136.悪役令嬢の支え合い
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、13歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「え?花が?」
過剰な美辞麗句の新聞報道はぴたりと止み、出勤前のルイスから『ウォルフ騎士団長もこれ以上はしない』と約束したと聞き、ほっとしていた。
そんな私の耳に飛び込んで来た報告は、体調が少し持ち直した午後のことだった。
花束がこの帝都邸周辺に置かれ始めている、というのだ。
それもかなりの数で、最初は正門付近だけだったのが、通行の妨げにならないよう、壁に沿って横に広がっているという。
「ちょっと待って。私は存命よ」
帝室の方が亡くなった後、皇城前の広場に、花束や追悼の蝋燭を捧げる慣習がある。
実際、昨年の皇太子殿下が亡くなった時も、広場はかなり埋め尽くされていたし、王国でも同様の慣習はあった。
だが、私はしっかり生きている。
生きて、ルイスと人生を共にし、“ユグラン”をこの身に育んでいる最中だ。
どうしてこんなことに、と思う気持ちは強い。
執事長は言いにくそうに状況と事情を説明する。
「置かれ始めたのは、今朝早くからです。
幼い女の子と母親の親子連れだったそうで、ガーベラの花が1本の花束を、エリー様に贈ろうとしたそうです。
『エリザベス様へ、私達の生活を守ろうとしてくださった、せめてものお礼とお見舞いの気持ちです。ハーブやお花が好きと伺いました。この子と二人暮らしで、小麦や食べ物の値段が上がれば、暮らしていけなかったんです』と話し、感謝していたと聞いております。
見舞いの品は断っていると答えると、『気持ちだけ残して行きます。お大事にお伝えください』と、花束を正門の端に置き、帰って行きました。
これが始まりで、しばらく経つと、続々と市民の見舞いの訪問が続き、断ると花束を置いていくのです。
置いた花束の前で跪き、エリー様の回復を祈る者もいるとか。
お見舞いの気持ちということで、門番や警護も無下にはできず、整理に回っております。
交通の妨げや近隣の邸宅にご迷惑をかけては大変でございます」
「……それは確かに断れないわね。
わかりました。そのまま、『一度ていねいに断る。置くのは目こぼし』を続けて。
決してそのまま受け取らないように」
「かしこまりました」
「ああ、ルイスが帰って来れるよう、馬車の車幅は厳守してね」
「もちろんでございます。では失礼します」
執事長が出て行った後、これは本当に帝都民の純粋な好意なのか、考えてしまう。
可能性は2つある。
1つは、ウォルフ騎士団長が別の手を打ってきた場合だ。帝都民の善意という建前なら私も対応しづらい。
もう1つは、善意に見せかけての嫌がらせだ。
帝都民が花を捧げる慣習は、帝室の方々が亡くなった場合のみだ。
それを“お見舞い”で置いていく。その裏側で『死を願っている』とも取れる。
扇動された帝都民は、純粋な善意だろう。
『そういう気持ちを示す方法があってもいいよな。やってみよう』という訳だ。
考え込む私にマーサが明るく声をかけてきた。
「エリー様。難しいことはお考えなさいませんよう。
考えても変わりません。
ここは新しいことが始まったと思われませんか?」
「新しいこと?」
「はい。エリー様は今まで、新しいこと、前例のないことをされてきました。それを真似したとは考えられませんか?
エリー様なら、今までの形式とは違うけれど、喜んで受け取ってくれるだろう、と。
私はそう思います」
「マーサ……」
「最初の親子が言ったことも事実でございます。
今は多くの好意を受け取られるか、忘れてしまわれるか、とにかく、休養第一でございます」
確かにマーサの言う通り、考えても仕方ない。
嫌がらせで扇動されても、私が縁起を担がなければ、皇城の噂雀や噂雲雀が囀るだけだ。
「そうね。マーサの言う通りだわ。
帝都民の好意はそのまま素直に受け取ることにするわ。
元気をもらえたせいか、執務室にも行けそう。
そうだわ。ルイスに報告だけはしておいて。
帰ってきたらびっくりしちゃうもの」
「かしこまりました」
私は久しぶりに、午後の執務に邁進した。
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皇太子殿下の1周忌の日——
ルイスは黒のスーツで出掛けて行った。
不謹慎だが、本当に黒がよく似合う。かっこよくて、きゅんきゅんしてしまう。
「気をつけて、いってらっしゃい」
「行ってくるよ。“ユグラン”と留守番を頼む」
「はい、任せておいてね」
私の手を握り、手の甲に唇を落としていく。
その名残りの手を振り、ルイスを見送った。
今回の1周忌は非公式で、肉親による礼拝のみだ。
それでも礼拝の開始時刻には、大聖堂で鐘がなる。
今朝の新聞報道でも記事になっており、帝都民は祈りを捧げるだろう。
私も同じだ。
割と調子が良かったので、クレーオス先生の許可を得て、マーサに手伝ってもらい、コルセットはせず、エンパイアドレスに着替える。
身嗜みを整え、遠く聞こえてきた鐘の音と共に祈りを捧げる。
さまざまな想いが胸に去来する。
ルイスは今ごろ、どう思っているのだろう。
こういう時にこそ寄り添っていたかった。
せめて、心は共に、と途中からはルイスについてばかり、想いを馳せてしまっていた。
天より導きたもう我らが神よ。今日は本当に申し訳ありません。
