125.悪役令嬢の“援軍”
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※妊娠に関する描写があります。閲覧にはご注意ください。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスと小さな小さな家族との生活としては2歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「うんうん、まずまずの出来じゃ。
マーサ殿の技術は大したものじゃのお」
「クレーオス先生のこちらのお品こそ、素晴らしゅうございます」
互いに褒めあってる、クレーオス先生とマーサの前で、ルイスは独り、身の置き所なく座っていた。
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“籠城戦”が敷かれたエヴルー公爵家帝都邸は、いつもの平穏の中に明るさや活気を秘めていた。
「今まで通りに自然体でお勤めすること。
それがエリー様をお守りすることです」
執事長と家政婦長は、使用人達を前に訓示する。
最後に、私が苦手になった香水や整髪料を使わなくなった代用品として、ハーブを用いたヘアクリームや練り香水の試作品の見本が回され、使用人達は喜んで選んでいた。
「好きな香りって安心するでしょう?
使えなくなって申し訳ないから、せめてものお詫びなんだけど……」
「皆、喜んでおります。
特に練り香水はつけ過ぎる失敗が少なくなると申しております。
ヘアクリームの評価も上々でございます」
家政婦長からの報告を受けて、私はほっとする。
質問票や使い心地の感想をまとめた報告書も後日渡してくれると言う。
アーサーとマーサに鍛えられ優秀だ。
「厨房の変化は出入り商人達も納得しております。
妊婦のための新しい店舗の商品を開発中と、料理長が説明しており、噂の元にもなりましょう。
“中立七家”の他の五家にも呼びかけられるとは、さすがタンド公爵家のご令室でございます」
そう。
エヴルー公爵家の厨房には、さまざまな業者が出入りしている。
ここから『奥様のために食べやすいものを試行錯誤して作ってる』などと噂が流れ始めては面倒だ。
そこで、開店計画中の新店舗の商品のため、レシピの試作と開発に協力して欲しい、と伯母様が“中立七家”に呼びかけたのだ。
この商品とは、母体とお腹の赤ちゃんにとって必要な栄養を考慮したレシピ本、妊娠生活のガイドブック本、悪阻の時に役立ちそうな、日持ちがする焼き菓子、クラッカー、キャンディなどだ。
本の内容はクレーオス先生に監修していただく。
“中立七家”にはこのレシピや焼き菓子などの試作をお願いし、提案も大歓迎と伝えていた。
ここで役に立ったのが、私が王妃教育中に将来の後宮運営のために集めたデータだった。
実はこの段階で侍医長だったクレーオス先生に協力を求め、王宮の料理長とも考えたメニューもある。
レシピは料理長の元にまだ残っているはずだ
ソフィア薔薇妃殿下や、メアリー百合妃殿下のために、少しはお役に立ったのかしら、とふと思った。
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“籠城戦”の心強い援軍の一人、ウォルフ団長にはルイスから説明し協力を求めた。
手放しで喜び、協力も快く応じてくれた、と、胡桃入りマフィンをお土産に帰邸したルイスが報告してくれた。
私はベッドでルイスを迎える。
やはり辛い時が多くなってきた。眠気も強い。
食べ悪阻っぽいのだが、食べられるものは中々見つからない。すももを時々ゼリーにしてもらっているが、ジュースが一番楽だった。
「『めでたい、めでたい』って連呼するし、人払いしてよかったよ。
