137.悪役令嬢の解放
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、14歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー。悪阻が終わったら、最初に何が食べたい?」
「え?」
私はほとんど考えていなかったことを聞かれ、一瞬戸惑うも検討に入る。
「ん〜〜。これと言ったものは特に。
あ、やっぱり違うわ。甘いものが食べたい、かも。
今、一番苦手で、全然食べられてないんだもの。
でもうちの料理長が作ってくれるものは、なんでも美味しいわ」
「そうか。となると、母上のお見舞いは、かなり的を射ているな。
小切手式商品券だから、メニューにあるものは何でも食べられる」
ルイスは皇妃陛下のことを、時々自然体で『母上』と呼ぶようになっていた。
私は良いことだと思っているが、敢えて指摘はしない。ルイスが止めてしまうかもしれないからだ。
「そうね。どれも素敵なお店よね。すっごく楽しみにしてるわ。ルー様も一緒に行きましょうね」
「ああ。何とか仕事を調整して絶対に行く。休みをもぎ取る。休んで気分転換しないと、良い策も浮かばないよ。
じゃ、行ってくる」
「はい、気をつけて、行ってらっしゃい」
今朝はふわっと抱擁してくれた。
ダメな時もあるが、嫌がらずに試してくれる、ルイスの優しさが好きだ。
そう言えば門前の花は、枯れたものは邸内に引き取り、庭師達が堆肥にすることにした。
私は結局見られなかったが、なんと執事長が画家を手配していた。
風景画を得意としている、かなり有名な人だ。
「エリー様にもこうすれば、見ていただけます。
またエヴルー家の歴史の1頁になりうることです。記録を残しておくべきでしょう」
「あ、うん。よろしくね」
侍従長はアーサーと違った意味で有能だ。
マーサ曰く、エヴルー公爵家の始まりの歴史を、子孫に伝えられる素晴らしさに目覚めているらしい。
新しい家というだけの、他家からの侮りにも敏感で、絶妙にやり返しているとのことだった。
私もルイスも無頓着なので、とてもありがたい存在だ。
頭が固くなりすぎると問題だが、今のところはそれもない。
主人が苦手な分野を率先して補ってくれる、頼もしい存在だ。
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8月に入ったある日——
朝起きたら、いつもの気持ち悪さがない。
もしかして、と思い、マーサに伝え、まずは胃に優しいコンソメスープを持ってきてもらう。
匂いを嗅いでも平気だ。
「エリー様。大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫みたい」
黄金色の液体をゆっくり口に運ぶと、旨みと香りが口の中に広がる。
こんな美味しいものを食べられなかったなんて、信じられない。
驚きと嬉しさがないまぜになる。
スープの美味しさは、今までの悪阻の辛さや苦しさを溶かしてくれる。
心も柔らかくなっていき、微笑みをもたらしてくれた。
ふうぅと大きく息をつく。
「とてもおいしいわ……。作り手の真心がこもったスープね」
「エリー様、おめでとう、ございます……」
「マーサ、ううん、みんな、ありがとうだわ」
「とんでもないことでございます。
どうかゆっくりお召し上がりください。
クレーオス先生が、胃腸の能力が落ちているので、一度に召し上がらず、少しずつ、と仰ってました」
「そうだわ。クレーオス先生にお知らせしないと」
「エリー様。それより何より、ルイスさ」
遠くから聞こえていた足音が次第に大きくなり、すぐに近づき、ドアがノックされる。
「エリー?!悪阻が終わったって、ホントか?!」
ノックとほぼ同時に、ルイスが出勤前の姿で部屋に入ってきた。
ルイスとクレーオス先生が朝食を食べているところに、料理長が現れ、「マーサ殿がコンソメスープを運んでいった」と耳に入れたのだと言う。
そのあわてぶりが少しくすぐったく嬉しい。
「うん、終わったみたい。全然気持ち悪くないの。
すっごくスッキリしてるわ」
「クレーオス先生に診てもらわないと」
