134.悪役令嬢の命名
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、11歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「例の、“シリアリス(穀物)派”、皇城でも広がってるよ」
昨夜も深夜に帰邸したルイスが出勤前に、食後で少しさっぱりした私に教えてくれた。
タンド公爵夫人である伯母様が考案した、帝室の雑穀メニュー推進を支持するため身につける、淡い黄色の色目を、私が“シリアリス(穀物)”と命名した。
麦も含めた穀物全般を意味し、古代帝国の豊穣の女神の名前を由来に持つ古語で、縁起もいい。
南部の不作を助けるよう、他の作物は無事に豊かな実りを迎えますように、との思いも込めた。
伯母様も賛成してくれ、マダム・サラと、“シリアリス(穀物)”シリーズのファッション・アイテムを調製し始め、“中立七家”を中心に根回し中だ。
早速、皇妃陛下から、ご自分や帝室の方々の品々まで、ご注文を受け最速で納入したらしい。
ルイスが言うには、皇城内では行政官と騎士団を中心に、広がりを見せているという。
「どうして騎士団が?」
「そりゃあ、南部の動乱を防ぐためさ。
戦争は最後の外交手段って言ったのはエリーだろう?
経済的・人的被害が莫大になる。反乱や紛争もそうだ。
防御策が取れるなら、それに越したことはない」
「ルイスの言う通りね。ありがたいわ」
「パールグレーの時と違って、着用はウォルフの命令なんだ。
布章が入った箱を食堂に置いてあるのは同じなんだけどさ。
食堂でも雑穀メニューを取り入れた。腹持ちがするって評判だ」
帝国騎士団団長の命令だ。
それは全員着けるだろう。食堂のメニューも、とはウォルフ団長は果断の人だ。
「腹持ちがする、って。ああ、小麦より消化に時間がかかるのよ。それでだと思う。
あ、ちょっと待って。うん、そうだわ。クレーオス先生に聞いてみる」
「俺の奥さんが何を思いついたか分からないけど、絶対に無理はしないこと。
『“滅私奉公”癖、抑制チーム』を発動させるぞ」
「大丈夫。また波が来て、ベッドの友になるもの。
この仔と大人しくしてるわ」
私は黒い犬の抱きぬいぐるみを引き寄せ、ぎゅっとする。サファイアの瞳がルイスそっくりなのだ。
悪阻の不調も受け入れられるようになってきた。エヴルーが比較的安定しているのも大きいが、何せ自分では制御できない。
取れる対策は取って、動ける時は動き、ダメな時はベッドに戦略的撤退をする。
そう、開き直りつつあった。
「今は旦那さんをぎゅっとして、見送って欲しいんだけどな」
「ふふ、はい、ルー様。気をつけて行ってらっしゃいませ。ご武運を」
『ぎゅっと』というのは言葉だけで、ふんわり触れるような、一瞬の抱擁をルイスはしてくれる。吐き気を誘発しないためだ。
私の旦那様は優しい。これだけでも元気をもらえる。
「行ってくる。エリーも気をつけて。くれぐれも無理はしないこと。“ユグラン”を頼んだよ」
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ルイスを見送った後は、毎朝のクレーオス先生の診察だ。
「ふむ。順調で何よりじゃ。繰り返しじゃが、気分が悪い時は無理をせぬこと。眠気悪阻が酷くても定期的に飲食すること」
「はい、先生。それで、ちょっと教えていただきたいことがあるんですが」
私は騎士団の雑穀メニューで腹持ちがいいという評判が立っていると説明し、雑穀が小麦より消化に時間がかかるためではないか、と尋ねる。
「姫君の仰る通りじゃよ。パンにしても、小麦だけのものより、多少は固くなり、よく噛んで食べるしの」
よく噛んで食べる。ダイエットの基本だ。それで腹持ちがいいのだ。これは朗報だ。
「それって、より少ない量で満足できるってことですよね」
「まあ、そういう事じゃな」
「ダイエットに使えませんか?」
「ふむ、使えるじゃろうな。確かお通じも良くなるんじゃよ。
王国でも北部や山間部は普段から雑穀食が多い。そこの出身の医師が言うとった。
王都に出稼ぎに出ると、肌が荒れてお通じが滞る。
戻ってくると元通り。野菜や果物のように、肌に良い栄養があるんじゃろう。
ただし健康的に痩せるなら、バランスの良い食生活が一番じゃ。第二に運動」
「肌にもいい。雑穀も含めたバランス食と運動ですね。貴重な情報と助言、ありがとうございます。
マーサ、早速、伯母様に知らせてもらえる?伯母様から皇妃陛下にも、ってお願いして」
「かしこまりました」
「姫君も学んだの。儂が言う前に、他者を頼られておる。
今はそれが肝要じゃ。これから悪阻が重たくなっていくケースが多いんじゃ」
クレーオス先生はにっこり笑い、褒めてくれた。が、最後は知ってはいたものの、憂鬱な情報だ。
エヴルー公爵として、絶対に出席しなければならない予定と重なっているためだ。
「……あの、実はご相談しようと思ってたんですが、19日に外出するのは」
「皇太子殿下の一周忌じゃろう?