『お前も父親か』って、いやってほど背中を叩かれた後、涙ぐまれてさ。
あそこまで喜んでくれるとは思ってなかった」
「ふふ……。ルイスを歳の離れた弟みたいに可愛がってくださってるものね。よかった」
「まあ、世話にはなってる。思いっきり。
ウォルフがいなかったら、今の俺はいないと思う。
いつものマフィンも半分以上持たされてさ。
あ、抱えてたから匂ってるか?」
いつもより嗅覚が鋭敏になっている私を気遣ってくれる。
ルイスは本当に優しい。
「ううん。大丈夫。嫌な匂いじゃないわ。むしろ良い感じ?」
「だったら食べてみる?」
私はここで躊躇する。
今日試したクッキーなどの焼き菓子系は、ほぼ全滅だった。でもこの匂いは好きだった。
「……う、うん。食べてみるけど、残したらごめんね」
「大丈夫。元々、俺のためなんだ。
エリーのお下がりなら、喜んで食べるよ。天の恵みがありそうだ」
「ふふっ、ルイスったら」
ルイスが部屋から持ってきた胡桃入りマフィンを、マーサがお皿に載せ、私にはオレンジピールティーを、ルイスにはハーブティーを入れてくれる。
「いい匂い……。いただいてみるね」
私は香ばしい匂いがするマフィンの、ふわふわに焼き上がっている生地をほんの少し食べてみる。だが、ダメだった。
なんとか飲み込み、オレンジピールティーで口直しをする。
「ごめんなさい。匂いは香ばしくていいなって思ったのに……」
「エリー、頑張ってくれてありがとう。
匂いは香ばしくていい、か。だったら、胡桃だけ食べてみたら?」
「え?胡桃だけ?」
「ああ。この香ばしさは上の胡桃も焼けてるからさ」
確かにトッピングされた胡桃が、半ばマフィンに埋もれて、こんがり焼かれて見えていた。
ルイスが器用に取り出して、小さなかけらを選び、私の口許に運んでくれる。
思い切ってぱくん、と口にすると、いい匂いと思っていた香ばしさが口の中に広がる。よく噛んでも嫌な感じはしなかった。
「……食べられる、みたい」
「本当に!?よかった!エリー、よくがんばったな。ありがとう」
「うん、私こそ、あり、がと……」
私は食べられるものがもう一つ見つかった嬉しさと、ルイスや周りに心配をかけているすまなさがないまぜになって、瞳が潤んでしまう。
ルイスはすぐに気づき、ハンカチを目元にそっと当ててくれる。
「ごめん、エリー。一喜一憂しないで、って頼まれてたのに……」
「ううん。私こそ、ごめんなさい。涙もろくなってるみたい……」
「それも赤ちゃんがお腹にいるからだ。
赤ちゃんのために体の仕組みも変わろうとしてるし、周囲に危険がないか、子どもを守ろうと、変化に敏感になってるんだ。
えらいよ、エリー」
「ルー様……」
ルイスが話してることは、私がクレーオス先生や産科の専門医の先生方から聞いた事をまとめた知識で、私も知っている。
でも知識と実体験は全然違う。
実際に悪阻を経験し、妊娠経験者と全妊婦さんを尊敬していた。
「ん、大丈夫、大丈夫。すももに援軍が現れてくれたんだ。それもすごいぞ。
胡桃は古代帝国で信仰された主神の木の実とされてるんだ。ユグランスだったか。縁起もいい」
「援軍ってルー様らしい。ユグランス、『主神の木の実』ね。力を分けてもらえそう。
もう一つ食べてみるわ。ありがとう、マーサ」
マーサは私とルイスのやり取りにも動ぜず、マフィンから胡桃を一つひとつ取り出してくれていた。
さすが、マーサ。大好きよ。
「とんでもないことでございます。ご無理はなさらず、少しずつお召し上がりください」
もう一粒、口に運び、よく噛んで味わう。
香ばしい大地の恵みを味わい、オレンジピールティーを飲み、ほっとしながらお腹を撫でる。
「ね、おいしい?胡桃、昔の言葉でユグランスって言うのよ?
