126.悪役令嬢の手紙 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※妊娠に関する描写があります。閲覧にはご注意ください。
※後半は、ラッセル公爵視点です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては3歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ん〜、こんな感じだったら、ご心配おかけしないかしら……」
お父さまへ“籠城戦”の援軍を兼ねて、王国の第一王女としての義務である妊娠の報告の手紙を書いている。
二日酔いのような諸々の不快感がある、悪阻の波の合間を縫っての作業で、まずは下書きからだが、ペンが思うように進まない。
どこか、とは上手く言えないが気恥ずかしいのだ。
こういう時は事実のみ伝えるに限る。
今回は、王国の王女、ラッセル宰相令嬢、エヴルー“両公爵”という諸々の肩書きを抜きにしたレベルに収めることとした。
美辞麗句、韻を踏んだ文章を考えていると、ベッドに逆戻りで、効率が悪いことこの上ない。
こういう時に、『●●をサボってる』(※●●は仕事、美容、化粧、社交、など好きなものをお入れください)と言われると辛い、という体験談が聞き取り調査の時、山ほどあったが実感する。
と同時に、恵まれた環境へのありがたさと、それに甘えてはいけないという気持ちが交差する。
本当に体調だけでなく、心も不安定だ。
四苦八苦、悪戦苦闘した下書きはこうだ。
『愛するお父さまへ
薔薇の季節を迎える今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
胃痛のハーブティーがお役に立っていれば幸いです。
私は少し不調だったのですが、クレーオス先生の診察により、妊娠が判明しました。
何事もなければ、来年の1月下旬に子どもが生まれる予定です。
公表するのは、無事に生まれそうな確率が高まる8月になってからと決めました。
お父さまには喜びを分かち合いたくて、ご報告いたしました。
また第一王女として、お義父上である国王陛下の叡聞に達するよう、よろしくお願いいたします。
ルイスを始めとした周囲の方々、タンド公爵家の伯父様や伯母様、ウォルフ帝国騎士団長閣下、皇妃陛下も非常に喜び、公表するまでは私を護ってくださるよう、ご協力いただけます。
帝都邸の皆も一致団結し、私を護ってくれています。
今食べられるものはすももと胡桃ですが、水分は取れているので心配は無用と、クレーオス先生は仰っています。
どうか安心なさってくださいませ。
クレーオス先生の存在はとても心強く、私の侍医にしてくださったお父さまの思いやりに深い感謝を捧げます。
また他にも食べられないか、私の気持ちを聞いた上で、マーサや厨房の者達が無理のない範囲内で、ひと口ずつ試させてくれています。
ルイス様も夫として、お腹の子の父として、とても優しく守ろうとしてくださり、皆の思いやりに心が温かくなる日々を過ごしています。
お父さまもお仕事でお忙しい日々でしょうが、くれぐれもご自愛なさいますよう、遠き地よりお祈り申し上げます。
お父さまの娘 エリザベスより』
書き上げた下書きを確認後、マーサに読んでもらう。今までにないことにマーサは戸惑うものの、目を通してくれ、微笑んでくれた。
「申し分ございません。さぞかしお喜びでございましょう。きっと乾杯なさいますわ」
「国王陛下とご一緒かもしれないわね。機密扱いだから、それはないかしら」
「何か他の理由をつけて、はございましょう?」
「ちょっと見てみたい気もするわね。
マーサの合格が出たなら、すぐに書き上げなくちゃ。
さっきからベッドが私を呼んでるの」
「エリー様。無理は禁物でございますよ」
早速マーサが注意を促す。さすが『“滅私奉公”癖抑制チーム』副リーダーだ。
「やり切った感で心置きなく休みたいの。『まだできてない』って悶々とするより百倍楽なのよ」
「かしこまりました。絶対に無理はなさらないでくださいませ」
「約束するわ」
こうして書き上げた手紙を、小さな音読で最終確認するとほっとする。
と同時に強い眠気が襲ってきて、私はベッドの住人となった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「姫君、姫君。起きなされ。水分を取ってくだされ」
両肩を強く叩かれて目が覚めると、クレーオス先生の顔があった。その後ろには心配そうなマーサの顔が見える。
時計を見れば、もう夕方だ。手紙を書き終えた午前中から昼を飛ばし、眠り込んでいたようだ。
マーサの呼びかけがあったような気がするが、とにかく眠くて起きられなかったのかもしれない。
確かに少し寝汗をかいて、喉が渇いている。
用意してくれていた、水とオレンジピールティーを飲むと、渇きも癒され少しすっきりする。
