142.悪役令嬢の囁(ささや)き
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、19歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「皇妃陛下は予定通りでしたが、皇帝陛下までおいでになるとは……」
手紙で段取りを知らせていた王国大使が、私とソフィア様の前でやや呆れていた。
私と大使の間で、『またですか』『またですね』と視線のやり取りがあった後、警備体制について申し出る。
公になった以上、ソフィア薔薇妃殿下の王国側の護衛は必要だ。
そのために事前連絡し待機していた彼らとエヴルー邸へ向かった。
滞在中は私の護衛同様、エヴルー騎士団棟内の居室を使ってもらう。
彼らの中に見知った顔があった。以前から王族警護を担当していた騎士だ。
帰りの馬車でソフィア様に確認すると、護衛の責任者だった。
「王妃陛下は長い間、“賢妃”と称されてきたから、騎士団内にも支持者がいるのは、エリー様もご存知でしょう?」
「もちろんよ。私を訓練に突っ込んでも、快く引き受けてたんだもの。
まあ、騎士団の幹部達と親しくなれたし、女性騎士の方達とも仲良くなれて嬉しかったけど」
「今回もラッセル宰相閣下が手配して、王妃派は外したの。だけど彼らに与える情報はなるべく少ないほうがよろしいわ」
「……お心遣い、ありがとう。エヴルー騎士団の副団長にも話しておきましょう」
到着後、騎士団棟へ案内される彼らを見送った後、執務室に副団長を呼び出し、事情を説明する。
副団長は邸内外での彼らの自由行動を、“さりげなく”制限すると、約束してくれた。
思えば、“アレ”とメアリー様の訪問時は、ほぼ大使館で、メアリー様が私的にタンド公爵邸に一泊した時も、送迎だけだった。
とりあえず本邸内には入れず、警備の強化は続行で、と改めて確認する。
警備の強化自体は、ソフィア様滞在が決まった時からルイスが命じていた。
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ルイスはいつもより遅く帰邸した。
さんざんな一日だったらしい。
“側室選び”の新聞報道で先輩達から叱られたりからかわれたりし、“内密”な不敬報道の捜査開始後は、押収されてきた証拠の確認作業に追われた。
さらに帝命が下りウォルフ団長らとの討議の上、“不敬報道事件”捜査本部の立ち上げだ。
ウォルフ団長から私へ感謝の伝言をされても、ルイスのこの消耗ぶりでは喜べない。
「ごめんなさい。ルー様を愛してるのに、こんなに辛い目にあわせて……」
ルイスは自分の乳母まで殺した、血みどろな後宮の経緯から、一生清い身でいると思っていたほど、肉体関係に強い嫌悪感を持っている。
私に巡り会え、さらには“ユグラン”を授かり、それを心から喜んでいる現在は奇跡だ、と時折り口にするくらいだ。
識別票を渡してくれ、ラベンダーの丘で求婚してくれた時にも、『貞節と変わらぬ愛』を私に誓ってくれた。
側室は後宮を連想させ、ルイスの辛い過去を思い起こさせた。
そして虚偽だと分かってはいても、自分の誓いも傷つけるものだった。
ルイスには重い心理的負担だったに違いない。
それにも関わらず、了承してくれた。
「エリーだから見せられるんだ。癒してほしい……」
ベッドで書類を見ながら、それでも妊婦特有の眠気から、うとうととルイスを待っていた私の横に潜り込むと、逞しい両腕に優しく囲い込まれる。
「お疲れ様でした……。ありがとう、私のために……」
「うん、頑張った。褒めて……」
珍しく素直にねだってきた。初めてかもしれない。本当に疲れてるんだ。
今夜は『かわいい』や『きゅん』の前に、ただただ愛しさが込み上げる。
私は背中をなでながら、ルイスの心臓に額を押し当て、ゆっくりと囁き想いを伝える。
「ルー様、とてもよく頑張りました。ありがとう」
「うん……」
「私と“ユグラン”をいつも守ってくれて、ありがとう」
「うん……」
「あたたかくて、穏やかで、幸せよ。ルー様のおかげ。ありがとう……」
「うん……」
「ずっと、ずっと、ルー様を想ってるわ……」
「うん……」
「今は私がルー様を護るわ。安心して眠って……」
「エリー、俺も、愛してる……」
寝息が頭の上から聞こえてくる。
私もルイスの呼吸に合わせているうちに、眠りへと誘われた。
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帝国側の“提言”の内諾を受け、大使館では文書化の作業が開始された。
