132.悪役令嬢のおじ様
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、まずは9歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
「ようこそ、おいでくださいました。
お目にかかれるとはファルコン号も身の誉れ。
国王陛下もお喜びでございましょう」
ワガママ親父、もとい皇帝陛下のお忍び視察、お出まし一行を出迎えた、新式の快速船船団長とは仮の姿、王国海軍ドラコ提督が挨拶する。
日焼けした肌に、白い歯と笑顔、快活な声が印象的で、身分に合わない軽装、動きやすそうな簡易な船員服を着ていた。
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帝都から馬で急げば20分—
荷物が賑やかに行き交う幹線道路を行くと、港が現れる。
帝国は海に面しておらず、陸上交通網だけでなく、国内を流れる何本かの大河による水上交通網でも、物資も人も運ばれる。
特に大量の貨物はそうだ。
今回、王国から届けられた麻布のように。
麻布を運んだ新式の快速船団は、青空に堂々と帆を張り、その勇姿を河面に浮かべていた。
俺も周囲を警戒しつつ、さりげなく見上げる。
男の心はいつまでも少年だ、と言うが確かに心躍るものがある。
それ以上に、帝国騎士団の参謀役、そしてエヴルー公爵家騎士団長として、注視する。
その帆が特異だった。今まで見たことがない。
思わず観察していると、自分よりも夢中になって話しかけてくる人間がいる。
「なあ、ルー。あんな帆、見たことないな。船体もかなり違うぞ」
「団長。今、自分は任務中です。あなたもでしょう」
「まあ、そうか。俺たちより興味津々みたいだしなあ」
現在ここにいるのは皇帝陛下の警護のためである。
今回の王国からの新式の快速船来航は、正式なものではなく、荷物を下ろせばすぐに出航する予定だった。
そこに、皇帝陛下が『どうしても一目見たい』と駄々をこね、もとい強く要望し、お忍びの視察となった。
なぜかその警護に駆り出された。
昨夜、エリザベスは珍しく、悪阻の調子の良さもあり、子供のように羨ましがっていた。
「いいなあ、ルー様。新式の快速船が見られて。
帆船ってカッコいいでしょう?」
「うん、そうだね」
「式典で帆を全部上げる、総帆展帆とか、船員が帆桁に上がって見送りしてくれる、登檣礼なんか、『血、湧き、肉踊る』感じでワクワクしちゃうのよね。
帆桁に登らせてくれた時は夢が一つ叶って、嬉しかったなあ」
「帆桁に?!」
帆桁は、帆を張るため、帆柱の上に横に渡した部分だ。
かなりの高さがあり、船の規模によるが10数メートル以上の場合もある。
エリザベスが、『しまった!』という表情を浮かべた後、すぐに貴族的微笑みを浮かべるが、無意味だ。
「エリー?帆桁に登ったんだね?いったい、いつの話?怒らないから話してごらん?」
「……お父さまに内緒にしてくれる?」
それはそうだ。
“あの”ラッセル公爵が愛娘にこんな危険行為、絶対に許すはずもない。
「……わかった。それで?」
「7、8歳のころよ。海岸部に視察に行った時、海軍の艦船で登らせてもらったの。
木登り経験もあったし命綱つけてたし、一緒に付いててもらったの。安心して。
海風が渡って、もう、すっごく気持ちが良かったの」
その時の興奮を思い出したのか、にっこにこのエリザベスは文句なく可愛い。
妊娠してから、感情表現が豊かになり、さらに自分との垣根が無くなったようで嬉しいが、俺にしては心配が先に立つ。
「それはいい経験をしたね。土産話ができるように、警護の間、ウォルフ達と交代で、視界には入れておくよ」
「そうよね、お仕事でいらっしゃるんだもの。ごめんなさい。
港町は気性の荒い人も多いから、お気をつけてね」
しゅんとなったエリザベスだが、反省して素直に謝り、気遣ってもくれる。
つい頭を撫でたくなるのだが、吐き気を誘発してしまう時がある。代わりに、少しか細くなった白い手を取り、両手でそっと包み込む。
「エリーの夫は強いんだ。心配しないで、できるだけ休んでおくように」
「はい、ルー様。あ、快速船の乗組員にからかわれても、あまり相手にしないでね」
「からかう?エリーの知り合いがいるのか?」
「えぇ、大使館に問い合わせたら、海軍の人達が来てるの。提督が来ちゃって、慌てたらしいわ」
「提督って、どなたが?」
