145.悪役令嬢の自己嫌悪
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、22歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「誓紙、ですか」
「ああ、これから話すことは、国家の最重要機密に触れている。よろしく頼む」
帝命を受け参集された“南部問題協議会”では、まず誓紙が交わされた。
“とっておきの手”に関わる極秘事項を、知らない者がいたためだ。
主にタンド公爵の部下で、現在の南部の事情に詳しい若手の行政官達だ。
騎士団側はほぼ知ってる。あの時の実行部隊に属していた者が多かったためだ。
事情を説明され、行政官達は信じられない面持ちだったが、はるかに上位な重臣や騎士団幹部、元皇族のルイスの真剣さに、事実と認識するしかない。
そして、“文案”を討議し始める。
間違える余地を与えない、はっきりとわかりやすい、命令文だ。
議論が続く中、ウォルフ騎士団長はタンド公爵にこの場を任せ、ルイスと共に大公国大使館へ赴いた。
第四皇子母の側室様の祖国で、帝国とは同盟関係にある。
緊張した面持ちで迎えた大使に、ウォルフは帝国南部と紛争を繰り返してきた連合国の情勢を説明した上で、切り出した。
「非常に重大なお願いに参りました。
先代大公妃殿下に、帝国のため、“直筆のお手紙”を認めていただきたいのです。
これは皇帝陛下直々のご依頼です」
大公国大使の顔色がはっきりと変わる。
先代大公妃殿下の“直筆の手紙”は、いわくつきの代物だ。
“限定的天使効果”があり、相性はあるものの、かなりの高確率で、その文面を読んだ者はその意に従う。
ただし効果のある期間は多くが数ヶ月ほどだ。
エリザベスの言う“とっておきの手”とは、この“直筆の手紙”だった。
昨年12月に、帝国からの“追放者”ラゲリーは、この“限定的天使効果”のある手紙を用い、皇帝陛下や第四皇子殿下に近づき、意のままに操ろうとした。
エリザベスがその意図に気付き、謁見の間で取り押さえた現場に、この三人、ウォルフもルイスも、そして侍従に変装させられた大使閣下もいた。
大使閣下はラゲリーの命令に従うよう記された手紙を見せられ、自身もこの“限定的天使効果”にかかっており、“天使効果”の研究者であるクレーオス先生の治療も受けていた。
その影響は、骨身に沁みて知っている。
青ざめた顔色のまま、恐る恐る尋ねる。
「……失礼を承知で申し上げます。
“あれ”を用いるとは、本気ですか?」
大使閣下の本音だろう。言葉どおり、外交儀礼は綺麗に取り払われていた。
「本気でなければ、帝国騎士団長とエヴルー公爵が雁首揃えてここに座ってはいませんよ」
ウォルフは快活な笑顔で答える。大使閣下にはそれがかえって恐怖をもたらす。
その一方で、祖国を代表する者としてどのように断ろうか考え始めたところに、ルイスが畳みかける。
「大使閣下。まだ1年も経っていないのだが、もうお忘れか?
この帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下を、先代大公妃殿下は恐れ多くも、害したてまつろうとしたことを。
さまざまな経緯や事情は承知しているが、先代大公妃殿下にもきわめて大きな非がおありだった。
違いますか?」
「そ、それは、戒律の厳しい修道院に入り、神に仕え、祈りを捧げることで、償っていらっしゃいます」
「3ヶ月前に、その人里離れた修道院から、大公国の公都にほど近い修道院へ移られたと聞いたが?」
「?!」
大使閣下は絶句する。それをどうして帝国が知っていると思うが、先ほどの反論も水の泡だ。
「たった半年の戒律と祈りで贖えるほど、我が帝国の皇帝陛下への罪は軽かったらしい」
ルイスの声に強い皮肉が混じる。そこに取りなすようにウォルフが割って入る。
「ルイス閣下。まあ、そこまで言わなくとも、大使閣下はご理解いただけます。
閣下にこの件でご返答をいただきたいとは、我々も思ってはいません」
「…………」
大使閣下は緊張を保ったままだ。続く言葉が帝国側の“自分”に対する要求だ。
「我々としては、大使閣下ご自身へのお願いは2つです。
1つは早急に大公殿下へ我々の意を受けての添え状を書いていただきたい。
もう1つは、大公国へ“鳩”を飛ばし、『非常に重大な要件で、帝国の使者が早馬で参る。同盟のためにも、願わくばその使者を寛大な心で遇してほしい。そして先代大公妃殿下を必ずお手元に呼び寄せておいていただきたい』とお伝えいただきたいのです」
二人と一人の間に静かな緊張が張り詰めていき、息苦しさまで感じ始めたころ、大使閣下は小さく頷いていた。
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帰りの馬車で、ウォルフはおもむろに告げる。
「大公国には俺が使者に立つ。数名は連れていく。
ルイス。お前が指揮を執れ」
「逆だろう。俺が使者として赴く。元皇子の箔は伊達じゃない。
大公殿下とも帝立学園に留学中に、多少の交流はあった」
「俺がご指導あそばした訓練で主にな。最も交流していたのは亡くなった皇太子だ。
力関係上も俺の方が有利だろう」
「…………」
ルイスは黙り込む。ウォルフの指摘と分析は的確だった。
エリザベスからこの案を聞き、皇帝陛下の裁可を仰ぐ間、大公国へ使者に立つなら、自身かウォルフだろうと思っていた。
“あの手紙”は、いくら帝国相手とはいえ、大公殿下はやすやすと渡すものでもない。
“あの場”に誰がいたかは、大使館は把握し本国へ送っているはずだ。
そして絶対に『皇帝陛下から信頼の篤い者だ』という認識が必要だった。
「確かにクレーオス先生が作ってくださった“復元クリーム”でお前の傷は隠せるが、いつ取れるかわからん。
俺のほうが潜入しやすい」
「そのまま連合国へ潜入する気か?!」
ルイスはさすがに“影”の役割だろうと思っていたが、ウォルフは違っていた。
「当然だろう?国を揺るがす“ブツ”なんだぞ?
