119.悪役令嬢の帝都邸お披露目会
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで57歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「これじゃあ、エヴルー商会の体験受注会になってしまうわよ?
さすがにもうちょっと、さりげなくしないと……」
私のエヴルー公爵家帝都邸お披露目会の素案に目を通した伯母様の、厳しいご指摘、もとい評価・ご指導をいただく。
「申し訳ありません。
領地運営に力を注いでて、社交は控えめに、を理解していただこうと、つい……」
「エリー、よろしくて?
おもてなしというのは、招待客のご希望を情報などで掴んで、押し付けがましくなく、提供することでしょう?
公爵邸のお披露目会なんだから、一番は公爵家の品格を持った建物と、それを使いこなせているあなた達なの」
「なるほど……」
「とても見応えのあるお屋敷よ。
玄関から大広間に行くだけでも素晴らしいわ。
特に一つの曇りなく磨き立てること。
備品もわずかな汚れもないように」
「はい、伯母様」
これは毎日やってくれているので、問題ない。
使用人達もあの美しいアンティークな邸宅を、愛してくれていた。
「問題は、エヴルー公爵家の宝物よねえ。
佩刀は美術館へ管理を委託しちゃったし。
そうね。あなたのパリュールを展示すればいいわ。
特にラッセル公爵様から贈られた、真珠とサファイアは国宝級よ」
「え?!私のパリュールですか?!」
「そうよ。何揃えかあるでしょう?
その内の三点ほどかしら。
エヴルー公爵家誕生に際し、関わってきた品ほどいいわ」
「それってやっぱり、婚約式の真珠とサファイアに、
陞爵の儀の、伯父様伯母様からのエメラルドのパリュール、
結婚式のルー様からのサファイアとイエローダイヤモンド。
ですよね」
「その三つが無難でしょうね」
確かに、いかにも“公爵家”で、お披露目にふさわしい品格もあるのだが、あの邸宅にも、何より我が家の家風と違う気がした。
「伯母様。ルー様とも相談して、もう少し考えてみてもよろしいでしょうか」
「えぇ、まだ余裕もあるし大丈夫よ。
ただし。
三年後に皇妃陛下から贈られるパリュールも、きちんとお披露目するんですよ」
ああ、ひっそりと受け取り秘密に愛でるつもりが、しっかり見抜かれている。
私の“社交界珍獣化”はなかなか難しい。
まあ、社交に勤しむのも特産品の販路がしっかり確定するまでだ。
その後の公爵家主催の社交はケア程度に、年に一回、夜会、もしくは舞踏会を開けば問題ないだろう。
一回入魂、である。
後は皇城主催の三回ほどの舞踏会や夜会は、義務的出席は仕方ないだろう。変なことを勘ぐられてしまう。
本当は行きたくないけれど。
ああ、これって久しぶりの感覚だ。
王立学園の二年生以降、『行きたくないわ』という本心を心底に叩き落とし封じ込め、規律とマナーの権化として憎まれ役、悪役をしていたことを、ふっと思い出した。
まずい。
相当、精神的負荷がかかってるなあ、と思い、マーサのスペシャルケアに身を委ねた。
翌日—
復活した私は、ドレスの打合せでマダム・サラに、“珍獣化”話を冗談めかして話してしまった。
「お任せください。エリー様を何よりもお美しい“伝説の神獣”にしてみせますわ」
いや、“神獣”じゃなくて“珍獣”だから。
“珍獣”です。
訂正しても、「あら、滅多に会えないのは、“神獣”も一緒ですわ。よりレア感が増して、よろしいのでは」と見事に流された。
さらにマダム・サラの『エリー様神獣化計画』を立てられてしまい、帰邸したルイスにこの話をしたところ大爆笑されてしまった。
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真面目な話、“珍獣化”もとい危機管理計画での大きな問題は、皇女母殿下と皇妃陛下への出仕だ。
皇女母殿下の下へ出仕した際、ハーブ調合の話し合いの場で『この調合の引き継ぎを徐々にお願いしたい』と頼んだところ、「え?」と戸惑われてしまった。
先ほどのご挨拶の際、皇女母殿下の心身の状態を聞き取ったが、現在気鬱による症状以外は健康体だ。
それも少しずつ改善傾向にある。
侍医達と侍女長が最も把握しているはずなのに、私が“皇女母殿下健康管理集団”にしっかり参加登録されてしまっていた。
「エリー閣下、何か不都合でもおありですか?
