130.悪役令嬢の建言書
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※※※※※※※※※連載再開のご案内※※※※※※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
ご心配をおかけしましたが、熱も下がり他症状は残っているものの、日常生活を送れるようになりつつあります。
温かいお見舞いの言葉もいただき、本当に痛み入ります。
本日より無理のない範囲で、連載を再開させていただきます。
待ってくださっていた皆様、本当にありがとうございます。
また一歩一歩、『エリザベスの幸せ』を描くため、今後とも健康に留意しつつ、執筆していきたいと思います。
引き続きのゆるふわ設定で、気軽に楽しんで読んでいただければ、幸いです。
これからも、どうかよろしくお願いします。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては、まずは7歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
南部の小麦の不作の噂が仲買人を中心に広がっていき、帝都の小麦相場も少しずつ上昇し始めてた、6月下旬のある夜——
私とルイスは、エヴルー公爵家帝都邸にて、伯父様、タンド公爵と農政大臣主席補佐官の訪問を受けた。
もちろん事前に確認あってのことだ。
体調も落ち着いているため受け入れた。
妊娠しなければ、エヴルーでの務めを果たし、戻ってきている期間だ。
ここ、帝都邸に私がいても、何ら差し支えない。
まだ、“過労による療養”は、公にはしていなかった。公表期間は短ければ短いほどいい。
伯母様によると、さほど噂にもなっていないらしい。
噂になるなら、やはり皇妃陛下と皇女母殿下の元への出仕関連だろうとの見方だ。
ルイスもやんわりと明言は避け、私の所在をはっきりとさせていなかった。
さすが参謀、私の旦那様は知恵者だ。
来客を迎える服装は、クレーオス先生とマーサと相談し、コルセットはほぼ締め付けず、身体の線を整える程度とした。
ドレスは着心地は楽で、シンプルだが品位は保てる、“エヴルー・シリーズ”の青いローズマリーの地模様で、化粧はごくうっすらだ。
髪はハーフアップにし、宝飾はエヴルー公爵家紋章のピアスと髪飾り、ネックレスとした。
ルイスも身嗜みを整え、しっかりとスーツに着替えている。執事、ご苦労様です。
お揃いのピアスが、何気に嬉しい。
事前連絡あっての訪問だ。
何も身につけずに迎えるという訳にはいかないのだ。
伯父様だけならまだしも、訪問相手への敬意を示さず、儀礼に反する。
貴族もなかなか難しい。
主席補佐官は農政大臣の代理とのことだ。
大臣は今、皇城から離れられる状況ではないのだろう。
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人払いをした応接室で、相対する。
紹介が終わった後、農政大臣主席補佐官が最初に口を開いた。
「エリザベス閣下。
タンド公爵閣下から、“熱射障害”の話を伺いました。
現地の農学者に調査を依頼したところ、南部の被害地域でも、山間部の耕作地に影が多い地域は、被害が軽い傾向がありました。
特に影に加え、山地からの風がよく通り、農業用水を山の湧き水を用いていた畑は、ほぼ被害はなかったそうです」
湧水は温度が一年を通してほぼ一定だ。
一般的に河川やため池の水よりも、夏は冷たく冬は温かい。
今回は吉と出たのだろう。
「……そうでしたか。北進はどこまで?穂の実入りは?」
予想は的中していた。
次に知りたい情報を率直に尋ねる。
駆け引きするつもりなら、この時間に訪ねてはこないだろう。
農政大臣主席補佐官は、伯父様と視線を交わした後、意を決したように質問に答える。
「…………南部直轄地の3分の2を超えました。
ただ、穂の実入りが3、4割から、5割と北上するにつれ、戻ってはきています。
これにはばらつきがあり、南部直轄地以外からも、収穫量が半減したという報告もあり、一概には言えない状況です」
北上で穂の実入りが戻ってきているのが救いだ。
やはり、開花してからの生育過程での“どこか”の気温が原因なのだろう。
その期間、高温に晒されると実入りが悪くなると予想された。
これは農学者が解明すべき問題で、私達、領地や国を預かる身は、その対策だ。
「今回の収穫量の減少を、“熱射障害”と呼ぶならば、複合的な要因もありえます。
タンド公爵閣下へのご説明でも、夏バテに例えましたが、体力の有無でも差が出ますでしょう?
