遊んではいけませんわ」
「アンナ様、遊びではなく、瓶詰めとの違いをご覧に入れたかっただけですの。
でもお行儀は悪うございましたわね。
皆様、失礼しました。
前置きが長くなりましたが、このように丈夫で、持ち運び、運搬には非常に便利です。
その中身は、というと……」
“中立七家”の料理人達が、私も持っていた棒状の金属製品、回転式缶開け機を用いて缶詰を開けていく。
中からはさまざまな物が現れる。
トマトやホワイトアスパラガス、豆類の水煮、果物のコンポート、味付け肉や魚など種類も豊富だ。
ソフィア様も皇女母殿下も目を見張る。
金属加工産業が盛んな、アンナ様が当主夫人であるノックス侯爵家と、果物や野菜の栽培が盛んな他家との共同開発だ。
元々は、妊婦向けと乳児向けのメニュー開発から始まったもので、どこの領地でも消費地までは運べず、地産地消もしきれず、廃棄してしまう食料がもったいない、という話になった。
瓶詰めはあるが割れやすく、出荷してもかなりの損失がある。
『では丈夫な金属なら、どうだろう』と、ノックス侯爵領の職人が本気を出して製作した。
保存のための密閉性と、開けやすさにもこだわった。
金属加工職人達が技術で切磋琢磨し、缶詰とセットで回転式缶開け機も作ったというのだから、実にすばらしい。
「缶に食べ物を詰めたあと、加熱してますの。
こうしてすぐに食べられます」
私は缶詰からスプーンですくい取った、真っ赤なトマトを口に運ぶ。
「トマトを煮たものですわね。味がついてるものとついてないものがありますので、このままでしたら、コンポートがおすすめですわ。
あとはアリオリソースなどを付ければ、アスパラガスもいけますのよ。
ソフィア妃殿下と皇女母殿下は、念のため、これらを材料にした料理をお召し上がりください」
そこに、実際に鶏肉のトマト煮込みや、アスパラガスの肉巻きなどが運ばれてくる。
おふたりには立食形式で召し上がっていただくが、もちろん毒味のあとだ。
「あら、おいしい。普通のトマトソースと変わらないわ」
「アスパラガスは柔らかくなってますが、これはこれでおいしゅうございます。
小さな子どもやお年寄りには良いかもしれませんわね」
見学していた帝都民達にも振る舞われていく。皆、興味津々で、用意していたものはすぐになくなった
盛況の内に、帝室主催の市場での催し物も終わった。
最後には皇妃陛下とソフィア様が握手し、友好を帝都民に示していた。
エヴルー帝都邸へ帰邸した私とソフィア様は、ちょうどいらっしゃったクレーオス先生とサロンでお茶をする。
ソフィア様は催し物の間は押さえていらした好奇心で、問いかけてきた。
「エリー様。考えましたわね。
ああやって缶詰で運べれば、南部の領民に穀類以外の食料が運べますわ」
的を射た指摘だ。確かに表向きは南部支援だ。
しかし私の本当の目的とは異なる。そういう意味では罪深い。
「私だけではないのです。“三人寄れば聖者の知恵”とも申しますが、いろんな方々が寄り集まって考えましたのよ。
クレーオス先生も参加してくださいました」
「やはり穀類だけでは、栄養不足になりがちじゃて。
流行病が発生する可能性も大きくなってしまう。人間には野菜や肉、魚も必要なんじゃ」
「現地からもそういう声があり、伯父様、タンド公爵閣下が追加で瓶詰めの食料を送ろうとしたのですが、破損が多い。
そこに、開発していた缶詰を腐らせないよう、高熱処理をすれば良いと、クレーオス先生が教えてくれました」
「なに、手術道具は熱湯で毒を消すんじゃよ。そうすれば、手術後も生き残る可能性が高くなると知られておりますのでな。
それをお教えしたまでのこと」
「とても助かりました。ありがとうございます」
そこでハーブティーと焼き菓子を味わっていたソフィア様が、ティーカップを静かに置く。
「これは南部の被災民だけでなく、軍事用にも使えますわね。今までは固いパンに干し肉、果物の砂糖漬けぐらいだったものが、まったく違ってきますわ」
さすがソフィア様、理解が早い。
南部の状況を少しでも改善し、派遣される騎士団員の体調管理に役立てば、と途中から転用することに決め、“中立七家”に話を通した。もちろん賛成してくださった。
納入も決まっている。
「えぇ、そういった利用方法も確かにございます」
「よろしいんですの?私の目の前で実物を披露して、お願いすれば持ち帰らせてくださるのでしょう?
