121.悪役令嬢のお義母様(かあさま) 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで59歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
墓参の翌日—
午前中、ルイスが遅れてエヴルーに到着した。
“緊急道路”を馬で飛ばしてきてくれた。
先触れを受け出迎えた後、旅装を解き、サロンで三人でお茶をする。
その時に、『皇妃陛下は滞在中パティと名乗り、私の友人ということになっている。そのため儀礼的な挨拶は抜きで』と伝えた。
戸惑いを見せたルイスは私と視線を交わし、少し迷った後、軽く騎士礼を取る。
「パティ殿。エリーの夫・ルイスと言います。
エヴルーへようこそ。ご一緒にする時もあるかと思います。よろしくお願いします」
儀礼的ではないが、紳士的に挨拶してくれた。
皇妃陛下が楽しそうにしつつも、ちらっと残念そうな、微妙な表情を見せた。
ああ、皇妃陛下はエヴルーではルイスに、『母上』と呼んで欲しかったんだな、と察知する。
う〜ん。微妙で複雑な女心、いや母心だ。
叶えて差し上げたいけど、どうしよう。
ルイスもそのつもりで来てくれたのは、最初の戸惑いで伝わってきた。
元々、エヴルーでの“里帰り”を勧めた時も、『母上』と呼んでいたのだ。
「パティ。ルイス。
実は、お願いが、あるんです、けど……。
この屋敷にいる間は、“お義母様”と呼んでもいいですか?
母が亡くなって、そう呼べる方がいなくなって、少し寂しかったんです。
ダメ……、でしょうか?」
私は最初はおずおずと、途中からは『女は度胸だ』と思いつつ話し通し、最後はお願い目線をしてみる。
皇妃陛下が立ち上がり、私に歩み寄ると、優しく抱擁してくださる。
うわあ、すっごく良い匂い。
伯母様の時も思ったけど、包容力のある女性の心地よさって、本当に格別だわ。
同性でもうっとりしてしまう。
「私はよろしくてよ、エリー。
気づいてあげられなくて、ごめんなさいね」
「いえ、そんな……。ありがとうございます。
お義母様」
そんな私達二人を見ているルイスの目が、少し潤んでいる。
控えている侍女長達もだ。
ああ、絶対に言葉通りに受け取ってるよね。
ごめんなさい。
ルイス、天にいらっしゃるお母さま、お父さま。
しばらくの後、抱擁が解かれ、私はルイスに向き直る。
「私の我儘で、ころころ変わってごめんなさい。
ルイスもお屋敷では、『母上』でいいかしら」
「もちろんだよ、エリー。
改めまして。エヴルーへようこそ、母上。
“里帰り”で存分に息抜きしてください」
「ありがとう、ルイス。
早速だけど、出立前夜に、花火型狼煙の打ち上げ見学をさせてもらっても、いいかしら?」
「もちろんです。訓練にもなるので、ありがたいです」
「ねえ、あの、おもてなしの“メニュー”って、ルイスも考えてくれたのかしら?」
「え?は、はい、まあ…。その、エリーにいろいろ相談されまして……」
頭を少し掻いて照れている。
うん、可愛いなあ。本当に可愛い。
「ありがとう。ルイス、エリー。
ルイス。早速だけど、お昼は子牛の丸焼きを見せてくれるの。
ルイスも帝都から来てくれて、お腹が空いてるでしょう。
たっぷり食べてね」
「あ、はい。ありがとうございます。母上」
「その後、腹ごなしに、乗馬してもいいかしら。
エヴルー騎士団の皆さまにも挨拶したいわ。息子がお世話になってるんですもの」
エヴルー騎士団は警備担当なので、皇妃陛下滞在は当然知っている。
士気高揚にもなると踏んだのだろう。
ルイスはいい笑顔を見せた。
「はい、母上。
皆も喜ぶと思います。“里帰り”中にありがとうございます」
「どういたしまして」
皇妃陛下もご機嫌だ。
私も、『よかった、よかった』とほっとして、二人を見守っていた。
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「うんうん、何度見ても、食べても、楽しいし、うんまいのお」
クレーオス先生や皆も加わり、賑やかな子牛の丸焼きだ。
