123.悪役令嬢の宝物
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで61歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「伯母様。開店、おめでとうございます」
今日は、『“学遊玩具”のお試し注文店』の開店日—
企画は私だが、タンド公爵夫人である伯母様が、主に動いてくださり開店まで漕ぎ着けた。
「お祝いのお花です。
カトリーヌ殿下とマルガレーテ殿下にちなんでみました」
庭師が抱えた箱の中にある、上品な鉢に植えられた白いユウシュンランと鈴蘭を、伯母様に披露する。
お約束していた店内に飾る花だ。
豪華なものでなく心惹かれるもの、とのご希望で、庭師と選んだ。
ユウシュンランも鈴蘭も、優美で清楚な花だ。
特にユウシュンランは、皇妃陛下とマルガレーテ第一皇女殿下の二人の私的な紋章に使われていた。
『清らかな心』『再び幸せが訪れる』という花言葉は、子供向けのお店の開店にふさわしいだろう。
「まあ、可憐なこと。両殿下のお花ね。ありがとう、エリー」
「庭師が育ててくれました。世話もしに来てくれるので、ご安心ください」
“両殿下ご愛用”の品を扱うお店らしく、とのことで、玄関を入って正面に見える台に置く。
『“学遊玩具”のお試し注文店』は口コミの予約制だ。
店名は『フォンス』、古代帝国語で“泉”を意味する。
『泉のように智慧が湧き出で、成長なさいますように』との願いで、“中立七家”の当主夫人で協議した結果、名付けた。
今日のお客様は初日ということで、余裕を持って夕方までで3組だ。
みな“中立七家”の親戚や知り合いで、待ちに待った、という感じだった。
私の体調を心配してくれたマーサは、供待ち部屋に控えてもらっていた。
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記念すべき1組目は、6ヶ月の男のお子様に、伯爵家当主ご夫妻と祖父母、乳母、合わせて6名だ。
伯母様が出迎え挨拶し、わたしは後ろに控え、お辞儀する。
まずは応接間で紅茶でおもてなしする。
その間、“学遊玩具”がどういう趣旨の玩具か、リーフレットで簡易に説明した後、実際の“遊び場”、お試し部屋で遊んでいただく。
怪我をしないよう、床には分厚い絨毯を敷き詰め、壁や机の角を“安全用具”でガードしている。
布地や素材などを用いた薄手の衝突緩衝材を巻きつけたり、貼り付けたりしている。
どうしても洗練さなどは損ねるため、表の布地は床の絨毯の色に合わせ、雰囲気を和らげていた。
玩具は美しく可愛らしい、厚紙工芸の箱に入っており、その角も丸く仕上げている。
各種ぬいぐるみや“かずかぞえ”、小型の木琴、アヒルのカスタネット、積み木も細い木の棒に、穴の開いた同じ形の積み木を通していくタイプ、丸っこい多面体のタイプなどもある。
“紐通し”も、りんごの木に、“りんごの花”や“りんごの実”を紐で通して完成させるタイプ、色んな動物や花に、紐を通して引っ張れるパレードタイプ、順番通りに通していくと模様ができる刺繍タイプなどを揃えていた。
“七家”の当主夫人の皆様が夢中になられていただけのことはあり、仕事が早い。
各種ラトルもあり、布製のラトルは、振ると中に入れてある鈴がなるタイプや、肌に優しい布地をハーブで染めているもの、押したり握ると鳴る“プウプウ笛”が仕込まれているものもある。
他にも様々な玩具がある。
伯爵家ご一家は目移りしているようだ。
「どうぞ、お手に取ってお試しください。
お子様に遊んでいただけるよう、玩具は清潔にしています」
「では……」
伯母様が勧めると、乳母が抱いていた子どもを下ろす。
6ヶ月ということで、お座りしている。
ぷくぷくしていて、愛らしい赤ちゃんだ。
「失礼します。こんにちは、どれが楽しいかな〜」
私は何種類か玩具を並べ、気に入るものがないか目の前で試してみる。
すると、音が鳴るものに興味を示し、木琴を叩いてみせるとご機嫌だ。