でも、皇太子殿下の犯罪者の面を思い出すより、その被害を受けたルイスのために祈った方が私らしくも思える。
それに帝室について、いや、皇帝陛下について、腹に据えかねたことも、つい最近あったのだ。
皇太子殿下の後継者である第五皇子の立太子の儀を、12月にすると告げた時、あの方は最後にこう付け加えていた。
『立太子の儀は国難の人柱ではなく、万全に整えて迎えさせてやりたい』
幼いルイスが後宮で虐げられた主原因が、皇帝陛下の後宮内のバランスを考えない抑制の無さだった。
また、私とも色々あったため、皇帝陛下を見る目が厳しいのかもしれない。
しかし、伯父様からの手紙で、この発言を知った時、第五皇子殿下との年齢差を考慮せず、『ルイスは南部の紛争の人柱にしたくせに』とつい思ってしまったのだ。
ああ、いけない。
祈りに雑念が入り過ぎている。
私自身のためにならないし、ルイスを置いてきぼりにして、考えても何もならない。
個人的な情報源からは、もう少し南部の不作対策が落ち着いてきたら、騎士団は遠征訓練を行う予定らしい。
ルイスからは一切聞いてはいない。
当たり前だろう。
身重の、それも悪阻に苦しむ妻に、検討段階でわざわざ言う人では絶対にない。
南方の連合国では不作が酷く、凶作とも言うべき状態で、民衆の飢餓の可能性が高いとの情報も得ている。
この状態が改善されなければ、連合国が越境し、帝国南部で略奪行為を行う可能性が高い。
その牽制に遠征訓練と称して出兵するのだ。
ルイスは必ず駆り出されるだろう。
前回の紛争勝利の“英雄”なのだから。
ルイスのために出来ることは、“ユグラン”を育てる以外ないか考える。
結局、祈りの時間は、ほぼルイスについて考えて終わり、私の罪深さを自覚した時間だった。
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1周忌礼拝も終わった月末に、帝都に滞在する貴婦人やご令嬢の間で、『雑穀食がダイエットと美容、お通じに良い』という噂が流れ始めた。
痩身と美容についての情報は、皆、一喜一憂するほど敏感で、貴族女性の嗜みとも言える。
この噂の内容は事実であり、クレーオス先生のお墨付きだ。
早速、タンド公爵夫人である伯母様が試したが、結果は良好だった。
噂を聞いた方々が、実際に少し絞られた体形や、その肌艶を目の当たりにすれば、噂を信じる気にもなるだろう。
また、“シリアリス(穀物)派”のご夫人がたも「そういえば」「確かに」と同意する。
幸い各家には、帝室から推奨する穀類メニューが届けられている。
今まで放置していたメニュー表にあるものを、料理人に作らせ食べてみると、意外と美味しい。
思っていたよりもまずくはない。
推奨文にも、『無理をして毎日食べろという訳ではない。適度に取り入れ長く続けてほしい』と書かれている。
国も推奨し、何より美容に良いのだ、と穀類メニューを自分達貴族が食べることに反対していた夫を説得し、もしくは自分だけでも、という夫人が増えてきているらしい。
そうなると、邸内の使用人たちの目は、主人に冷たくなる。自分達の実家の生活に直結することだ。
なぜやってくれないんだ、と懲罰されない程度のサボタージュをされた保守派貴族家もあったとか。
人の不幸やトラブルは、噂雀や噂雲雀には、蜜の味、ご馳走だ。
すぐに広まっていき、社交シーズン最後の月、8月の話題となっていった。
このタイミングで、天使の聖女修道院で、穀類食の長い経験を元に、創意工夫を重ねた、新しい焼き菓子が、新発売された。
雑穀の香ばしさや独特の食感を活かし、またハーブの種などとも組み合わせ、食べると口の中にいい香りが広がる。
ダイエットをしていても、甘いものは食べたい。
また、普通に食べても、今までのクッキーを始めとした焼き菓子と、風味が違うだけで、同じくらい美味しいのだ。
腹持ちもよく、味もよい、天使の聖女修道院謹製の焼き菓子は、飛ぶように売れ、新しい製作所を作り、需要に対応することとなった。
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エヴルーからは、アーサーが予言した通り、初等学校ごとに取りまとめたお見舞いの品々、手紙や絵、中には布にお見舞いメッセージを刺繍したものなども入っている。
『これだけ出来るようになりました。以前、参観してくださった時より、ずっと上達しました。エリー様に早く見てほしいです』
などと、添えられた手紙に書かれていると、妊娠以来、感情の揺れ幅が大きくなった私は感激し、思わず目が潤んでしまう。
子ども達だけでなく、その地区の大人達からのものもあった。
手紙には、『穀類食もなかなか美味い。でも帝国推奨メニューより、天使の聖女修道院様の教えてくださるメニューの方がずっと美味しいんですよ』などと書かれている。
思わず、小さい笑いを零してしまう。
私にとっては、皇帝陛下からのお見舞いの手紙より、老若男女の領民達からの手紙などの方が、ずっと宝物で家宝だ。
それは、多数の中から厳選したものを見せたルイスもそうだった。
遅く帰邸した時間に、珍しく私が起きていると聞き、訪ねてきてくれた。
手紙に目を通すと、サファイアの瞳に優しさが宿り、嬉しそうに微笑む。
「エリー。ここまで愛されている領主も珍しいと思うよ。
ある意味、なりたがってる“珍獣”じゃないか」
「え?ん〜。言われてみれば、そう、かも?
