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122.悪役令嬢の“三毛猫”事案

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスとの新生活としては、これで60歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。



「アーサー、本当にありがとう」



 皇妃陛下を見送った後、私は使用人全員を集めて、皇妃陛下の“里帰り”のおもてなしに感謝した。


 特にアーサーだ。

 縁の下の力持ちに徹し、私とルイスの職務をほぼ肩代わり、決裁判断まで持ってきてくれていた。


「お役に立てて光栄です。

エリー様とルイス様、特にエリー様にはおもてなしに集中していただこうと、使用人一同、注力いたしました。

皇妃陛下がエヴルーをお気に召してくだされば、エヴルー公爵領の付加価値が高まります。

皆のおもてなしもそうだ。本当によくやった」


「本当に、みんな、素晴らしかったわ。

使用人食堂にご馳走を用意してあるから、お腹いっぱい食べてね。

ありがとう、本当にありがとう」


 私は使用人一人ひとり握手をすると、執務室に足早に向かう。

 後ろからアーサーとマーサが付き従っていた。



「さてと。今のところ、重大案件は抱えてないわよね」


「エリー様のお心に関して言えば、例の“三毛猫”がございます。

本日、工房より完成したと連絡がありました」


 マーサがズバリと突いてきた。アーサーも(うなず)き同意している。

 アーサーもある程度の事情は把握している。

 でなければ、この“両公爵”家の代官は務まらない。


 昨日の工房巡りでも、実は『完成間近なので、皇妃陛下にお目にかけたい』との申し出があった。

 『気分転換にいらしているので、今回は…。皇城できっとお目にかかります』とやんわり押し返していた。



「エリー様。

皇女母殿下は、『なるべく早くの納入を』とのお望みです。

これを最優先されるなら、エリー様が一度出来上がりを確認し、合格ならば、工房で梱包し、エヴルー騎士団の早馬でタンド公爵邸へ届け、夫人に納入していただく。


通常ならば、帝都へ赴く際に運び、出仕の際にお渡しする。

このどちらかでしょう」


 アーサーの冷静な分析が続く。


「前者なら、エリー様の接触は一度のみ短時間です。

後者なら、確認以降、この領 地 邸(カントリーハウス)に運び入れ保管、共に移動し、出仕まで帝都邸(タウンハウス)に保管、出仕の際に納入、ということになりましょう」