まず無理と思った方がよい。ドレスを着ての長時間の礼拝、帝室の墓地がある大聖堂の地下は、石造りで夏でも冷える。主治医として許可はできん」
先生はきっぱりと宣告する。
覚悟はしていたが、いよいよ公か、と思う。
何をどう言われるのか、伯父様や伯母様、アーサーやルイスの足を引っ張らないように、と思う。
「……わかりました。その前に過労と公ですね」
「それがよい。エヴルーからも、姫君が帰って来てくれない、どうしたんだ、との声も上がっとるじゃろ?
アーサー殿が抑えてくれとるが、限りもある。
どちらにしろ、時期が来とるよ。
うまくいけば、8月初旬には悪阻も終わる。過労の休養明けとしても、短すぎず長すぎず、ちょうどいい。おめでたも発表できる。
姫君はようがんばらしゃった」
クレーオス先生の言葉が、心に沁みる。瞳が潤んできそうになるのを耐える。
「……ありがとうございます。クレーオス先生」
「“籠城戦”の皆とよう相談なさって事を運ぶよう、儂からルイス様に話しておこう。
ほら、これも頼ることじゃよ」
クレーオス先生が少しおどけた表情で仰り、私に微笑みをもたらしてくれた。
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私が昨年亡くなった皇太子の一周忌礼拝の欠席を決めていたころ——
皇城では、新しい後継者である、第五皇子の立太子の儀について、御前会議が開かれていた。
伯父様・タンド公爵、ウォルフ帝国騎士団長、そしてルイスも、帝国騎士団参謀兼、エヴルー公爵として列席している。
その胸には、“シリアリス(穀物)派”の淡い黄色に穀類の刺繍がされたポケットチーフがあった。
他にもネクタイや布章を着けている者もいる。
出席者が抑えた驚きは、皇帝陛下の胸にも淡い黄色が見えたことだった。
ご本人は皇妃陛下からお手製の刺繍入りで贈られ、謹厳な表情の下、喜んでいた。
討議は、一周忌の翌月、今年の社交シーズンが終わる前に執行を主張する8月挙行派と、国難とも言える南部の大規模な小麦の不作に対応後、次の社交シーズンが始まる12月挙行派に分かれた。
最初は静かな口調だったが、舌戦が繰り広げられる内に熱くなっていく。
8月挙行派は保守的で、穀類消費推進も歓迎していない。
『平民である領民はまだしも、なぜ貴族である自分達が』『誇りを傷つけられた』などと、陰に回って憤慨しあっている人物が多い。
「国難であればこそ、一刻も早く後継者を告知し、皇帝陛下と共に、帝国を導く若き力が、国民の希望となるでしょう。
立太子された第五皇子殿下が、皇帝陛下の元で指揮を執り、国民に一致団結を促せば、被害にも立ち向かえるはずだ」
「差し迫った来月、8月に行う必要はあるのか?
小麦の収穫で、被害はまだ続いている。対策により回復に向かってはいるが、終息はまだ見えない。
実入りが悪い穂を握りながら、立太子の儀の話を聞いて、農民はどう思うか。
南部の住民へ、安心できるよう、食糧を届けるのが先だろう?
立太子の儀までに、届けられると言うのかね」
「各地方に備蓄がある。南部でもそれを解放すればいいだろう」
「南部は元々余裕がなかったところに、この“熱射障害”なのだ。各地方からかき集めて送らねば餓死者が出る。その数字も把握してらっしゃらないのか?!」
議論伯仲、両者譲らず、何度目かの休憩をはさんだ後、黙して聞いていた皇帝陛下が重々しく裁可する。
「8月に立太子の儀を行うならば、前例にない、臣下の列席も重臣のみの、簡素なものとするだろう。
ほとんどの南部の領主達が、現在、事態収拾のため、領地に戻っているためだ。
彼らや苦しむ領民をよそに、豪華な立太子の儀など挙げられまい」
8月挙行派は息を呑む。
予算は多少抑えるが、そこまでとは思っていなかったようだった。
しかし、南部の領主達はたとえ8月に挙行しても当然不参加の見通しで、皇帝陛下に『帝国の祝事に、南部の領主達を参加させない気か』と暗に言われれば、返す言葉もない。
「この国難は儂が指揮を執る。
必要ならば、第五皇子、第四皇子にも使命を与え、公務に就かせよう。
儂の指揮では不満か?