昼食に用意してくれていたすももと、焼き胡桃も食べられた。
「クレーオス先生、ありがとうございます。マーサ、心配かけてごめんなさいね」
「食べ物は無理でも、水分だけは定期的に摂取するように、と申し上げたはずですぞ。今日の姫君は眠気悪阻が強いようじゃな。
いい機会じゃ。記録を取りなされ。姫君も安心じゃろう?」
確かにそうだ。これだけ飲食できてれば大丈夫、という安心感の元になるし、次に飲食を摂る目安にもなる。
「はい、そういたしますわ」
「ふむ、素直でよろしい。それとこれは診断書じゃよ。手紙と一緒に送るがよろしかろう。
姫君もきちんと書いてくださるじゃろうが、ラッセル公もより安心するじゃろうて」
「……ありがとうございます。クレーオス先生」
先生が私にさらっと追記した診断書を渡してくださる。
確かに、私は厳しすぎる王妃教育や、精神的負荷がどんどん重くなっていた学園生活でも、『大丈夫』と言い続けた“前科”がある。
客観的で医学的なクレーオス先生の診断書があれば、手紙の内容の裏付けともなり、お父さまも信頼してくださるだろう。
ああ、こういう時に、表情をすぐに写し取れるものがあれば、せめて声が送れるものがあれば、と思う。が仕方ない。
できる範囲で、せめてもの気持ちで、タンド公爵である伯父様のために、少しずつ改良している胃痛に効能のあるハーブティーも同封するよう、マーサに頼む。
そこに、トントトト、とノックの音が響いた。
「エリー、ただいま。さっき覗いたらよく眠ってたから起こさなかったんだ。可愛い寝顔だったよ」
「おかえりなさいませ、ルー様」
私は恥ずかしさにはにかみつつも、挨拶する。
「ルイス様。今日、姫君は眠気悪阻が強くて、水分を摂り損ねておったんじゃ。
ああ、心配ご無用。つい先程、摂っていただいた」
顔色が変わりかけたルイスに、安心するよう、クレーオス先生が伝えてくれる。記録日誌を書くよう勧めた話もする。
「俺も小姓の時に、訓練後には書くよう、ウォルフから言われたんだ。今も続けてる。後から読むと客観視できるんだ。
エリーが辛い時は俺が書いても構わないですよね。クレーオス先生」
「姫君さえよければ、お二人で書きなされ。お二人のお子じゃ」
「ルー様、よろしくお願いします。マーサがいるから、書き忘れはないと思うんだけど」
「俺も安心する。さっきみたいに可愛い寝顔も見てたいけどね」
妊娠がわかって以降、ルイスは私にさらに甘くなってると思う。
「それとエリー。これは俺からラッセル公宛ての手紙だ。
“籠城戦”のことをきちんと説明したくて書いた。
エリーはラッセル公の大切な愛娘だ。俺からの説明でさらに安心していただきたいと思ったんだ」
「ありがとう、ルー様。
お父さまのことを考えてくれてありがとう」
ルイスまで、と嬉しさで涙が出そうだ。
そこに、またノックの音が響く。
厨房から“お試し”ができた、と持ってきてくれた。色々作ってくれて、本当にありがたい。
今回はクラッカーだ。
少量ずつしか食べられず、それもお腹が空くと気持ち悪くなるので、小まめに食べられるものがあれば嬉しかった。
「アーモンドパウダーを用いたそうです。匂いはいかがでしょう?」
マーサが運んでくれた小皿に並べられた数枚からは、さほど強い香りはしない。焼きたてを冷まし、匂いが立たないようにしてくれていた。
嗅覚が敏感な今、こういった心遣いもありがたい。
「大丈夫よ。チーズも入ってるみたいね。食べてみるわ」
少ししっとりとした食感で、チーズの風味とアーモンドの香ばしさ、塩加減がちょうどいい。
「うん、これだと普通に食べられそう、かしら」
「それはようございました。これはルイス様のご発案なのです」
「え?」
つい、ルイスの顔をまじまじと眺めてしまう。
ルイスは照れてうなじに手をやり、『まいったなあ』という表情だ。
「マーサ、わざわざ言わなくても。エリーにプレッシャーをかけたくないんだ」
「ルー様。本当に考えてくれたの?」
「まあ、ね……。素人考えだけど、胡桃が食べられたなら、似たような風味はどうかな、と思ったんだ。
アーモンドの粉を材料に使うのは知ってたし、甘いものが苦手になってるみたいだったから塩味でって、料理長に頼んでみた。
でも無理はしないこと。遠慮なしにしてほしい」
私はじんと胸が温かくなっていた。ここまでしてくれる旦那様はそれほどはいないだろう。
「ルー様。無理じゃないわ。胡桃の方が美味しく感じるけど、これも食べられるもの。
小麦粉でできたものは全滅だったのに、アーモンドパウダーは食べられるって不思議ね」
「そういえば、姫君の母上、アンジェラ殿は、揚げた野菜、ことに人参がお好みじゃった。よくぽりぽり食べられておったわ。
ラッセル公に『うさぎさん』とからかわれたと話しておられた。
『仲良きことは麗しきかな』という風情じゃったわ。のう、マーサ殿?」
「えぇ、懐かしゅうございますね。
エリー様、おめでとうございます。また一つ、食べられるものが見つかってようございました」