珍しいって点ではね。
でも私は“社交的に滅多に会えない”って条件もクリアしたいの」
「クックックッ……。だったら、マダム・サラが言ってた“聖獣化”が正しいんじゃないか。
確かに読んでるだけで癒される。“ユグラン”もいつか書いてくれるといいな。
仕事も頑張れる気がしてきた」
職務には不本意なものも、きっと含まれているのだろう。
やつれた表情を、ふと見せることが多くなってきていた。
私はそっと、両手でルイスの頬を包む。
一瞬驚いたルイスだったが、すぐに預けてくれ、手に頬ずりさえしてくれる。
本当に可愛くて、素敵な旦那様だ。
「癒しが増えてよかった。ルー様、辛いことはない?話してくれる約束でしょう?」
「…………あると言えばある。
こういう善良な人間ばかりじゃない。
利己的で他者を顧みず、不正な儲けを目論む。
中には国家にとって、重大な裏切り者さえいる。
そういう相手と、追いかけごっこをしたり、追いこむために罠を張ったり、腹を探りあって威嚇したり……。
お前ら本当に帝国国民かよ、って思う。
ごめん、愚痴になった」
「愚痴でいいの。ううん、愚痴がいいの。
こうして吐き出すだけでいいの。
私は何があっても、ルー様の味方よ。
見ていてね。あと少しで復活して援軍になるわ。
あ、“ユグラン”ももちろんルー様の、パパの味方よ」
「……ありがとう、エリー」
ルイスの頭が、とすっと私の肩に載る。
「ごめん。気持ち悪くなったら、すぐに言ってくれ。エリーの匂い、落ち着く……」
「私もルー様の匂い、大好きよ」
私はしばらく、ルイスの背中や肩を撫でる。かなり凝っていた。
この肩や背中に、帝国の治安が載っているのだ。無理もない。
しばらくすると、ルイスが頭を上げる。
「ありがとう、エリー。元気をもらえたよ。遅くにごめん。ゆっくり休んでほしい」
「ルー様こそね。短くてもハーバルバスに浸かって、マッサージして。きっと深く眠れるわ」
「やってみるよ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ルイスは出勤する時と同様に手を握り、手の甲に唇を落し、部屋を出ていく。
その直前に振り返り、いきなり言葉を投げかける。
「一番大切なことを言い忘れてた。
エリー、愛してるよ」
とびっきりの笑顔でこう言うと、扉を閉める。
私は思いもよらない奇襲に、ベッドに倒れ込む。
「何よ、アレ。ずるい。ずる過ぎる〜」
破壊力満点のルイスに、しばらくぶりに完敗したのだった。
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後日、私はルイスに、あるカードを渡した。
『ルー様へ
帝国に暮らす私達のために、大変なお仕事をしてくださって、本当にありがとう。
私と“ユグラン”、エヴルーの皆はルー様の味方です。
私の許にご無事に帰ってきてね。
心より愛してます。
あなたのエリーより』
「……エリー、これは?」
「前に領地からの手紙を見せた時、“ユグラン”からもらえたら嬉しいって言ってたでしょう。
しばらく手紙のやり取りしてなかったし……。あ、これはカードなの。
お仕事中、手元に置いて、疲れた時とか、見てもらえたら、どうかなって……」
言ってるうちに恥ずかしくなっていく私の隣りで、ルイスは口許に手を当てている。
耳まで真っ赤だ。
「ずるいよ、エリー。すっごく嬉しい。
今は思いっきり抱きしめられないのに。
俺も愛してる……」
ふんわり両腕で私を囲うと、耳許で甘く囁く。
大切なお互いを思い合い、支え合えば、きっと乗り越えられる——
その想いを込めて、ルイスの背中をそっと撫でた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
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新作、始めました。ファンタジー×コメディを目指してます。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
精霊王(溺愛一方通行強制封鎖中)と、
魔術師(世捨人からパパ修行中)と
その養娘(精霊王花嫁保留&魔術師修行中)を中心にしたお話です。
序章では、精霊王と魔術師が、花嫁を巡ってバチバチしてますが、1話からは魔法のある日常系(時々波乱?)です。
よかったら、お気軽にお楽しみください。
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