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139.悪役令嬢のお父さま 6

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスと小さな小さな家族との生活としては、16歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


 ルイスの帰邸の先触れに、私が玄関ホールに出ていくと、ソフィア様もいらっしゃり挨拶したいと申し出る。

 サロンでクレーオス先生とも久しぶりのお(しゃべ)りを楽しんでいたようだった。

 もちろん快諾し、二人でルイスを迎える。



「ただいま、エリー」


「おかえりなさい、ルー様。

ソフィア様。私の夫のルイスです。

ルー様。私の親友、ソフィア薔薇妃殿下です。

二人ともよろしくね」


「はじめまして、ルイス閣下。

急な申し出を受け入れてくださり、感謝申し上げます。

奥様のエリー様とは、幼い時からの親友ですの。

どうか妹と思い、気兼ねなくソフィアとお呼びください」


 ソフィア様は優雅に深くお辞儀(カーテシー)をしてくれる。

 臣籍降下したとはいえ、帝国の第三皇子だったルイスへの敬意の表れだった。


 私へ視線を配ったルイスに小さく(うなず)く。ルイスも微笑んで(うなず)き返してくれる。

 それだけで私の旦那様はかっこいいし優しい。

 親友の希望を叶えたい私のため、職務を調整しこうして早く帰ってきてくれもする。



「それではお言葉に甘え、ソフィア妃殿下。

どうぞお楽になさってください。

ようこそ、エヴルー公爵家帝都邸(タウンハウス)へお越しくださいました。

エリーの親友の貴女を心より歓迎します」


 ルイスは手を差し出す。

 貴婦人への騎士の手の甲の接吻の挨拶ではなく、握手の角度だ。

 ソフィア様も気づき、握手に応じてくださる。

 どこか、なんとなく嬉しい私がいた。

 ソフィア様の優美な微笑みも、一層綺麗になっていた。


「さあ、ルー様。執事が待ってます。紳士になって晩餐室(ばんさんしつ)においでください」


「わかったよ、エリー。では、ソフィア妃殿下。失礼します」


 私とルイスを見送ったソフィア様は、「私も支度をしないと」と居室へ戻られる。と、同時に私にも準備が待っていた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 クレーオス先生や側仕えの侍女の方々も加わり、久しぶりに晩餐室(ばんさんしつ)は活気で満ちる。

