138.悪役令嬢の親友
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、15歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「え?ソフィア様、薔薇妃殿下が?!」
王国の薔薇妃殿下ソフィア様の、非公式な帝国訪問を私が知った時には、到着が5日後に迫っていた。
元々の予定で、皇妃陛下の謁見後、大使館に立ち寄った。
妊娠の正式な報告もあったためだ。
その時に初めて、ソフィア様の帝国訪問を大使から知らされた。
お父さまからの連絡もなかった。
何が目的の訪問か尋ねると、『帝国の今回の“熱射障害”へのお見舞いと、中長期的な支援の提案に来る』と言う。
「中長期的な支援の提案、にですか?内容はご存知ですの?」
「いえ、王国としては秘密裡にお話ししたいということで、ソフィア妃殿下もご身分を伏せたまま、入国されていらっしゃいます」
「秘密裡に……。提案するお相手は?」
「できればタンド公爵閣下ですが、激務でいらっしゃれば、エヴルー“両公爵”閣下に、ルイス閣下もご無理なら、エリザベス殿下にお話しされたい、とのことです」
「日程は?」
「7日から14日間ほどのご滞在で、余裕を見てらっしゃいます。帝国側の事情を優先させたいとのことです」
「そうですか……。よほどのことなのでしょう。
訪問の用件はわかりました」
「エリザベス殿下。
実は……。対応に苦慮し、ご相談させていただきたく……」
ソフィア様が、昨日、早馬で宿泊場所の変更を希望してきたと話す。
少し既視感があるが、まあいいだろう。
「その、エリザベス殿下がご迷惑でなければ、大使館ではなく、エヴルー公爵邸に滞在したいとの仰せなのです……」
王国大使は汗をかきながら瀬踏みをしてきた。
それはそうだろう。
友好通商条約を結ぶ王国の王子妃殿下が、非公式とはいえ、帝国を訪問されるのだ。
通常なら王国大使館に滞在する。
もし別の場所ならそれなりの期間を置き、受け入れ体制を整える。
しかし、私はソフィア様には大きな借りがあった。
あの冤罪を追及された生徒総会後の“大移動”は、王国の将来的な後宮運営をソフィア様に任せる、ということだった。
お手紙は残し、お父さまにも後を託したが、ソフィア様のご苦労は並々でなかったろう。
後宮運営以外に、あの“アレ”、アルトゥール殿下を手のひら転がしがあるのだ。
アルトゥール殿下が騎士団の特別訓練に突っ込まれた半年間の猶予期間があったとはいえ、かなりハードな日程だった。
簡易とはいえ、薔薇妃と百合妃、異例の三人での結婚式の準備、挙式、後宮運営、早々のご懐妊、出産、育児、さらにメアリー様のご懐妊、と心が休む暇もなかったに違いない。
——がんばった私にご褒美をくださっても、よろしいでしょう。
ソフィア様の心の声が聞こえたと思った数瞬後、私はすぐに引き受けようとした。
が、ちょっと待った。
ここで、理性が友情を制止する。
エヴルー帝都邸は、私だけの家ではない。
賓客を迎え入れるなら、ルイスとの相談は必須だ。
「大使閣下。ソフィア妃殿下のご宿泊についてですが、ルイス様と相談したいのです」
「ご検討くださるのですか?!ご相談はもちろんでございましょう」
希望を見出したのか、大使が額の汗をハンカチで拭く。
「ただし我が家で受け入れる場合でも、ソフィア妃殿下とお側付きの方々のみで、警護も含めた随行員は大使館、と分けていただけますか?」
「警護も、ですか」
「エヴルー騎士団の護衛はルイスの鍛錬により、帝国騎士団に引けを取りません。王国の王女でもある私を守っています。ソフィア様は責任を持ってお預かりいたします」
「…………かしこまりました」
「ルイス様が断るとは思えないけれど、念のため、大使館でもソフィア妃殿下の受け入れ体制は整えておいてください」