といっても、王国でほぼ作成されており、ソフィア様が最後の確認作業を行い、王国大使が外務大臣を訪問し提出する。
また内々ながら、外務大臣が『非公式に訪問されていたとはいえ、ソフィア薔薇妃殿下を、エヴルー“両公爵”ルイス閣下の側室候補などと、非常に失礼な報道があった件』を詫びる。
大使は『遺憾の意』を表明し、『再発防止に真摯に取り組んでいただければ、水に流すとソフィア薔薇妃殿下の御意向です』と伝える。
つまり捜査の過程と結果が、二国間の外交に関わる状況となり、被疑者への捜査は厳しさを増すこととなった。
王国からの支援の“提言書”については、皇帝陛下の意を受けた“選抜者”も出席の上、正式な会議が始まった。数日かかる見通しだ。
これまた議論伯仲するだろうが、反対勢力を納得させる過程でもあり、段取り上、必須ではあった。
ただでさえ、ある新聞の誤報をきっかけに、『不敬報道問題』が急浮上し、反“シリアリス(穀物)派”の貴族に逮捕者が出て、保守派の勢力は落ちている。
勝ちすぎるのも、追い詰めすぎるのもよくない。
帝国内の政治バランスを保つことも、政権安定には欠かせなかった。
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その会議開始の夜に、タンド公爵邸の大広間では、社交シーズンの最後を飾る催しが盛大に開かれた。
情勢上、予算的に豪華な夜会や舞踏会ではない。
“熱射障害”の対策に、骨身を惜しまず働き続けてきた、皇城の文官や貴族達の慰労会を兼ねた、立食形式のパーティーだった。
また、非公式訪問をしている、王国のソフィア薔薇妃殿下の歓迎とお披露目の意味もある。
ソフィア様は大使閣下にエスコートされて出席された。
それ以外にも、“中立七家”を中心に、多数の招待客が出席していた。夜会服姿のクレーオス先生もいらっしゃる。
もちろん、私もルイスも参加し、仲睦まじさをアピールする。
私の今宵の装いは、黒のレースリボンをハイウェストで結び長く垂らした、青いグラデーションのエンパイアドレスだ。
その結び目には、立体的な刺繍の青薔薇を優雅に飾り、胸に抱く。
ルイスの色目そのもの、かつソフィア様への友愛を表し、宝飾は真珠とサファイアのパリュールで、王国との友好を意味する。
美しい立体的な刺繍の青薔薇はエヴルー産だ。
久しぶりに“両公爵”家の広告塔となる。
ルイスは黒の夜会服に、結婚記念日に贈ったエメラルドと金細工のピアス、カフスとネクタイピン、スタッドボタンを身につけてくれていた。
上品にカットされた最上級の宝石が煌めく。
伯父様タンド公爵の開会の挨拶は、最初に同僚や部下を労い、国難を乗り越え更なる帝国の繁栄を願うものだった。
出席者は大きな拍手で讃える。
中には涙ぐんでいる、若い行政官もいた。
乾杯の挨拶は、ソフィア様だ。
王国の薔薇妃殿下に相応しく、ルビー色の華やかさをデザインで上品にまとめたドレスに、真珠とルビーのパリュールを身につけている。
「王国は帝国の友であり、国難に叡智をもって立ち向かう貴国を誇りに思います。
両国の友好と発展を願って、乾杯!」
『乾杯!』
タンド産の紅白のシャンパンのグラスが掲げられ、パーティーが始まった。
小編成の管弦楽団が、音楽を奏でる。
私は赤ワインに風味の似た葡萄ジュースのモスートを炭酸水割りにする。一見、紅のシャンパンだ。甘すぎず中々美味しい。
ソフィア様を除き、序列第1位の私とルイスは、主催者の伯父様と伯母様の元にあいさつへ行く。
「伯父様、伯母様。帝国を支える方々への心遣いに満ちた会にご招待いただき、光栄でございます」
「タンド公爵閣下、夫人。日頃の忠勤を誇りに思います。ご招待、感謝します」
「エヴルー“両公爵”閣下こそ、エリザベス閣下のご懐妊、誠におめでとうございます」
「エリー閣下、ルイス閣下、おめでとうございます。どうかお身体をお大切になさってください」
公式に私の妊娠が祝われたのは初めてで、つい涙腺が弱くなってしまう。
「ありがとうございます。ルイス様と大切に育てます」
「祝っていただきありがとう。タンド公爵閣下は激務だ。あなたも御身を大切にしてほしい」
あいさつの方々が控えている。
私とルイスが離れると、今度は私達があいさつを受ける側となる。
ほとんどがおめでたのお祝いと、私の“熱射障害”の対策についてだ。
ルイスが“がっちりと”私の肩を抱いてくれていなければ、逃げ出したくなるような賛辞ばかりだ。
貴族的微笑を保ち、奥ゆかしく謙虚に対応する。
元ネタはほぼ、あのウォルフ団長が仕込んだ新聞報道の美辞麗句で、心の中ではピンヒールでガツガツ踏んでいた。
もちろん現実の脚元は、安全第一のローヒールだ。