『“エヴルー流”なので』と侍女長を始めとして、控えている皇妃陛下の侍女がたも、皇妃陛下の警備担当も一緒に味わってもらう。
「このひと時は我々が皆様御一行を、お守りします」とエヴルー騎士団副団長自ら言われては、随行の騎士も嫌とは言えない。
最初は遠慮がちに、途中からは本当に美味しそうに食べていた。
領 地 邸の中だ。
これくらいは許されるだろう。
淑女の皆様の日焼け対策に、サロンの前に設けたテラス席には、柱を建て天幕が張られていた。
風も通って気持ちいい。
野菜やチーズのソテーも加わり、収穫祭の時のように、ソースも各種揃えている。
シェフが腕を振るい焼き具合を見極め、食べやすいように肉を切ってくれた。
皇妃陛下はもちろん毒味の上だ。
「ん〜。おいしい。青空の下でこういう食事もいいものね」
「はい、私も王国の騎士団の訓練の時、知りました。
青空や星空の下って開放感がありますよね」
「え?エリーは騎士団の訓練に参加してたの?」
「はい、王妃教育の一環で。ちょっと特殊な方針だったんです」
しまった。口がすべった。
心配かけちゃうかな、と思った時に、クレーオス先生が助け舟を出してくれる。
「儂も国王陛下にくっついて行きましたが、風情というか、非日常性と言うんでしょうなあ。
美味く感じるものですわ。ふぉっふぉっふぉっ……」
ありがとうございます、クレーオス先生。
恩にきます。
「ああ、なるほど。そうですわね」
クレーオス先生は続けて、帝国に留学した時の行き来で、時々魚を釣り串焼きにして食費を浮かせた体験を、「新鮮でうまかったし一石二鳥でしたわ」などと語る。
皇妃陛下も楽しそうに聞き入っていた。
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エヴルー騎士団との“挨拶”は、ちょっと、いや、かなり驚いた。
ルイスとしては、閲兵式に近い、団員が整列しての“皇妃陛下”に対する“ご挨拶”のつもりだった。
ところが皇妃陛下はそれを受けた後、整列する団員の中に入って行かれた。
一人ひとりに声をかけ握手し、「ルイスのことをよろしくお願いしますね」と、“本当”に“挨拶”されたのだ。
これには団員達も感激し、中には感涙している人もいた。
ルイスもきりっと引き締まった表情の下、何かを感じ取っているようだった。
その後の乗馬も、皇妃陛下が久しぶりと言うので、ルイスが馬を引いていた。
時々言葉を交わし、二人の表情からはぎこちなさは窺えない。
私は『仲良きことは美しきかな』と、副団長とクレーオス先生と共に眺めていた。
夕食後、いつものようにハーバルバスで、マーサに髪のお手入れをしてもらっていると話しかけてきた。
「皇妃陛下とルイス様。よろしゅうございましたね」
「うん、そうだね」
「エリー様の仲立ち、アンジェラ様も、ラッセル公爵様も、きっと喜んでいらっしゃいますよ」
「マーサ……」
マーサは私が意図的にお母さまを持ち出したことも、両親に罪悪感を持ったことも見抜いた上で、見守ってくれていた。
ありがとう、マーサ、大好きよ。
夫婦の部屋にはルイスがいて、相変わらず髪を乾かさずに待っていた。
私がタオルで乾かしていると、ポツリと呟く。
「エリー。いろいろ考えてくれて、ありがとう。
母上は本当に喜んでた。
俺は、あんな風な笑顔、初めて見た。
素って言うのかな。取りつくろった微笑みじゃなくて、楽しいから笑ってたよ」
「なら、よかった。“里帰り”だもの。肩の力を抜いていただきましょう」
「ああ、そうだな」
髪が乾き、私のブラシで整ったルイスが、そっと接吻してくれる。
「ありがとう、エリー。愛してる」
「私もよ。ルー様」
皇妃陛下の前では、さすがに恥ずかしくて言えなかった愛称を聞いたルイスは、蕩けるように甘く微笑んだ。
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次の日は、お菓子作りと楽器弾き放題を希望された。
お菓子はこの季節の果物を使ったゼリーだ。
ここで、包丁を握られるのが初めて、と判明した。
高位の貴族女性にはありがちなので、包丁を用いない工程を担当していただこうとすると、少しは切ってみたいと仰る。
