小話 9.100回記念SS⑧からだの内外(うちそと)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※※※※※ 『100回記念SS』の掲載について※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
皆さまのおかげで、100回を越え、連載を続けさせていただいています。
こちらは『100回記念SS』の8作品目で、本編の番外編です。
『クレーオス先生の若かりし頃、ご家族との日常など、クレーオス先生関連のお話しを希望』についてですが、内容については、作者にお任せとなっています。
『100回記念SS』は、これにて終わりです。
これからも、本編でよろしくお願いいたします。
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※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※
本日は2話更新(本編1話と小話1話)しています。
本編の更新は『118.悪役令嬢の実力主義』で、
小話の更新は、『小話 9 100回記念SS⑧からだの内外』です。
こちらは、『小話 9』です。
前話、『118.悪役令嬢の実力主義』の読み飛ばしにお気をつけください。
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引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「こんのぉお〜!ドラ息子が〜ッ!
さっさと配達、行かんかぁあッ!」
親父の怒鳴り声が鳴り響く。
ちょっと本読んでたくらいで、ドケチだ。
着心地良い服を作るには、動きに合わせて、どう縫製するかじゃねえか。
その身体の仕組みを勉強してて、何が悪い!
俺は頼まれていた届け物、注文品を持ちエスクラー子爵家の裏門を通る。
勝手口から訪問を告げ、顔を覗かせた家政婦長に挨拶をする。
「お忙しいところ、恐れ入ります。
クレーオス縫製店でございます。
ご注文の品をお届けに上がりました」
「まあ、マキシミリアン。また大きくなったこと。
お母さんは元気にしてる?」
「はい。父ともども元気よすぎて、俺、私は叱られてばっかりです」
「跡取り息子だから期待も大きいのよ。
そういえば、大旦那様が、『マキシミリアンが来たら、呼ぶように』と仰ってたの。
どうする?遅くなると怒られるでしょう?」
「大旦那様がお呼びなら参ります!」
俺は食い気味に答える。
大旦那様とは、この子爵家の先代様のことだ。
医師でもあり、貴族にしては珍しく、平民の病気や怪我も、知り合いの範囲だが診てくれる人だった。
親父はここでおふくろに知り合った。
馬車の事故で頭を強く打ち、気を失った。
ここに担ぎ込まれたが、運良く後遺症もない脳震盪で、親父は助かった。
その時、処置の後、看病していたおふくろに惚れて、猛反対を乗り越え、嫁にもらったのだ。
おふくろは、子爵家の親戚で、一代限りの男爵家の娘だった。
ただし妾腹で、実家では針の筵だったという。
可愛がられていた子爵夫人、今は亡き大奥様の元に、自分から行儀見習いの侍女として奉公に出て、エスクラー先生の診療の手伝いもしていた。
そこを親父に惚れられて、大奥様の後押しもあり、周囲の、特に一代男爵家の反対を押し切り、結婚した。
家政婦長はその頃からの知り合いで、我が家の事情を俺よりも詳しく知っている。
「大旦那様。マキシミリアンがまいりました」
「おお。通しなさい」
おっとりした声が響く。
この人の怒ったところを、俺は見たことがない。
おふくろの子どもも、俺も含めて、姉貴二人に妹一人、合わせて四人も取り上げてくれていた。
「大旦那様、こんにちは。
お呼びと聞いて、参上しました」
長い白髪を一つにまとめている背中が振り返る。
家政婦長が紅茶を入れてくれた。
「おお、マキシミリアン。よく来たな。
まあ、座りなさい。
先日貸した本は読んだか?」
「はい!とても面白かったです!」
貸してくれたのは、全身の骨格と筋肉の動きについて書かれた本だ。
クレーオス縫製店は、主にメイドや侍女、侍従などのお仕着せ、つまり制服を作る家業だ。