「はい。元々はこちらのご予定です。準備は盤石でございます」
王国大使は安堵の表情を浮かべた。
妊娠中の私、王国の第一王女に、無理難題を押し付けて困らせるのは本意ではないのだ。
だが、ここに来て、“聞き分けがいい”、“お淑やかでしっかりされている良識の方”という評価だったソフィア様が、既定路線の変更を求めた。
大使としては、非常に戸惑ったのは透けて見える。
それに去年来た“アレ”が、宿泊場所を盾に取り、ゴネにゴネた記憶も新しい。
『王室の方々は、帝国にいらした途端、羽根をのばされ、我儘になってしまわれる』
そういうジンクスは、私も作りたくはない。
ソフィア様の立場は守っておこう。
「大使閣下。私は“あの”ソフィア妃殿下が単なる“我儘”で滞在場所の変更を申し出たとは思えないのです。秘密裡にお話したい件と、何か関わりがあるのではないでしょうか。
秘密裡だからこそ、帝国に入ってから言い出されたのでは?」
「なるほど。さようでございますね。その可能性もございます」
「それにご存知の通り、私はソフィア妃殿下に後を託して、帝国に参りました。
私も色々ありましたが、ソフィア妃殿下も私以上に色んなことがあり、非常にご苦労されたと思うのです……。
ソフィア妃殿下と私は、幼いころからの親友です。
公式ならまだしも、非公式ならば、なるべく二人で語り合いたい、一緒にいたい、と思われても、無理はございません」
「エリザベス殿下……」
「ですので、“我儘”とは思わないで欲しいのです。
本当に手を付けられない方は、昨年いらしたでしょう?」
私の言葉に大使は思わず苦笑する。
「……さようでございますな。
万一、ソフィア妃殿下がここにお泊まりになる場合でも、エリザベス殿下となるべくお過ごしいただけるよう、私どもも精いっぱいの配慮はいたします」
「ありがとうございます。大使閣下」
私は急ぎ帰邸し、『相談があるため、遅くなってもいいので、泊まり込まず帰邸願います』と、騎士団本部にいるルイスに手紙をすぐに送った。
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「ソフィア薔薇妃殿下には、エヴルー邸にご滞在いただこう」
私が二人の寝室で事情を説明すると、いつもよりかなり早く帰ってきたルイスは即答した。
「いいの?」
「エリーの負担にならなければね。そこはソフィア薔薇妃殿下は考えてくださるだろう。
非公式訪問で、タンド公爵か、俺達に、しかも秘密裡な用件、というのが気になるんだ。
だったら、大使館滞在より、ウチに滞在して、公爵に来てもらった方がやりやすい」
さすが、帝国騎士団参謀。分析も段取りも早い。
「ありがとう、ルー様。ソフィア様もとても喜ぶと思うわ」
「俺にとってはライバル登場だけどね」
「え?ライバル?」
「去年のメアリー百合妃殿下の時も、散々仲の良さを見せつけられたからさ。心しておくよ。
愛しい奥さんを取られないように」
「もう、ルー様ったら」
「エリー。受け入れの準備もだが、明日から祝いが続々だろう。大変な時に帰りが遅くてすまない」
ルイスが私に髪を優しく撫でながら、詫びてくれる。
「大丈夫よ。執事長と家政婦長に任せるわ。
我が家の使用人達は優秀なの」
「今日で“籠城戦”も終わりだけど、油断はできない。エリーもエヴルー邸やタンド邸以外では護衛も離さないように。
まあ、護衛に離れないよう言うけどね」
「戦いはまだ続くのね。“ユグラン”を無事に産みたいもの。充分に気をつけるわ」
「そう。“ユグラン”と自分を第一に考えるんだよ」
「もちろんよ、ルー様」
微笑みながら私は言ったが、ルイスには別の懸念があった。
私の身体は、『弱者を守るため無意識に反射で動く』よう、感覚に染み込んでいる。
エヴルー騎士団の私の警護担当には、厳重な注意事項として叩き込まれていることを、私自身はまだ知らなかった。