まるで少女のようだ。
料理長直々に、安全な切り方とコツを教える。
怪我をなさいませんように、と私達が見守る中、私が皮を剥き、種を取った果物を、ひと口サイズに切っていただく。
恐る恐る包丁を入れ果実が分かれる。
「エリー。切れたわ。私にもできるのね」
「もちろんですわ。
初カット、おめでとうございます。残りも注意して切ってくださいね。
ゆっくり確実に、です。
怪我をされたと聞いたら、ルイスが悲しみます」
たとえ指の些細な切り傷でも、某皇帝陛下により私の首が胴体から離れそうだが。
「そうね。わかったわ。注意するわ」
カットし終えた果物を、ゼリー型に並べていただいている間に、私がゼリー液を作り、皇妃陛下がそっと流し込んでいく。
「これで冷やして、出来上がりです。
お疲れ様でした。訓練の後なので、きっと喜びますよ」
「そうだといいんだけど……」
ちょっと不安そうなのも、庇護欲をそそる子犬のようで、可愛らしい。
やっぱり親子だわ、それも皇妃陛下似だわ、と確信する。
ルイスみたいに頭を撫でたいけど、「大丈夫です。私が保証しますわ。お義母様」と言うに留めた。
待ちに待った昼食のデザート。
ドキドキしながら見守っていた皇妃陛下は、ルイスが口に運び味わい飲み込むまで、自分は手をつけない。
私はさっさと食べて合格点だった。
やはりプロには敵いませんが、素人なら充分おいしいです。
私はお父さまのお誕生日プレゼントに、8歳の時に、シェフに手伝ってもらいながら作りました。
すっごく感激して、「もったいなくて食べられない」と言われ、周囲が説得して食べてもらいました。
「おいしい、エリーがデザートを作れるようになるなんて。本当においしい」って半泣きなさってたことを思いだす。
いけない。この場合は反対だ。
ここは私が声をかけるとしたものだろう。
「ルイス、ゼリーのお味はいかが?」
「おいしいよ。果物も新鮮でうまい」
「あのね、そのデザート、お義母様が作られたのよ」
「え?」
ルイスのスプーンが一瞬止まる。
うん、帝国の皇妃陛下が、デザートとはいえ、料理なんて絶対なさらないと思う。
皇妃陛下が首筋から頬にかけて、桜色に染まっていく。
親子とはいえ、甘酸っぱい雰囲気だこと。
「いやあ。天然記念物のようなゼリーを食べられるとは、眼福ならぬ、口福ですわ。
美味い。つるんとした喉越しも、食べやすいサイズの果物も美味いですぞ。
ありがとうございます、皇妃陛下」
「いえ、とんでもないです。クレーオス先生」
「本当に美味しいです、母上。
俺は、その、クレーオス先生みたいに、美味く言えないんですが、美味しいと思いました。
母上も召し上がってみてください」
皇妃陛下も上品にひと口召し上がる。
「あら、本当に美味しいわ」
「でしょう?私は一番に完食してしまいましたわ」
「まあ、エリーったら」
和んだテーブルで、ルイスは本当に嬉しそうだった。
この土産話に皇帝陛下がむくれ、結局プリンを作ってもらい(ほとんどがシェフ)、ご機嫌を直したという。
どんだけ子どもなんだ。
午後の楽器弾き放題には、途中から私もご指名で参加した。
友人のアンナ様とお約束の『2台のピアノのためのピアノソナタ』が練習できたのはありがたかったし、皇妃陛下とも相性がよく楽しかった。
最後にはルイスを呼んで、私の伴奏で皇妃陛下が歌う。
平均律第一巻の前奏曲第一番の美しい和声に乗せ、聖女を讃える古代帝国語を用いた歌詞が、上品で流麗な旋律により奏でられる。
そして、徐々に盛り上がり、美しい響きで慈悲を乞う一節に、皇妃陛下は特に想いを込められたようだった。
最後の祈りの聖句が、ピアノの響きと共に、空間に溶けていく。
訪れた静寂な空間に、ルイスの拍手がゆっくりと鳴り響いていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
マーサが私と皇妃陛下のために、お揃いで頼んでくれていた、ボンネット型麦わら帽子の出番が来た。
縁取りは白レースで、立体的な刺繍の白い薔薇や、ハーブの花を刺繍した水色のリボンが飾られている。リボンをあごの下で結べ涼しげで美しい。