皇女母殿下と仲違いされたとか?」
侍女長が心配そうに尋ねてきた。
“アレ”関係で距離は置きたいとは思っている。
特にあの、皇太子殿下の身代わりお守りの“三毛猫”ができた後は、特に。
だが、この本音を言えるはずもない。
ここは伝家の宝刀だ。
「いえ。ただ私も成婚後、まもなく一年経ちますし、いつ懐妊しても不思議ではありません。
その時、急に出仕ができなくなり、ご迷惑をかける事態は避けたいと思っています。
実は公爵家内でも、いつそうなってもいいような体制作りを進めているのです」
「まあ、公爵家でも……」
「はい。悪阻が重いと、何も手がつかず、寝込んでしまうほどなのは、侍医の方々が一番よくご存知でしょう。
何の備えもないと領地運営が滞ってしまうので、代官や補佐官に引き継ぎと共有化を進めているのです。
ハーブ調合も同様にお願いしたいのです」
「た、確かにそうですが……」
「ハーブは効能が緩やかな薬草の一種でございます。
侍医の方々は、皇女母殿下の症状も直接もしくは侍女長殿から毎日お聞きして、把握されていらっしゃいますよね?」
違うとは言わせない。違ってたら職務怠慢だ。
「はい、それはもちろん……」
「まあ、皇女母殿下にとって、とても心強いではありませんか。
気分転換のお話相手も、皇女母殿下のご学友、アンナ・ノックス侯爵夫人にお願いしようと思ってますの。
今でも時折、ご機嫌伺いにお越しでしょう?」
「えぇ、さようでございますね…」
「この後の皇妃陛下の侍医の方々にも、引き継ぎと共有化はお願いする予定です。
元々、皇女母殿下はご懐妊中のみ、という条件で、亡き皇太子殿下からお引き受けした経緯があります。
また、私の健康を気遣う夫・ルイス公爵の強い意向もあるのです。
少し働きすぎではないか、と。
ハーブ調合師が倒れてしまったら、本末転倒でございましょう?
エヴルー公爵領産ハーブの品質も問われてしまいますわ」
私がにっこり微笑みかけると、もはや反論の声もない。
私は現在のハーブ調合の共有化、皇女母殿下のお好みをまとめたものと、ハーブについてのファイルを、侍医達にしっかりと渡した。
“三毛猫”については前回の進言が採用され、最終的には絵師の力を借りご納得いく型紙ができた。
私のエヴルー滞在中だったため、侍女長から連絡を受けた伯母様・タンド公爵夫人が、多忙な中、 受け取ってくださっていた。
私はマーサと共に型紙を確認し、すぐに工房に直接持って行った。
“三毛猫”関係は、絶対に一人で対応しないと決めていた。
『非常にこだわりが強い注文なので、なるべく忠実に再現してほしい。
無理を言って申し訳ないが、これを第一優先で進めてほしい』
皇女母殿下の皇太子殿下を模したお守り代わりのぬいぐるみであることも明かし、きちんと説明し念押ししてきた。
製品としては、早くいいものが出来上がって、早く納入して、早く“アレ”とは縁切りしたい。
私の正直な本音はこれだった。
しかし真っ直ぐに出せるはずもなく、調合したハーブティーの試飲後はカトリーヌ嫡孫皇女殿下の話題で明るく締め、そのまま退出した。
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一方、皇妃陛下とのお話は早かった。
ご本人に伝えるのが一番、と考えお話ししたところ、すぐにご理解いただけて侍医達や侍女長にも共有化するよう命じられる。
「わかるわあ。備えてないと大変なのよね。
協力するわよ。うふふ……。
だって、外孫とはいえ、私の孫だもの。
生まれた時は、外孫、第一号ね」
あ〜。そうでした。
とてもお美しい外孫のおばあ様が、私とルイスの子どもの誕生と同時に、生誕されてしまうのだ。