自分では“プウプウ笛”を仕込んだ、ぬいぐるみを握って、音が出ると不思議そうに首を傾げている。
本当に可愛らしい。
口に持っていきそうになったのでやんわり制御し、鈴の音が出るラトルを目の前で振ると、片手を伸ばしてくる。
渡すと「きゃっ、きゃっ」と振り回しご機嫌だ。
様子を温かく見守っていた伯爵ご夫妻が近寄ってこられる。
「あの、怪我を防ぐリュックがあると聞いたのですが……」
「はい、ございます。“ごっつん防止リュック”と申しまして……」
控えていた店員が用意してくれたリュックを持ち、私が説明する。
伯爵ご夫妻はお人柄が良さそうなのだが、ご当主のコロンがキツい。
むせそうになるのを耐えながら笑顔で説明し、赤ちゃんに装着してみせる。
しばらく乳母と遊んでいると、背中方向にバッタンと倒れるが、キョトンとした顔だ。
乳母は慌てて抱え、ほっとしていた。
床の絨毯がふかふかなので、リュックが無くても怪我はしないと思うが、やっぱりびっくりするよね。
「なるほど。こういう仕組みなのですね」
「さようでございます。材質は……」
私がリュックについて説明している間に、祖父母のおふたりは、伯母様が説明される“かずかぞえ”に、ご自分達が夢中になっていた。
早速、お子様の前に持ってきて、試しにやっているが、お子様の態度はつれない。
よくあることだ。
途中から興味を持つこともある、と伯母様が説明すると、購入決定となった。
あとは、“プウプウ笛”の音が出るうさぎのぬいぐるみの小型と中型、鈴の入った布製のラトルに、木琴、厚紙工芸のおもちゃ箱だ。
“ごっつん防止リュック”は、すぐに持ち帰れる既製タイプは、男児用は月桂樹の輪と、馬の刺繍だ。
家の紋章などの特別注文は、刺繍に10日から2週間ほどお時間をいただくと説明すると、どちらもお買い上げとなった。
待つ間は既製品を使用という訳で、さすが“お貴族様”だ。
また生誕時のぬいぐるみも希望され、カタログをお見せし手足が動く犬タイプとなった。
お洋服は希望されない。
店員がお買い上げ票に記入していく。
応接間に戻り、新品の製品を一つひとつ確認していただく。
初めてのお客様だ。やはり嬉しい。
「エリー。リュックとぬいぐるみの注文書をお持ちして」
「はい、伯母様」
気軽に立ち上がると、ご夫妻の奥様が『えッ?!』という顔をされた。
「あの、失礼ですが、エヴルー公爵閣下でいらっしゃいますの?」
タンド公爵の姪が、エヴルー公爵エリザベスであるということは周知の事実だ。
「はい、エリザベス・エヴルーです」
五人の顔に驚愕が走る。
今日の私は“エヴルー・シリーズ”の、ルイスの瞳に似た深い青の生地に、ローズマリーの花輪を地模様に織り込んだ、上品だがシンプルなAラインのドレスだ。
宝飾もルイスと私、二人の色目を揃えた、四葉のクローバーのピアスとネックレス、髪飾りで、社交界の“広告塔”の私とは、方向性が全く違う。
上品で優雅だが、さほど目立たない装いだった。
「あ、あの、大変失礼いたしました。不敬など、どうかお許しください」
当主が焦りながら謝罪される。
ああ、そういえば、伯母様と私では、言葉遣いや態度がちょっと違ったけど、無礼ってほどでもなく、気安いって感じで、あまり気にしてなかったのに。
多分、同程度の身分と類推したのだろう。
「どうかお気になさらず。ここにいる間は、伯母様の姪のエリーですわ。不敬などございません」
私の微笑みと言葉にほっとしたようで、その後の手続きもスムーズに終え、満足そうに退店された。
赤ちゃんを囲んでの一家揃っての笑顔が幸せそうで、印象的だった。
休憩で紅茶をいただいていると、伯母様が心配そうに尋ねてくる。
「エリー。あなた、顔色があまりよくないわ。
今日はもうお帰りなさい。
店員の教育も済んでるから、心配しないで」
「そんなに悪いですか?自覚はないんですけど」
お子様と遊んで癒されてるんだけどなあ、と思ったが、確かに少しだるい。
「昨日の出仕も気遣いしたでしょう?