王国の海軍には、提督が何名かいる。
で、エリザベスがその名を告げた人が、皇帝陛下お忍び御一行の目の前にいる。
今回のお忍びは、『皇城のお偉い外交担当官が、部下を数名連れて挨拶に来た』という設定で、俺達もそれに合わせた格好だ。
皇帝陛下は乗りたそうに船体を見上げるが、大使館から乗船はやんわりと断られていた。
王国にとっては、最新式の機密だらけの軍船だ。
さらに、お忍び中に皇帝陛下が万一船から河へ転落、なんてことがあれば、目も当てられない。
外交問題、一直線だ。
「あの帆は初めて見た。どうしてあのような形に?」
「風による推力を、進行方向に効率よく向け続けるためです。
推力とは、進む力、推進力とも言います」
「船尾も変わった形じゃの」
「やはり推力を高めるためです。さまざまな創意工夫を凝らし、作り上げました。
初仕事が両国の友好に役立つとは、実に縁起が良い。頼もしい相棒になってくれるでしょう」
「試験航海中、この荷を運ぶために無理をしてくれたと聞いた。礼を言う」
付き従う者のほとんどが耳を疑った。
皇帝陛下が初対面の他国の臣下に、感謝の意を示したのだ。
明日は雹が降るかもしれない。
「主人の命令なら、できる事は何でもします。
特に今回はレオが珍しく頭を下げてくれました。
船員一同、気持ちよく仕事ができましたよ」
「ん?その、レオ、とは?」
「ご子息の義理の親、ラッセル殿のことです」
皇帝陛下が目を見張った時、船上から声がかかる。
「船長〜。ちょっときてくだせえ〜。シャフト(軸)のヤツがご機嫌斜めで〜」
「わかった、今行く。
申し訳ありませんが、ご案内はここまででお許しください」
「うむ、承知した。忙しいところを邪魔をした」
皇帝陛下の言葉に、提督は白い歯を見せ、鮮やかに笑う。
「ははっ、そうですね。我が主人ならお断りしているところです。
あなたは強運の持ち主だ。
条約が結ばれていなければ、ここまで無理をして運ぶ義理は、我が主人にはなかった。
どうか、機会があれば、その強運を次は王国のためにお貸しください。
では、失礼します」
「ド、ドラコ殿!」
提督は敬礼をすると、王国大使の呼びかけもそのままに、さっさと船へ戻っていく。
「申し訳ございません。なにぶんにも海の荒くれ者。
礼儀がなっておらず、後で申しておきます」
「気にするでない。ふむ、あれがドラコ提督か。
面白き男よの」
その後は大使の案内で、陸上げされた麻布が、帝国内向けに積み直される作業を形ばかり眺めた後、皇城に帰還した。
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俺が帝都邸に帰邸した時、来訪者の存在を知らされた。
応接間には、クレーオス先生と、昼間に随行者兼、護衛として会ったドラコ提督がいた。
日中と異なり、帝国の貴族男性として一般的な服装をしている。
「よっ、お邪魔してます!昼はどうも、ろくろく挨拶もできず、失礼しました」
ドラコ提督が立ち上がり、俺に手を差し出す。
当然、俺も応じ儀礼的でない、固い握手が交わされる。
昼も思ったが、“できる”人だ。
さすが百戦百勝と言われ、王国の領海権を盤石なものとした、“海の猛禽”だ。
クレーオス先生はにこにこと上機嫌で見守っている。
「いえ、こちらこそ。改めて、ルイス・エヴルーです。
王国の海にその名を馳せる、ドラコ提督にお会いできて光栄です」
座ったところで、ドラコ提督が用件を切り出した。
俺もクレーオス先生への訪問が目的とは思っていない。
ここ帝都邸に入り込む名目だ。
「ルイス閣下。レオと陛下からエリザベス殿下へ手紙を預かってるもんでね。直接届けないと、色々まずいでしょう?」
「ありがとうございます。私からエリーに渡します」
ドラコ提督は差し出していた2通の手紙を、そのまますうっと上げ、ニヤッと笑う。
「エリザベス殿下に直接渡すよう、言われてるんだが」
「妻は今、休んでいます。申し訳ありませんが、体調不良でお目にかかれる状態ではないのです。
それはクレーオス先生がよくご存知のはずです」
エリザベスは今朝から悪阻が重くなり、ドレスを着ることが辛い状態だ。
エヴルー領の小麦の収穫に、今のところ、ほぼ異常がないことから、定めた時間以外は私室のベッドで休んでいた。
「そうじゃのお。ルイス様の言う通りじゃて。
“提督”に会うのは難しかろう」
「『ドラコが来た』と言えば、すっ飛んできますよ。賭けてもいい。動けないなら見舞います。