皇妃陛下への謁見と私の妊娠は、ルイスが帰るころには、騎士団まで噂が届いており、手荒い祝福を受けたそうだ。
ルイスは7歳で小姓として入団して以降、騎士団が家族代わりだった。
周囲からすると、子どもや甥っ子に子どもが出来た感覚に近いのだろう。
嬉しそうに祝福を受けたルイスが目に浮かび、ほっこりする。
しかし、遠慮なしの騎士団流の祝福だと、背中に痣ができてそうだ。
「皆さんに喜んでもらえてよかったけど、大変だったね。もう痛くない?」
私はルイスの頭を優しく撫でた後、右頬の傷痕を覆うように手を当てる。
ルイスは私の手に頬擦りした後、その手を取りエスコートする。
「俺は大丈夫。鍛えてる。平気さ。
エリーこそ、今日は久しぶりの正装に謁見、大使館で疲れただろう。早く休もう」
「ルー様もよ。お疲れ様でした」
ベッドに横たわる時も、ずっと寄り添ってくれる。
ルイスは悪阻が終わり、クレーオス先生から許可が出て、二人で眠れるようになってからは、なるべく一緒にいてくれる。
「今までの分を取り返してるんだ」という蕩けるような眼差しで言ってくれる気持ちは、私も同じだった。
この夜、マダム・サラの試作品、麻と絹の混紡の寝衣は快適で、エヴルー帝都邸の庭園から流れる涼しい夜風と、ルイスの香りに安心し眠りに就いた。
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翌日の新聞は、私の妊娠を大々的に報道していた。
何度されても慣れないものだ。
『身重ながら国難に立ち向かい、対策の道筋がつくまで耐え、悪阻により体調も悪化し、療養に入った』という流れは、どの新聞も同じだ。
賛美もほぼ同一で、『エヴルー“両公爵”は帝国の守護者だ』、『皇帝陛下と皇妃陛下が、エヴルー公爵エリザベス閣下を慰労され、「忠臣である」とお認めになった』だの書かれている。
いつのまにか、皇帝陛下が加わっていた。
皇城の噂雀や噂雲雀の伝言ゲームは恐い。
本当に勘弁して、とおもったのは、『エヴルー“両公爵”家の跡取りを身ごもりながら、この国難に邁進されたエリザベス閣下は、帝国の穀物の母、“穀母”とお呼びしてもいい存在ではないか、と愚考する』という一文だった。
小さな見出しにも使われている。
うん、申し訳ないけど、ホントに愚考だから、即時取消ししてほしい。
それに、これは危険だ。
同じ読みの“国母”は皇妃陛下の別称だ。危険な香りがする。
不敬になりかねない。
ルイスから、この新聞社には正式に抗議してもらい、儀礼官にもエヴルー“両公爵”家から、『不敬行為の疑いあり』と申告しておいた。
悪意で仕掛けられた罠や陥穽はどこにあるのか、わからないものなのだ。
こうした中に、珍しく女性の観点に立った記事があった。
『妊娠した女性の労働について』という切り口で、特に妊娠初期で体形からも分かりづらい、悪阻の時期の辛さを特集したものだ。
皇妃陛下も仰っていたことだ。
これは男性にも理解しやすいよう、二日酔いと船酔いを例にあげるなどし、噛み砕いた良い記事だった。
どの新聞社にも記事にするなら、『お祝いの品はご遠慮します』とエヴルー“両公爵”家として一文を入れるのが条件で、これはこれで断りやすくありがたい。
ルイスやクレーオス先生との朝食では、新聞よりも、ソフィア様の滞在が話題となる。
クレーオス先生は「久しぶりにお会いできるのう」と喜んでいた。
朝一番で執事長と家政婦長に、王国のソフィア薔薇妃殿下と側付きの侍女達の滞在を伝えると、「かしこまりました。お任せください」と落ち着いて受け入れた。
これは表面上で、裏では、「私達の本気の仕事ぶりをお見せする良い機会です」と、二人で冷静に熱くなっていたらしい。
私が伝えたソフィア様のお好みも記録し、できる限り実現しようと動き始める。
王国の妃殿下お忍び御一行という貴賓の受け入れ用意が、実質4日間という無理難題に、エヴルー帝都邸一丸となって働いてくれた。