このパーティーは立食形式で、定番のメニューの中に、“米粉”や“米”自体を使った料理も並べていた。
生クリームとアラザンのトッピングが愛らしい、小さな蒸しパンや、果物をはさみ蜂蜜をかけたひと口パンケーキ、チキンや玉子のサンドイッチなど、工夫を凝らした品々が並ぶ。
王国の大使館員が説明をしていた。
そこに、庭に設置されたかまどで作られた、大きな両取手のフライパンのような浅い鍋が運び込まれる。
帝国でも貴重な香辛料として知られる、サフランを使ったパエージャだ。
黄色く染まった米に、鶏肉や色とりどりの野菜といった具材もたっぷりで、漂うその香りは食欲をそそられる。
招待客も初めて見る光景に、目を見張って成り行きを注視している。
「エリー、あれはなんだ?」
「北方諸島の民族料理よ。あら、ソフィア様だわ」
ソフィア様がパエージャ鍋の近くに立つと、説明を始める。
「これは王国の、北方の民族料理、パエージャと申します。
“米”という穀物を鶏肉や野菜と共に、貴重な香辛料サフランで調味し炊き上げました。
どうぞ、お試しください」
大きなパエージャ鍋の近くには、あの稲の研究者もいて、笑顔で希望者に取り分けている。
私は周囲の方々に呼びかける。
「皆様、あのパエージャはとても美味ですのよ。
ぜひ、お楽しみください。
私も故国の味を久しぶりに味わいたいと思います」
「では失礼」
ルイスがエスコートし、二人でパエージャを盛った皿を手に入れる。
「エリザベス殿下、中々上手く出来ました。
“おこげ”も入れておきました」
「あら、ありがとうございます」
「おこげ?」
「鍋の底で少しだけ焦げ目がついてるの。香ばしくて美味しいのよ。ルー様もどうぞ召し上がってみて」
クレーオス先生もちゃっかりと手にし、ご機嫌に召し上がっている。
「儂の今夜のお目当てはこれじゃよ。
うんまいんじゃ。魚介類もよいが、肉と野菜もええのう」
私も口にするが、柔らかすぎず、芯も残っておらず、絶妙の炊き具合だ。
鶏肉と野菜のうまみが染み込み、サフランが香る米を噛む。おいしい。それに尽きる。
貴族的微笑を、“食いしん坊”の笑顔が押しのけそうだ。
「うまいな」
「でしょう?米ってこうやって炊くと、食材のエキスを吸い取って、米本来の独特の甘みも加わって、本当においしいの」
ルイスはぺろりと平らげた。
私もおこげまで堪能し、給仕に皿を渡す。
そこにソフィア様がやってきた。儀礼的にお辞儀を交わすが、本題はパエージャだ。
「あの鍋、王国から持ってきたの?」
「もちろんよ。こちらでは手に入らないし、彼のこだわりのパエージャ鍋よ」
ソフィア様が、笑顔で招待客に米料理を説明している研究者をちらっと振り返る。
「強い印象を与え、楽しさや華やかさもあって、なおかつ美味しい。
本来に近い調理法の米料理を知ってもらうには、いいかなって思ったの」
「ソフィア薔薇妃殿下。あれが“炊いた米”ですか」
「はい。あの白い粒の米を水で浸し鍋で加熱します。現地では味を付けずに炊いて、主食とすることが多いのです。私達のパンと同じですわ」
「本当に食べてみなければ、わかりませんね。評判もいいようだ」
フライパンはすでに空となり、食べ損ねた客達は残念そうだ。
そこに、なんと二つ目の鍋が運び込まれ、どっと湧く。
「北方諸島では、お客をもてなす時、食べきれないくらい用意するのが礼儀ですのよ、ふふっ」
驚いた私とルイスに、ソフィア様は悪戯っぽく微笑みかけた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
【書籍化情報】
皆様のおかげで本になりますヽ(´▽`)/
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※※※※※※※※※※お知らせ※※※※※※※※※※※※※
今日は10月31日。
ということで、ハロウィン風の短編を書いてみました。
『愛しい人がやってくる』
https://ncode.syosetu.com/n1119js/
ずっと、ずっと待ってるから。
帰ってくる。絶対に、帰ってくる。
そう誓った二人の物語です。
さらっと読めます。お気軽にどうぞ。
このお話は、拙作『精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません』の世界を間借りしています。
よかったら、本編もお楽しみください。
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
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