ただ公務を多数行ってらっしゃる分、理解は早く深く頼りになる方だ。
ハーブティーの試飲後、マルガレーテ第一皇女殿下のお相手をしながらお話を聞いていると、このごろは伯母様メインで進めている、予約制の『“学遊玩具”のお試し注文店』に強い興味をお持ちのようだ。
「お忍びでいつか行ってみたいわ。開店を楽しみにしてますね」
「ありがとうございます。伯母にもしっかりと伝えます」
『皇妃陛下ご来店』でまた、予約が取りにくい店になるんだろうな、と考えながら、深いお辞儀をし退出した。
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エヴルー公爵家帝都邸お披露目会、当日—
招待客は、皇帝陛下、皇妃陛下、皇女母殿下、公爵家以下、ご縁のある貴族家の方々で、錚々たる面々だ。
その皆様を最初に迎える玄関ホールには、白と黒の市松模様の床の上に大きな花瓶が置かれ、薔薇や芍薬、ライラック、アイリス、鈴蘭、蘭など、季節の花々が活けられていた。
いずれも、この邸宅のどこかに、装飾のモチーフとして用いられている花々である。
休憩室としても公開している、晩餐室やサロンなどには、侍従達が控えており、その見事なデザインを来客に説明していた。
そしてお披露目会会場—
大広間の中央には、でんと、斜めに立てた大きな枝と、ローズマリーの大鉢を組み合わせて据え、埋め尽くすように、色とりどりのハーブの花や緑、実った金色の麦穂で、飾ってあった。
大人10人ほどで囲める、立体的な花と木と緑と麦穂の塊りだった。
私とルイスは、大広間の出入り口で招待客に挨拶していた。
しかし、招待客は先ず、中央の木と緑と花の塊りに目を奪われる。
これでいいのだ。
今夜の主役は、この花木をモチーフとした邸宅と、この“花飾り”だ。
これがルイスと話し合った、エヴルー公爵家にふさわしいものだった。
主催者側のルイスは黒の夜会服に、胸には緑のポケットチーフ、真紅のサッシュにガーディアン三等勲章と胸に星賞を着ける。
宝飾は、エヴルー公爵家紋章の金細工の、ピアス、カフリンクス、スタッドボタンだった。
私は、白地に左肩から一筋の青い流れが裾に向かって広がるようなデザインの、エンパイアドレスだ。
その境目には、黒糸と金糸で繁栄を願う蔓草模様が刺繍されていた。
ここにルイスと同じく、真紅のサッシュにガーディアン三等勲章と胸に星賞を着ける。
宝飾は真珠とサファイアのパリュールだ。
二連の真珠に中央にサファイアを配したネックレス、結い上げた金髪に髪留め、そしてイヤリングなどを身につけていた。
最後に、共にいらっしゃった、主賓でもある、皇帝陛下と皇妃陛下、皇女母殿下をお迎えする。
第五皇子殿下と第四皇子殿下は、先日のお忍びのペナルティでお留守番と、皇妃陛下が決めた。
「あなた達はもう邸宅を拝見したでしょう?」という訳だ。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下、
帝国の麗しい月である皇妃陛下、
帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下。
エヴルー公爵家帝都邸へご来臨くださり、恐悦至極に存じます」
ルイスが挨拶し、私は深いお辞儀を優雅に行う。
「なかなか、洒落た、凝った雰囲気の邸宅だな。
こぢんまりとしているが、住み心地は良さそうだ」
「はい、素晴らしい邸宅を賜り、誠にありがとうございます」
「本当に素敵なお屋敷だこと。ドアノブや手すり、照明一つ取っても、植物をモチーフに優美にデザインされているのだもの。