おいそれと他人に託せるかよ。
“影”の忠義と実力は信じるに値するが、今回ばかりは俺も行く。
お前なら騎士団も、この計画も任せられる。適任だ」
「もう皇子ではない」
「単なる皇子よりも遥かに高い名声だろう?
エヴルー“両公爵”で、王国の第一王女殿下を妻に持つ、南部紛争の英雄だ。
何より俺が育て上げたルーだ。お前ならできる。
天使の聖女修道院の院長様との連携も重要だ。
お前は信頼関係をすでに構築している」
確かに騎士団だけでなく、エリザベスの献策した、内政・外交・軍事に渡る一つの計画として捉えるなら、ルイスの身分や立場は有効だ。
ルイスは身体から引き絞った声音で、ウォルフに答える。それは引き受けた上での願いだった。
「…………絶対に生きて帰れ」
「知ってるか?俺の死に場所はエヴァの隣りだ。
死んでも殺されるか」
「最初の前提で死んでるぞ」
「言葉の綾だ。ルー、お前こそ、生きて生きて、生き抜け。
国よりも何よりも、お前の子どもをその身に宿しながら待つエリー閣下を悲しませるな。
今回はこれが“絶対”だ」
ウォルフは前回の紛争で、ルイスが背負った“絶対の帝命”を知っていた。
帝国騎士団団長として、非常に厳しい決断をせざると得ない自分と同時に、我が子にさえ物言いを選ばない主人も心中で罵っていた。
「……ああ。もちろんだ。ウォルフ直伝の愛妻家なもんでね。それにエリーが無事に帰還しないと怒る。破壊級にかわいいけどな」
「……俺を前にのろけるとはいい度胸だ」
「小姓の時から付いてる騎士から、先手必勝と教わった。
薫陶の結果だ」
「違いない、ははっ」
護衛の騎士から皇城への到着を告げられる。
互いに笑みを浮かべた顔を引き締め、“南部問題協議会”の会議室へ向かった。
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エヴルー公爵家帝都邸では、私とソフィア様とクレーオス先生、三人で夕食を摂っていた。
いつもどおり、朝食室で気兼ねない会話と共に味わう。
量も少しずつ増やしてくれ、旬の味を詰め込んだ料理は申し分ない。
「明日はエリー様も同行されると聞いたけれど、大丈夫?
今日は騎士団長閣下から呼び出されたんですって?
用があるなら、向こうから来ればいいのに。妊婦を呼びつけるなんて、騎士とは思えませんわ」
明日は皇妃陛下を筆頭に皇女母殿下や二人の皇子殿下も参加し、ソフィア様を帝都の台所である中央市場を案内する予定だ。
引き続いての雑穀メニューの告知・宣伝、そこにソフィア様の米食も加え、またある品も発表する計画だった。
「ソフィア様。クレーオス先生の許可もいただいてるわ。帰ってきても大丈夫だったもの。
明日も診察を受けて許可が出たら、なの」
「ソフィア妃殿下。儂とマーサ殿がついておる。心配ご無用じゃて」
「クレーオス先生。厳しめで診断なさってくださいね。
エリー様は無理をしがちなんです」
「なんと深き友情は麗しきかな。『“滅私奉公”癖、抑制チーム』も稼働中じゃ。安心めされい」
「めっし?」
そこでクレーオス先生が愉快に説明され、ソフィア様も笑顔となるが、話題にされた私は少し居たたまれない。
その表情も愛らしいとご機嫌のソフィア様だ。
帝国と王国の協定調印が明後日に決定したとも教えてくださる。
「そう、いよいよね。では出立も?」
「えぇ、その日のうちに。
いいかげんに帰国しないと、“アレ”をメアリー様に押し付けてきてしまったでしょう?
