131.悪役令嬢の結婚記念日
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
●途中からルイス視点です。
●糖分高めです。なにぶんにも題名通りですので、お許しください。苦手な方は戦略的撤退をご一考ください。
※※※※※※※※※※受賞のご案内※※※※※※※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
このたびネット小説大賞事務局様より、『悪役令嬢エリザベスの幸せ』が、第12回ネット小説大賞、小説部門 早期受賞作品に選出されました。
【公式X】 https://x.com/NovelNarou/status/1842135070141788519
これもひとえに読者の皆様のおかげで、本当にありがとうございます。
今回の受賞は、『エリザベスの幸せな未来を読みたい』と思い、応援してくださっている読者様と、作者と共に歩んでくれたエリーとその周囲のキャラがあってこそです。
心より深く感謝しています。
これからも一歩一歩、エリー達のお話を書いていこうと思います。
引き続きのゆるふわ設定で、気軽に楽しんで読んでいただければ、幸いです。
これからも、どうかよろしくお願いします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、まずは8歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
ぐっすり眠った翌朝——
ソファーに座り、オレンジピールティーとアーモンド・クラッカーを朝食代わりに口にしていた。
いつもは食べると楽になるが、回復が少し遅い。
そこに朝食を終えたルイスが顔を出す。
白シャツに黒のトラウザーズだけなのに、ざっくり着こなして、かっこいい。朝から眼福だ。
「おはよう、エリー。
スモモを使ったゼリーなんだ。食べてみないかい?」
ゼリーは今までも口にしてきた。つるんとした食感で食べやすい。スモモだと特に嬉しい。
うん、食べてみたい。
「おはよう、ルー様。いただこうかしら」
給仕が持ってきた銀盆には、半球状の銀のクロッシュがかぶさっていて、中身が見えない。
ん?いつものゼリーでここまで凝ってたかしら。
「さあ、どうぞ。エリー」
不思議に思った私の目の前に、スモモを飾り切りした、ローズマリーの美しい花籠を閉じ込めたゼリーが現れた。
花籠の中には、皮が剥かれ胡桃そっくりになった小さなスモモまである。“ユグラン”を意味してくれてるのだろう。
「……綺麗。とっても、素晴らしいわ。
もったいなくて、食べられないくらい」
隣りに座ったルイスが、膝にそっと手を置く。
「眺めるだけでも満足なら、俺も料理長も嬉しいけど、よかったらひと口食べてみてほしい。
その……。
結婚記念日のために、用意してもらったんだ……」
「ルー様……。あり、がとう。とっても、素敵、だわ……」
あの、ラベンダーが香る丘でしてくれた誠実なプロポーズと、贈ってくれたブローチを思わせ、さらに“ユグラン”まで加えてくれた優しさに、私の瞳には決壊手前だった。
ルイスは私の目元にそっとハンカチを当ててくれた。
「喜んでくれて、俺も嬉しいよ。無理じゃなかったら、食べさせてあげよう。
ほら、あ〜ん」
ちょっと待った!
涙はすぐに引っ込んだ。
確かに『あ〜ん』を提案したことはある。
皇妃陛下の懐妊中、食欲増進中に考えなしの皇帝陛下が、甘いものを毎晩のように持ってくるというお悩みの対策だった。
しかし、今ここで、マーサもいる前でって、ハードルが高い。高すぎる。
でも、ルイスはスプーンでゼリーをすくって、臨戦態勢だ。
ここで断ると、今度はこの美しく青い瞳が潤んでしまいそうだ。
ええい、女は度胸だ!