ルイス閣下、エリー閣下、このお屋敷を復活させてくれて、ありがとう」
「お褒めくださり、身に余る光栄に存じます。
皇弟殿下より引き継がせていただき、大変にありがたく、また大切に守っていきたいと思います」
「本当にお洒落で美しいお屋敷ですこと。
それで、エリー閣下。あの、大きなお花?を集めたもの、は、いったいなんですの?」
皇女母殿下の言葉通り、招待客全員の疑問だったろう。
「皇帝陛下、皇妃陛下、皇女母殿下。
どうぞ、お近くでご覧ください」
私とルイスはお三方を、大きな花木の塊りの前に案内した。
皇帝陛下はじっと見つめた後、すぐに私に問いかける。
「エリー閣下。これはエヴルーの領地を表したものか?」
あら、皇妃陛下ならお分かりになると思っていたけれど、美術的センスもお持ちとは、さすが各種能力は非常にお高い皇帝陛下ですこと。
そこに情緒が伴えばよかったのですが。
「皇帝陛下に申し上げます。
仰る通り、エヴルーを木と花で表現したものにございます。
帝立美術館に作品が展示されている彫刻家に依頼し、制作いたしました」
「ほう。石と鑿から、木と花に持ち替えて作ったか。
なかなか、斬新で見事だな。
皇妃、そうは思わぬか」
「はい、本当に。
遠目で見ても、近くで見ても、実に美しゅうございます。
花瓶などに活けられるよりも、よりダイナミックで、生き生きとしてますわ。
エヴルーに行ったことはございませんが、ぜひ参りたくなりました。
あなた、一度、休養で参ってもよろしくて?」
「おお、行くがいい。儂は10年ほど前に行ったが、実にのどかな美しい場所だった。
今はかなりの活気に恵まれているようだがな」
皇帝陛下が私をちらっとご覧になる。
はい。昔の単なるのどかさと、今は違います。
ウチのエヴルーは、のんびりできて、美しくて、楽しいんですよ。
そして、皇妃陛下はちゃっかりしっかり、『エヴルーへの里帰り』を皇帝陛下に了承させました。
期間やマルガレーテ皇女殿下と一緒とか、敢えて言わないところが流石です。
「本当に、迫力がございます。
花と木を用いた彫刻と伺い、納得いたしました。
ただ、花瓶に活けられた花よりも、自然に近いような気がいたします」
「皇妃陛下、皇女母殿下。お褒めに与り、光栄に存じます。
皇妃陛下、休養にお越しいただけるとのこと。
家臣一同、お待ち申し上げております」
ルイスが左胸に右手を当て、騎士礼を取りながら、恭しく答える。
この後は、主催者・ルイス、主賓・皇帝陛下、そして皇妃陛下の乾杯の挨拶に続き、全員で乾杯、歓談となった。
エヴルーの素材をふんだんに用いた料理と飲み物を、タンド公爵領産のワインとシャンパンと共に味わっていただき、一部の方を除けば、ご満足いただけたようだった。
大広間中央の、“花と木の彫刻”は、皇帝陛下を始めとした、帝室の方々の高評価で、“素晴らしい芸術”と認定され、社交界での語りぐさとなった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、
夏季の期間限定企画「夏のホラー2024」「テーマはうわさ」に参加させていただいています。
夏っぽい、怪談仕立てのお話です。
【ここだけの話】
https://ncode.syosetu.com/n7906jj/
蒸し暑い日が続いています。
残暑お見舞い代わりに、よかったらお楽しみください。
ヽ(´ー`)
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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