133.悪役令嬢の大任
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、まずは10歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「すごい。こんなに大きく扱ってくれるなんて。
それも一面よ」
朝食後、悪阻が楽になった私は、マーサが渡してくれた新聞各紙に目を通していた。
新式の快速船を描いた、大きな挿絵画を食い入るように見つめる。
建言書からさらに工夫を重ねたようで、帆とその操作機関は、私が整理した改良案よりさらに変貌を遂げていた。
船体や船尾についても、その革新的なデザインに触れていたが、『船尾の詳細は公開されていない』と書かれていた。
それはそうだろう。
帆に目が行きがちだが、改良案の比重は船尾の方が大きい。ただし、停泊中は水面下でその全容は窺いしれない。
入港からずっと記事にされてきたが、ここまで詳細な絵は初めてで、私は快走する帆船を胸に描いた。
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昨夜、お父さまと国王陛下に、ごく簡単に返事を認めた。
無理をするな、と言われたが、御礼を伝えない訳にはいかない。帝国のためにこれだけのことをしてくださったのだ。
乱れた字だと、さらに心配をかけてしまう。美しい文字を心がけ、マーサにも確認してもらった。
ドラコ提督に渡すようマーサに頼んだ時、伝言も預けた。
「『魚釣りはほどほどに切り上げて、手紙を早く届けてくださいね』って伝えてくれる?
できたら、ルー様がいないところで。クレーオス先生なら、いらしてもいいわ」
「『魚釣りはほどほどに切り上げて、手紙を早く届けてくださいね』で、ございますね。
かしこまりました」
わざわざ復唱したマーサは戸惑いの後、微笑んでいた。無理もない。
「今日の晩飯だ〜」などと言って、帝国内の大河で魚釣りを楽しむ姿を、すぐに想像できるおじ様なのだ。
ただ、それだけではない。
ついでに、大河の水深まで計測する豪胆さも持ち合わせている。
ルイスから聞いた、皇帝陛下のお忍びの時の最後の挨拶にしてもそうだ。
要するに、『図体がデカいからって調子に乗んな。この貸しを忘れんじゃねえぞ』と言ってたわけだ。
今、帝国周辺で、陸海問わぬなら、実戦経験が最も豊富な方だ。
帝国との“対等”な関係維持のため、お父さまとは用途が異なる、“懐刀”を思いっきり見せつけて、帰って行かれた。
歴戦の王国海軍提督がたの中から、おじ様を選んだ国王陛下もお人が悪い。
その“ドラコ提督”自体を扱った記事も多い。
内陸部の帝国らしく、『海の英雄』への憧れで持ち上げた記事もあれば、『海賊家系から成り上がった荒くれ者』という内容もある。
どちらも事実だ。
何せ王国と帝国が過去に戦火を交えた時、王国海軍は帝国と同盟国の商船を襲いまくり、補給を危うくした実績がある。国家的海賊行為だ。
おじ様も王立学園時代から、出席日数ギリギリまで海に出て、色々“活躍”していたらしい。
先代提督がた、海軍ご意見番から、今でも『ドラ息子のドラコ』と言われる所以だ。
それを落第にならないよう、勉学の面倒を見ていたのが、お父さまというのだから、人との縁は思わぬところで繋がっているものだ。
おじ様と新式の快速船は、帝国に麻布を運んでくれただけでなく、私の噂もかき消してくれた。
本来なら、皇妃陛下と皇女母殿下からお声がかかり、皇城へ出仕している予定なのだ。
それが無い、となると、後宮雀や皇城雲雀達が、あることないこと、さえずり始めるのだが、今のところは静かなようだ。南部や王国からの麻布運搬などが主な話題らしい。
時間の問題だろうが、公にする期間は短ければ短いほどいいのだ。
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新聞も明るい話題だけではない。
南部の小麦の不作は、帝都の庶民達もはっきり知ることとなった。
すわ、値上がりする前に買いだめしておこう、と動いた人々の前に、小麦を始めとした穀物と麻布の購入価格と購買量の統制が立ちはだかった。
個人と事業者、その規模ごとの規制が公布されたのだ。
目的は買い占め防止だけでない。