「働きやすい服を作るにはどうしたらいいんでしょうか。
可愛いメイド服や綺麗な侍女服と動きやすさって、どっちもできるって無理なんでしょうか」
別の貴族家で、女主人の『メイド服もお洒落じゃないとバカにされるのよ』という注文を受けた。
希望通りに作ったところ、今度は侍女長から、『動きにくくて困っている』と苦情が来て、親父が頭を抱えていた。
結局、元の形に戻して、リボンやフリルなどの飾りを増やして終わったが、俺は疑問に思い、届けに来た時、いつものように呼ばれた大旦那様に尋ねてみたのだ。
骨折や脱臼、捻挫なども治すお医者様なら、知ってるだろう、との考えだった。
大旦那様は面白がって、俺に医術語辞書と共にあの本を貸してくれたのだ。
「ほう。あれが読めたか?」
「はい!絵がいっぱい描いてありましたし、自分の身体と、こう、照らし合わせて、面白かったです」
「ほお、上腕二頭筋とはどこのことかな?」
「はい!ここですッ!」
俺は指差し、どういう動きをするか、さらに尋ねられても答えられた。
他の筋肉や骨についてもだ。
これならこういう服がいいんじゃないかな、とワクワクしながら読んだのだ。
「ふむ。よく読み解いた。素晴らしい。
マキシミリアン、私の弟子になる気はないか?」
「え?お、私が大旦那様のお弟子ですか?」
大旦那様はお弟子を取らないことで有名だった。
希望者が名医との評判を聞きつけて訪ねてきても、別の医師への紹介状を書いて渡していた。
「そうだ。あの本を読んで、それだけ理解してるということは、人間の身体を立体的に捉えられてるということだ。
これは生まれ持っての才能が大きい。
父親には私から話してもいいぞ」
「ちょ、ちょっと、お待ちください。
俺は初等学校を来年の今頃には卒業して、別の店に修行に行く予定なんです。
お、父がびっくりしてしまいます。俺が跡取りなのに」
「姉が二人いるだろう?婿を迎えればいいだけだ。
まあ、じっくり考えなさい。
今度はこの本を読んでみるといい」
貸してくれたのは、内臓についての本だった。
人間の動きについてじゃないのか、と思いながら、俺はありがたく受け取る。
「……ありがとうございます。大旦那様」
「クックックックッ……。興味がなさそうなのが、顔に出ているぞ。
まあ、よく考えるといい。
その若さで、お前の縫製の腕は素晴らしい。
裂傷、深い切り傷は、縫って治すのだ。
マキシミリアン。医師も手先が器用で、針と糸の扱いが上手いに越したことはないのだよ。
縫製師は身体の外側、医師は身体の内側に関わる商売だ。
医師は患者の命がかかるから、似て非なるものだがね」
頭を優しく撫でて、焼き菓子までくれて、帰してくれた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
あれから1ヶ月が過ぎ、俺は相変わらず、人の動きと服に夢中だった。
どういう型紙を起こして、どういう縫い方をすれば、働く動きを邪魔しないのか。
親父に、『紙を無駄にするな!』と拳骨を食らわされたくらいだ。
そんなある夜—
妹が熱を出した。
何度も吐き戻しをして、「お腹が痛い」と涙を流している。
腹下しは一切なく、「お腹が膨らんで苦しい、痛い」と訴える。
「これはただ事じゃない」
おふくろの顔色が青ざめて、すぐに近所から荷馬車を借りて、エスクラー子爵家の通用門に付ける。
俺は先に走って知らせるよう言われて、必死で駆けた。
痛みに泣き叫ぶ妹の顔が脳裏に浮かび、とにかく一分一秒でも早く、という思いに突き動かされていた。
俺が取り次いでもらった大旦那様に、妹の症状を伝えると、顔色が変わった。
目つきが鋭くなり、厳しい顔つきだ。
荷馬車で運ばれてきた妹は、変わらず「痛い、痛い」とうめき、泣き叫んでいた。
診療室にそっと運ばれ、大旦那様が診察する。
両親が呼ばれ、説明を受ける声が、廊下で待っている俺にも聞こえた。
「調べたらところ、恐らくは小腸、胃袋の先の消化器官の名前だが、そこがねじれて、食べたものやガスが詰まって膨らんでいる。
放っておいたら、そのねじれたところが破れて、身体の中で大出血を起こして死んでしまうだろう。
ただ手術をしても成功する確率は、半分以下だ。
かえって苦しませることになるかも知れない。
どうするか決めて欲しい」
「そんな!大旦那様!助けてください!お願いします!