それが抜けてないんじゃないかしら」
そうだ。
伯母様にもお伝えしてないと、“三毛猫”の進化形を見たらびっくりなさる。
「伯母様。実は……」
服やパジャマ、食事の件など諸々お話しすると、複雑そうな表情を見せる。
「それは痛々しいというか、お気の毒だけど、また噂になりかねないわね」
「えぇ、そうですよね…」
「でも、エリーのせいではないの。あなたは堂々としてなさい。
ぬいぐるみをどう可愛がるかは、持ち主の自由だもの。
作り手・売り手からしたら、大切に扱って欲しいけれど、あとは持ち主の方々に委ねられるの」
「はい、伯母様」
「それは精神的に疲れるのも無理はないわ。
今日はもう充分よ。
明日も無理しないで、ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます、伯母様」
お言葉に甘え、私は待っていたマーサと共に帝都邸に戻った。
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昼食もいつも通り美味しいのだが、あまり食欲が湧かない。
ご一緒していたクレーオス先生が尋ねてこられた。
「姫君。昨日からちと、お元気がないようじゃな?」
「はい、やはり思ったよりも、昨日の出仕の負担が大きかったようです」
「今日のお手伝いも大変だったかの?
気分転換にもなると行かれたが、気を遣う客じゃったか?」
「いえ、皆様、良い方でした。
途中までお子様と遊んで、むしろ楽しくて癒されてたんですが、ご当主のコロンの匂いにむせてしまって……」
クレーオス先生が『ん?』という顔をされる。
「姫君。昨日も例の“三毛猫”の匂いで、ご気分が悪くなっておられたの?」
「はい。“アレ”を思い出してしまって……」
「……そうか。なるほど。後で儂の研究室に、マーサ殿と来なされ。
今は食べられるものだけでも、食べるとよかろう。
無理はかえって胃腸に良くない。
何か召し上がりたいと思うものはないかの?」
「そうですね。すももがあれば、ジュースが飲みたい、くらいでしょうか」
控えていたマーサが会釈して、朝食室を出ていく。
頼みに行ってくれたのだろう。
申し訳ないなあ。
私は食べられるだけなんとか食べて、作ってくれたすもものジュースでさっぱりし、昼食を終えた。
食べ物を残すなんて、申し訳ない。
民が作ってくれたものだから、きちんと食べるように、とお父さまに躾られてきたのに、病気や発熱の時以外は初めてだ。
本当にごめんなさい。
先生に勧められ、緩やかなエンパイアドレスに着替え、髪をハーフアップに下ろし、一休みする。
「エリー様。お辛いのに気づかず、申し訳ありません。
コルセットを締めすぎたでしょうか。
結い髪がキツすぎたとか……」
「ううん。いつもと同じで大丈夫よ。
クレーオス先生の診察を受けて、お薬をいただければ、食欲も元に戻るわ」
その後、少し楽になり、クレーオス先生のお部屋を訪れる。
詳しく問診された後、症状の説明をじっくり聞かされた私は、思わず納得したのだった。
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ルイスが帰ってきた。
先触れで知らせてくれたが、私は念のため部屋で待つことにした。
マーサが代わりに出迎え、部屋に来てもらう。
そのマーサも私から離れたがらなかった。
ソファーに座ってるから安心してほしい。
「ただいま、エリー」
ドアを開けると、私の顔を見てルイスがほっとしている。
心配かけてごめんね。
「お帰りなさい、ルー様。こちらへどうぞ」
私も笑顔で迎える。こっちがドキドキだ。
隣りに座ってもらう。
マーサがお茶を入れてくれる。
ルイスにはいつものハーブティーだが、私はオレンジピールティーだ。
ルイスは心配そうに尋ねてきた。
「今日は手伝いに行ったんだろう?無理したんじゃないか?」
「ん、早退してきちゃったけど、もう大丈夫。
クレーオス先生に診ていただいたし」
「え?!クレーオス先生の診察って、そんなに悪かったなら、すぐに休まないと」
いつものように、私をお姫様抱っこして運ぼうとするルイスを、マーサが肩に手を置き止めてくれる。
「ルイス様!おやめください!危のうございます!」
今までない厳しい口調に、ルイスの体がぴたりと止まり、マーサを振り返る。
「危ないって、俺はエリーを落としたりはしない」
「万一ということがございます!」
二人の間の空気がピリピリしている。