おかげで、私は安心して、大使館に承諾の返事を送ったのだった。
午前中から届き始めた、お祝いの品々は守衛が断り、お祝いの手紙は受け取り執事長へ渡し、ほとんどを処理してくれる。
“中立七家”には昨日の内に、伯母様から事前に連絡していただき、お祝いの品は丁重にお断りしていた。
私は執務室で、溜まった決裁などの処理を進め、思いっきり仕事できる爽快感に浸っていた。
時々、マーサに強制的に休憩を入れられる。
20分ルールもより厳格になっていた。妊娠中、多くは視力が低下するためだ。
料理長はクレーオス先生の意見を聞き、妊婦のためのメニューを考えてくれる。
そのおいしさたるや——
食いしん坊と言われようとも、本望だという幸せで、ルイスは嬉しそうに見守っていた。
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そんな日々も過ぎ、いよいよソフィア薔薇妃殿下の帝国到着の日——
私はエヴルーシリーズの青い薔薇の地模様のドレスに、大粒の真珠の二重の連なり、中央には大粒のサファイアが輝くネックレスを身につける。
イヤリングや結い上げた髪飾りも、真珠とサファイアのパリュールから選び、王国とルイスも当主であるエヴルー公爵家を意味していた。
馬車が連なり入ってくる。
非公式ということで、王家ではなく、ソフィア様ご実家の侯爵家の紋章入りの馬車だった。荷馬車も数台、引き連れている。
護衛の騎士にエスコートされ、ソフィア様が降りてきた。
そしてゆっくりと首を巡らす。
私を見つけると、信じられないものを見たように愛らしい目を見開いた後、水色の瞳はみるみる潤み、白珠となって頬を伝う。
「……お会いしとうございました。エリー様」
歩み寄った私は、ソフィア様の華奢な手を取る。
「私もお会いしたかったわ、ソフィア様。
帝国へようこそ」
「エリー様……」
ソフィア様は私に寄り添い、私はハンカチでそっとソフィア様の涙を押さえる。
見上げる表情は王族らしく抑制しているが、私には分かる。喜びでいっぱいだ。
「お疲れでしょう。大使閣下や出迎えの方々にご挨拶したら、エヴルー邸へ参りましょう」
「……今すぐ行きたいのに」
「大使閣下も私と一緒に待っていてくださったのよ」
小声で囁くソフィア様に、私も小声で囁き返す。
「エリー様が仰るなら……」
優美に微笑むと、大使閣下の元へ私がエスコートする。
公の態度を取り戻したソフィア様は、柔らかな雰囲気の中にも誇りを感じさせ、王族として振る舞う。
「大使閣下。旧友のエリザベス王女殿下のお顔を見て、つい……。
はしたないところをお見せして、失礼しました。お出迎え、ありがとうございます」
「とんでもないことでございます。ソフィア薔薇妃殿下。遠いところをよくぞお越しくださいました。
後のことは随行員と私に任せていただき、侍女の方々とエヴルー公爵邸へお移りくださり、まずは旅のお疲れをお労りください」
この後、私と大使とソフィア様と三人で、お茶をする予定だったが、私達の様子を見て取り、ソフィア様の気持ちを優先するようだ。
「ご厚意かたじけなくお受けいたします。明日、参ります」
「大使閣下。お気遣い感謝します」
私からも礼を言うと、エヴルー公爵家帝都邸へ一路向かう。大使館からもほど近く、すぐに到着だ。
「ソフィア様、驚かないでね」
「え?なに、エリー様」
正面玄関の扉が開けられ、使用人全員が両階段に並び、ソフィア様を笑顔で出迎える。
「ソフィア薔薇妃殿下。
遠いところをようこそお越しくださいました。
ここエヴルー公爵邸を我が家と思い、お寛ぎくださいませ」
玄関ホールで進み出た執事長が代表して、ソフィア様に挨拶する。
冷静沈着なソフィア様も、一瞬たじろいだが、和やかに挨拶を返す。
「どうもありがとう。お世話になります。よろしくお願いします」
「ソフィア様。これがエヴルー流なの。お気に召したかしら」
