144.悪役令嬢の引き際
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、21歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
私は“とっておきの手”を、約束通り告げた。想定されるタイミングも、使用方法もだ。
ルイスもウォルフ閣下も唖然とし、しばらく静寂が包む。
「……エリー閣下。それは諸刃の剣です」
「えぇ、承知しています。
ただ同士討ちをさせるには絶好です。
そして、“とっておき”のものは、帝国は確実に手に入れることができます。
そうでしょう?」
「それは……、そうですが……」
ウォルフ団長も即決はできないようだ。
当たり前だ。
考えた私でさえ禁じ手だと思う。おそらく手に入れられるのも、この一度きりだ。
だが帝国にとって長年の懸案だった南部問題が一気に好転する機会に、使わなくてどうする、とも思うのだ。
綺麗事を言ってはいられない。
思わず腹部に手を当てる。
“ユグラン”、ごめんなさいね。
あなたがいるのに、こんな命の奪い合いの、それも詰めの計画を立て、口にしてるだなんて——
しかし、領地を領民を、国を国民を、そして愛する人を護るために、『あの時言っていれば』などと後悔したくはなかった。
「ウォルフ閣下。
私は発案をしたまでです。この案は閣下に差し上げます。
閣下なら引き継ぎ、ご自分の立案とできるでしょう。
実際に採用なさるか否かは、皇帝陛下の御裁可が必要です。
“南部問題協議会”も含め、何をどこで話すか否かは、ウォルフ閣下にお任せします」
「自分に任せるということは、“協議会”へのご参加はご無理だということですか」
ウォルフ団長は私を参加させたいようだが、絶対に無理だ。
エヴルー公爵たる私の身体は一つしかなく、その身体は今、愛しい我が子であり、後継者でもある“ユグラン”を育てている。
そしてルイスの顔は、一段と厳しさを増していた。ウォルフ団長への抑制された怒りが青い瞳に灯り、私にまでひしひしと伝わってくる。
ルイス。私が言うからもう少し待って。
ウォルフ団長との仲をこじらせたくはない。
ルイスにとっては、騎士として、人として育て上げてくれた大切な存在なのだ。
「ウォルフ閣下。
エヴルー“両公爵”であるルイスが参加します。
私は南部問題と妊娠初期の体調不良で、3ヶ月以上、エヴルーに帰っていません。
この大切な時期に、エヴルー領を放置できません。
エヴルーは帝室にとって、直轄地以外では、第一に忠実な領地でなくてはならないのです。
その重要性もご理解ください」
「エヴルーには非常に優秀な代官がいらっしゃるではありませんか」
「閣下。私は勝利を願ってやみませんし、口にしたくもありませんが、勝敗は時の運。
万一の事態にも備えておかなければなりません。
それは私でなければできません。
二度と、二度と南部の国民を、帝都までの“流民”としてはなりません。
罪人でもないのに、食料も与えられず、他領を追われるようにしてはならないのです」
私はマーサの話を聞きながら、心中で誓っていた。
『もう二度と、私のような子どもは出て欲しくはないのです』
あの言葉は、少女だったマーサの心の叫びだ。
奥底に封印していたものを私が引き出した。
その責任は取らねばならない。そして私も同じ思いだった。
最悪の事態への備えも、“中立七家”を中心に進めている。
派兵しない場合は、戦線拡大時の避難民保護に、力を尽くす予定だった。
私をしばし見つめたウォルフ閣下は、苦い微笑みを浮かべる。
「エリー閣下。あなたという方は……。
勝利しか考えていないと思えば、もしもの時もお考えとは、ますます“協議会”に欲しい人材です」
「ウォルフ!!」
ルイスが抑制を解き、威嚇の響きを込めその名を呼ぶ。
「ルイス、大丈夫。安心して」
私は言葉と眼差しで愛する夫を宥めた後、にこやかさを取り戻したウォルフ団長へ優美に微笑み返す。
今の私は“人喰いウォルフ”に喰われる訳にはいかない。この人への安請け合いは恐ろしい。
「閣下、ご協力は惜しみません。それはお約束します」