お行儀は悪いが、ごめんなさい。
私は差し出されたスプーンをパクッと口にする。
口の中に広がり鼻へと抜けるスモモの爽やかさと豊かな風味は格別だった。
「……おい、しい。スモモがさっぱりしているのに、滋養が凝縮されてる感じで、とっても美味しいわ。
ゼリーも口の中ですっとほどけてくみたい」
ルイスはほっとした後、極上のとろける笑顔を向ける。
「タンド産の中でも、美味しい木になるものを、何種類か分けてくれたんだ。
気に入ったなら、よかった。はい」
2度目の『あ〜ん』の動きを、私は見上げるような眼差しと言葉で止める。
「ルー様。私はルー様も一緒に召し上がって欲しいわ。
だって、二人の結婚記念日で、大切な思い出をこんなに美しく、美味しく作ってくれたんですもの」
「……エリー、わかったよ」
ルイスはとても上機嫌で嬉しそうだ。
見えない尻尾がぶんぶん振られてる感じが伝わってくる。
私も心から楽しくなる。
二人で食べたスモモのゼリーは絶品だった。
スモモで出来た、ローズマリーの花房や花籠、胡桃はカットの技術が遺憾無く発揮され、再現度が高かった。
大満足の食後、オレンジピールティーを味わっていると、マーサが話しかけてきた。
「エリー様、ルイス様。
結婚記念日、おめでとうございます。
お二人とも末長く、仲睦まじく過ごされますように」
「ありがとう、マーサ」
「それで、エリー様。ルイス様がこちらを朝一番に届けてくださいました。エリー様がぐっすりお眠りでしたので、そのままに、と。
念のため、ベッドから離して飾っておきました」
披露してくれたのは愛らしい、ハーブと香りが良い花の小さな花束、タッジー・マッジーだった。
さらなる安眠を誘ってくれてたのは、この香りと優しさだったのか、と心が温かくなる。
「マーサ。わざわざ言わなくても……」
「ご夫君の思いやりが、この時期は特に大切と、クレーオス先生も仰っておいででした。
エリー様の調子が良さそうでしたので、お声かけしてみました」
「ルー様。私は教えてもらえて、とっても嬉しいわ。
マーサ、もう少し近寄ってもらえる?」
爽やかな香りを主にまとめてくれており、甘い匂いを避けてくれた心遣いも嬉しい。
「大丈夫みたい……」
朝露に濡れた小さな花束を受け取ると、そっと香りを楽しむ。
ルイスからタッジー・マッジーを初めて贈られたのは、帝国に来てからエヴルー伯爵として正式に謁見する前だった。
あの時も謁見前で緊張した、私の心をほぐしてくれた。
あのころは、ルイスから何とか逃げようとしていたのに、今は無二の伴侶としてここにいる。
ルイスに感謝を込めて微笑みかける。
「ルー様。ありがとう。タッジー・マッジーは大好きだけれど、ルー様のものは特別よ。
私に魔法をかけてくれるわ」
「俺もそうだ。エリーから贈られるタッジー・マッジーは、言葉は、いや、エリー自身が、俺に生気を、生きる勇気を与えてくれるんだ」
ルイスはまっすぐに私をサファイアの眼差しで見つめると、ゆっくりと、毅然とした声で、その想いを伝えてくれる。
「『エリザベス。貴女は私を蘇らせてくれた。
私は貴女の平穏を、静かな力強さで護り、貞節と変わらぬ愛を心より誓おう。
どうか、二人、神に召され、追憶の日々となるまで、私を思ってほしい』。
この誓いは、婚姻の誓いと共に、ずっと、ずっと、変わらないよ」
ああ。
あの、ラベンダーの丘での、求婚の言葉だ。
もう、ルイスは今日、私をどれだけ、嬉し泣きさせれば、気が済むんだろう。
私もエメラルドの双眸を細め、優婉に見つめ、ひと言ひと言、気持ちを込めて伝える。
「『ルイス様。貴方は私の平穏と自由を護ってくださると、誓ってくれました。
それがどれだけ嬉しかったことか。
私も貴方に貞節と変わらぬ愛を誓います。
二人で歩んで幸せになりましょう。神の御許で二人仲良く眠るまで』。
私もこの誓いを、婚姻の誓いと一緒に忘れないわ」
二人で眼差しを交わし合った後、私は悪戯っぽく、言葉を続ける。
「ルー様、二人の歩みに、もう一人、加わりました。
ルー様に似て、元気で丈夫な子に育ちますように」
お腹をそっと撫で、ルイスをにっこり見上げる。
「元気さはエリーも負けてないぞ。
なあ、“ユグラン”。パパとママに似て、元気で生まれておいで。
っと。せっかくの言葉と一緒に、渡そうとしたのに。
俺は肝心な時に、カッコつかないなあ」
ルイスもお腹を撫でてくれた後、はっと気づいたように、傍に置いた化粧箱を私に差し出す。
「ルー様。私は素晴らしいゼリーと、このお花と、誓いの言葉で、もう充分よ」
「そういうエリーだから、贈りたいんだ。
エリーが私的な宝飾に、あまり興味を持てないのは知ってる。
でも、これは、なんというか、誓いの印しでもあるんだ」
「……ありがとう、ルー様」
ルイスの静かで迫ってくるような真剣な気持ちを感じて受け取り、そっと蓋を開ける。
「……これは」
そこには、ローズマリーの小さな花輪を重ねたデザインの金細工に、エメラルドの葉とサファイアの小花が散りばめられた、髪飾りがあった。
ダイヤモンドの朝露も煌めいて、互いの宝石が引き立てあっている。
「エリーは、あのローズマリーのブローチは、屋敷にいる時、時々付けてくれてるだろう?