「本当ね。厨房の人達に『ありがとう』って伝えてね」
「かしこまりました」
「ルー様もいろいろ考えてくれてありがとう。すっごく嬉しい」
「どういたしまして。エリーのお母上が、にんじん好きでうさぎなら、エリーは木の実好きの小リスだな」
「私がリスなら、ルー様は黒犬です。ほら、そっくりでしょう?」
私はちょうど使っていた、黒い犬の縦型ぬいぐるみを抱き上げてみせる。
皆が笑い、悪阻は苦しいけれど和やかなひと時だった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
【ラッセル公爵視点】
帝国から早馬が来た。エリーの使いだ。
届いたものは三通の封書とハーブティーだ。
帝国にいても私の胃を気遣ってくれている。本当に優しい子だ。
封書はエリーとルイス殿、そしてクレーオス先生からだ。
『何かあったのか、それにしては“鳩”が来ていないが』と思い、急ぎエリーの封を切り目を通す。
すぐに飛び込んできたのは、“妊娠”の文字—
ほっとすると共に、最後まで読み通す。
悪阻で苦しいだろうに、私を気遣う優しい子だ。
クレーオス先生は診断書と手紙だった。
妊娠と診断した根拠を医学的に、きっちりまとめてくださっている。
王国の第一王女の侍医としての“仕事”だった。
手紙には情報管理の“籠城戦”に触れてある。
これはルイス殿の手紙に詳しいだろうと読めば、案の定だった。
理路整然と対策と実行進捗が記され、また報告する、と書かれていた。
我が婿としては及第点だ。良い仕事をしている。
ほっとしたのもつかの間、エリーのことが気にかかる。
悪阻の苦しい時期だ。体調はどうだろうか。
クレーオス先生の診断書を見る限りでは、『悪阻は重くもなく軽くもない普通程度』と書かれていた。
すぐに食べられるものが見つかったのだ。苦労したアンジェラよりはいいだろう。
すももと胡桃か。確かタンド公爵家に産地があったはずだ。
無論、届けてくれるだろうが、質のいいものをと私からも手紙で願い、口座に送金しておこう。
公爵夫妻から親バカと思われても構わん。
「そうか。エリーも母となるのか……」
結婚した時から覚悟はしていたが、娘としてはますます、父である私から離れていくのは寂しくもある。
だが、同じ子を持つ“親”となるのだ。
子育てで相談もしてくれるだろう。
ただこの目で愛娘の状況を確認できない。
今この時ほど、王国と帝国で離れて暮らしていることが歯痒くてならなかった。
原因につい考えが及びそうになるが、このめでたい報せに最も相応しくない。脳内で地獄に蹴り落としておく。
それにルイス殿とエリーの子の方が、比べようもなく賢く可愛いだろう。あのおバカ(=王子)の血が、我が孫に入らずによかったと考えよう。
「国王陛下に報告か……」
エリーを娘と思って可愛がってくれている。さぞや喜んでくれるだろう。
『外孫第一号』とか言いそうだ。
「そうか。私の孫か……。初めての、孫……」
湧き出てきた感慨と喜びを噛み締める。
あの日——
エリーが生まれた日のことを思い出す。
あの、小さな生命に出逢えた日のことは、今でも覚えている。
小さくてか弱い、それでいて力強い、生命力の塊をこの胸に抱かせてくれた。
自分とアンジェラの血を受け継いだ子どもを、今度はエリーが産んでくれるのだ。
聖堂に安産祈願をしなければ——
いや、まだ早い。どこから洩れるか分からない。
ことは公になってからだ。
公になった後も、注意を払わなければいけない対象もいる。
言わずと知れたあのおバカ(=王子)と、自主的幽閉中の王妃だ。
エリーと孫の安全は護ってみせる。
薔薇妃と百合妃は喜んでいただけるだろう。
気を引き締めなければ、と鏡を覗くと、どこか口許が緩んでいる。
気を抜くな、レオポルト。
無事に出産との報が届くまで。
だが、国王陛下と一杯くらいの祝杯は許されるだろう。良い酒が手に入ったと誘うか。
そうだ、アイツのことだから、「我が孫に名付けを」とかも言い出しかねない。
断じて阻止しなければ、釘をどのように刺しておこうか。
今は親の名付けが主流だが、参考程度の提案は許されるか。
だが、エリーには負担をかけたくない。するなら婿殿にだろう。
いや、今は何よりも、エリーへの手紙だ。
本当に浮かれているな。自分を律せねばならないと思いつつ、私はペンを取った。
後日——
“影”に固めさせた、国王陛下の私室で飲んだ酒は実に美味かった。
二人とも『“とっておき”を1杯ずつ』のはずがつい重ねてしまい、国王陛下を酔いつぶし私は美酒を思う存分味わった。
陛下の秘密のコレクションの半分に留めたのは、臣下の情けだ。
翌日、恭しくもエリー特製、二日酔いに効くハーブティーを献上した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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