 普段は夕食もこじんまりとした朝食室で、気楽に摂っているためだ。


 帝都邸(タウンハウス)晩餐室(ばんさんしつ)は、この屋敷を建てた皇弟殿下のアンティークな趣味にあふれている。

 天井は、漆喰(しっくい)彫刻の花や草木の模様に彩色され、蔓草(つるくさ)に花の(つぼみ) のような照明が吊り下がる。

 落ち着いたオーク材の部屋とあいまって、森のような空間だった。


ソフィア様も入室した時は、感嘆されていた。



「まあ、なんて美しいお部屋なんでしょう。

このお屋敷は本当に素晴らしいわ」


「今は受け入れを中止してるけど、帝立美術館を通して、見学者を受け入れたりもしているの。

ね、ルー様」


「ああ、エリーは芸術にも理解がある、素晴らしい奥さんだよ。無骨者の自分は助かっています」


「まあ、ご馳走様です。エリー様は王国でも……」


 私の王国でのコンサートの話をしたりする内に、料理が並び、皆で祈りを捧げ、晩餐会(ばんさんかい)が始まる。


「ソフィア薔薇妃殿下と侍女の方々のご健勝、そして帝国と王国の友誼(ゆうぎ)を願って、乾杯!」


 ルイスの挨拶と共に、食前酒とアミューズを楽しむ。

 アミューズは、帆立貝に見立てたクレープに、貝柱に似せた白身魚の小さな蒸し物を、美しいソースと香り高いディルで彩っている。

 ディルは庭園のハーブ畑の取れ立てだ。

 私にはきゅうりを細かい飾り切りにしてくれていた。ディルが妊婦の禁忌のハーブのためだ。


 皆、笑顔で美味しそうに味わい、滑り出しは順調だ。

 食事に合わせたワインをソフィア様に(たず)ねられ、タンド産のきりっと爽やかな白ワインを勧める。


 ソフィア様も中々いける口なのだ。メアリー様より強いかもしれない。

 私はワインに風味の似た葡萄ジュースのモスートを炭酸水割りにしていただく。甘すぎず中々美味しい。

 ソフィア様が興味津々で、同じものを頼んでいて可愛らしい。


 料理長がエヴルー産を筆頭に、帝国内の一流の食材を用い、ハーブを適度に効かせた、王国をイメージした品々が並んでいく。


 前菜、スープ、魚料理、“氷室の氷”を用いたシャーベット、メインである肉料理で、一旦締める。

 そして、エヴルー名産の各種チーズ、デザート、フルーツ、小さな焼き菓子と食後の飲み物が並んだ時には、胃腸も食欲も五感も満たされていた。


 胃腸に合わせ、前菜以降はどれも一回り小さかったが、“食いしん坊”の私も大満足だ。

 ソフィア様も出席者も、本心から美味しそうに召し上がっていた。

 本当に幸せだ。


 南部の領民を思うと、心が痛むが、非公式とはいえ、王国からの賓客だ。

 それでも最後の焼き菓子は、私以外、天使の聖女修道院からレシピを分けてもらった、穀類の食感を生かしたものだった。

 私はまだ、胃腸の回復が万全ではなく、穀類メニューが許可されていなかった。

 ソフィア様もすぐに気づき、「思っていたより、ずっと美味しいわ。私はこちらが好みかも」と()めてくださった。

 社交辞令でも嬉しい。


 ルイスはあまりワインは飲まず、途中から水にしていた。

 この後の話し合いを考えてだろう。

 ソフィア様がモスートに切り替えたのも、そのためと思われた。



「いや〜。今宵は料理長の腕前とセンスを味わいながら、久しぶりにソフィア様とお話しできましたのお。

素敵な夜でしたわい」


「ソフィア妃殿下。当家への滞在、妻の親友とはいえ、お選びいただけ光栄です。

帝国での滞在が快適であるよう、どうか遠慮なく仰ってください」


「あら、ありがとうございます。

でしたら、滞在中はエリー様と一緒に眠らせていただきたいわ。

王国時代に時々泊まり合いっこをしてましたのよ」


「…………」


 ルイスが絶句する。私はさりげなくソフィア様を(たしな)める。


「ソフィア妃殿下。夫は本当に真面目なんですの。

あまりからかわないでくださいね」


「では一度だけ。とても楽しかった、とメアリー様から(うかが)いましたの。

ルイス閣下。でしたらよろしくて?」


「もちろんです。ソフィア妃殿下」


 ルイスは口角を上げ、貴族的微笑に切り替えている。

 その後、ルイスの簡単な挨拶で、晩餐会(ばんさんかい)を終えた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「いや、まいった。いいようにされてたよ」