不満があるなら、この場で有り体に申せ。
後から申す者は許さぬ」
御前会議の間に、皇帝陛下の覇気が満ち、臣下の間に緊張と静寂が流れる。
「では、南部の“熱射障害”の対策に国力を集中するため、立太子の儀は12月とする。
さらに言えば、儂は『立太子の儀は今年中に行う』と言ったが、先の皇太子の一周忌を期にとは言ってはおらぬ。
儂は頑強だ。健康に全く問題はない。
立太子の儀は国難の人柱ではなく、万全に整えて迎えさせてやりたい。よいな」
「はっ!仰せのままに!」
親心まで持ち出されては、臣下一同、頷くしかない。
伯父様やウォルフ団長ら側近、ルイス達は皇帝陛下の意向を知り、なおかつ賛同していた。
8月挙行派に納得させるためとはいえ、この会議の時間も惜しいと、皆、足早に各々の執務室へ向かった。
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クレーオス先生から報告を受けたルイスは、私の一周忌の礼拝欠席の申し出と、それに伴う療養発表のため、動き出してくれた。
皇妃陛下に連絡を取った上で、儀礼官に私の欠席を伝える。理由は過労による療養とした。
元々、一周忌は親族だけで執り行う予定だったので、目立ちはしないが、すぐに皇帝陛下や皇子がたには伝わる。
そこは皇妃陛下が手当てしてくださる。皇女母殿下にもごく簡易に伝えてくれた。
その夜、皇妃陛下の私室を訪ねた皇帝陛下に、手紙を見せながら私の欠席を話題にする。
「ルイスの代筆ですけど、私のところにお詫びの手紙が来たの。
忙しい時に、二人とも気を遣ってくれて……。
エリーは南部の“熱射障害”のため、陰ながら動いてくれていたでしょう。
タンド公爵閣下を助けて、麻布の件も便宜を図ってくれたわ。
帝国に来て2年と4ヶ月。疲れも重なっていたのでしょう。
エリーをゆっくり休ませてあげたいの」
皇妃陛下の言葉に、皇帝陛下はもっともらしく頷く。
「エリザベス閣下の功績は聞いておる。
そうだな。国難の最初期、誰も気づかぬ時に尽くしてくれた。タンド公爵を支え、麻布の件もあり、体調を崩したのだろう。
エヴルー領内は二人の統治で、落ち着いていると聞く。
それに、エリザベス閣下は、王国の第一王女でもある。麻布の件があるのに、手厚く遇せぬ訳にはいかぬ。
うむ。礼拝の欠席は気にするな、ゆっくり休養するといい、と伝えてくれ」
「ありがとうございます、あなた。
エリーもルイスも喜ぶわ。私も嬉しい。
お疲れですのに、話を聞いてくださってありがとう」
皇帝陛下は皇妃陛下の微笑みに、このところの政務の気苦労も蕩ける心地だった。
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翌日——
皇妃陛下は、皇女母殿下、第五・第四皇子両殿下、第四皇子母の側室様も呼び寄せ、一周忌の礼拝に私が欠席する理由と、療養について説明する。
皇女母殿下はいよいよ、公の時が来たか、と皇妃陛下と小さく頷きあっていた。
そこに第五皇子殿下が心配そうな声をあげる。
「母上。お見舞いに行ってはいけませんか?」
「第五皇子殿下。過労でしょう。気を使わせてはいけません。私が代表して、お見舞いの品を贈ります。
もしよければ、お手紙を書いてもらえるかしら?」
「……はい、わかりました」
「エリザベス閣下だけでなく、ルイス閣下も非常な激務なのです。
騎士団は今、帝都と南部の治安維持に心血を注いでいるの。お仕事に集中させてあげましょう。
エリザベス閣下のことですもの。元気になったら、顔を見せてくれるでしょう」
「皇妃陛下。この“シリアリス(穀物)”の命名もエリザベス閣下がされたと聞きました。
穀物食の推進だけでなく、南部の不作を助けるよう、他の作物の豊作を願っていると……」
第四皇子は淡い黄色のポケットチーフを取り出す。
「功労者であるエリザベス閣下に、安心して療養いただくためにも、私は皇帝陛下と皇妃陛下のお手伝いをします。先日の視察と炊き出しのように、お役に立てる時はいつでもお声をかけてください」
「ありがとう、第四皇子殿下。
ただ、第五皇子殿下もそうですが、貴方がたは将来の統治に役立つ学びが、最も大切な仕事です。
今まで通り、勉学と鍛錬を第一に行い、皇帝陛下の勅命や、私と皇女母殿下がお願いした時に、公務を助けてくださいね」
「皇妃陛下の仰る通りです。私からも助けていただきたい時はお声かけします。その時はよろしくお願いしますね」
「わかりました」「はい、承知しました」
皇子達二人は元気よく答える。
第四皇子母の側室様は、いつも通り微笑んだまま見守っていた。
極力目立たず、この婚姻は故国である大公国と帝国の同盟のため、と身を処してきた。
今自分が動けば、息子である第四皇子殿下に疑惑が起こり、権力争いの元になると心得ていた。
しかし、こうして帝国のために己を律する者だけではない。
国難は功績を上げれば、出世のためにはまたとない機会ともなる。
真に国と民を憂う者、出世の踏み台にしようとする者、これを機に政治勢力図の変化を望む者など、さまざまな人間の思惑が渦巻く。
それが皇城だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
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新作、始めました。ファンタジー×コメディを目指してます。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
精霊王(溺愛一方通行強制封鎖中)と、
魔術師(世捨人からパパ修行中)と
その養娘(精霊王花嫁保留&魔術師修行中)を中心にしたお話です。
序章では、精霊王と魔術師が、花嫁を巡ってバチバチしてますが、1話からは魔法のある日常系です。
よかったら、お気軽にお楽しみください。
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誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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