127.悪役令嬢の交渉と説得
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※妊娠に関する描写があります。閲覧にはご注意ください。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては4歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ありがとうございます!これでこの子はどこにでも、帝立学園にも行けますわ……」
「お母様、もう、泣かないで……」
医術学校附属病院のある診察室—
事故で前腕に大きな傷痕が残った少女が母親を慰めていた。その顔は明るい。
ドレスやワンピースは手首までの長袖か、長手袋を着けるかしていたが、傷痕を気にして滅多に外出もしなくなっていた。
半ば諦めていた学園入学に希望が出てきていたようだった。
「よかったよかった。まずは第一号じゃの」
「マックス・リュカが近ごろ皇城に出入りしていると噂のクレーオス先生だったとは、世間は狭いものだな」
「そちらも今や校長先生ではないか。
いろいろ便宜を図ってもらえて助かり申した」
クレーオス先生の顔料と私のクリームなどを素材に作られた新製品は、ルイスの傷痕を見事に隠した実績から、帝国騎士団から納入依頼が来ていた。
ただクレーオス先生は「儂にはやり残したことがあるんじゃよ」と、それを後回しにした。
同窓生の縁で、過去に留学していた医術学校を訪れ、この“復元クリーム”を“治療”に用いてほしいと申し入れたのだ。
クレーオス先生の研究は、怪我や病気で治療はできて生命は救えても、目立つ傷痕でその後の人生が大きく変わった患者達のために始めたものだった。
最初は、あの“天使効果”に悩まされていた兄妹との出会いだ。妹さんには“天使効果”によるトラブルの傷害事件で、顔に大きな傷痕があり心も深く傷ついていた。
クレーオス先生は“天使効果”はもちろん、その傷痕にも心を痛め、研究を始めたきっかけになったと話していた。
「悪いのお。儂は初志貫徹したいんじゃ。
天にいるあの二人も、喜んでくれるじゃろうて。
特に妹さんは優しい性格じゃった。我が事のように思うてくれるじゃろう」
ルイスもこれには同意し、ルイスからウォルフ団長に交渉してもらった。
最初は試験運用から始めたこの試みは、すぐにエヴルー商会内で専門部門を立ち上げることとなる。
患者はおろか、貴族女性の悩みの一つ、シミを隠す化粧品としても改めて調整され“素肌クリーム”として販売し、日焼け止めクリームと並び、愛用される品となっていった。
私には事後報告となったが、クレーオス先生のなさったことは素晴らしい選択だと思い、自分の開発したクリームが役立ち誇らしくもあった。
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月が変わり通常ならエヴルーへ戻る予定日が過ぎても、私は帝都邸にいて、悪阻と格闘していた。
ちょうどそのころ皇妃陛下が公務の合間を縫い、皇女母殿下とカトリーヌ嫡孫皇女殿下を自室に誘った。
名目は「マルガレーテと一緒に遊びませんか」である。
皇女母殿下も立場上「喜んで」と言う他はなく、また嬉しくもあった。
紅茶とお菓子でもてなし、乳母や侍女達に見守られながら仲良く遊ぶ両殿下に微笑みながら、皇妃陛下は皇女母殿下に切り出した。
「来てくださってありがとう。マルガレーテはすっかりカトリーヌ殿下が好きになったみたい」
「カトリーヌもマルガレーテ殿下と仲良く遊んでいただき、嬉しいようですわ」
後宮で意地悪く囁かれていた、“陽の皇女”“影の皇女”という呼び名は鳴りを潜め、今は姿絵効果で、“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”と呼ばれている。
また“学遊玩具”のおまけにした彩色された姿絵の裏にある、皇妃陛下と皇女母殿下の『この二人は、賢帝とされる七代前の皇帝陛下の皇女殿下の面影を濃く宿しています。このような吉祥、当代陛下の御世も安泰でしょう』という文言から、“吉祥の両殿下”とも呼ばれ始めていた。
二人の皇女殿下はつい先日、“学遊玩具”のお試し注文店、『フォンス』で購入した、“くねくね通し”で遊んでいる。
マルガレーテ殿下は赤い丸を、カトリーヌ殿下は緑色の丸を、くねくね曲がった棒に通そうとしたり、木製の丸同士や土台にぶつけて遊んでいた。
「皇妃陛下。あちらは“お試し注文店”で購入されましたの?」
「えぇ、タンド公爵夫人にお手紙でお願いして、予約して行ったの。他にもいろいろあって楽しかったわ」
「まあ、私もカトリーヌを連れて行ってみたいと思います。エリー閣下も『ぜひに』と仰せでしたので、早速お手紙を出しますわ」
「……それがね、皇女母殿下」
「はい、皇妃陛下」
皇妃陛下は持っていた扇の所作で、自分のソファーの隣りの席を、対面するソファーに座っていた皇女母殿下に優雅に勧める。
意を汲んだ侍女長が、いつのまにか、最低限の人間以外、人払いをしていた。
隣りに座った皇女母殿下に、皇妃陛下が囁く。
「……皇女母殿下、落ち着いて聞かれてね」