本当に嬉しいんだ。よく似合ってるし。
髪飾りなら普段使いしやすいって、その、ウォルフも、言ってたし、タンド夫人も、賛成してくれて……」
ウォルフ騎士団長に相談した上で、伯母様にも確認した、という流れね。
よく考えなくても、お菓子とお花と宝飾品は、貴族女性への贈り物の“三種の聖遺物”、定番中の定番だわ。
ただ、この髪飾りの細工の緻密さは、思わず時を忘れ、見とれてしまいたくなるほどだ。
宝飾品としては、総カラットはさほどではない。
それ以上に職人の誇りを賭けた真剣さも伝わってきていた。
「ルー様。この髪飾り、本当に精緻な細工で、ため息が出るほどよ」
「え?!ため息って、気に入らなくて……?」
照れた表情から一転、大型犬がお留守番を言いつけられたような表情になる。
本当にきゅんきゅんしてしまう。この可愛らしさは私だけの秘密で宝物だ。
「逆よ、真逆。美しさに見とれて、思わず、ため息が出てしまいそうなの。
本当にありがとう。とっても嬉しい。
でもこんなに繊細な細工物、普段使いになんて、もったいないわ」
「いや、だから、その、綺麗な、エリーの金髪に似合うと、思ったんだ。
まとめてても、下ろしてても、似合うし、揃って使ってくれたら、この頃よく着てる青いドレスにも、この屋敷にだって、あってると思うんだ。
エリーはドレスにはエヴルーの紋章の宝飾に合わせて、あれも“両公爵”らしくて、キリッとしてて、綺麗だ。
これは、エリーの優しさが、伝わってくるように、って……」
ルイスは最後に首筋から耳まで赤くなり、照れ隠しに首に手を当てている。
よく着てる青いドレスとは、エヴルー“両公爵”の制服ともいえる、ハーブの花を地模様に織り込んだ“エヴルー・シリーズ”のことだろう。
シンプルなデザインだが気品があり、着心地も抜群で、さすがマダム・サラという品だ。
ルイスの言いたいことも分かる。
確かにこの贈り物は繊細で優しい雰囲気で、普段使いにはもったいないほどだが、よく見なければ分からない、分かる人には分かる、という逸品だった。
このアンティークな帝都邸の趣きにもよく合っている。
ここまで考えてくれたのだ。
今は私が素直になる時だ。
「ルー様に優しいって言ってもらえて嬉しい。
髪を褒めてもらえたのも。
このところ悪阻で、マーサがせっかくお手入れしてくれても、ベッドの中だったのに。
調子の良い時があったら、青いドレスを着て合わせてみるわね」
「うん。絶対、似合う。あ、でも無理は絶対にしないこと。
悪阻が終わってから見せてほしい」
「ありがとう、ルー様。それまでは目で楽しむわ。本当に綺麗。うっとりしちゃう」
「うっとりしてるエリーの方が、何倍も綺麗だ」
今度は私が真っ赤になる番だった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
【ルイス視点】
目標、完遂だ!