助けて、あの子を助けて!」
「こら!落ち着け!手術を受けるかどうか、俺達で決めないといけないんだ。
お願いだから、落ち着いてくれ!」
説明されたおふくろは泣き叫び、親父が落ち着かせようと必死になっていた。
俺はものすごく後悔していた。
大旦那様が言った“しょうちょう”という言葉が、話の流れで、胃の先に繋がっている内臓らしいとは分かった。
でもどういう形で、どういう働きをしているか、全くわからない。
渡してくれた内臓の本は、全く読んでいなかった。
おふくろの泣き叫ぶ声が止み、泣き声だけが小さく響く中、親父が小声で説得している。
その間も妹の泣き声は続いていたが、少しずつ弱くなっているような気がした。
早く、早く手術しないと、でもどういう病気なのか、どんなに難しいのか、俺には分からない。
悔しさに拳を握りしめて、奥歯を噛み締めていると、親父の声が聞こえた。
「……大旦那様。手術してください。
このままだと、絶対に助からないんですよね」
「そうだ。まず助からない」
「だったら、半分でも助かるかもしれないなら、苦しませることになる、かも、ですが、俺は受け止めます。
娘から恨まれてもいい。
お願いします」
「わかった。準備をするので、外で待っていなさい。
必要な書類があるので、書いてて欲しい」
「はい、ありがとうございます」
その書類は、危険な手術であることは説明を受けた上で、手術を受ける、『同意書』と書かれたものだった。
両親と二人、廊下に置かれた長椅子に座る。
妹の泣き声が聞こえなくなった。
「麻酔が効いたのかしら」という、おふくろの声が聞こえた。
俺は「麻酔って、手術するのに、薬で眠らせるヤツか」などとぼんやり思いながら、とにかく妹が助かるように、と両手を組んで祈り続けていた。
夜明け前—
大旦那様が廊下に出てきた。
両親と俺は、立ち上がって駆け寄る。
「患部を見つけられ、手術自体は成功した。
だが、問題はここからだ。
お前は分かってるだろうが、“汚れ”が身体に入り込めば、苦しみながら死ぬことになる。
とにかく、清潔に、安静を保つように」
「は、はい。ありがとうございます。ありがとう、ございます」
その後、指示されたおふくろは、子爵家の風呂を借り、全身を洗った後、アイロンをかけた服を着て、マスクと帽子を付けて、覚悟を決めた表情で病室に入っていった。
おふくろ以外、“汚れ”防止に、妹とは会えず、おふくろと妹がいない家で、親父と姉貴達と仕事をして、学校へ行き、家事をして、着替えや差し入れを子爵家へ届けた。
そんな日が、一ヶ月以上、続いたある日—
子爵家から報せが届いた。
『妹が回復し、おふくろ以外の家族に会ってもいい。ただし、一日一人ずつだ』という内容で、親父が有無を言わさず、一人目となり、俺はくじ引きで、四人目だった。
だが、家中が明るくなった。
本当によかった、と近くの教会に通っていた姉貴達は、お礼のお参りに行った。
俺は改めて、先生が貸してくれた内臓の本を、読み返していた。
もう何度目か分からない。
でも、自分のどこに、何がどうあるか、何となくは“掴めて”いた。
二ヶ月を過ぎたころ、妹が家に帰ってきた。
足がすっかり弱っているので、ゆっくり歩く訓練をしなければならないらしい。
俺は先生から借りた本で得た知識で、マッサージをしたり、その訓練に付き合っていた。
みんなに可愛がられ、少し我儘だった妹は、すっかり素直になって俺に懐いてくれた。
定期的な診察にも、忙しいおふくろに代わり、俺が付き添うようになり、それも必要ないと言われたころ—
俺は大旦那様、いや、エスクラー先代子爵様に会いに行った。
「エスクラー先生。弟子入りのお話は、まだ可能でしょうか?」
「ああ、可能だよ。妹さんの回復の手助けも適切だった。
骨格と筋肉の本は役だったようだね」
「はい、先生のご指示がとてもよく分かりました。
ずっと貸していただいてて、ありがとうございます」
「それはいいが、ここはどうしたね?」
エスクラー先生は、俺の切れた唇の端を中心にしたアザを指差す。
「父に一発殴られました。勘当だそうです。
『俺は人の外側じゃなく、内側を、命を見て、助けたいんだ』と話したら、『バカを言うな』って殴られて、その後も色々、話したけど、ダメでした」
「まあ、跡取り息子が急に医師になると言い出したら、動転するのも人というものだよ。
医師になるのなら、わかりやすく話せるようにもならなければね。私も得意とは言えないんだが、努力はしよう」
「はい、先生」
「クレーオスさんには、私から手紙を書いておこう。
今ごろ、きっと心配しているだろう。
マキシミリアンはしばらくここで暮らしなさい。
中等学校に進まなければいけないんだ。
試験勉強が必要だろう?」
「妹の手術の後、少しずつ始めてました。
俺が、先生が貸してくれた、内臓の本、きちんと、読んでれば、おふくろや、親父に、せめて、きちんと、話せたって、ずっと、ずっと、後悔、してて……」
膝に置いていた俺の拳に、ぽたぽたと生温かいものが落ちてきた。
気づいたら、俺は泣いていた。
急いでポケットのハンカチでぬぐう。
医師ならこんな風じゃダメなんだ。
「そうか。よくがんばったな、マキシミリアン。
妹さんの訓練にも付き添ったじゃないか。
お前はよくやってるよ」
先生は俺の頭を何度も何度も撫でてくれた。
「マキシミリアン。いいか。よく覚えてなさい。
正しく後悔をして、反省をして、どこが悪かったか、考える。
多くの仕事でもやることだが、医術は特にそうだ。
私もこの繰り返しの果てに、やっと妹さんの手術に成功した。
その前に助けられなかった命がいくつあるか分からない。
辛い道だぞ。引き返せない。それでもついてくるかね?」
「はい!エスクラー先生!ついていきます!