 ルイスは私を部屋に送るという口実のまま、居座っている。

 黒のタキシードのジャケットを脱ぎ、蝶ネクタイを外し、ソファーに座る。

 それだけでも様になってかっこいい。

 私はコルセットなしの楽な青いエンパイアドレスだったので、そのままに過ごしている。


 伯父様はあと1時間ほどで来邸する予定だった。


「ソフィア様の見かけに騙されてはいけないわ。

手強かったでしょう?」


 ソフィア様の両隣りは私とルイス、正面はクレーオス先生という席順だった。


「ああ、さりげなく話題をリードされてたな。

主にエリーだ。いや、ほぼエリーだった」


「え?私?」


「ああ、俺達の出会いから結婚までの馴れ初めは、メアリー妃殿下から聞いているので、その後のことが知りたかったみたいだ。

時々、試されてたよ。エリーの好みとか。

エリーテストの試験官みたいだった」


 マーサが笑いを抑えている気配がする。

 お願い。そのままでいてね。


「それでテストの結果は?」


「ん?『エリー様をこれからも護ってくださるよう、お願いいたしますわ』って言ってくれたから、及第点じゃないかな。

ふう、あれは強者(つわもの)だ」


「綺麗な薔薇には(とげ)がある、という言葉通りの方なの。でも可憐で可愛いところもおありよ。

滞在中はよろしくね」


 私はルイスの隣りに座り、右頬の傷痕に唇を寄せる。

 ルイスも私の頬にキスを返してくれた。


「さてと。タンド公爵が来るまで、酒の匂いをなるべく落としておくよ。

ピリピリしてるだろうからな」


「そうよね。伯父様、今も大変ですもの」


 全体的な北進は止まったが、飛地的に被害が出ていた。

 主に農業振興策を積極的に取らずに、土壌の状態が良くなかったところだと分析されている。


 そういう領地ほど、自分達の贅沢(ぜいたく)を優先してきた領主が多く、無駄なプライドも高い。

 反“シリアリス(穀物)派”も多かった。

 助成金が少ない、もっと早く支援策を実施しろ、などと、自分たちのことは棚に上げ要求ばかりし、行政官の悩みの種の一つになっている。


 ルイスを見送り、私も身嗜(みだしな)みを整え、身体を冷やさないようにローブを羽織る。


 夏の夜風と共に、伯父様の来訪の先触れの使者の蹄の音が響いてきた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 応接室には、私、ルイス、タンド公爵たる伯父様、そしてソフィア様が集まった。

 各々の側付きは下がり、4人のみだ。


「ソフィア薔薇妃殿下。ようこそ帝国へおいでくだされた。ああ、どうか儀礼は抜きでお願いしたい。

私はこの後も皇城に戻らねばならぬのです」


 伯父様は表面上は穏やかだが、隠れた苛立ちを抱えているようだ。無理もない。


「かしこまりました。タンド公爵閣下。

非常にお忙しいところ、面談に応じてくださり、深く感謝します。

私は今回の件に関して、国王陛下とラッセル宰相閣下の代理人として参りました。

お確かめください」


「失礼します」


 ソフィア様が書状を伯父様の前に置き、伯父様は内容に目を通す。

 ルイス、私と回り、確かに国王陛下とお父さまの筆跡でその旨が記されていた。


「私の立場をご理解いただけたところで、我が国と友好通商条約を結ぶ帝国へのご提案です。

今回の“熱射障害”の被災地に、こちらの栽培をご一考してみてはいかがでしょうか?」


 ソフィア様は、お持ちになっていた大きなバッグから袋を取り出し、用意してあった2枚の皿の上にざーっと音を立て、白い粒を入れていく。


 あれは、王国の北部、主に北海に位置する北方諸島で栽培されている穀物の一種、(こめ)だ。

 皿は伯父様とルイスの目の前に置かれる。

 伯父様が目を丸くする。

 いきなり現れた未知の物体に驚きを隠せない。

 ルイスも同様で、皿の上の米粒を凝視している。


「これは、いったい?」


「タンド公爵閣下。帝国ではほぼ流通していないと思います。

(こめ)という穀物です。(いね)という植物の実の部分です」


(こめ)……。つまり穀類の一種か」


 ルイスが小さく(つぶや)く。


「この(こめ)は、小麦よりも南方の地で、通常は栽培されてきました。

北方諸島で栽培が可能な理由は、北海に流れ込む、豊かな北海暖流のおかげとの研究結果です。

その昔、暖流の生まれた地域に住んでいた住民が、海上を移動し、北方諸島に米と共に移住したと言われています。

ですので、元々は南方での栽培に向いている穀物なのです」


「帝国南部での栽培、今回の“熱射障害”が起こった地域でも育てられると?」


「はい、温室での実験栽培で確認されています。

ただし絶対条件があります。水です。

北方諸島は地質学上、湧き水が豊富なのです。

それ(ゆえ)に、稲の栽培を続けられ、暖流に乗ってきた彼らも生きてこれました。

小麦よりもずっと水を用いるのです」


「水、か」


 ルイスは(こめ)に触れている。


「はい。帝国南部も、水資源自体は豊か、と(うかが)っています。ですが、利用するための整備が充分とは言えない。

そこが、実際の栽培をする際の問題の1点目、2点目は馴染みの無さです。

王国でも食べたことのある人間が少ない穀物です。栽培しても食べなければ意味がありません。

3点目は栽培方法の指導者不足です。

これは(いね)自体の現物と共に、研究者が大使館にいます。随行員の一人として参りました。

その者を10年間を上限として、帝国に派遣しても良い、と国王陛下は仰っています」


 稲の研究者に心当たりがあった。

 本人からの嘆願書や、報告書では読み、見学したこともある。

 随行員で来ていたとは、不覚にも気づかなかった。

 研究者ご本人が大の米好きで、小麦凶作のリスク分散化もあり、暖流の影響を受ける沿岸地域へ、米の栽培導入を強く訴えていた。


 ソフィア様が非公式に帝国に来られた理由も理解した。

 一歩間違えれば、内政干渉とも受け止められる。

 また、これは実物を見せると同時に説明しないと、説得力はないだろう。

 伯父様は政治に携わる者として、当然の質問を投げかける。


「どうしてここまでしてくださるのか?