王都を中心とした帝室直轄領で、小麦の代わりに雑穀など他の穀類を消費し、その浮いた小麦を備蓄分も合わせ南部に回し、全体的な平均化を図った。
タンド公爵を中心とした、王城の行政官の、汗と涙の結晶だ。
これをモデルとして、各領地でも行うよう、皇帝陛下から命も下った。国を挙げての政策だ。
しかし今まで好きなだけ小麦を消費できていた地域の不満が溜まるのは当然だ。
過去の帝国の施策が生み出した気風では、南部の苦しみは所詮、他人事だ。
その不満を宥めるため、皇妃陛下や皇女母殿下が積極的に動き始めた、と帰邸したルイスが教えてくれた。
「皇妃陛下が市場の視察に?」
「ああ、皇女母殿下と共に、第五皇子殿下と第四皇子殿下を連れて、小麦や雑穀を扱っているところを中心に、声をかけて回った。
その後に、近くの広場で、小麦に他の穀類も混ぜたパンや料理、雑穀だけの料理、蕎麦粉のガレットとかも試食なさった。炊き出しもした。
明日の新聞に出る予定だ」
「炊き出しはともかく、試食って屋台よね?」
エヴルーへの“里帰り”の経験を活かしていただけるのはありがたいが、どういう反応が出ることやら。
市民ウケはするだろう。元々、国民の人気は高い。
さらに言えば、皇妃陛下も皇女母殿下も、“限定的天使効果”の声の持ち主だ。
相性が合えば、呼びかけに賛同しただろう。
問題は口うるさい、もとい誇り高い保守派の貴族達だ。
雑穀など家畜の飼料を、尊きご身分で召し上がるなんて、とか平気で言いそうだ。
しかし、ご寵愛が深い“あの”皇帝陛下が、よくお許しになられたものだ。
「ああ、屋台と炊き出しだな。炊き出しでは料理も少しついだらしい」
皇妃陛下が料理をついだ?!
ナイフを持つのに、あれだけドキドキされてた皇妃陛下が、料理をついで配分する。
火傷しそうな熱々のメニューでなかったことを、周囲のお世話係の胃の調子も含めて願う。
「皇帝陛下がよくお許しされたこと」
「皇妃陛下が説得したらしい。
ご自分が率先してやれば、領主夫人達にも広まっていく。
皇女母殿下も積極的に参加されるご予定だ。警備計画が続々と出てきてる。
民衆の不満が溜まると、治安も悪化する。ちょっとしたことで暴動も起きやすくなる。
ああ、そうだ。タンド公爵がエリーに礼を伝えてくれって伝言だ」
なるほど。そこまでお考えとは、さすが皇妃陛下、“本当に”賢いお方だ。
“暴動”という不穏な言葉の後に、伯父様からの伝言とは、いったい何だろう。
「え?伯父様が私に?」
「エヴルー伯爵領で、万一の飢饉に備えて、小麦以外の雑穀を使った料理レシピ、かなり考えてただろう?」
エヴルーが豊かな穀倉地帯でも、全てが全て、小麦に向いている訳でもない。連作障害もある。
「えぇ。小麦の名産地で、小麦が大好きな地方だけど、そういうところってリスクを分散して備えてないと、過去の小麦不作の飢饉でもダメージが大きくなってたし……。
って、まさか?」
王国から“移動”し、エヴルー伯爵領の領地運営に着手したころ、しばらく後見人であるタンド公爵家には報告書をあげていた。その時のものだろう。
「炊き出しメニューに使わせてもらったってさ。
帝都風に味付けを少し変えたけど、レシピも配布した。
他のメニューも叩き台にして、これから広めていくって」
「そう。役立ててくだされたなら、何よりだわ。
でも、歯がゆい……。他の方任せで自分が動けない……。
自分で自分の身体が、こうもままならないなんて……。
まだ妊娠初期で、これくらいで揺らいじゃダメって思うんだけど……」
今日も悪阻による体調の波に翻弄された。
朝食後は執務室に行けたが、日中は悪化し、ほぼ休憩室のベッドの中だった。
クレーオス先生が診察し、「補佐官達も心配するじゃろう?」と私室への移動を命じられた。
確かに私の不調で、補佐官達の集中を妨げたくはない。
ベッドの端に座っていたルイスが、私の手を握った後、両手で包み込み、手の甲をそっと撫でてくれる。
温かさと優しさが伝わってくる。私の苛立ちや情けなさを少しずつ溶かしてくれるようだ。
「エリーはとてもよく頑張ってるよ。
“熱射障害”に気づいてくれた。対応策も立案した。不作には元々備えてくれていた。価格高騰を防ぐ規制や法律も素早くエヴルー領で制定した。
それに、エヴルー領と帝室直轄領のことだけじゃない。
“熱射障害”と対策の情報を送った、二家の当主からも、礼状が届いてただろう?