皇妃陛下も喜んでらっしゃる。
もちろん、日焼け止めも塗ってくださっていた。
今日は水辺遊びと魚釣りの日だ。
水辺までなら馬車でも行ける。
皇妃陛下は同乗した私と腕を組み、「ね、似合う?似合う?」と、同じく同乗したルイスやクレーオス先生に尋ねられる。
本当に少女のようだ。
「とてもよくお似合いです。エリー、母上」
「あら、今はパティでしてよ」
「そうでした。よくお似合いです。パティ殿」
「お二人とも姉妹のようですぞ。いや、実にお美しい。
水辺では水の精オンディーヌのようでしょうな」
皇妃陛下のからかいに、ルイスも乗り、そこにクレーオス先生もさらに乗ってくる。
女性陣はごくごく浅瀬での水辺遊び、男性陣は魚釣りだ。
怪我をしないよう、また足首以上の素肌が見えないように、改良版サンダルを履いていただく。
皇妃陛下は初めての経験に、大はしゃぎだ。
付き合っている侍女長やマーサに、水しぶきをかける悪戯もなさる。
私にもされたのでやり返すと、ポカンとされた。
「パティ。かけたり、かけられたりが、楽しいんですのよ」
「そうね。冷たくて気持ちいいわ。遠慮はなしよ。
エリー」
二人で逃げたり避けたりしながらかけあいっこし、かなり濡れたので、木陰のシートの上で休憩する。
濡らして冷やしていた水筒から、コップに注いだハーブティーを飲みながら、ルイスとの出逢いや忠誠を捧げてくれた儀式を思いだしていた。
釣果があったようで、焚き火の周りに、串に刺した魚が並べられている。
さすがにそのままではなく、内臓を取った魚の皮目に切り込みを入れ、串に刺し、全体にオイルを塗った後、ハーブソルトを振りかける。
漂って来た食欲をそそる香りに、パティこと皇妃陛下も反応する。
「あら、美味しそうな匂いだこと。見に行ってもいいかしら」
「焚き火料理は時々爆ぜるんです。殿方がやってくれてるので、待ちましょう」
「ん〜。遠くから。ちょっとだけ。ね、エリー」
侍女長が渋い顔をしているが、私が盾になってればいいだけだ。
「わかったわ、パティ。私の陰から覗いてね」
「はい、エリー」
にこにこしながら、近づいて覗き見し、「すごいわ。ああ、やって、焼くのね」とわくわくしている。
バチンッ!
爆ぜる音にビクッとしたので、早々に引き返す。
「ね、エリー。あれ、火傷とかは大丈夫なの?」
「飛んだ先は服かもしれませんし、火傷でもクレーオス先生がいます。
水で冷やして軟膏を塗れば、すぐに治ります」
「よかったわ。怪我をしたら、悲しいもの」
ゼリー作りの時に言われたことを、立場を逆にして思われる。
本当に優しい方なのだ。
焼き上がった魚の串焼きをメインに、ピクニックランチだ。
サンドイッチなども喜ばれたが、お目当ては魚の串焼きだ。
一部を切り取り毒見してくれたマーサの厳しい目もなんのその、私は串焼きそのままで、ふうふうと冷ました後、かぶりつく。
うん、美味しい。
貴族女性としては失格だけど、気にならないほど、美味しい。
野生味溢れる食べ方で、つい味わってしまった私を、皇妃陛下もじっと見ている。
『どうしよう。遠征訓練でこういう風に食べてました、なんて言えないしなあ』と思っていると、毒味が終わり、串を外そうと準備していた焼き魚を、皇妃陛下が取り上げられ、なんと、パクリとかじられた。
はふはふと召し上がっている。
「パティ殿?!」
「パティ様、お熱くありませんか」
ルイスを始めとした周囲が慌てている中、クレーオス先生は冷静で、コップに水を注いでいる。ありがたい。
「あふい、けど、じゅわって、おいひいわ」
「パティ。慣れてないと、やけどしますわ。
早くお水を飲んでください」
私経由で水の入ったコップを渡すと、こくこく飲んでいる。
その隙に、侍女長は焼き魚を皇妃陛下から取り上げ、串を綺麗に外す。
うん、無理は禁物です。
「ふう。熱かったわ。火傷するかと思っちゃった」
「いつもは熱々を召し上がってませんものね。ふうふうして冷ましてから、食べるんですの。
こんな感じで」
私が実演してみせると、興味深そうに頷き、串を外した後も、まだ熱い魚の身を、ふうふうしながら食べ、『美味しい〜』という顔をなさる。