 後者の話を聞いて、本能的に『嫌だ!』と思ってしまった。思わず両手で二の腕をさする。

 それでも失礼のないように、と“滅私奉公”的な考えに傾きかけたところ、マーサが毅然と意見してくれる。


「エリー様。ご無理は禁物です。

私は前者をお勧めします。先方は一日も早い納入を希望されています。

ルイス様もお戻りになられません。

エリー様のお心が最優先です」


 私を思ってくれるマーサの言葉に客観視を思い出す。

 そうだ。前者でも無礼ではない。

 伯母様も遠慮なく、と仰ったではないか。



「そうね。出来上がりを確認して、騎士に早馬で届けてもらいましょう。

アーサー。二人一組で、依頼して。

くれぐれも安全第一で、事故には充分気をつけるよう、副団長から厳命させて。

これで事故が起きた、なんて変なエピソードを、さらにくっつけたくないのよ」


「かしこまりました」


 私はこの夜、執務で心身を意図的に疲労させた後、マーサの美容フルコースをたっぷり受け入れ、例の犬型縦抱きクッションを(かか)え、ぐっすりと眠った。


 夢も見なかった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 翌日—


 “三毛猫”の確認のため、天使の聖女修道院の農地エリアにある工房をマーサと共に訪ねた。



「こんにちは、エリー様。いらっしゃいませ。

どうぞ、ご覧ください」


 机の上には三毛猫が鎮座していた。

 黒と茶色のバランスもいい。茶色も似ている。

 さすが皇太子の肖像画を手がけた画家だ。

 何より表情が似ていた。あの外面(そとづら)のいい微笑みだ。


「お顔は姿絵を見て参考にさせていただきました。

茶色も可能な限り、似た色を染めました。

こだわりがあるのは、無理もありません。

若くしてご夫君を亡くされたのですから……」


 そうか、姿絵か。

 うんうん。それでこの力作なわけね。

 余計なことを、なんて絶対に思えない。

 工房の人達の“善意の力作”なのだ。


「……そこまで気を配ってくださったのね。

ありがとうございます」


 私は平静を装い、勧められる前に手に取り、型紙との同一性、手足の可動、編み目の均一性、縫い合わせの丁寧さなど、確認事項に合わせきっちり検品する。

 なるべく顔は見ないようにした。

 私の心の負担を増やしたくない。


「申し分ない製品ですわ。亡き人をこうやって懐かしむのもいいかもしれません。

新しいジャンルに挑戦、見事に成功され、誇りに思います。

皇女母殿下のお求めは、非常に高いレベルでした。

さぞご苦労だったでしょう。本当にありがとうございました」


 私が拍手を始めると次第に広がり、皆が皆を(たた)えあう。


 私はすぐに厳重な梱包をお願いした。

 一刻も早い納入のためだ、と説明すると、「さすが、エリー様」「皇女母殿下へのお心遣いが素晴らしいわ」などと言いながら、作業してくれる。

 そう見えているなら、表情も不自然ではないということで内心ほっとする。


 待機していた二人の騎士を呼び、『皇女母殿下への重要な納入品』であることを再度伝える。

 くれぐれも無事故で、タンド公爵邸まで大切に運ぶよう、エヴルー騎士団顧問として私からも命じた。

 二人の顔が引き締まる。

 今からなら午後早くには着くだろう。


 届け先であるタンド公爵夫人である伯母様当てに記した、事情を説明した手紙も預ける。

 『お忙しいところ、大変申し訳ありませんが、皇女母殿下へ納入願います』と頼んだ。

 帝都に戻ったら、伯母様に思いっきりこき使われよう、もとい協力しよう。


 早速出発した騎士達を見送り、私は心中、胸を撫で下ろしていた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 騎士達は夜に帰還した。

 無事に帰ったことに安堵する一方、気にしすぎな自分に、つい苦笑してしまう。


 伯母様からのお返事には、『安心しなさい。厚紙工芸(カルトナージュ)の箱や詰め物も用意しておきました。なるべく早く届けます』とありほっとする。


 『『学遊玩具のお試し注文店』もまもなく開店よ。エリーの助っ人、大いに期待してます』などとあった。

 その懐かしい筆跡と文章の(ぬく)もりに、心が和んでいく。



 クレーオス先生も夕方、執務室に訪ねてくださった。


「姫君。“アレ”絡みでは決して無理せんよう、(わし)やルイス様や(まわ)りを頼るんじゃ。

ちょっとした不安も吐き出すように。

ほれほれ、もうかなり溜まっとるじゃろう?ん?」


 にこにこしてらっしゃるが、先生の目は誤魔化せない。 私は素直に認め伝えた。


「ふむ、それで良い。上出来じゃよ、上出来。

その調子でなるべく逃げときなされ。

そんでもって皇女母殿下への出仕の時は、堂々としておられよ。

姫君はこの国の為政者側の一人として、間違ったことは何ひとつしておらん」


「はい、クレーオス先生」


 先生も心強い味方のひとりだ。


 私は恵まれている、と改めて思う。


 そこからエヴルーを離れるまでは、バリバリ仕事をこなし、美味しいものを食べ、夜はマーサの美容プランに身を委ねる、という夢も見ない充実した日々だった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 エヴルー公爵家帝都邸(タウンハウス)に戻った日。