おかげで早めに手が打てて、助かったって」
「それは、うん……」
“中立七家”の内、南部の帝室直轄領に接する二家には、早い段階で知らせていた。ルイスと皇城の伯父様達以外で私を信じてくれ、嬉しかったことは覚えている。
ルイスはゆっくりと穏やかに、言葉を続けてくれる。
「そして、何よりも、“ユグラン”を育てるのは、エリーにしかできないことだ。
妊娠や子育てに備えて、領地運営の実務は分散化できても、“ユグラン”をお腹の中で育ててくれてるのは、エリーだけだ。
俺との大切な生命を育てるって大任を、毎日果たしてくれてるんだよ。
ありがとう、エリー」
「ルー様……。ルー様も、夜遅くまでお疲れ様です。
こうして来てくれてありがとう」
ルイスこそ、今日も帰邸が遅かった。
帝都や南部を中心とした、帝国内の治安維持に、帝国騎士団の参謀として動いているのだろう。
そして安定しているとはいえ、エヴルー領内にも、エヴルー公爵騎士団長として目を配ってくれていた。
「どういたしまして。俺がエリーに会いたかったんだ。ちょうど楽な時で、話せて嬉しいよ」
悪阻と南部関連の対応で、一緒に食事を取れず、なかなか話せず、の生活がもう1ヶ月以上続いている。
帝都とエヴルーのすれ違い生活より、同じ邸内でのすれ違いの方が寂しく感じるのは、どうしてなんだろう。
互いに互いが恋しかった。
「私もよ。ルー様の声、好きだもの」
「俺も休憩中とか、エリーの声が不意に懐かしくなるんだ」
ルイスのサファイアの瞳が優しく細まる。
ただその優しさの陰で、気がかりがあった。
ルイスは出会ったころ、南部の紛争で心が傷つき、味や匂いが感じられず、平和な日常生活にも順応できていなかった、と打ち明けてくれた。
私と出会い変わったと言ってくれ、婚約後はそういった兆候はなかったが、ここに来て南部の問題に大きく関わらざるを得なくなってきている。
ルイスは、南部の紛争を勝利に導いた“英雄”なのだ。
南方の連合国への威嚇も含め、いざ軍事行動を起こす時には、絶対に命令が下る。
今も参謀として働いているが、辛い時はないのだろうか。
大切なルイスの心が心配だった。
「ベッドで眠ってた時なら、きっとルイスのところに行ってたのかもしれないわ。
今ごろ何してるかな、って思う時、あるもの」
「それは嬉しいな。ああ、今、無性にエリーの頭を撫でたい。悪阻が終わったら、絶対に気が済むまで撫でる」
「ふふ、お手柔らかにね。私に撫でさせて」
「エリー……」
私はベッドから起き上がると、マーサを目線で下がらせる。そしてルイスの黒髪を思いを込めて撫でる。
ミントの香りがふわりと立ち上る。
ルイスは気持ちよさそうに、目を閉じる。
愛しさが込み上がってくる。
しばらくして、ルイスの手を、今度は私が両手で包む。
「ルー様。辛い時は必ず、私に話してね。
わかっちゃうもの。
前に、『なるべく隠し事はしないでほしい。特に後でわかってしまうものは。逆にされたら、エリーだって不安だろう?』って言ってくれたでしょう。
私もそうなの。だから、話してね……」
ゆっくりと気持ちを伝えた私を、聞き入っていたルイスがじっと見つめ、小さく頷いてくれた。
「ありがとう、エリー。そうするよ。
あ、ただしエヴルー公にも話せない軍事機密は除く、だ」
「参謀殿。そこはお話を適宜ぼかすなど、お知恵を働かせてください」
「ははっ、エリーには敵わないな。わかったよ。
そうだ。忘れるところだった。もう一つ伝言があったんだ。
こっちはタンド夫人からだ」
「伯母様が?」
伯母様からは、マルガレーテ第一皇女殿下の教育係や、“学遊玩具”のお試し店『フォンス』、妊婦のためのメニューや衣服の計画進捗について、報告書はいただいている。
領地運営に携わってきた経験を活かし、さりげなく仕切ってくれてどちらも順調だ。
“中立七家”当主夫人の方々も実務を分担し、生き生きとされていらっしゃるとあり、『さすが伯母様』と安心していた。
悪阻で寝込んでいる私にも、お見舞いだけでなく、例の『部屋着にもなる寝衣』のお試し役の報告を勧めてきたくらいだ。