肥料や新しい農具などを用い、土壌管理が適切な畑では、作物の根がよく張り、丈夫な場合が多いのです。
また農業用水などを整備し、元々の土壌の水分量が豊富だった畑は、その水分が蒸発することにより畑が冷え、被害は少なくなる可能性があります。
この逆であれば、周囲の地域よりも被害は大きくなるでしょう」
「なるほど……。
領民や代官の声に耳を傾けねば、収穫量の減少も自明の理、ですな」
「…………」
どこの領地がそんな状態なのか、把握してない以上、安易に相槌も打てない。
伯父様のお顔を窺うと、苦虫を噛み潰したような表情だ。
国が推奨する農業政策に普段は耳を傾けず、非協力的な領主達から、ここにきて泣きつかれているのは容易に想像できた。
ご苦労が偲ばれる。
胃痛のハーブティー、切らさないように届けさせなくちゃ。
「主席補佐官殿。
私は“熱射障害”の可能性について意見具申し、『必要な時はいつでもお声かけください』とタンド公爵閣下を通じ、申し上げました。
意見具申に対するご報告、ありがとうございます。
これを受けてのご用件をお聞かせいただけませんか?」
農政大臣は中立派、主席補佐官も同じくだった筈だが、伯父様同様の話し方は当然できないし、私の体調上のタイムリミットもあるのだ。
できれば、なるべくさっさと終わらせたい。
貴族的微笑みを保ち、用件を申し出るよう促す。
ルイスが考案してくれたアーモンド・クラッカーを直前に食べたが、主席補佐官から匂う男性用の香水は、それなりに辛い。
マーサが換気に、と窓を少しずつ開けていってくれたことが、せめてものだ。
今は嗅覚をオレンジピールティーの香りに集中させる。
「そちらの顔色もあまり良くない。
皇城に泊まり込まれているのだろう。
まあ、この状況では無理もないのだが、時を逸しては悪化するばかりだ」
ルイスは最初から私の気配を読んでくれていて、重々しい沈黙を破り、後押ししてくれる。
ここにきて、見守っていた伯父様が口を開いた。
「エヴルー“両公爵”閣下。いや、エリザベス閣下。
ラッセル宰相より“鳩”が来た」
伯父様が“ラッセル公爵”ではなく、“宰相”と呼ぶからには、義弟としてではなく、帝国と王国との政治上の案件だ。
私もさらに姿勢を正して、伯父様に向かい、横に座るルイスの背筋も伸びる。
「内容は?」
「『友好通商条約を締結した友好国として、手を差し伸べたい』とあるのだが、通信文から読み解いた後も、不明点が残っているのだ……」
“鳩”で運べる情報量は少なく、それを少しでも多くするために、また機密が洩れないよう暗号化されている。
「お父さまの“鳩”に、不明点が?」
“あの”お父さまが、しかも、重要な“友好国”との外交が関わる“鳩”で、間違いなどあり得ない。
「ああ、『この文は、エリザベス第一王女殿下のお目に入れるように』とある。
途中で『文字列と数字』が組み込まれているのだが、それが前例がないもので、全く分からないのだ……」
いくら友好国とはいえ、いくらお母さまで縁を結んだ義兄弟とはいえ、この時期、不明点が残る内容を、“王国”の“エリザベス第一王女”に、そのまま見せるには、皇城内で意見が割れたのだろう。
議論し尽くしこの時間になった、という訳か。
「伯父様。書類を見せていただけますか」
受け取った書類には、伯父様が言った通り、途中からは、一目見ただけでは、意味を成さない、『文字列と数字』がほとんどだった。
隣りに座るルイスも覗き込むが、首をひねっている。
しかし、その文字と、数字は、私の記憶を、強く、深く、掘り起こしていた。
これって——
脳内ではすごいスピードで過去へと巻き戻っていく。
よみがえるあの日々——
王妃教育を実践し、“悪役”を演じていた王立学園での年月の先にある、夢であり希望を、夢中になって記していた。
この苦しさを乗り越えれば、この状況を説明できれば、きっと、きっと、分かってくださる。
『大好きなリーザ。二人で、民のためにいい国を作っていこう』
『私も大好き。ルティのために、一生懸命がんばる』
言い交わした幼い日の誓いのように、少しでもより良い民の暮らしのため、国のため、と夢想し、インクで指先を染めながら、書き綴った。
現実から目を背けていた。
あの、懐中時計を、ショーウィンドウで、見るまでは——
お父さま。
激務の間も、目を通してくださったのですね。
私は一度、瞼を閉じると、遠く王国の地にいるお父さまを想う。
そして、ゆっくりと目を開くと、伯父様へ緑の双眸を向ける。
「…………伯父様。
王国より、《新式の快速船》で、“熱射障害”の予防に用いる、《麻布》が届きます。
到着日程、いえ、迎えの船を出してください。
できる限り早く、《配布計画》を立ててください」
「エリー。いったい、どういうことだ?」
ここにいる私以外3人の気持ちを代弁したルイスが、問いかける。
「ルイス。この文字列と数字は、私が王国で、……お父さまのお手伝いをした時に、整理した書類の、整理番号なの。
実際に、取り上げてくださってたんだわ……」
本当は自分で書きまくった建言書だ。
だが、ここには主席補佐官がいる。
彼から、農政大臣や帝国首脳部の耳に入ると、今より面倒なことになる。
特に悪阻中の今は、絶対に避けるべきだ。
「義父上の、書類の、整理番号?