「はい……」
「お声は最小限に、お願いね」
「はい、かしこまりました」
皇妃陛下は侍女長と視線を交わし、確認した上で話を切り出す。
「実はエリー閣下なんだけれど、私が行った時はお休みだったの。約束していたから、おかしいわと思って、タンド公爵夫人に聞いたら、『くれぐれも内密に』ということで、『過労で療養中』と教えてくれたのよ」
「え!?エリー閣下が!?」
「しぃ、お声は小さくね。そう、エリー閣下は療養中なの」
「今は帝都邸にいらっしゃるんですの」
「そのようね。あの名医、クレーオス先生が仰るには、『王国から帝国に来てからの疲れが、知らず知らずの内に溜まっていたのだろう。数ヶ月療養すれば、もとの元気なエリー閣下に戻れる』というご診断、とのことだったわ」
「数ヶ月……」
「えぇ、それくらいかかるそうなの」
「帝都邸のお披露目の時は、お元気そうでしたのに。
あ、でも、そういえば、先月の出仕の時は顔色が悪かったような気が……」
それは、あの“三毛猫”を見た驚きと付けていた香水のためなのだが、今は触れない皇妃陛下である。
「……私も深く反省しているの。
私がエヴルーに“里帰り”していたのは、ご存知でしょう?」
「はい……」
「本当に歓待してくださってね。私とルイスの間を取り持ってくれるお気持ちもあったと思うの。
エリー閣下はお優しいから、つい娘のように甘えてしまって……」
「はい、お優しゅうございます。とても……。
歳下ですのに、私も姉のように思い、甘えてしまっていて……」
「お気持ちはわかります。エリー閣下は優しいだけでなく、お強いところもありますものね」
「はい……」
「ただこれから数ヶ月の療養中は、療養に専念させてあげたいの。皇女母殿下はどう思われる?」
「…………はい、そう思います……」
言い淀んだ気配に、皇妃陛下は内心ため息を吐きたくなるが、無理もない部分もあるのだ。
「不安よね……。あの子のように、なりはしないかって……」
皇女母殿下がはっと顔を上げる。
瞳がみるみる内に潤み、皇妃陛下はハンカチをそっと目尻に当てる。
「簡単には言えないけれど、皇女母殿下と私の気持ちは重なっているところはあると思うの。
私は葬儀にも出られなかったから……」
「皇妃陛下……」
「今は義母と呼んでちょうだい。私も義娘と思っていいかしら?」
「はい、お義母様……」
こうして頼れると思う相手を増やしておけば、少しでも『お忍びで見舞いに押しかける』という可能性は減らせるだろう。
「愛しい義娘。エリー閣下は大丈夫よ。
療養に入る前に、自分で気付いて、仕事も少しずつ減らそうとしていたようなの」
「え?そうなんですか?」
「えぇ、私のハーブティーの調合や入れ方も、もし何かあった時のためにって、侍医達に教えていってくれたらしいの。きっと貴女のところもそうだと思うわ。手抜きをするような人じゃありませんからね」
「帰ったら、侍医に確認してみます……」
「えぇ、そうしてちょうだい。
お見舞いも直接ではなく、お見舞いの手紙やお品物にしましょうね。
私達が行くと、たとえお忍びでも、見舞いが見舞いではなくなってしまうんですもの。
因果なものね、皇族という身分は……」
「はい、お義母様……」
「それと、内々ですけれど、あなたには教えておきます。
実は……」
皇妃陛下が話す内容に、皇女母殿下の背筋が伸び、表情に真剣味が帯びていく。
「……もしも、万一、本当に万一よ。
この通りになれば、私達の公務の質も大きく変わるか、増えるかする、と思うのよね」
「……はい」
「万一のその時は協力してもらえるかしら?貴女の公務はゆくゆくはカトリーヌ殿下のためにもなると思うの」
「はい、お義母様。私でよければ、ぜひお役に立ちたいと存じます」
前向きな表情に皇妃陛下は内心ほっとする。
皇女母殿下の無意識下での“説得”は成功したようだった。
ただ前夜、人払いの上、皇帝陛下が話していったことは、万一現実になれば、情勢的には注視すべきものだった。
それがどう関わっていくのか、今ごろはベッドの上だろうエリーを、心中労る皇妃陛下だった。
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皇妃陛下と皇女母殿下連名のお見舞いの品と、各々のお手紙が秘密裡に送られてきた。
皇女母殿下に『過労』とご説明し、『見舞いは控える』と納得させていただけたことに深く感謝する。
皇女母殿下からのお見舞いの手紙には、調子が悪過ぎて、見舞いに来たいと思わせないよう、細心の注意を払い返信した。
念のため、タンド公爵夫人である伯母様にも下書きをご覧いただき、合格をいただいたので、大丈夫と思いたい。
お見舞いの品は、私には高級果物と蜂蜜を、さらに帝都邸の使用人達には、帝都で人気のスイーツショップの焼き菓子を頂戴した。
「療養中の本人も大変だけれど、看病したりする周囲も大変でしょう。私達のエリー閣下をよろしくね」というお言葉が、皇妃陛下のお手紙にはあった。
本当によく分かってらっしゃる。
使用人達に伝えると、皆、感動しているようで、さらにやる気がみなぎっていた。
その後も悪阻の波に翻弄されながらも、お腹の子を守る日が続いた。