うん、二人とも悪くない。無理もありません。
私がさっさと結論を話せばよかったの。
ごめんなさい。
「あ〜っと。マーサ、ルー様。落ち着いて。
マーサ。私から話すから、ね。
ルー様から手を離してあげて。
ルー様もこのまま座ってて。ね。
大切なお話があるの」
二人とも休戦状態になり、私はルイスに向き直り、背筋を凛と伸ばす。
「ルー様。落ち着いて聞いてください。
深呼吸して」
「了解」
ルイスが何回か大きく息を吸って吐いて、私を見る。
私が小さく頷くと、頷きを返してくれた。
ルイスの膝の上の手に、私の手をそっと重ねる。
「ルー様、落ち着いて聞いてね。
赤ちゃんができました。
だから、生まれるまでは、お姫様抱っこは禁止です。
マーサの言う通り、万一があるでしょう?」
「え?」
ルイスが固まる。ものの見事だ。
何か病気かと思っていたから、なおのこと、理解が追いつかないのだろう。
私もクレーオス先生から言われた直後は、そうだった。
とてもよく分かりますとも。
だから、ゆっくりと言葉を繰り返す。
「ルー様。私は身ごもりました。
無事に育てば、赤ちゃんが生まれるのは、来年、1月の下旬ぐらいだそうです」
「……エリーが、身ごもった」
「そう。ルー様が赤ちゃんのお父さまになるのよ」
「……赤ん坊が、子どもが、エリーと俺の元に……」
「そう。来てくれたの。大切にしましょうね。
だから、生まれるまではお姫様抱っこはしばらくお休みね」
「そうか、そうだよな。うん、わかった。
マーサ、すまなかった」
「私こそ失礼しました」
謝ったルイスに、マーサもきちんと詫びる。
ふたりとも、そういうところが好きよ。ありがとう。
「エリー、ありがとう」
驚きの後、喜びがひたひたと押し寄せてきたのか、ルイスが、この上なく優しい眼差しで、私の頭を撫でてくれる。
「俺と家族になってくれた。新しい家族も宿してくれた。
いい父親になるよう、努力する。
やってほしいことはなんでも言ってほしい」
私も緊張が少しずつ溶けていくようで、ほっとする。
残ったのは、ルイスの子どもを身ごもった嬉しさだ。
『“いい父親”になりたい』というルイスは、どういう想いなんだろう。
でも今は二人で喜びを分かち合おう。
「ありがとう、ルー様。
とりあえずは、男性向けのコロン、付けないでほしいくらいかな。匂いがダメみたい」
「ああ、元々持ってないから、大丈夫だ。
あとは?」
「食があんまり進まなくても、心配しすぎないでほしいの。
とりあえず、すももだったら、楽に食べられました。
こういう匂いや食べ物って変わることもあるし、一喜一憂しないで。
クレーオス先生がいらっしゃるんだもの」
「了解。エリーに色々教わってるからね。
ああ。クレーオス先生がいてくださって、本当に良かった。
あ、俺の匂いは大丈夫?」
私はお行儀悪く、くんくん嗅ぎ、にっこり見上げる。
「大丈夫。ルー様の傍にいられないの辛いから、よかった」
「俺もだよ。最後まで俺の匂いが大丈夫なことを祈ってる」
ほっとして笑ったルイスは、私を優しくふんわり抱きしめてくれた。
いつもは可愛くてきゅんきゅんしてるルイスの腕の中は、逞しい胸に頬を寄せると、心臓の音がトクトク聞こえてきて、温もりに安心できる。
「大変だろうけど、支えさせてほしい」
「うん」
「辛いことはなんでも言ってほしい。
あ、嬉しいことも、なんでも」
「うん」
「心配し過ぎ、は、なるべく注意する、うん」
「うん」
「二人で、いや、みんなで、これからも生きていこう」
「はい、ルー様。みんな仲良くね」
結婚記念日の前に訪れてくれた宝物をこの身に抱え、私はルイスの腕の中で幸せを噛み締めていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
※もろネタバレになってしまうため、妊娠関連の注意書きができませんでした。ご不快になられた方は申し訳ありません。
作者としては、結婚までで第一章、懐妊までで第二章といった感じです。
ここまでご愛読いただき、本当に感謝しています。
第三章をどうするべきか、少々脳内審議中で、明日の更新は未定とさせていただきます。
次の前書きか、活動報告でお伝えさせていただくと思いますので、よろしくお願いいたします。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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