じゃあ、この文字や数字は、王国が考えていた、ラッセル宰相の手元にあった、新式の快速船を意味している。
そういうことか?」
「えぇ、王妃教育の一環で、私はもう実務を行なっていたの。詳しくは覚えていないけれど、河川の運航にも有効だったはず……」
嘘ではない。
主に王妃陛下の政務を押し付けられていたが、アルトゥール殿下の分もあったし、お父さまへ上げる書類も山ほど処理していた。
「他にも、『布を用いる商品価値を高めた農産物の新しい栽培方法』や、『緊急時の能率化を最大限考慮した物資の配布計画の改革案』とか、そういうものね。
読み解けば、さっきの言葉通りよ」
あの日——
アルトゥール殿下との“初恋”に別れを告げ、王妃陛下の執着から自由になるために、帝国への“大移動”を開始する前——
お父さまの書棚にずらりと並んでいるノートとファイルを指し示しながら、私はお父さまに、こう告げたのだ。
『殿下に避けられていた間に、建言を書いたノート、そちらに移しておきました。ご自由にどうぞ』
この無味乾燥な文字列と数字は、地方別、ランク別に分けた、陳情書や問題への提言をまとめた建言書の、分類番号だ。
「伯父様、私は、“熱射障害”の一報を掴んだ後、ラッセル公爵家へ前もって送金し、タンド公爵家から“鳩”を飛ばしました。
覚えてらっしゃるでしょう?」
「ああ、覚えているとも」
このやり取りを聞いた、農政大臣主席補佐官の表情が強張る。南部の不作を王国に、独断で洩らしたとでも思ったのだろう。
「ご安心ください。主席補佐官殿。
『送金は王国の麻布を購入する時の手付金です』としか伝えてはいません。
小麦のことは一言も触れていません」
私の言葉で、明らかにほっとした表情に切り替わった。
でも、私のお父さまは一を聞いて十どころか、百を知るのだ。
おそらくは大使館からの情報網で、この兆候を知ったのだろう。
「こうはしておれん。主席補佐官。
今すぐ皇城に戻りますぞ。王国からの友好を無にしてはならない。
エリー。よく思い出して、よくぞ読み解いてくれた。
知らなければ、我々は麻布の到着をただ待つしかできなかっただろう」
「あ、あの……。エリザベス閣下。
あの、先ほどの、『緊急時の能率化を最大限考慮した物資の配布計画の改革案』、などを、今回の麻布の配布に、役立てることは」
主席補佐官の申し出に、ルイスがきっと睨みつけ、固まらせてしまう。
「……うら若い、体力もない女性に、これから、この夜中から、手伝えだと?」
「ルイス、ルイス。ね、ちょっと落ち着いて。
主席補佐官殿。
この配布計画の改革案は、確か……、うろ覚えですが……、王国の領海内に点在する多数の諸島を対象としたものなのです。
帝国の南部にはそぐいませんし、私も整理しただけですので、詳しい中身までは……」
実際、今話した通りだし、申し訳ないがお役には立てない。
たとえ合致する知識はあっても、ルイスや伯父様が許すはずがない。
私も、お腹の子、“ユグラン”を護らなければならない。
ルイスがやっと眼光を緩め、主席補佐官も謝罪する。
「も、申し訳ありません……」
「どうかお気になさらず。
国難に立ち向かう方々に、後ほどハーブティーの茶葉をお届けしますわ。
前向きな気持ちになって、胃痛を鎮める効果もあります」
「あ、ありがとうございます。王国のご支援、深く感謝します」
「エリザベス第一王女殿下、ルイス閣下。
夜分に失礼しました。ご協力感謝します。
さあ、参りますぞ。やることは山のようにある」
伯父様は主席補佐官を引っ立てるように、足早に皇城へ戻っていった。
私もほぼ限界だった。
クレーオス先生の指示で、今夜は私室で休む。
「エリー。よくやった。執務室には俺がいる。安心して休むといい」
ルイスに支えられ私室に戻ると、飲みやすい温度のオレンジピールティーで水分補給した後は、マーサにはぎ取られるようにドレスなどを脱がされる。
眠くて眠くて仕方なく、楽な『部屋着にもなる寝衣』に着替え、ベッドになだれ込み、黒犬の抱きぬいぐるみを抱えこんだ。肌触りの良い黒は愛しい人を思い出し、ほんわか温かくなってくる。
「お前はベッドを護れ。エリーを頼んだぞ」
眠気に身をゆだねた私の額と頬に、安心できる優しい温もりが落ちていった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
※扱われている麦や作物の病害については架空のものです。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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