「わかりました。では“裏顧問”ということでお願いします」
ねばるなあ。あなた以上の適任者はいないでしょうに。
でも“裏顧問”という言葉に空気が少し和らぐ。ウォルフ団長を止めようとしたルイスも、苦笑している。
だが油断は禁物だ。この言葉を橋頭堡に押し込まれてはならない。
引き際が肝心だ。きれいに逃げなければ。
「“裏顧問”は考えておきます。保留ということでお願いします」
私はここで話を戻し、具体的に問いかける。
「ウォルフ閣下は、この“とっておき”をどなたにお話しになりますか?」
「それは皇帝陛下です」
即答だ。
そう、陛下が「うん」と言わなければ、この案は絶対に先には進まない。
あの時、被害者になったかもしれないのが陛下だった。 交渉には最も適役だ。
「私もそう思います。
採用されるかは、ウォルフ閣下と皇帝陛下、そしてお二人が信用される方のみでお決めください」
「そうさせてもらいます。
いや、エリー閣下。貴女は実に恐ろしい。
帝国にいてくださってよかった」
「何をおっしゃいます。ウォルフ閣下こそ、帝国と皇帝陛下とエヴァ様のためなら、いくらでも恐ろしくなられるでしょう」
「ははっ、確かにそのとおりです。
エリー閣下。急な話し合いに応じてくださり、ありがとうございました」
ウォルフの快活な笑顔で交渉は終わった。
精神的な疲れがどっと押し寄せるが、まだ早い。
エヴルー公爵として、この引き際に最後まで付け込まれてはならない。
「では、失礼します」
私はクレーオス先生の助言通りゆっくり立ち上がるが、少しふらつく。これくらいで情けないが、妊娠中の身だ。
この程度は許容範囲だし、協議会への参加も、南部へ行けない証にもなる。
そこにルイスの右手が肩に伸び、すぐに全身を支えてくれる。私の旦那様の頼りがいがある動きにほっとし、その守護の温もりに身を委ねる。
「エリー、送っていく。ウォルフ、いいよな。
命を宿してる身に、これ以上、負担をかけるのは俺が許さない」
「わかった。すまない。
エリー閣下にも無理をお願いし、本当に申し訳ない。
今日の会合はエヴァには言わないようにお願いします。先日の件は深く反省しています」
新聞の“美辞麗句報道”のお仕置き、激辛肉団子入り冷製スープとお説教が効いているようだ。
それでも帝国のためなら、こうして妊娠中でも私を呼び出す方なのだが。
「はい、今回“は”申し上げません。失礼します」
累積1つですよ、と暗に告げておく。
先のタンド公爵邸の慰労パーティーは、後半、ルイスがいなければ耐えられないほど、例の“美辞麗句”を持ち出された。
背中が痒くなるほど恥ずかしかったのだ。どれだけ羞恥心を忍耐力を試されたかわからない。
南部問題が治まり、“ユグラン”を産んだら、絶対にエヴルーで“珍獣化”してやる、と、何度目かの決意をしていた。
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私はルイスに細心の注意を払ったエスコートをされ、馬車に乗る。
「ルー様、ここで充分よ。すぐだもの」
「迎えに行けなかったんだ。私室まで送る。ウォルフの許可は得てきたんだ」
凛々しい旦那様は確固たる意志のまま、私を宝物のように遇し、自分も乗り込む。
「マーサ、待たせてごめんなさいね」
現在、騎士団本部は、南部対応や不敬報道事件の捜査もあり、関係者以外立入禁止となっていた。
ルイスの小姓と騎士が1人受付で待っててくれたのだが、マーサはそれでもルイス本人を呼び出した。
私に対するマーサの安全基準が強化されていた。
「私の務めでございますので、当然でございます。
お身体に障りはございませんか?」
「えぇ、お花摘みにも行ってきたし大丈夫よ」
「水分は取れましたか?」
「帰ってから飲むわ」
話し合い中には出なかった。無理もないが、マーサはルイスに厳しい目を向ける。
「ルイス様。緊急のお呼び出しでも、お茶の一杯はご用意くださいませ。エリー様はご懐妊中でございます」
「すまない。悪かった」
「マーサ。今、騎士団内は殺気立ってるくらいなの。だから行く前に多めに摂っておいたのよ。