『辛い時こそ、貴重な体験報告なの。回復して気分転換になったら、よろしくね』
酷い時は『それどころじゃない』と思うが、少しでも和らいでくると、メモに書き留め、『悪阻も役に立つ』と確かに気分転換になっていた。
ただし負担軽減で、マーサがまとめてくれている。
『そんな伯母様が、わざわざルイス経由で伝言?』と思っていると、ルイスは少し楽しそうに説明する。
「ほら、マルガレーテ第一皇女殿下のお披露目の時、“中立七家”の夫人達がパールグレーのドレス、着ただろう?」
「えぇ、揃えて着たわ」
「そこから第五皇子殿下の後継者発表まで、ふんわり“パールグレー派”みたいになっただろ?」
「そう、リボンやポケットチーフとか、どこかに色目を取り入れて、派閥の勧誘から逃げるのが流行ったのよね。
騎士団の食堂にまで、パールグレーの布章がドンと箱で置いてあるって驚いたもの。
覚えてるわ」
懐かしそうに話すと、ルイスの瞳が悪戯っぽく輝く。
「アレをもう一度やろうとしてるんだそうだ。
今度は自然発生じゃなく意図的に、皇妃陛下の応援のためにね」
「……つまり服飾に何かの色目を取り入れるの?」
「その通り。帝室が推奨した穀物食、雑穀メニューを支持します。
貴族家でも自分達が食べます。
自領でも広めて取り入れます。
その意志と方針の表明として、淡い黄色を身につけるんだそうだ」
「淡い黄色?あ、ひょっとしてキビの色?!」
「ああ。穀類の中では派手すぎず綺麗だって、マダム・サラと検討して採用したそうだ。
優しい色だと、印象も押し付けがましくない。
でも色目だけだけじゃない」
「え?」
「リボンなら穀類の花や葉の刺繍を入れる。ポケットチーフにもワンポイントとかね。
エリーのドレスに、よく麦の穂波を刺繍してるだろう?あんな風なドレスも考えてるそうだ」
皇太子の服喪中、自粛した中でも社交界ではお洒落を楽しんでいた。
しかし、今度は地味な穀類をファッションの潮流にしようとするなんて、さすがマダム・サラと伯母様だ。
「伯母様はやっぱりすごいわ。“中立七家”が前もって、周囲に根回しして始めたら、社交界に広まるのは目に見えてるもの。
ファッションで不作対策を後押しするなんて。
それに刺繍を入れれば、緊縮財政に泣かされる、服飾関連にもお金が回っていくわ。
染料だって、染色だってそうよ。
ん?優しい、淡い黄色って、ひょっとして、エヴルーのハーブ染料?」
「その通り。そこまで考えられるエリーは、やっぱりすごいよ。俺はタンド公爵から全部説明されなきゃ、分からなかったんだ。
領主としてはまだまだだ」
「ルイスは他の面ですごいもの。伸び代はたくさんあるわ。
でも、なんて名付けるのかしら。キビ色だとちょっとね」
話を聞いてるだけで、不謹慎だがわくわくしてくる。
伯母様はファッションで、伯父様達の政策を後押ししてるのだ。色んな意味で素晴らしいご夫婦だ。
「そこが悩み中で、エリーが思いついたら教えてほしい。それが夫人からの伝言だよ」
「もう、ルイスったら。私に元気をくれて、ありがとう」
私自身が動けなくても、立案で少しでも手助けできるのだ。
“ユグラン”を、ルイスとのかけがえのない命を育てる“大任”の中でも、やれることはある。
湧き上がった嬉しさで、私はルイスに抱きつく。ルイスもふんわりと優しく両腕で囲ってくれる。
「ふう、久しぶりのエリーだ。癒されるよ」
「あら、私の方こそ久しぶりで嬉しい。守ってくれてるんだって安心するわ。
私と“ユグラン”を癒してくれてるのは、夫でパパなルイスよ」
「何よりの名誉で嬉しいよ」
幸せな抱擁も長続きしないのが、悪阻の悲しさだ。
でも、ベッドに横になった私の胸には、確かな温かさが満ちていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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