それにまもなく臨月で、出産には付き添う約束をしているの」
「どうか母子共に無事でご出産されることを祈ってるわ。
エヴルーで英気を養って王国に無事にご帰還なさってね」
これは前からの約束だ。クレーオス先生の許可付きで、ルイスも承知してくれていた。
この非常時に、とも思うが、天使の聖女修道院の院長様をお迎えに行く役目もあった。
「ラッセル宰相閣下から伺って、とても楽しみにしているの。メアリー様のお土産話も増えるわ」
「本当のお土産も忘れないでね」
「もちろんですわ」
マーサの予言どおり、ドレスは3着ずつ、三人の瞳の色に合わせ、マダム・サラが優先的に調製してくれた。
ソフィア様のお子様フレデリック王子殿下と、メアリー様の生まれてくるお子様のための“学遊玩具”もある。
以前贈った編みぐるみはすっかりお気に入りだと嬉しそうに話し、楽しい夕食を終える。
執務室で書類を確認後、マーサのお手入れに身を任せ、ゆったりと過ごす。
“ユグラン”の胎動はごくわずかで、マーサに手を当ててもらっても感じ取れなかったようだが、それでも「“ユグラン”様もお元気で何よりです」と喜んでくれる。
いつもありがとう、マーサ。大好きよ。
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二人の寝室のベッドに横たわると、ルイスのことが思い出される。食事の間も、いや、ずっと気がかりで、心のどこかを占めていた。
計画の説明で、大切なルイスを傷つけた自覚はあった。
特に前回の紛争で苦しんだルイスに、身辺警護との引き換えとはいえ、『私でも囮にする』と目の前で言ったのだ。
それに今回の計画では、自分は下準備と後方支援しかできない。
“とっておき”の策が皇帝陛下に裁可されれば、実行しその結果の責任を負うのは、ウォルフ団長、ルイス、伯父様を筆頭にした“南部問題協議会”の面々だ。
“ユグラン”を身ごもり育てる幸せと引き換えに、ルイスを傷つけた上、計画を委ね、成功を祈るしかない自分を嫌悪しながら、いつのまにか眠っていたようだ。
ルイスがベッドに入ってきた気配で、ゆっくりと眠りの底から意識が浮上する。
「…………ルーさま、おかえりなさい。おつかれさま、でした」
「ただいま、エリー。起こしてごめん。ゆっくり休もう」
ルイスが逞しい両腕で包んでくれる。それだけで安心し胸に頬ずりしたくなるが、尋ねなければならないことがあった。
ルイスを見上げ眼差しを交わす。
「……気になって。陛下は?」
「お認めになった。よくあそこまで考えてくれた。誇らしいよ。さすが俺のエリーだ」
「……私、ルー様を囮にするって、ごめんなさい。
愛してるのに、大切なのに」
「俺だって必要なら自分を囮にするよ。それに、エリーは俺を護る交渉のために言ったんだ。
エリーの夫は帝国騎士団の参謀だぞ。本軍も囮も机上演習で散々やってる。
驚いたけど嬉しかった。気にしなくて大丈夫だ」
ルイスは私の額にかかる髪を優しく指ですいて、静かに唇を落とす。
目尻ににじんだ涙をそっとタオルで押さえてくれる。妊娠してから涙もろくなっている。
そんな私を見守る青い双眸には、愛しさだけが宿っていた。
「ルー様……」
ルイスもだてに騎士団で7歳から訓練されてきた訳ではない。
陛下の側近だから、というレッテルを、実力で剥がしてきたウォルフ騎士団長が、自分の知識と経験を、そして愛情を注ぎ込んだ、掌中の珠なのだ。
自分が囮に使われる戦法の有効性は、重々承知だろう。
しかし、育ての親とも言うべきウォルフと、妻である私に実際に言われれば、生身の心が傷つかないはずがない。
私が王国でさんざんされてきたことを、命を守るためとはいえ、大切な夫にしてしまった。
ルイスからの信頼を利用したと言っても過言ではない。
それでもこうして、私を大きな愛で包み込んでくれる。
ルイスの瞳の青さにも似た海のようだと思った。
その気持ちを悟ってか、私にゆっくり語りかける。
「エリー。“ユグラン”が来たから、結婚記念日の旅行を延期しただろう?
“ユグラン”を産んで落ち着いたら、南部の湖を観に行かないか。
そのころには南部もきっと安定してるだろう。
水平線が見える広さで、葦の岸辺も美しい。水鳥もたくさんいる。エリーも気にいると思うんだ」
ルイスはきっと紛争の戦闘前に見たのだろう。
その瞳に映る世界が色を失う前に——
「……一緒に眺めたい。水と水平線ってなぜか癒されるの。波の音も」
「ああ、二人で聞いて眺めよう」
「え?“ユグラン”は?」
ここで少し間が開く。わずかにすねたような、甘えたような色が声に乗る。
「……“ユグラン”も愛してる。
だけどたまには二人の時間がほしい……」
私の胸はどうしようもなく、きゅんきゅんしてしまう。
どうしてこんなにかわいくて、切ないほど愛しいと思えるのだろう。
ルイスの黒髪を祈りを込めてなでる。
「はい、そうしましょうね。ルーさま……」
「エリー、ゆっくりおやすみ。愛してる。エリーだけだ」
「私も、あいしてる……」
二人の想いで編んだ葦舟に包まれ、眠りの波間に揺られ、ルイスと生み出す安寧に身を任せた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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