帰ったらすぐ飲むし、だいじょ……」
その時、私の腹部で、今までにない動きを感じた。
驚きと戸惑いで、一瞬固まる。
ぴょこぴょこ、むにゅっとした感じだ。思わずお腹に手を当てる。
「エリー様?」
「エリー、どうかしたのか?大丈夫か?」
「……なにか、動いたの。ひょっとして、“ユグラン”が動いたのかも?」
「え?」「まあ、おめでとうございます」
高まっていた車内の緊張は一気に緩み、喜びに転じる。
主人思いのマーサに笑顔を取り戻してくれて、ありがとう。“ユグラン”。
私よりも戸惑っているルイスの手を取り、動いている辺りにお腹に当てる。だが、数度動くとすぐに止まった。
「今のが……。確かに、動いていた、ような……」
「ふふっ、“ユグラン”は恥ずかしがり屋なのかしら。大丈夫。そのうち、すっごくわかりやすくなるわ」
「楽しみにしてるよ。
“ユグラン”、パパだよ。元気でよかった。ママを疲れさせてごめんな。
エリー、“ユグラン”を育ててくれてありがとう。
今はエリー自身を何よりも大切にしてほしい。
俺に、みんなに、守らせてほしいんだ……」
ウォルフ団長を前に、自分を守るために何だってやると宣言までした私を、ルイスはゆっくりと抱きしめ、「お願いだ。守らせてほしい」と耳許で繰り返していた。
ルイスの腕の中で、“ユグラン”の初めての胎動の余韻に浸りつつ、エヴルー帝都邸に到着する。
言葉どおり私室までエスコートしてくれたルイスは、もう一度抱きしめてくれた。
「執務も無理は禁物だ。休み休みするように」
「マーサが付いてるから大丈夫よ」
「ご安心ください、ルイス様。クレーオス先生の診察を受けてから、お仕事をしていただきます」
マーサの管理能力がすごい。
ウォルフ騎士団長が、私が南部に行くかもと懸念していたが、絶対にマーサが立ちはだかるだろう。
エヴルーへの移動でさえ、休憩をこまめに挟み、途中からは追加工事した“緊急道路”を使う計画で、クレーオス先生の許可をもぎ取り、マーサを納得させたのだ。
しかしルイスを護るためとはいえ、育ての親とも言えるウォルフ団長と私の板挟みにさせてしまった。
宝物のように私を優しく両腕で包み込んでくれるルイスの右頬に、想いを込めて唇を捧げる。
と、横滑りしてルイスが唇を軽く重ねる。
その温かさに思わず目を見開くと、ルイスは悪戯っぽく、そして愛おしそうに、サファイアの瞳で見つめていた。
そこに宿る深い慈しみは、安心を与えてくれる。
ルイスは私のこめかみから頬にかけ、そっとなでくれる。大きな手が心地いい。
「……何よりの元気をもらえたよ、エリー。
じゃ、行ってくる。今夜も遅くなるだろう。
気にせず先に眠っててくれ」
「えぇ、二人の部屋でね。
ルー様を待ちながら、“ユグラン”と眠ってるわ。
送ってくれてありがとう。気をつけて行ってらっしゃい」
ルイスの頼もしい背中を見送った後、嬉し恥ずかしの甘い気持ちを引き締める。
マーサが入れてくれたローズヒップティーを飲み、クレーオス先生の診察を受ける。
胎動があったとの報告に喜んでくれると同時に、「無理は禁物じゃよ。姫君」と見透かすように注意された上で、執務の許可は出た。
クレーオス先生にも南部の炊き出し計画には、医師の観点から協力してもらっている。飢えた人間の胃腸でも消化できるものを考えてくださった。
私は執務室で報告を受け、各所に指示を出した。
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騎士団本部へ戻る馬車の中、ルイスは決意していた。
最愛のエリーと、我が子“ユグラン”は、どんな手を使っても護る。
たとえ、ルイス自身が戦場に出ていてもだ。
エリーがさまざまな手を尽くしていたように、ルイスはルイスなりに、“籠城戦”を解いた後も、エヴルー公爵家内外に協力を求め続けていた。
むろん、エリーと子どもの安全についてだ。
特に最も身近にいるマーサには、酷な頼みと命令もしている。
この帝都にさえ、裏切者がいたのだ。
“シリアリス(穀物)派”の重要人物の一人とみなされている、身重のエリーを狙う者がいてもおかしくはない。