いつか自分で歩けるようになります!
コツコツ、足の訓練をしてた妹を見て、俺も頑張ろうって思えたんです!」
「よし、いい子だ。まずは顔を洗って、ご飯を食べてよく眠りなさい。
医者の不養生というが、一番してはいけないことだ。
正しい診断は、健康な心身が生み出すんだよ」
「はいッ!先生。
それと、お願いがあります。
俺のことは、マックス・リュカと呼んでください。
マキシミリアンは、クレーオス縫製店を大きくしてくれるだろうって、父が付けた名前なんです」
「マキシミリアンがマックス・リュカと呼んで欲しいなら、そう呼ぼう。
リュカは男爵家だったが、一代限りでもう無い家だ。問題ないだろう。
ただ、いつか、診療所を開けるくらいになったら、クレーオスとは名乗ってあげなさい。
その頃はきっと誇りに思ってくださるだろう」
「分かりました。その日を目指してがんばります」
俺はその日からマックス・リュカと名乗るようになった。
中等学校に進み、高等学校医術科を卒業し、王立学園医術研究科で学び、帝国にも留学し、卒業間近—
エスクラー先生が亡くなられた。
遺言で俺が解剖し、眠っている間に心臓が止まった、という死因だった。
ご自分で血圧の薬は処方されていた。
お年も若くして、という年齢でも無い。
葬儀で、父母と姉達と妹に会ったが、遠目で黙礼しただけだった。
二人の姉達は各々婿を取り、クレーオス縫製店は繁盛しているらしい。
葬儀が終わり、遺言で医術に関する蔵書も、診察室の医療道具も、俺が全て受け継いだ。
「マックス。開業するなら、クレーオス診療所だよ」
繰り返していた言葉を遺言と受け取り、俺は下町に、『クレーオス診療所』の看板を掲げた。
その日のうちに、祝いの花を鉢植えで届けてくれたのは、幼馴染と結婚して幸せに暮らしている妹だった。
腹部の手術痕を気にして、一生独身だと覚悟していた妹を粘り強く説得してくれたヤツだ。
ずっと大切にしてくれるだろう。
花と共に、親父とおふくろからは、手紙が添えられていた。
『医師になったからには、エスクラー先生のような、立派な先生を目指しなさい』
『先生との約束通り、勘当は解く。身体には気をつけろ』
その花は今もある。
診療所の脇に植え替えて、すくすくと育ち、青々と茂り、花を咲かせ、天に召された父母の代わりに、俺を今でも見守ってくれている。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の小話、番外編です。
前話は、『118.悪役令嬢の実力主義』です。
読み飛ばしにお気をつけください。
また、この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、
小説投稿サイト「小説家になろう」様が主催する、夏季の期間限定企画「夏のホラー、テーマはうわさ」に参加させていただいています。
夏っぽい、怪談仕立てのお話です。
【ここだけの話】
https://ncode.syosetu.com/n7906jj/
お盆も明けましたが、蒸し暑い日が続いています。
残暑お見舞い代わりに、よかったらお楽しみください。
ヽ(´ー`)
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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