何か見返りを?」


「いいえ、見返りの要求はございません。

なぜなのか。エリー様が帝国にいらっしゃるからです」


「私が、ですか……」



 どうして私がいるからって、ここまで申し出るの。お父さま、陛下!



 いきなり交渉のど真ん中に置かれた私は、戸惑いが大きい。


 同時に、名分(めいぶん)に、“麗しい親子愛という口実”にされたな、と思う。

 陛下もお父さまも、悪阻(つわり)が終わり調子を取り戻したとみれば、妊婦の娘にも容赦ない。

 私に事前連絡しないはずだ。



「はい。エリー様の暮らす帝国の安寧(あんねい)を、義父である国王陛下も、実父である宰相閣下も、強く願っております。

また、この支援の王国の負担は少うございます。

稲の種籾(たねもみ)と研究者、最初はこれのみです。

あとは、私どものこの提言をもしも受け入れてくださるなら、ご自分達で用水を整備し、土壌を整え、今までとは異なる作物を育てる。

その苦労は必要です。

それに値する食べ物かどうかは、一例をお見せしましょう」


 ちょうど、応接室のドアがノックされる。

 ソフィア様の侍女の一人と給仕だった。

 伯父様とルイスの前に温かい皿と蜂蜜、紅茶などを置き、部屋を出ていく。

 私には懐かしい食べ物だ。


「これは米の粉を用いた、パンケーキです。

タンド公爵閣下。どうかお召し上がりになってみてください」


「普通のパンケーキに見えるが……」


「伯父様。“百見はひと口に()かず”ですわ。

それにお食事もまだでしょう?」


「いや、簡単には済ませてきたのだが、では頂戴しよう」


「ルー様も召し上がってみて。とっても美味しいし楽しいの。私は好きよ」


「”楽しい”?」


「食べてみればわかるわ」


 大の男が二人、夜半にパンケーキを頬張った。

 次の瞬間、顔を見合わせる。

 何回もよく噛んで味わっているその顔は、驚きに満ちていた。


「この食感は……」


「初めてだ……」


 私は少し得意そうに微笑む。帝国ではなかなか味わえないものだ。


「ね。驚いたでしょう?もちもち、ふわふわしているの。小麦よりも腹持ちもいいのよ。

他にも色々、作れるわ」


 一方、ソフィア様は冷静に説明を続ける。


「これは本来の米の食べ方とは異なります。

北方諸島と気候の似た、王国本土の沿岸部でも栽培できないか、と考えた研究者が作り出した品種で、粉にして食べるためのものです」


「本来の米の食べ方とは、いったいどんな?」


 実際に食べ、興味を持ったらしい伯父様が(たず)ねる。

 ソフィア様が皿の上の白い粒を指し示す。


「この米粒の状態で、水で炊いて食べる方法です。

私は悪阻(つわり)の時、全く食べられるものが見つからず、困り果てておりました。

侍女の中に、北方諸島出身の者がいて、『ひょっとしたら』と、この米粒を柔らかく煮たものを勧めてくれました。“おかゆ”と言います。

偶然にもそれが食べられ、子どもも無事に産めたのです」


 確かに、『まさか、“お米”なんて思わなかったわ』と書いていらしゃった。

 後から手紙で知らされて、本当によかったと、神様に祈ったことを思い出す。


「エリーは食べたことがあるのか?」


「えぇ、視察で一通りはあるわ。

でも帝国に導入するなら、確かにこの米粉タイプの稲が無難でしょうね。

“おにぎり”も“おせんべい”も美味しいんだけど、相性があると思う」


「“おにぎり”?“おせんべい”?」


 ルイスの頭には疑問符がたくさん飛び交っているようだ。

 初めて聞く食文化で名前なら仕方ない。



「ああ、炊いたお米で作った、サンドイッチとクッキーみたいなものよ。話がずれちゃったわ。

元に戻しましょうか。


ソフィア様。

私がいる帝国が平和で穏やかであってほしい。

元々こだわりのある研究者が品種改良したもので、王国としてはさほど元手はかからない。

それだけですか?」


「他にもあります。ルイス様に死んでほしくはないそうです。

米の栽培が広がれば、南方の連合国にも浸透していくでしょう。

そうすれば、食糧を起因とした争いは減少する。

現在の状況が続けば、非常に危険な南部紛争のたびに駆り出される、“英雄”である婿が命を落とす確率が高い。

愛娘(まなむすめ)を戦争未亡人にはしたくないそうです」



 お父さま、直球すぎです!