あなたのお父様が見つけてくれたの」
ルイスは私の頭をそっと撫で、マーサは見守ってくれる優しい時間だった。
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皇妃陛下が“学遊玩具”のお試し注文店『フォンス』へご来店された。
もちろんマルガレーテ第一皇女殿下とご一緒でお忍びである。
侍女長の他、お買物の荷物持ち役として、ウォルフ騎士団長自ら、侍従に変装し付き従っていた。
当然皇妃陛下のお忍び先の事前の警備確認は厳重だった。
帝国騎士団の担当が、店舗の警備担当のタンド公爵家騎士団の担当と打ち合わせの上、従業員の身元まで一通り調査するほどだった。
『フォンス』の接客は、“中立七家”が持ち回りで行っているが、この日はタンド公爵夫人の番とした。
「皇妃陛下、いらっしゃいませ。ようこそ、『フォンス』へ」
「わざわざのお出迎え、ありがとう。素敵なお店ね」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
まずは応接間へ案内し、毒味の上、茶菓を楽しむ。
部屋には、皇妃陛下と侍女長、乳母とマルガレーテ皇女殿下、侍従役のウォルフ騎士団長、店側の人間は、タンド公爵夫人とその侍女のみだった。
部屋のドアの外に、使用人に扮した近衛役の騎士が2名立哨し、廊下にも4、5名配置されている。
「タンド夫人。エリーはいないの?」
「はい。あいにく所用ができてしまい、残念がっておりました」
「そう……。マルガレーテと一緒に選んでもらおうと思ってたのに、残念だわ」
「お勧めは聞いております。ご安心ください」
「そうね。また来ればいいし。試させてくれるかしら?」
「はい、こちらへどうぞ」
お試し部屋では、美しい厚紙工芸の箱から、さまざまな“学遊玩具”が取り出され、並べられる。
今日のマルガレーテ皇女殿下のお気に入りは、“くねくね通し”だった。
端と端をしっかりとした台に固定されている金属製の棒は、上方向に伸びた後、途中くねくねと曲線を描き、最後は下方向へ伸び、台と接続している。
その棒に穴の空いた木製の小さな玉がいくつも通っていて、動かして遊ぶ仕組みだ。
くねくねとした棒は3本あり、互いに1、2ヶ所交差していた。
金属製の棒も木製の玉も色鮮やかな塗料で塗られ、台は木目が美しい。
皇女殿下は、棒に通されている赤い丸がお気に召したのか、曲線を行ったり来たりさせたり、まっすぐな部分で、赤い丸を落としては上げて、カツンカツンと台にぶつけ、音を出してご機嫌だ。
ごっつん防止リュック”を背負い、「きゃっきゃっ」と繰り返し飽きることなく遊んでいる。
乳母が付き添い、「マルガレーテ皇女殿下、まあ、お上手でございます」などと声かけしていた。他の青い玉や緑の丸を動かしてみるが、皇女殿下は赤い丸の動きに夢中だ。
皇妃陛下はそんな娘の様子を微笑んでしばらく見守った後、伯母様に声をかける。
「タンド夫人、エリーのお勧めはどちらかしら?」
「音の出る玩具でございます。
“プウプウ笛”のぬいぐるみをお気に召していらしたので、と申しておりました」
「まあ、可愛い木琴だこと。こちらはピアノ?
こんなに小さいの、よく作れたこと」
「ありがとうございます。木琴のばちも握りやすく工夫しております。
どうぞ、お試しください」
「ありがとう。あら、素敵な音……」
皇妃陛下が木琴を楽しそうに叩いていると、くるっとマルガレーテ皇女殿下が振り向き、「あ〜う、あ〜う」と声を出す。
皇妃陛下が木琴を続けて鳴らすと、ハイハイをして寄ってくる。木琴を手で叩いてもあまり鳴らず、『あれ?どうして?』という表情が可愛くて、周囲に笑いが起こる。
「まあ、エリーはマルガレーテの好みを分かっているのね。さすがお義姉様ね」
小さなピアノを置くと、鍵盤を叩けば音が出るので、ばんばん叩いて楽しそうだ。
「すっかりお気に入りみたい。一緒に遊びましょうか」
皇妃陛下が指1本ずつで音階を鳴らしていくと、不思議そうに見つめ、小さな手に皇妃陛下が手を添えて音出しすると、きゃあきゃあ喜ぶ。
しばらく遊んだマルガレーテ皇女殿下は、少しむずがった後、こてっと眠ってしまった。
「あら、まあ。楽しくていっぱい遊んだものね。
あの“くねくね通し”とこの木琴とピアノをいただけるかしら」
「かしこまりました。では先程のお部屋へどうぞ。
マルガレーテ皇女殿下と乳母様はゆりかごを持ってまいりましょうか」
「そうね。ここなら、もし起きても遊べるわね。
ウォルフ。近衛役に付いててもらえるかしら?」
「はッ、かしこまりました」
応接間へ案内され、背の高い侍女が運び入れた新品の“くねくね通し”や木琴などを確認し購入手続きをした後、皇妃陛下がにっこり微笑みかける。
「それで、タンド夫人。秘密のお話って何かしら?