「えぇ、とっても。エリー様らしいわ」
用意された部屋へ通し、私も寛いだ服に着替え、おもてなしを再確認し指示を出した後、執務室で職務を進める。
ソフィア様には『まずは旅のお疲れを癒されますように』とハーバルバスに浸かり、ボディクリームたっぷりのマッサージを受けていただいた。
美しいお肌をさらに磨かれたソフィア様が現れる。
「もう。少し目を離したら、お仕事をなさって。
エリー様、お茶にいたしましょう」
「えぇ、ソフィア様。お待ちしてました」
サロンに行こうとするが、私の部屋がいいと言う。
私室のソファーにエスコートすると、「エリー様もこちらへ」と隣りあって座る。
ずっと見守っていたマーサが、ソフィア様にはリラックスに効能のあるハーブティーを、私には専用のハーブティーをテーブルに置く。
妊婦には禁忌のハーブがあるため、それを除いたブレンドだ。
さまざまな焼き菓子やゼリー、サンドイッチが並べられる。
「ソフィア様。お毒見はどうされる?」
「いらないわ。エリー様になら本望よ。うふっ」
「お冗談はそれまでで、ではお疲れ休みにどうぞ。蜂蜜やお砂糖はお好みで」
「ありがとう、エリー様。本当に美味しそう」
私はにっこりと勧め、先にハーブティーに口を付ける。
いい香りだ。これがまた飲めるようになって嬉しい。
ソフィア様も満足されてるようで、ひと口味わった後、和やかに微笑まれた。
「エリー様、やわらかい香り。飲みやすくておいしいわ」
「ありがとう、ソフィア様」
「このお屋敷は本当に素敵ね。ドアノブや窓の鍵まで、可愛らしい植物のデザインなんですもの。
触れるのにためらってしまったわ」
「ソフィア様の美しい所作がより引き立つでしょう?簡単に壊れたりしないから、安心してね」
「もう、そういうところは昔からちっとも変わらないのね」
ゼリーを味わった後、ソフィア様は嬉しそうに目を細める。
「そういうところ?」
「エリー様は本当に素敵に褒めてくださるの。並みの殿方は敵わないわ」
「そう?なのかしら?」
マーサが視界の端で、『うんうん』と頷いている。
「えぇ、そうよ。エスコートは極上だし、エリー様を知ってしまうと、男性への目線がつい厳しくなってしまうの」
“アレ”へは特に、という言葉をソフィア様は飲み込まれる。不快な話題を持ち出したくなかった。
悟られないよう、抜け出すように出発したのだ。
「安心して。帝国にはエスコートするほどの女性のお友達はまだいないわ」
アンナ様を始めとした“中立七家”の方々や、タンド公爵家のお義姉様がた、騎士団関係でかなり仲の良い方々はいらっしゃるが、この距離感はまだだ。
「本当に?!今は私だけで嬉しい。
あん、もう。私ったら。エリー様を少し困らせて差し上げようと思ってたのに、会ったら懐かしさと愛しさが込み上げて、泣いてしまって……。
実行に移せませんでしたのよ」
本当に喜んでくれて、その後は少し悔しそうだ。
おとなしそうな見かけによらず、負けず嫌いでもある。その努力でここまで洗練された女性になっていった。
私は側で見てきて知っている。
「お優しいソフィア様が、私を困らせるって、たとえば?」
「……つんっ、てして差し上げるとか、かしら?」
うん、可愛い。首を傾げるところとか、しっかりしてるのに、私の前では少し小柄なためか、妹のようだ。
「じゃ、今、していただいても、大丈夫よ」
「予告したり、大丈夫な時にしても意味がないでしょう。それよりお身体はもう、大丈夫なの?」
「えぇ、18週、5ヶ月で順調だわ。クレーオス先生もいらっしゃるし心強いわ」
「本当によかったこと。
あ、そうだわ。お茶が始まる前に、お願いしたいことがあったのに。
失礼しましたわ、エリザベス王女殿下」
私は公な雰囲気に切り替えたソフィア様にふさわしく応える。
「何でございましょう。ソフィア薔薇妃殿下」
「エリザベス王女殿下。帝国と王国にとって、大切なお話があります。