 伯父様もルイスも、顔、引きつってるもの。

 ソフィア様は遠慮なく、さらに拍車をかける。



「それに、これは“余談”だが、という前置き付きで、『南方の連合国を放置してらっしゃる方針も、いかがなものか』との仰せでした。

“影”などの工作員を送り、それこそ帝国に併合するか、傀儡(かいらい)政権を立ててしまえばよい。

失われる戦闘員と南部領民の生命、戦費、紛争の度に荒れる南部の復興費用を考えれば、遥かに有意義だ。

戦闘ではなく、連合国内に水面下で“親帝国派”を作り、政権を奪取させる。

『人は食べ物のみでは生きられないが、食べ物がないと死んでしまう。そこを上手く使えばよい』と」


「我らも工作をしようとしたことはある。

だが、反帝国は根強い」


「餓死しかけているところに、食料を与えてもですか?」


「……まさか、食料支援しろと?」


「はい。『私ならば、剣や矢を与える前にそうする。その価値はある。蛮勇ではない真の勇気と、結集された知恵は必要だろうが』と仰っていました。

『最初は信じてもらえないだろう。父や祖父を殺した相手なのだ。だが空腹は恩讐(おんしゅう)さえも乗り越える時がある』とも。

これは、『内緒話でつい口がすべった』そうです」


「…………」



 お父さま!

 代理人に“余談”まで伝えさせないでほしい。

 親しい伯父様も渋い表情だ。



「タンド公爵閣下。

『最後に、非公式の申し入れは、あくまでも『(こめ)の栽培の提言』であり、“余談”は不愉快ならば忘れていただきたい。

“余談”はあくまでも“余談”だ。

この先も天に召されるまで、心より尊敬する貴方の“義弟(おとうと)”でありたい。

”鳩”による瀬踏みをしなかったのは、実際に食べて詳細を説明しなければ、良いにしろ悪いにしろ、先入観を与えるだろう、と思ったためだ。

またこの新品種の米も、王国にとっては貴重で、ふさわしい人間でないと託せなかった。

もしよろしければ、成長段階に合わせた標本を作るためにお持ちした、“生きた稲”の保管場所、植物園か、園内の農業試験場をお借りできれば非常にありがたい』とのご要望です」


「植物園はすぐに手配できるだろう。提言の文書は?」


「ございません。内容が内容です。

受け入れてくださるなら、文書になさるそうです」


 この“口伝え”の提言の信用度を上げるために、王族、世継ぎの可能性が高いフレデリック王子の母、ソフィア薔薇妃殿下、将来の国母(こくも)を派遣したのだ。

 お父さまに隙はない。私まで利用するのだ。


 “余談”は私も考えたこともあり、個人的に裏からの布石は打っている。

 ただ、かなりの戦友を、しかも自分の指揮下で失い、自分も紛争後に苦しんでいたルイスに、言い出せずにいた。


 お父さまに、叱咤激励された気分だ。

 いや、気分ではない。

 ソフィア様の口を借り、実際にされていた。



「……文書にできるかどうか、討議させていただく。

個人的には、非常に“ありがたい”提言だと感謝する。

“余談”については、こちらではさらに極秘理になるが……。

パンケーキは実に美味でした。素晴らしい夜食をありがとうございます」


 伯父様も最後には柔らかな貴族的微笑を向ける。

 最後は実感だろう。いつの間にか、お皿は空になっていた。


「米粉のパンケーキをお気に召していただけて、幸いです。

試食用に100袋ほどお持ちしています。“鳩”を飛ばせば、3000袋までは送れるそうです。

貴重なお時間を頂戴し、最後まで耳を傾けてくださり、誠にありがとうございました」


 ソフィア様は実に優雅な微笑みを浮かべる。

 それは、お父さまの微笑みによく似ていた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。


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新作、連載中です。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
確かに小麦のパンケーキ食べてる人だと米粉のパンケーキは食感に驚きますよね…! 餅!!?? だ!!?? ってなるやつ……フフフッ…… 軍備の備蓄品としても赤飯作るといいよ〜支援物資としてもお米は量に対し…
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