6月も半ばを過ぎたころ、エヴルーのアーサーから、早馬で情報が送られてきた。
第一級案件の報告は、たとえ何があっても、悪阻に苦しんでいる最中であっても、私に知らせるように、執務室の補佐官達には指示している。
眠気と不快さを必死で振い落とし、ベッドに上半身を起こすと、マーサがローブを掛けてくれる。
その間も惜しんで報告書に目を通し、執務室から呼び寄せた補佐官に質問する。
マーサは秘書官代わりに記録してくれていた。
「エヴルーで、この兆候は見られてる?」
「いえ、そういったことはございません。前年よりも穂の実入りは良好だそうです。
新しい農機具導入後に取り入れた、肥料、土壌改良、水路網整備などが功を奏したようでございます」
「そう。早いところでは今月、6月の終わりから収穫が始まるわ。
巡回の頻度を多く、かつ開花後の様子に注意して観察・聞き取りするように。
もし兆候が見つかった時には早馬で知らせて。
帝都邸でも農学者に対応策がないか、確認する手配を至急してください」
「はっ、かしこまりました」
「マーサ。アーサーへの指示を書き留めて。
『各地区の代表者を集めて、以下を周知するように。
領民達には今期の納税以外の収穫も、自家消費分以外は、公爵家で全て買い上げるので、領民達は安心するように伝えること。
相場の数倍するような買取りには、絶対に手を出さないように通達すること。エヴルー産小麦に誇りがあるのなら、汚すような真似はしないように。
帝国の小麦価格の高騰に手を貸すような真似は、“両公爵”家として絶対に許さないわ。
違反者は処罰します。
こういう時の生産者の行動を、購入者である民衆はよく覚えているものよ。
周知は以上。
現在の備蓄分も確認し、数字を送るように』
アーサーの分はここまでよ。
帝都邸の補佐官の中で担当者を決めて、帝都の小麦相場を毎日確認するように。
買取業者や倉庫業者からも情報を得てきて」
「はっ、かしこまりました」
「マーサ、今の文言、書き取ってくれた?」
「はい、もう少々お待ちください」
「領内の法整備が必要ね。
緊急時の規定の追加をしないと、『領主様の横暴』『儲け話が潰された』と言われてしまうわ。
二十数年前の紛争時の記録も調べないと……。
原因が繰り返してるのかもしれないわ……」
マーサの頬がピクッとわずかに引きつる。
この反応は当たり前だ。マーサは南部の男爵家の出自だ。
二十数年前の紛争時にその生家も領地も、父と兄も喪っていた。
私はマーサが書き上げた書類を受け取ると、ベッドから起こしていた上半身を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。
「マーサ。私ができることは何でもするわ。協力してくれる?」
「エリー様……」
「今の私には、マーサの、皆の力が必要なの。
オレンジピールティーを入れてくれる?」
「はい、エリー様」
マーサが準備している間に、補佐官へさらに指示を加え、執務室へ向かわせる。
「ふう。執務室にベッドを持ち込もうかしら」
「エリー様。クレーオス先生の許可を取ってからにしてくださいませ。
それと、ルイス様とお話合いが必要でございましょう?」
私は今、『部屋着にもなる寝衣』という貴族女性にはあるまじき服装をしている。
上から長めのお洒落なローブを羽織れば、エンパイアドレス“風”に見えるデザインだ。
これは妊婦専用の衣服を、快適な妊娠生活のために取り入れたい、とマダム・サラを巻き込んでのプロジェクトでもある。
もちろんお洒落も追求する。
私が言わなくても、マダム・サラが追求してくれるので、機能性重視の私とバランスが取れてちょうどいい。
妊娠初期から出産間際まで、その時の身体や悩み、生活形態は各々違う。
つまり、被服費に余裕がある貴族階級や裕福な市民階級なら、買い替えが多くなる。
ということは、売り上げも上がる、というところまで持っていきたい。
食事については、“中立七家”に協力を要請しており、着々と成果が集積されてきているが、快適な妊娠生活は、衣食住そろってこそだ、と考えていた。
「そうよね。ルイスに心配はかけたくないんだけれど……」
「ご心配もともかくとして、そのお召し物を補佐官達が見ることになるのを、ルイス様がお許しになるかどうか……」
『部屋着にもなる寝衣』はかなり楽な衣服で、きっちりしたドレスやワンピースとは全く異なる。
締め付けるコルセットは用いず、動きやすく、体温が高く汗もかきやすい妊婦の特徴や、これからの暑さも考え、通気性の良いデザインだった。
つまり一般的な部屋着よりやや露出度は高く、薄手で、矯正していない身体のラインがかなりはっきり見える。
それを隠すための薄手のローブでもあった。
「あ、そういうこと?
ん〜、マダム・サラにも緊急案件が出ちゃったわね」
私は入れてくれたオレンジ・ピールティーを飲みながら、マダム・サラに送る手紙の文面と、ルイスとの交渉を考えていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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