なるべく早く、できれば今夜、エヴルー“両公爵”閣下と面談をさせていただきたいの。
可能であれば、タンド公爵閣下、同席の上が望ましいわ」
「分かりました。今すぐ、ルイスとタンド公爵閣下に手紙を出します」
私は立ち上がるとその旨を記し、マーサに預ける。
「ルイスは今夜、ソフィア様との夕食に間に合うよう、帰ってくる予定だったから、大丈夫だとは思うわ。伯父様もやりくりしてくださるでしょう」
「………………」
事情説明する私の顔を、ソフィア様は『えっ?』という表情を浮かべた後、無言のままじっと見つめる。
「どうなさったの?ソフィア様?」
「……エリー様が殿方を呼び捨てなんて、初めてだわ」
真剣な眼差しに、気圧されそうだ。
いや、単に『ルー様』と呼ぶのが気恥ずかしかっただけなのだが。
「そ、そうかしら?」
「えぇ、そうよ。あの、“アレ”な方の時も、殿下や様は付けてたのに、呼び捨てなんて……」
「そんなにお行儀が悪かったかしら。ソフィア様の前では止めておくわ」
「ううん、いいの。そうだわ。
私も『ソフィア』って呼んだら、私にした今までの無茶振り、全部許してあげる」
う〜ん。これは一体どういう状態なんだろう。
仮にも、王国の王子妃殿下を呼び捨てって。
でもご希望だし、私室で互いの侍女だけだし、ま、いっか。
「わかったわ。では、ソフィア」
「もう一度」
「ソフィア。大切な人」
「もう、こういうところなの!でも続けて」
「ソフィア。愛らしい薔薇のよう」
この後、十数回、呼び続け、ソフィア様は満足したようで、「今日はもう充分よ」と終える。
「ご気分がほぐれたようでよかったわ。顔色がとても良くなってるもの。お肌もしっとりなめらかだわ」
私は薔薇色に染まったソフィア様の頬にそっと触れ、一、二度撫でてお肌の柔らかさを確認し離す。
エヴルー産の美容液などもお肌にあったようで安心だ。
「えぇ、もうここ2年の鬱憤が少し晴れましたわ。
あの“アレ”な方……。あぁ、もう帝国にいる間は“アレ”でいいわ。
“アレ”から呼ばれる『ソフィア』って響きを打ち消して、清めてくれる感じがするの」
本当に申し訳ない。アルトゥール殿下への不満がかなり溜まってるようだ。
「わかったわ、上書きね。だったら、二人でいる時は、ずっとソフィアって呼びましょうか?」
「あら、私もエリーって、様抜きでもいい?」
「よろしくてよ。ソフィア」
「嬉しいわ、エリー」
「うふっ」「うふふ……」
顔を見合わせ小さく笑ってしまう。まるで昔の子どものようだ。
その後は、ソフィア様のお子、フレデリック様のお話も聞き、“学遊玩具”を紹介すると、いくつかお土産にしたいと話す。
久しぶりに気のおけない友人との時間を楽しんだ。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
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新作、連載中です。
コミカルなファンタジーを目指してます。
おかげさまで、ハイファンタジー〔週間連載中ランキング〕で、10/20に78位に入りました。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
精霊王(溺愛一方通行強制封鎖のため斜め上発動中)と
魔術師(世捨人からパパ修行中)と
その養娘(精霊王花嫁保留&魔術師修行中)を中心にしたお話です。
序章では、精霊王と魔術師が、花嫁を巡ってバチバチしてますが、1話からは魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
現在、17話『嘘か本当か』まで公開中です。
よかったら、お気軽にお楽しみください。
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