 夕方ルイスを出迎えた時、抱きしめてくれた。


「エリー。おかえり。長かった。逢いたかった」


「ルー様。私もよ。さあ、夕食にしましょう。

クレーオス先生もお元気よ」


「……俺の部屋で二人っきりは」


「無しです。使用人のお仕事を奪わないように」


「はい……」


 しゅんとした私の旦那様に、「夜は髪を乾かして差し上げます」と耳にそっと(ささや)くと、すぐに見えない耳がピンとする。

 本当に可愛くて、きゅんきゅんする。


 久しぶりにルイスとクレーオス先生、三人で夕食を摂り、その夜は夫婦二人で過ごしたのだった。




 一日置いて、皇女母殿下へ出仕の日—


 皇女母殿下の座るソファーには、やはり“三毛猫”がいた。

 それも、なぜかさらなる進化を遂げていた。


 先に納入したカトリーヌ嫡孫皇女殿下の誕生時の体重・身長の白猫“キティ”は、マダム・サラがデザインしたピンクの花柄のドレスを着て、“三毛猫”の隣りにいた。


 これはまだいい。

 ドレスのご注文も承ったし、予想も付いていた。

 出来も素晴らしく、よく似合っており愛らしい。



 問題は“三毛猫”だ。


 タキシードを着て、タイを締めていた。

 伯母様から何も聞いてはいない。


「エリー閣下。びっくりした?実はね……」


 皇女母殿下は嬉しそうに話すところによると、男児用子供服店に前もって依頼し、“アレ”、もとい皇太子殿下が着用されていたタキシードから作った服だという。


 いや、嬉しそうに、と言うよりも、夢中になり瞳は輝き、実に多彩な表情だ。

 冷静に観察すると、少し興奮しているのかな、とも感じる。



「あの方がお好みだったコロンも、ちょっぴり付けてるの。こうやって抱いてると、とっても落ち着くのよ。

ぬいぐるみは私の思い描いていた通り、素晴らしい出来栄えだわ。

ありがとう、エリー閣下」


 確かに嗅覚が、“アレ”の香りを認知する。

 記憶が蘇る。胃が縮まり吐き気が襲う。


 心を奮い立たせろ、私。

 あそこにあるものは“物体”だ。

 生きてる人間の方が何より恐ろしい。

 エヴルー“両公爵”らしく、クレーオス先生も仰ったように、皇女母殿下に堂々と対応せよ。


 私は背筋を伸ばすと、凛と前を向く。

 吐き気を抑え込み、貴族的微笑みを浮かべ、皇女母殿下の褒詞(ほうし)にお礼を述べる。


「ご満足いただけて、何よりでございます。

調製した者達にも、お言葉をもれなく伝えます。

さぞや喜ぶことでしょう」


 実際に喜ぶだろう。

 あれだけ努力してくれていたのだ。

 きちんとお言葉を伝えて、改めて(たた)えよう。

 この素晴らしい仕事の過程と結果は、認められるべきものだ。

 エヴルー流、“信賞必罰”だ。


 この後、人払いし、心身の状況を(うかが)うが、調子がいいと話す。


「この仔が来てから、特に調子がいいの。

こう、誰にも話せないような愚痴も、この仔相手だと話せて、なぜかすっきりするのよね。

パジャマもあって、一緒に眠ってるの。

おかげで夜もぐっすり眠れるようになったわ」


 なるほど。心の重荷も口に出せば軽くなるし、気持ちがまとまる時もある。

 不眠も無くなった。

 良いこと尽くしだ。


「では、ハーブティーはお入り用ではないかと存じますが?」


「あら、ハーブティーはぜひ続けたいわ。

ハーブティーもこの仔もあって、落ち着いていると思うのよ」


 なるほど。そう上手くはいかないか。


「かしこまりました。ではお心が明るく落ち着くような効能でよろしいでしょうか」


「えぇ、よろしくお願いしますね」



 侍医達と侍女長の検討会議でも、“三毛猫”が話題だった。

 皇女母殿下の気鬱(きうつ)の病状的には“三毛猫”様様(さまさま)だ。


 ただあまりの耽溺ぶりに、危ぶむ声もあった。


「実は昨日の夕食では、一緒にお食事を召しあがろうとされたのです。

ご用意もないのでお止めしましたが、次からは食器も食事も用意するように、と仰せで、おそらく今夜からは食事を共にされるかと…」


 侍女長の報告に、皆、顔を見合わせる。


「傾倒しすぎるのも困りますな」


「侍女長殿。あの“三毛猫”をバカにする言動や態度を絶対に取らないよう、周囲に厳重に通達してください。

でないと、激昂(げきこう)なさるか、もしくは激しく落ち込まれる場合も想定されます」


「は、はい、エリー閣下。かしこまりました」