実に表情豊かな方だ。これが本質なのだろう。
デザートの果物まで食べ帰途に着く。
焼きたての魚の美味しさを楽しそうに話されていた後は、こくこくと居眠りを始め、隣に座っていたルイスが肩を貸す。
素敵な眺めだなあ、とクレーオス先生と二人、ほっこりしていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
帝都に帰られる前日—
工房巡りを堪能し、お土産もどっさり買い込まれた皇妃陛下は、夕食前、通信用花火型狼煙の打ち上げを見学される。
もちろん帝都の帝国騎士団や周囲の貴族領には、『有事ではなく実験訓練です』と周知してある。
皆が見上げる先には、装飾の切妻屋根を支えドーリア式の円柱が並び立つ荘厳な作りになっている、正面玄関がある。
円柱の装飾に、古代帝国の知恵と戦争の女神・ミナヴァの像が配置されていた。
この屋上に、帝都防衛のために設置された、“監視部屋”や狼煙などの設備がある。
皇妃陛下は、設備も見学されたいと仰ったが、「さすがに危険です」とルイスが断った。
しゅんとしたが、「ごめんなさいね」とすぐに引き下がるのも素直で愛らしい。
「母上。これから打ち上げます。
かなりの音がしますので、驚かれませんように」
「わかったわ。教えてくれてありがとう」
ルイスが屋上にいる警備役達に、決められた松明の振り方で合図する。
壮麗な玄関の屋上の狼煙施設の前で、松明が大きく振られる。
数瞬置いて、ヒュ〜という音と共に、花火が上がり始めた。
白や赤、黄色、緑といった色付けされた花火が、単発だが次々と上がっていく。
『祝事の21発かな』と思っていたら、さらにどんどん上がっていく。
『え?多くない?何発上げるの?』と思っている私の隣りで、最初は音に驚いていた皇妃陛下は、うっとりと見上げている。
かなり打ち上げた後、静かになる。
エヴルーの夜空も美しい。
「綺麗ねえ。平和な時は本当に美しいわ」
「ありがとうございます、母上。
母上のお歳の数だけ、上げさせていただきました」
『え?それってどうなの?』と私が思ってると、皇妃陛下が驚きの声をあげる。
「え?!ってことは、私の年齢がバレちゃうじゃない!」
だよね、そう思うよね。
「国民全員、知っておりますが」
ルイス。さすがルイスだ。
「それでも、なの!
あ、でもとっても綺麗だったわ。
ありがとう、ルイス。ちょっと驚いちゃっただけなの。
これだけ上げたら、帝都でも見応えがあったでしょうね」
少ししょんぼりしたルイスの肩を叩き、私を手招きで呼び寄せると、二人ごと抱き寄せられた。
「さすがエヴルーだわ。
素晴らしい“里帰り”をありがとう。
私の息子と義娘が治める領地は、私の新しい自慢だわ」
「母上……」「お義母様……」
「愛してるわ、ルイス、エリー。いつまでも、仲良くね」
「ありがとうございます、母上……」
「大好きです、お義母様。ありがとうございます」
ルイスは『愛してる』とは返さなかった。
今はそれで良いと思う。
皇妃陛下もそう思っていたようで、離れた時に幸せそうな笑顔だった。
翌日、お義母様はルイスとエヴルー騎士団の精鋭に守られ、帝都へ帰っていった。
後日—
皇城の夕食で魚のソテーが出た時、「焼き魚はエヴルーに限るわ」と小声で仰ったそうな。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
作中で、ルイスに披露した皇妃陛下の歌曲(エリザベスがピアノ伴奏)の参考にしたのは、グノー作曲の『アヴェ・マリア』です。
グノーは、J・S・バッハの《平均律クラヴィーア曲集 第1巻》の「前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 846」を伴奏に、作曲しています。
“聖母”は“聖女”に置き換えました。ご容赦ください(^^;;
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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