昨日、手紙が届いた時から楽しみにしてたのよ」
「陛下。“内々の”お話でございます。よろしければ、この者、ルイーザからお話しいたします」
「恐れ入ります、皇妃陛下。ルイーザ・ルブランと申します。
ご来店とご愛顧、エリーも深く感謝しています」
アルトよりも少し低い声が響く。
皇妃陛下は、軽くお辞儀した女性店員をじっと見つめ、しばらくして、口許に両手を当てる。
「え?ルイーザって、あなた、ひょっとして、ルイス?」
「はい、母上。ご来店ありがとうございます。
それで、“内々の”お話なのですが……」
ルイスはゆったりとした所作でタンド公爵夫人の隣りに座ると、エリーの“事情”を話し始めた。
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当初、ルイスが皇妃陛下とエリーの妊娠について、タンド公爵夫人と共に話す場所に選んだのは後宮だった。
だが問題があった。
ルイスが近衛役として警備に残り、人払いの上、タンド公爵夫人と皇妃陛下が話すと、どうしても目立つのだ。
『いったい何をお話しになっていたのかしら』と、人払いされた侍女達は考える。
いくら躾のいい皇妃陛下の侍女達でも、それは避けられない。
箝口令を敷いたら敷いたで、注目されるのだ。
ルイスとすれば、できれば回避したい状況だった。
——侍女達がそうは付いて来れない場所は?
そこで選ばれたのは、元々予約されていた“学遊玩具”のお試し注文店『フォンス』だった。
ただそうなると、今度はルイスがこの店にいる状況が難しい。カツラなどで変装しても、右頬の傷は隠せるものではない。
そう相談された私は、クレーオス先生に来ていただいた。
王国に侍医長として勤めていた時から、事故や病気での傷痕の相談も受け、義肢の研究もしていたことを知っていたためだ。
「ふむ。ルイス様くらいの傷なら、おそらく隠せるでしょうな。帝国に来て、姫君の研究するクリームと顔料の相性が良くて助かりましたわ。
まあ、化粧する腕前次第ですなあ」
「だったら、マーサに頼みましょう。だって女装するんでしょ?」
「え?」
ルイスは動揺する。今、耳慣れない言葉が飛び込んできた。
「えっと。ルー様。『フォンス』のお客様対応する店員さん達は全員女性なの。
商品の搬入とかは、運んできた業者さんがやってくれるし、他の力仕事は警備役の騎士の方々がしてくれてるから、普段は建物内に男性はほぼいないのよ。
口コミ紹介制でしょう?変なお客様はいらっしゃらないもの。
来店者は事前に把握して、問題のある方はお断りしてるの。だって、“カトリーヌ・マルガレーテ両殿下ご愛用”なのよ。お客様は選ばせていただいてるわ。
だから警備はほぼ外にいるの……」
もちろん油断せず、外の警備が厳重にチェックし、あらゆる意味で怪しい客は止められる。
従者などで事前にテストもしたのだ。
ありがとうございます、伯母様。
「その……。警備役に紛れようと思ってたんだが……」
「皇妃陛下がお越しなら、近衛役が必ず建物内に入るでしょうから、傷を隠しただけじゃ難しいんじゃないかしら?」
「こんなゴツい女性はいないだろう?」
「あら、ドレスとスカーフを組み合わせれば、何とかなると思うわ。
ルー様だって、変装の訓練とかはしてるんでしょう?」
ルイスは思わずギクッとする。確かに変装訓練はあるし、女装も面白がったウォルフにやらされた。
ただそれは線が細かった少年の時で、二十歳を過ぎてからはやっていない。
右頬の傷で戦力外通告もされていた。
「まあまあ。ものは試し、と申しますじゃろ。
やってみてダメだったら、また考えましょう」
呼ばれたマーサとクレーオス先生に連れて行かれようとしたルイスが、振り向いて助けを求めていた眼差しが、留守番に置いていかれるワンコのようで、すっごく可愛かったのは私だけの秘密だ。
うん、すっごくきゅんきゅんしてしまった。
ごめんなさい、ルー様。
2時間後に戻ってきたルイスは、栗色のウェーブがかった長髪のカツラをハーフアップにし、頬の傷は化粧の下に見事に隠れ、顔の精悍な印象も化粧でかなり変わっていた。
喉に巻いたスカーフも地味だが、お洒落な結び方で違和感はない。
何より我が家のメイドのお仕着せのドレスがよく似合っていた。エプロンを取っているので、紺色の地味な侍女服に見える。
後から聞いたところによると、“背を盗む”、膝を曲げて腰を落とす技術だそうだが、他にも“女装”を教わった時の“技”があるらしい。
多少ゆっくりめだが、品がある歩き方にも見える。