「はいはい。お邪魔いたしますぞ、姫君。
ふむ。コンソメスープとは賢い選択じゃ。
ちと失礼」
ルイスの後ろからゆっくり現れたクレーオス先生の診察は、比較的早く終わり、やはり悪阻は終わった、との診断だった。
「ご存じじゃろうが、まれにぶり返す時もある。また妊娠中は眠気が強い。
決して無理せず、今は胃腸や身体のリハビリを少しずつ行うことが肝要じゃ」
「はい、先生。計画的に、無理せずやりますわ」
「姫君。計画通りにいかぬのが、妊娠中というものなんじゃよ。
計画も余裕を大きく取って、無理せず実施すること。
う〜む。そうじゃな。リハビリ計画は儂が出そう。姫君は今までの分を取り戻そうと、すでに目が爛々としてらっしゃる」
「も、申し訳ありません。クレーオス先生。計画作成、よろしくお願いします」
「とりあえず、朝食はそのコンソメスープを飲んで、足りなければ、柔らかいパンのミルク粥じゃな。
そうじゃ、これだけは言うておく。
穀物類メニューは、儂が許可するまで食べてはなりませぬ。
姫君のことじゃから、すぐに実践と思うじゃろうが、アレは消化が悪い。
よろしいかの?」
「はい、確かに」
「ルイス様。と言う訳じゃ。姫君の悪阻は終わったが、胃腸と身体のリハビリを終えるのが、療養明けということでよろしいかの」
「もちろんです」
「穀物類メニューについてもじゃよ」
「はい。疾病などで医師が禁じた者は、穀物類メニューの対象外です」
「なら、我らは戻って食事としよう。
姫君は今朝はこちらで、ゆっくり召し上がりなされ。よろしいな」
「一緒の席じゃダメですか?」
「後日になされ。目の毒じゃ」
「わかりました……」
「エリー、大丈夫だよ。すぐにまた朝食室で食べられるさ」
『一緒に食べられる』と期待しがっかりした私を、ルイスが抱きしめてくれる。
こんなにぎゅっとされるのは本当に久しぶりで、照れてしまう。どこか恥ずかしい。
「……ルー様」
「エリー。出勤前にもまた来るから、ゆっくり無理せず食べるんだよ」
「えぇ。そうするわ」
「俺だって悔しいんだ。エリーの『美味しい』って顔は本当に可愛いからさ。一番に見たかったけど体調優先だ」
「あ、じゃ、ちょっと待って」
私はソファーに座ると、コンソメスープをひと口飲む。
うん、やっぱり美味しい。
雑味がなく、それでいて深い味わい。単純だけど難しい。
うちの料理長はやっぱり最高ね。
思わず顔が綻び、花が咲くように微笑む。
「ホント、美味しい。生まれてきて、生きててよかったぁ」
「うん。この笑顔だ。ありがとう、エリー。見せてくれて。また来る」
「うん。朝ごはん、しっかり食べてきてね。
先生もお食事中、ありがとうございました」
二人が出ていき、私は深い息を吐いて、残りをゆっくり飲んでいく。
クレーオス先生の言う通り、『目は胃よりも大きい』状態で、ミルク粥まで辿り着けなかった。
マーサがそんな私を慰めてくれる。
「これからでございますよ、エリー様。
ただ、私、ルイス様に秘密を持ってしまいました」
「え?どういうこと?マーサ」
「ルイス様が仰った、一番に見たかった、エリー様の『美味しい』というお顔を拝見したのは、私ですので……」
「あ、そういうこと?でもマーサならいいわ。
ううん、ルイスには悪いけど、マーサがよかったの。だって、辛い間、ずっと傍で支えてくれてたんですもの」
「エリー様……」
マーサが涙ぐんでいる。
私は立ち上がると、マーサをぎゅっと抱きしめた。
大好きよ、マーサ。ありがとう。
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悪阻が終わった報せに、エヴルー帝都邸の使用人は喜びに湧いた。
ただリハビリ期間があると聞き、執事長と家政婦長は気を引き締める。
妊娠はまだ公にはしていないのだ。
悪阻の終了と、おめでた発表の段取りは、外部の《援軍》では、まずタンド公爵夫人である伯母様に、相談も兼ねて知らせた。
リハビリ後に療養明けの挨拶をするため、皇妃陛下へ謁見し、その場のやり取りで、『実はおめでたでした』と告白する流れだ。
伯母様も賛成し、伯父様と皇妃陛下に伝えていただく。
アーサーにも早馬で知らせた。