レオの代わりにね。
そうそう、レオからルイス閣下へ手紙を預かってるんですよ」
喰えない男だ。
最初からその手紙を渡せばいいものを、間違いなく観察されていたのだろう。
急ぎ目を通すと、『癖はあるが信頼のおける者で、エリザベスを幼児期から知っている。妊娠についても承知している』とあった。
これは会わせない訳にはいかない。
俺は内心渋々と、ちょうど起きていたエリザベスに知らせた。
「ドラコのおじ様が?!会うわ!」
見舞いたいとの申し出を伝えると、エリザベスは即決で了承した。
『部屋着にもなる寝衣』の上から、長めのお洒落なローブを羽織れば、エンパイアドレス“風”に見せ、マーサが身嗜みを整える。
いそいそ、といった感じが気に食わない俺にすれば、ローズマリーのブローチと髪飾りをつけてくれたことで、不快感を抑えていた。
ドラコ提督は、エリザベスに会うなり、言葉を崩した。二人の間ではこれが“普通”なのだろう。
「よっ、お嬢!悪阻の割には元気そうじゃねえか」
「えぇ、何とかね。ルイス様がとてもよくしてくれてるの」
「それでも痩せたなあ。まあ、クレーオスのおっさんが付いてりゃあ大丈夫か。
お嬢、お前さんが食べてるスモモと胡桃とか、ゴチになれるか?」
「もちろんだけど……。どうして?おじ様のお好きなものは違うでしょう?」
「どれだけ美味いモンか食って確かめときゃ、レオが安心するだろう?
親はガキが幾つになっても、心配する生きモンなんだぜ」
「おじ様……」
ルイスは意外な成り行きに、クレーオス先生と視線を交わし合い、静観する。
見守っていたマーサが、厨房にすぐに準備をさせ、揃えているスモモの品種全てと、焼き胡桃、アーモンド・クラッカーなどを、オレンジ・ピールティーと共に供する。
「うまい、うまい。航海の後は、何でもうまいが、こりゃ美味いモン、用意してもらってんぞ。
大切にされてるな、お嬢」
「えぇ、と〜〜〜っても。
このスモモも胡桃も、お母さまのご実家のタンド公爵家に分けていただいたの。伯父様も伯母様もとっても良い方で、娘同然にしてくださってるわ。
エヴルーはいいところだし、使用人達もみんな忠義者よ。その代表格が専属侍女のマーサなの。
ルイス様は言うに及ばずよ」
エリザベスの言葉に、提督は改めてマーサを凝視すると、はっと驚く。
「マーサ?って、お前、アンジェラ殿に付いてたマーサか?!」
「はい、お久しぶりでございます。ドラコ提督閣下。
ご縁がございまして、今はエリー様にお仕えしております」
「なんだ〜。だったら大安心だぜ。レオも言っといてくれりゃいいもんを。ま、バタバタしてたから、仕方ねえな。
マーサにクレーオスのおっさんが付いてりゃ、言うことなしだ。ルイス殿も旦那として頼んだぜ」
「はっ、お任せください。
提督、申し訳ないのですが、そろそろ…。エリーが……」
「ああ、そうだな。顔色が悪い。お嬢、すまなかったな。スモモと胡桃とクラッカー、たっぷり食っとけよ。
これはレオと陛下からの手紙だ。返事は無理すんな。すぐに休め。またな」
「姫君。儂とルイス様が代わりにもてなしておくので、安心なされ。
ドラ息子のドラコがはるばるよく来た。
まあ、今夜は飲んでいけ。朝までに帰ればよかろう」
「おう、ゴチにならあ。お嬢のことが聞きてえんだ。ルイス殿も後ほどご一緒しましょう」
「クレーオス先生、よろしくお願いします。
おじ様、ありがとう。またね」
エリザベスは手を振り、扉に消えるドラコ提督とクレーオス先生を見送る。
「ルー様、ごめんなさいね。おじ様、優しいんだけど破天荒だから。でも宮中儀礼は見事にこなすのよ。お父さまに叩き込まれたんですって」
「ひょっとして、帆桁に一緒に登った人?」
「うん、そう。航海中は厳しかったけど、港に入れば優しかった。部下と国民の生命を預ってるんだもの。当たり前よね」
「ああ、そうだね。さあ、眠るといい。疲れただろう」
「あり、がと。ルー様……」
くうくうと寝息を立てる、この上なく愛しいエリザベスの寝顔をしばらく眺める。
そして小さな溜め息を吐いた後、“あの”義父と飲み友達らしきドラコ提督に戦々恐々しながら、敵前逃亡せず、向かったのだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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