「先生がた。その時に備えて、お薬の用意をしていた方がよいかと思うのですが……」


「そうですな。処方しておきましょう」


「侍女長殿。カトリーヌ殿下に対してはいかがでしょう」


「以前に増して可愛がっていらっしゃいます。

マルガレーテ殿下の元にも遊びにいらっしゃったり、同じ玩具(おもちゃ)やドレスをご注文されたりしています。

姿絵の売れ行きも、非常に喜んでいらっしゃいました」


「公務に関しては?」


「はい、真面目に取り組まれていらっしゃいます」


「そうですか。ではご希望通り、気持ちが明るく落ち着く効能のレシピで調合いたします。

万一眠れなくなった時は、処方されたお薬をお飲みください。

先生がたも以前お話しした引き継ぎのため、調合とハーブティーの入れ方の実習をお願いします」


「……かしこまりました」


 私は侍医達にしっかりと調合を覚えていただく。

 調合後の試飲もご満足いただけたようで、退出しようとすると、皇女母殿下が呼び止める。



「そうだわ、エリー閣下に、この仔を抱いていただけてなかったわ。

よかったらどうぞ」


 “三毛猫”のぬいぐるみを無邪気な笑顔で差し出してきた。


 うっわ〜。最後の最後で来たよ。

 “三毛猫”もそうだけど、その香りが無理無理無理。

 また気持ち悪くなってくる。

 でも待てよ。

 うん、一度話してみよう。


「皇女母殿下、私はそのお守りぬいぐるみは、検品で、抱き心地の確認のため抱いております。

また、とても大切になさっているご様子。

今、私が抱くと、ハーブの香りが濃く移ってしまうかと。

移り香で、お二人の間に無粋なことをしたくございません」


 皇女母殿下は頬を薔薇色に染め、照れていらっしゃる。


「やだ、エリー様ったら、からかって。

でもそうね。匂いは変えたくないかも。

夜、落ち着くんだもの。

お気遣い、ありがとう。エリー閣下」


「とんでもないことでございます。では失礼いたします」


 私は深いお辞儀(カーテシー)を行うと、調合室で待っていたマーサを連れ警護のエヴルーの騎士達と共に、皇城からさっさと退出する。

 『虎口から脱するとは、このことか』という気分だった。



 帰ってクレーオス先生に、皇女母殿下の状況を報告する。


「ふむ。良いようでもあり、悪いようでもあり、といったところじゃな」


「悪いところとは?」


「姫君が危惧してる通りじゃよ。

趣味や遊び、心の支えの間は良い。問題は“依存”した時じゃ。

公務にまで連れて行こうとしたり、公務より、その“三毛猫”を選ぶようになった時じゃな。

皇女母殿下として、公私のけじめが付かなくなった時じゃ」


「なるほど。ありがとうございます。

このお話、侍女長殿や侍医殿がたにしていた方がよいのでは?

侍女長殿に手紙を書きましょうか?」


「今は興奮気味のようじゃ。

そういう時は、妙に勘が働く時がある。また証拠も残さん方がいい。

(わし)が皇女母殿下の侍医殿に話しておこう」


 クレーオス先生は例の“光り(きのこ)”の関係で、皇城の出入りを認められていた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「ルイス様にも(わし)から話しておこう。

姫君は少し休みなされ。顔色があまり良くない。

マーサ殿に(いたわ)ってもらうがよい」


「そうします。失礼します」



 私はラベンダーのハーバルバスに浸かり、マーサの髪の手入れに身を任せた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 夕食後、ルイスの部屋に誘われた。


 以前、飲んだウィスキーベースのカモミールティーとりんごのカクテルを作ってくれる。

 隠れて練習した、と少し照れて話す。

 何それ、本当に可愛い。癒される。


「お疲れ様、エリー」

「ルー様もお疲れです。ありがとう」


 二人でソファーに座って味わう。

 ただウィスキーの酒精の匂いが少し強かった。

 眠りやすいよう、気を遣ってお酒を多めにしてくれたのかな、と思う。


「エリー。だいたいの話はクレーオス先生から聞いた。

マーサからもだ。

簡単には言えないが、大変だったな……。

すまない。俺が近衛役で警護に当たればよかった……」


 ルイスは私をふんわり抱きしめ、頭を優しく撫でてくれる。

(ぬく)もりがじんわり伝わり、不安を溶かしてくれる。


「ルー様が警護役でいても、皇女母殿下は止められないでしょう?