帝国騎士団の参謀は、最悪の事態を常に想定し、対応できるよう鍛えられる。
エヴルー公爵家騎士団の副団長を始めとした幹部にも、最初から叩きこんだ。
ただし、教育の真の目的と対象は異なる。
『エリザベス・エヴルーとその血脈を守り抜くこと』だ。
騎士の忠誠は、主君以外、ふさわしい貴婦人にも捧げられる。
そして、あのエリーさえいれば、たとえ臣下の数騎と駆けて逃走を図る事態になったとしても、何とか起死回生してくれるだろう、という信頼がある。
今日の“とっておき”はその最たるものだ。
自分達を攻略しようとした手を、半転させて利用しようとは思いもよらず、ルイスはすっかり過去のものとしていた。
記憶には残り続けるものでも、活用しようとは思いもしない。
広く深い知識と経験を元にした、あの自由な発想力が、ルイスの愛してやまないエリーなのだ。
そして、子どもを宿した華奢な肢体で、ルイスを守るために、『何だってやる』とウォルフと渡り合っていた。
エリーからあふれる愛情は、ルイスの想いをさらに深く強くする。
その想いとは裏腹に、歯噛みするほど悔しいが、今のルイスにはエリーを物理的に守ることしかできない。
しかし、いつか——
その日をこの手に掴むのは努力しかない。
現在では、帝国にまで影響を及ぼす政治家でもあるエリーの父・ラッセル公爵は、“天使効果”の持ち主である妻・アンジェラを護るために、“鍛えられた”と語っていた。
ならば、自分もエリーを護るために、その実行を積み重ねていくことで“鍛えられ”、力を得るのだ。
そして、愛妻の叶えたい夢を思い出し、小さく笑う。
“珍獣”と言っていたが、ルイスと騎士団が守護するエヴルーという楽園に、エリーという美しい“聖獣”がいてもいいだろう。
——俺はそう、夢見ていよう。
馬車が騎士団本部の正門をくぐった音がした。
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一方、ウォルフは連絡した上で、約束をもぎ取り皇帝陛下の執務室に入る。
「なんじゃ、ウォルフ。至急の用件とは?」
「まもなくタンド公爵閣下も参ります。お人払いを」
こうして始まった3人での話し合いに、エリーの段取りを説明した上で、最後に同士討ちさせる“とっておき”も含め、自分の発案としてウォルフは話す。
「……これを実行するなら、今すぐに動き始めなければなりません」
「ウォルフ殿。危険すぎる。
それに“あちら”が了承するかも不透明だ」
「今回だけなら、了承はする見込みは非常に大きい。
陛下があの時見せた寛大な態度を、よもや忘れてはいないでしょう。
忘れているなら、思い出させればいいだけのことです。
同盟国ならなおのこと、協力すべきでしょう」
「ふむ……。面白い手ではある。ただ確実に争わせるようにさせぬとな。それを思いつけるかじゃ」
「“協議会”で考案すれば、お許しいただけると?」
「ああ。儂も国を思う忠義者達の命を、簡単には散らせたくはない。人材育成には金も手間もかかる。犠牲は小さいほうが良いに決まっておろう。
のう、タンド。これは一考する価値もないか?
お前が惜しんだ南部の国民も、騎士団や国境警備の兵達も、同じ命じゃ。
何より、お前は“あれ”を見ていたではないか」
皇帝陛下の言葉に、タンド公爵は頷くしかない。“あれ”と同じことが起これば、ウォルフの考えた段取りは完成するだろう。
それに南部の灌漑用水工事の人手不足を、連合国からの難民で対応するのは、自分では思いつかない策だった。
頭を痛めている問題でもあったのだ。
「…………かしこまりました。ではただちに“協議会”メンバーを招集いたします」
「おお、頭を働かせよ。
こればかりは、絶対に間違いがあってはならぬ。
知恵を絞れ」
『はっ、仰せのままに』
こうしてルイスも含めた“南部問題協議会”で、ウォルフのものとされた、エリザベスの立案が検討されることとなった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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