「ルー様、似合ってるわ。コルセット、苦しくない?大丈夫?」
「……大丈夫、でございます。かなり強めですが……」
声のトーンも上げている。これは訓練を受けたことがあるな、と思うが、黙っておこう。
私は男装の訓練を半ば楽しみながら、やっていたが、ルイスは違うだろう。騎士の情けだ。
その隣りのマーサは、やり切った感の明るい表情で対照的だ。
「ふくよかタイプの大柄な人がいて、ようございました。
侍女とメイド総出で、微調整いたします」
「よろしくお願いね。マーサ。ルー様、動きづらいところは、遠慮なく言ってね」
「ああ。っと。失礼いたしました。はい、申し上げます」
こうした苦労の結果、タンド公爵夫人である伯母様の協力も得て、“侍女”の一人として『フォンス』に潜入したのだった。
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伯母様と“ルイーザ”から、“事情”を聞いた皇妃陛下は、協力を引き受けてくださった。
「だいたい2ヶ月ね。私が今日、タンド公爵夫人から頼まれたことにすればいいわ。
エリーには恩があるの。
私のために、一度ならず二度までも“あの”皇帝陛下に“喝”を入れてくれて、“鉄壁の防御陣”を二回も敷いてくれたんだもの。
それにルイスがここまでしたのよ。引き受けない訳には行かないわ。
その“籠城戦”に参加します。
いえ、させてちょうだい」
皇妃陛下の意気込みにルイスは押されがちだったが、皇女母殿下対策では非常に心強かった。
「誠にありがとうございます、母上。
エリーも私もエヴルー公爵家、家中一同、感謝いたします」
「でも、皇女母殿下が注文された“三毛猫”と、そんな風に過ごされてただなんて、知らなかったわ……。
公務の時も明るい雰囲気で、安心し過ぎていたかもしれないわね。しばらく注意深く様子を見ましょう。
何かあれば、連絡するわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「えぇ、任せておいて。なるべく自発的に“遠慮して”いただくように持っていきます。
お見舞いの贈り物はいいのよね」
「はい、それはありがたくお受けいたします」
「大変だろうけど、エリーの懐妊は本当に喜ばしいこと。
外孫でもおばあさまになるのね。
ルイスとエリーの子どもで、私の孫。
絶対可愛いに決まってるわ。
ルイス。改めて、おめでとう。
エリーに『おめでとう、心と体を大切にね』と伝えてね」
「母上……」
母としての皇妃陛下の言葉に、ルイスも感無量だ。
だが、まだまだ油断は禁物なのだ。これから出産まで支えなければ、と気持ちを引き締める。
そこに皇妃陛下からも激励される。
「ルイス。あなたですから、分かってるでしょうけど、“本当の意味”でエリーを労ってあげてね。
以前の皇子教育でも教えましたが、命懸けで、誰でもない、あなたの、ルイスの子どもを産んでくれるんです。
この上なく大切になさい。
どう大切にしたらいいか、分からなくなった時は、エリーにどうしてほしいか聞くこと。
具合が良くなくて、聞けそうになかったら、クレーオス先生とマーサに相談なさい。
いいですね」
「了解です。母上」
あの教育はルイスにとっては不要で、気恥ずかしくもあったが、今になると受けていて良かったと思う。
おかげで、より詳細なエリーのレクチャーも受け入れられたのだ。
「皇妃陛下、そろそろお時間です」
侍従役に扮しているウォルフが声をかける。
「はい、わかったわ。
“ルイーザ”、エリーをくれぐれもよろしくね。
あなたも気をつけるのよ。心配し過ぎないように。
ではそろそろ行きましょうか」
呼びかけが“ルイーザ”と変わったことで、公私を切り替える。
「はい、皇妃陛下。お見送りいたします。
本日はご来店、誠にありがとうございました」
タンド公爵夫人や“ルイーザ”の見送りを受け、ゆりかごの中でまだ眠っていたマルガレーテ皇女殿下と共に、皇妃陛下一行は皇城へ帰還し、
“ルイーザ”ことルイスは、当初の目的を無事に達成した。
そして翌日——
騎士団本部に出勤したルイスは、ウォルフ団長から『潜入捜査など、変装を伴う職務からの戦力外通告の取り消し』を通知されたのだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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