お父さまには、タンド公爵家から“鳩”で知らせてくださることとなった。
確かに日常生活を送れてなかったので、筋力が全体的に落ちている。
クレーオス先生の指導を受けながら、少しずつ回復していった。
食事も5日目からメニューは違うが、同じ朝食室で食べられる許可が出た。
本当に嬉しい。
少しずつでも前のように食べられる。
なんて素晴らしいんだろう。
それと同時に、南部の領民達が気掛かりとなった。
伯父様に連絡のついでに、手紙で確認すると、帝国各地からの救援物資のおかげで、何とか死者は出さずにすみそうだった。
麻布効果と水の循環による冷却効果もあり、北進もほぼ止まりつつある。
ただこれからは、被害を受けた地域の、より細やかな政策が必要な段階に入っていた。
今のままだと離農する領民が続出し、土地が荒れてしまう。国としても困るのだ。
ただし伯父様からは叱られた。
『首を突っ込むにはまだ早い。
私がルイス殿から刺されてしまう。
しっかりリハビリをしてからだよ、エリー』
刺さないと思うけどなあ、と思ったが、おとなしく従った。
クレーオス先生やマーサに知られたら大変だ。
運動は久しぶりに馬に乗りたいと思ったが、絶対にダメだ。
となると、安全なのは体操と散歩で、クレーオス先生のリハビリ計画もそうだった。
居室で騎士団仕込みの体操をした後、マーサに日傘を差されながら敷地内を歩くこととした。
真夏のため、涼しい時間帯を選び、時折休み、水分を充分に摂りながら散策する。
その中でも久しぶりのハーブ園はやはり楽しい。
「ちょっとだけ」と言って始めた、ハーブ園の手入れに夢中になってしまい、マーサに早速叱られてしまった。
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そんな日々を送ること、2週間後——
皇妃陛下への私的な謁見を申込み、すぐに了承された。
後宮の皇妃陛下の私室に参上した私は、“エヴルーシリーズ”の、カモミールの地模様の上品な青いドレスを身につけていた。
療養明けに、派手な衣装はそぐわない。
これから話さなければならないことにもだ。
宝飾は、エヴルー公爵家紋章を用いたピアスとネックレス、髪は結い上げて、同じく紋章の髪飾りだ。
久しぶりの正装に、マーサの気合いも違っていた。
今は後ろに控えてくれており、心強い。
深いお辞儀をする私に、皇妃陛下よりお言葉がある。
「エリー閣下。お元気になられたようで、何よりのこと。ご快癒、おめでとう」
「皇妃陛下。慈愛深い、お優しいお言葉、深く御礼申し上げます。
また療養中はお見舞いの品と心のこもったお手紙をありがとうございました」
「気に入っていただけてよかったわ。
ダメよ、って言われる前の、滑り込みで間に合ったの。幸運だったわ」
「お優しいお心遣い、感謝いたします」
少し砕けた儀礼的なやり取りがしばらく続く。
急におめでたを公にしては怪しまれてしまう。
そこに、皇妃陛下から“振り”が来た。
「本当に大変だったのね。まだ少し痩せているようだもの」
「えぇ、大変でした。ずっと吐き気が取れず、食べられるものも限られ……」
「あら、エリー閣下。ひょっとして?」
「はい。ルイス様との子どもを授かり、身籠っております。
落胆なさることのないよう、安定期に入ってからのご報告となりました。
最初からお伝えせず、誠に申し訳ありません」
「いいえ、気持ちはよく分かるわ。妊娠初期は悲しいことが起こる可能性が高いんですもの。
それで今は何週目なの?」
「18週目、5ヶ月でございます」
「本当に安定期に入ったのね。ああ、そんな床に立ったままなんて、いけないわ。
こちらにいらっしゃい」
ソファーの長椅子の隣りの席を指し示す。
「恐れ多い」と遠慮したが、最後には侍女長にエスコートされてしまった。
「エリー閣下。本当におめでとう。
今、18週ということは生まれるのは1月下旬くらいかしら?」
長年、後宮運営をされてきた皇妃陛下なので、すぐに出産時期を口にされても不思議ではない。
私は照れて少し俯き加減に応える。
この報告は、後宮だけでなく皇城中を駆け巡るだろう。
実際、お澄まし顔の侍女達の、見逃すまい、聞き逃すまい、といった気配がじわじわと伝わってくる。