情報的な籠城戦が続く中、久しぶりの達成感に、「ヨシッ!」と拳を握りしめる。
このところ辛そうだったエリーの、可愛らしい笑顔が何よりの戦利品だった。
俺は今日は久しぶりに私室のベッドで休むというエリーを眠らせるため、一時的に離れ執務室にいる。
現段階で入っている報告を受けるためだ。
終わらせたら、エリーの部屋で、可愛いエリーの寝息を聞きながら、クレーオス先生が推薦してくれた妊娠についての本を読み込み、エリーと“ユグラン”のための計画を練ろう。
愛する妻子のための時間だ。最高に幸せだろう。
今回の贈り物、特に髪飾りは、押し付けたくはなかった。
「王国時代に一生分身につけたのよ」と、社交におけるエヴルー公爵領の広告塔以外は、エリーは宝飾品をほぼ調製しない。
『何かあるのだろう』と思うが、無理矢理聞き出すようなことはしたくなかった。
そして、自分のことはそう言いながら、結婚記念日の今日、見事なエメラルドのピアス、カフスとネクタイピン、スタッドボタンを用意し、俺に贈ってくれたのだ。
「ルー様が贈ってくださった、この細工物の後だと、ちょっと恥ずかしいかも……」
そんなことはない。全くない。
“両公爵”としての社交が増える俺の立場を考えた、実に立派な品だ。
「サファイアと迷ったんだけど、まずはこっちにしてみました」
俺でも分かる最上級の宝石に、上品なカットと飽きのこない金細工のデザインで、エヴルー“両公爵”にふさわしい。
何より『まずは、自分の色目の宝石を』というエリーが可愛くてならない。
それにエリーは忘れているかもしれないが、エヴルー女伯爵としての最初の謁見のため、パートナーになった際に、エメラルドのカフスを身につけようとして、釘を刺されまくったのだ。
『帝国社交界デビューで新参者の私が、全方位な嫉妬を受け、社交的な籠城に追い込まれてもいいのか』とまで言われては、断念せざるを得なかった。
それ以来、言い出しにくくて調製できていなかった。
そのエメラルドのカフスとピアスだ。
今は堂々と身につけられると思えば、実に感慨深い。
「エリー、俺こそ素晴らしいものをありがとう。大切にするよ。
エメラルドを着ける時は教えてほしい。俺もこれにするよ」
「ルー様……」
俺は許しを得て、エリーをふんわり抱きしめた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
両腕の中のエリーの柔らかさを思い出しながらも、必要な報告をさっさと受け、それを受けての指示を出す。
エヴルーからの定時報告は、今のところ異常はなかった。
必要最低限の書類を処理する。
今日一日くらい、エリーを私室でゆっくりさせたかった。
この結婚記念日のために、年が明けてから計画していた旅行は、“ユグラン”がやってきた妊娠というさらなる祝事で中止となった。
だが、その時に渡すための贈り物は、ウォルフと相談し、ローズマリーのブローチに合うものに決めていた。
秘密裡に、タンド公爵夫人経由でマダム・サラを紹介してもらい、デザインを決め、帝都で1、2を争う職人に依頼した。
「小粒でも質が良い宝石を使った、凝った細工の方が、腕が鳴るねえ。
仕上がりも『いかにもお貴族様』より、趣味人ぽくて粋じゃねえですか」
などと、職人の誇りを刺激していたらしい。
おかげで仕上がった品の素晴らしさは、芸術には門外漢で無骨者の俺でも分かった。
ゼリーは料理長と何度も打ち合わせて、試食も繰り返した。
驚いたことに、エリーに贈ったブローチを説明しようとしたら、既に知っていた。
「晩餐会では料理の雰囲気のために、主賓の大まかなご趣味を把握しておくよう、エリー様に教えていただきました。
となると、当然、主人は尚更でございましょう」
と、俺を前にイメージ画を描いていく。
ウチの料理長とエリーが凄すぎる。もてなす料理一つでこれだ。
料理も奥が深いものだと改めて知った。
料理長は何種類かのスモモを組み合わせて、俺の希望に合うゼリーを作り上げてくれた。
その包丁さばきは、帝国騎士団の熟練の騎士と比べても遜色ない。
最後はタッジー・マッジーで、俺が言う前に、「結婚記念日のご相談でございますか」と、庭師が尋ねてきた。
「そろそろだと思っておりました。エリー様の今のお好みですと……」
味覚は嗅覚に通じていると、食事の好みから類推し、爽やかな香りにまとめた方がいいだろう、と花束にするハーブや花を教えてくれる。
ほんのわずか、微かな甘い香りの花を混ぜると、全体の爽やかさが引き立つと教えてくれる。
実際、花束の香りを自分なりに嗅覚で確認すると、俺の色目のリボンでまとめてくれたタッジー・マッジーは、森に吹く風のように爽やかだった。
料理長と庭師は執務室に召集して、戦果を報告しよう。報奨金を出すべきだな、うん。
ウォルフには明日だ。
ああ、タンド公爵夫人と“マダム・サラ”には、丁重に礼状を書かなければ、と思い、早速ペンを走らせた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)