だって、今はまだ特に問題ではないんだもの。

亡き夫を(しの)ぶ妻でしかない。

かえって不審がられちゃう。

ルー様は私に関しては、すっごく心配性なんだもの」


「それは、そうなんだが……。

エリーは何も悪くないのに、負担をかけてすまない……」


「ルー様……」


 ルイスの抱きしめる腕の力が強まる。


「エリー。しばらく出仕はせずに、好きな仕事だけしてたら、どうだろう?」


「でも、色々うるさく言われない?」


「言われても気にしない。と言っても、エリーは気にするよな。

ただ、今、エリーの心に負荷を掛けてるのは、皇女母殿下とあの“三毛猫”だ。

クレーオス先生が仰るには、なるべく距離を置いた方がいいとのご意見だ」


「でも、今エヴルーに行くと、ルー様に逢えなくなっちゃう。やっと逢えたのに……。

それに、伯母様に“学遊玩具(がくゆうがんぐ)”の開店準備、お手伝いするって約束したの」


 たったこれだけなのに、私のために言ってくれてると分かっているのに、目が潤んできそうになる。

 エヴルーは大好きだけれど、今はルイスや伯母様達と離れたくはなかった。


「だったら、帝都でそれに関わっていればいい。

お召しはやんわり断るか、なんなら母上に協力してもらおう」


「え?!皇妃陛下に?」


 ルイスが皇妃陛下に頼ろうとしたのも意外なら、自然に「母上」と呼んだのも少し驚いた。

 潤んで溢れそうになっていた涙が、引っ込んだくらいだ。

 ルイス自身は気がついていないようだった。


「ああ。“里帰り”もあったが、元々働きすぎで疲れも溜まってるようだ。

私も出仕を止めるので、協力してほしいってね」


「……それだったら、いいかしら?」


「ああ。大丈夫だろう。

皇妃陛下には危機管理で、ハーブ調合の共有化も話せてるんだ。

皇女母殿下の侍医達とも共有化できた。

皇女母殿下も皇妃陛下には逆らえないだろう?

話し相手はご学友のノックス侯爵夫人に顔出ししてもらおう」


 ノックス侯爵夫人とは、私の友人でもある、皇女母殿下のご学友、アンナ様のことだ。


「ん、わかったわ。アンナ様以外は、ルイスにお願いしてもいい?」


「ああ、安心して任せてほしい。

それと、来月の結婚記念日、エヴルーで過ごしたいか、帝都で過ごしたいか。

それともどこか旅行に行きたいか、考えてほしいんだ」


 私はルイスの言葉に思い出す。

 そうだ、大切なあの日から、もうすぐ1年なのだ。


「結婚記念日?!そうだわ。もう1年になるのね」


 ルイスは嬉しそうに青い目を細める。


「ああ。もうすぐ1年だ。

色々あったけど、エリーと一緒にいられて、本当に幸せなんだ。

ここ帝都邸(タウンハウス)でも、エヴルーの領 地 邸(カントリーハウス)でも、お祝いプランが出てきてるんだよ」


「え?!そうなの?!」


 今夜は驚くことばかりだ。

 二つの屋敷の使用人達の気持ちは、素直に嬉しかった。


「それで、旅行はどこ?」


「何ヶ所か候補地があるんだが……」


 ルイスは立ち上がると、机から地図とファイルを持ってきて、テーブルに広げる。

 かなり前から用意してくれていたようだった。


「ね、ルー様?これ、いつから考えてくれてたの?」


 私の質問にルイスが口許を手で覆う。

 首筋が徐々に薄紅色になり、右頬の傷跡も浮かび上がるように染まる。


「……年明けすぐくらいから。エリーに喜んで欲しかったんだ」


 もう、その照れた表情、すっごくきゅんきゅんしちゃうんですけど。

 “三毛猫”も何もかも、吹き飛んじゃうくらい。


「ありがとう、ルー様。大好き。

それで、候補地はどこかしら?ね、教えて?」


 寄り添ってくれるルイスの説明を聞きながら、『私は皆に思われて、本当に幸せだなあ』と噛み締めていた。



ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] 旅行プランを真っ赤になって説明するルイス様超カワイイ…!!尊い……!! エリザベスが毎回激萌えしてるのがとってもカワイイです。そんな素敵なお話いつも本当にありがとうございます。 皇妃さまも実…
[良い点]  ルイスさんが皇妃陛下さんをサラリと母上と称していたこと♢ 里帰りの波及効果〜♪ [気になる点]  皇女母殿下さんも病み(闇)? 犬公方紛いの危惧に激しく同意! です。  ん? 皇女母殿下…
[良い点] エリー、周りの忠告聞けて偉い。 数多の修羅場を経て学習したのかと思うと感慨深いっすね。 [一言] 先ほど一度送信したのですが、書き間違いに気付いて削除しました。まぎらわしくてすみません。
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