印象は大切だ。
「はい、クレーオス先生はそのように仰せでした」
「まあ、でしたら、南部の対策をされてたのは……」
「妊娠中で、悪阻も始まっておりました」
「そんな、苦しい中、よくやってくれました。
過労になるのも無理はないわ。
尽力は尽力でも、普通の尽力ではないのです。
悪阻の時期は、何をするのも辛い人が多いのに。
こんなに痩せて……。決して軽くはなかったでしょうに……」
皇妃陛下が私の頬に触れる。確かにまだ元のように戻ってはいない。
また、本当に思い遣ってくださっているのが、その所作から伝わってきた。
美しい双眸も潤んでいらっしゃる。
「……はい、軽くはございませんでした。
ただ、南部の国民はもっと辛い思いをしていると、奮い立たせておりました。
しかし、倒れてしまい、却ってご迷惑になってしまったのではないか、と……」
「そんなことは決してありません。
エリー閣下の療養が発表された頃には、対策がほぼ実施に移っていました。
『これで実務者に任せられる』と、少し安心されたのもあったのでしょう。
この帝国のため、本当によくやってくれました……。
そして、エヴルー公爵家の跡取りの懐妊、本当におめでとう。
小さな命を守りながら、国のために働いて、エリー閣下は本当に帝室の忠臣です。
皆の者、そう思いませんか?」
ここで居合わせた侍女達に問いかける。
本当に段取りがお上手だ。
侍女の方々は口々に、大変だったと慰労してくれ、「皇妃陛下の仰せの通り、ご立派な忠臣でいらっしゃいます」と口を揃えて仰る。
ゔ、背中がかゆくなってきた。でも耐えなきゃ。
ルイスのため、“ユグラン”のため、エヴルー公爵家のためだ。
「ほら、皆もそう思うと言ってるわ。
それに誰が反論しようと、私はそう思います。
特に男性に、悪阻の、あの辛さ、苦しみが分かるとは思えません。
たとえ皇帝陛下がお認めにならなくとも、私が認めます。
エヴルー“両公爵”エリー閣下は帝国の忠臣である、と。
皆の者、よいな」
「はっ、仰せのままに!」
帝国の美しい支配者である一面を垣間見せた皇妃陛下の言葉に、侍女の方々に緊張が走る。
最後は全員、お辞儀をして受け入れた。
ああ、皇妃陛下がとっても楽しそうなのは、気のせいではないと思う。
そのご機嫌な皇妃陛下は優しそうに微笑むと、「エヴルー“両公爵”家の跡取りである前に、ルイスとエリー閣下の子どもであり、私の孫でもあるの。どうか身体を大切にね」と声を潜めて仰ってくださった。
この一連の経緯と、皇妃陛下のお言葉は、皇城内を噂が駆け巡る内に、いつのまにか皇帝陛下の仰せにすり替わった。
翌日の新聞には大きく、私の妊娠と、妊婦なのに無理をした故の療養だったと報道され、同情と共に、エヴルー“両公爵”家は帝都民の支持を受けることとなった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
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新作、始めてます。
コミカルなファンタジーを目指してます。
ハイファンタジー〔週間連載中ランキング〕で、79位に入りました。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
精霊王(溺愛一方通行強制封鎖中)と、
魔術師(世捨人からパパ修行中)と
その養娘(精霊王花嫁保留&魔術師修行中)を中心にしたお話です。
序章では、精霊王と魔術師が、花嫁を巡ってバチバチしてますが、1話からは魔法のある日常系(時々波乱?)で、短めであっさり読めます。
現在、15話『氷菓子のお招き』まで公開中です。
よかったら、お気軽にお楽しみください。
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【書籍化情報】
『悪役令嬢エリザベスの幸せ』がツギクル様より12月7日発売予定、現在予約受付中です⬇️
【ツギクル様公式HP】https://books.tugikuru.jp/202412-akuyakureijyo-30836/