外交的に断れませんもの」
ソフィア様の水色の美しい瞳に見つめられ、私は優美に微笑み返す。
「遅かれ早かれ、ですわ。
帝国の情報を収集されてるお父さまが、見逃すはずもありません。
またそうでなくとも、流通しやすければ、すぐに帝国に持ち込まれますもの」
クレーオス先生も、うんうんと大きく頷いている。
「海軍にピッタリでしょうのう。野菜や果物不足では死人が出ますゆえな」
これは海の民族である北方諸島の民の知恵だった。野菜の酢漬けや果物のコンポートは航海には必需品だ。
「ますます、王国には魅力的ですわ」
「でも、作るのはなかなか難しいかと。
ノックス侯爵家の金属加工はすばらしいものがありますの。
それまでは帝国からたくさんお買い上げくださいませ」
ソフィア様に悪戯っぽく問いかけると、しっかり交渉した上で、別の切り口で突っ込んんできた。
「ぜひ友好国割引価格でお願いしますね。
でもエリー様ったら、アンナ様とすっかり仲良しさんでいらっしゃるのね。少し妬けましたわ」
「まあ、私はてっきりソフィア様がアンナ様と親しくされていたとばっかり」
実際そうだった。
そして話しかけていた理由は、おそらく缶詰についてだったのだろう。ソフィア様は優しげに見えて、極力無駄なことはなさらない。
「帝国でのエリー様について“も”伺ってましたの。帰る前に私ともピアノを弾いてくださいます?」
私とアンナ様が親しくなったサロンコンサートについても、しっかり聞き取っている。
「もちろんですわ。これからまいりましょうか」
私は久しぶりに、王立学園で“悪役”を務めていた時、音楽を慰めとしていたように、ソフィア様とふたり、心ゆくまでピアノの演奏を楽しんだ。
執務室ではエヴルーの案件以外に、南部での計画実施に備える。
特に天使の聖女修道院の院長様に行っていただく、連合国向けの施策について、準備に怠りがないよう確認し指示した。
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帝国騎士団、団長執務室——
ウォルフ団長の信のおける者達が集まり、最後の段取りの確認をしていた。
「ルー。明日、大公国の大使館から飛ばす“鳩”を、その目で確認してくれ」
“南部問題協議会”は、あらゆるケースを想定し、“限定的天使効果”を持つ先代大公妃殿下が“手紙”に記す文章を策定し、皇帝陛下の認可を受けていた。
それを大公国大使は受け入れ、主君である太公殿下へ渡す添え状も帝国側に渡している。
“協議会”の中で使者がウォルフ騎士団長と知っている者は、ごくわずかだ。
公的には遠征訓練の名目で、騎士団は南部に派遣される。
連合国の動きに備え、また威嚇が主目的と受け取られていた。
この計画準備のため、“協議会”にはウォルフとルイスの代わりに副団長が出席することとなっている。
執務室の出入りは制限され、ウォルフによく似せた“影”が、不在を悟らせない工作を行う予定だ。
「ああ、もちろん立ち会うとも。ウォルフや皆の命がかかってるんだ。
在大公国の帝国大使館にも手筈どおり“鳩”は飛ばす」
「“小道具”は一通りそろった。
あとは潜入後、あちらの“影”といかに連携し、うまく持ってくかだ」
「ウォルフ。悪いが俺達はウォルフの工作が不要なほど、やる気満々だ。先に討ち取った時は恨むなよ」
ルイスと共に南部に派遣される騎士団員を指揮する、副団長を始めとした面々が大きく頷く。
「まあ、せいぜい引きつけてくれ。
それだけこっちもやりやすくなる。
ただし絶対に、天使の聖女修道院の院長様に身の危険が及ばないようにしてくれ」
「もちろんだ。あの方はこの作戦の“要”の一つだ。
万一があれば、いろんな人間から抹殺される。俺はまだ死にたくない」
「クックックックッ……。筆頭は奥方だな」
「ああ。院長に依頼できたのも、院長が了承したのも、帝国騎士団を信頼してのことだ。絶対に守る」
「安心したよ。副団長とルー、そしてお前達がいれば、絶対に勝てる。
それだけのことはしてきた」
「勝利の秘訣は、戦闘前の8割の準備、2割の実行だろう。覚えてるとも。そして実行する」
「では、また会おう。待ってるぞ」
「ああ、再会を誓って」
この場にいる全員が、団長の任務遂行と騎士団の勝利を願い、グラスに入った赤ワインを飲み干す。
そしてグラスを床に叩きつける。出陣の儀式だ。
「旅路に神のご加護を!」
「帝国騎士団に栄光あれ!」
同志達は騎士団方式で背中を叩き合い、互いに互いを鼓舞し激励する。
ウォルフは腕利きの団員数名や“影”達と共に、闇にまぎれ、馬を走らせた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
※皇妃陛下の実兄をシャイド公爵としていましたが、アルトゥールのお相手だったシャンド男爵令嬢と一文字違いなので、ドーリス公爵に訂正しました(^◇^;)
失礼しました。
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
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