11.悪役令嬢の涙
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで12歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
※今回は、短めです。
「あら、エリー。顔が赤くてよ。少しお酒に酔ったかしら。ここも熱気で暑いものね」
「伯母様。ベランダで風に当たってきます。あちらなら、“大丈夫”でしょう?」
そのベランダの手前は、伯父様や伯母様達のご友人達が陣取っていて、怪しい者など近づけそうにない。
伯母様の許しを得て、ベランダで夜風に当たる。
首筋が冷えて、ひんやりする。
普段なら控えめの酒量が、緊張と疲れのせいか、酔いが回ったようだ。
ベランダの手すりに手のひらを置くと、大理石が熱を吸い取ってくれて気持ちいい。
空を見上げると、煌めく星々が見える。
「……帝国の輝ける星たる皇子殿下、かぁ」
「……呼んだか?」
背後からいきなり声をかけられ、ビクッと身体が大きく跳ねる。ルイス殿下だ。
「……驚かせたな。そんな猫みたいに跳ねなくても。クックックッ……」
思わず振り向くと、背中を少し丸めて、本気で笑っている。
そんな姿は初めて見る。少し動揺しながら尋ねる。
誰が二人っきりになるようにしたの?
「ど、どうしてここに?」
「公爵夫人が、エリー、あ、エリザベート嬢はここで涼んでると」
「なるほど。失礼しました。そろそろ戻ります」
謎は解けた。伯母様か。
これ以上噂になる前に中に入ろうとすると、呼び止められる。
「待ってくれ。さっき俺を呼んでただろう?
どういう意味だ?」
どういう意味って言われても、というか、聞かれてたのが、本当に恥ずかしい。
ベランダでよかった。
シャンデリアの下だと火照った頬が丸見えだ。
手すりで冷えた左手をゆっくり左頬に当てる。
冷たくて気持ちいい。
首を傾げ、また夜空を見る。
「え?あ、あの夜空を見てたら、星が綺麗でつい……。
不敬でしたら、謝罪いたします」
「君には、エリザベート嬢には、不敬は問わないと約束した。最後に『かぁ』とも言ってただろう?
気にはなる」
ちょっと待って。そこまで聞く?
『かぁ』だけ切り取られてたらカラスみたい。
「……言わなきゃ、ダメですか?」
緑の瞳でルイス殿下を見上げると、青い眼差しが柔らかに降ってきた。
「できれば。嫌ならいい」
ここで嫌と言えばいいのに、なぜか機密でもない、と思い、また手すりに手を置き、空を見上げながら、口を開く。
「……お星様にたとえられる皇子様って大変だなあと。
綺麗って言いましたが、皇子様は綺麗事ではすまないでしょう?」
いつのまにか、ルイス殿下が隣に来て並び、星空を見上げる。
ダンスやエスコートの練習をしたためか嫌悪感はない。
私がした質問に声の調子が少し暗さを帯びる。
「……そうだな。綺麗な事ばかりじゃない。どちらかと言うと、汚いと思う」
真面目に応えてくれたルイス殿下に、私も真剣に応える。
と、思いもよらぬ話が待っていた。
「そうですよね。騎士団のお仕事は特に。
院長先生や他の人達からも、昔の避難民のお話を伺ったりしました。
それでも、“星”の役割を果たさなきゃいけない。
汚い現実を嫌ってほど知ってたり、先が見えてるのに、明るい未来を指し示し、奮起させなきゃいけない……」
「院長が話した20数年前は、全面戦争一歩手前だった、と歴史で学んだ。
今回、皇帝陛下からは、『絶対に事態を収拾させろ。前回の二の舞はするな』と命じられた。
戦地では、一人になれた時、何度も吐きそうになったよ。
いや、吐いたな。
悪い。女性の前で……」
帝命だ。
父と息子の関係だが、強大な帝国の皇帝からの“絶対”の命令。
ものすごいプレッシャーだろう。
それも人の命が自分の手腕に関わってくる。
眼差しを空から降ろすと、手すりに置いた大きな手がかすかに震えていた。
励ますように、自分の手をすぐ横に置く。
せめて温かみが伝わるように、と。
「……大丈夫です。人間なんですから。
だから、星は、地上で光らなきゃいけない星は、とても大変で、辛いだろうなぁ、と」
辛かっただろうルイス殿下が、私に向かい、問いかけてきた。
「……君も大変じゃなかったのか?
王国で、並みの王妃教育以上のことをやらされていたと、タンド公爵夫人から少し聞いた。
いや、何より君からだ。君自身を見ていれば分かる。
公式の場での振る舞いも、歩き方も、お辞儀も、物言いも、皇族より皇族らしい。
初見の人間のはずなのに、どういう家かも祝事も把握してる。
それに、あんな、肝が据わった諫言、初めてだった。
みんな、困って、笑って誤魔化してた」
次第に熱を帯びた内容に、青い瞳が輝いていたのに、最後は苦く微笑みが沈む。
あれはさっきの帝命を聞けば、納得もする。
「……あの時は失礼しました。
ルイス皇子殿下のご事情を知らなくて。
『スペアのスペア』って仰った理由、不遜ですが、なんとなくはわかりました」
「……どう、わかったんだ?」
私は静かに深呼吸すると、敢えてルイス殿下は見ずに、星空を見上げながら応える。
「……皇太子殿下は跡継ぎとして戦地には送れない。
第二皇子殿下も何かがあった時には必要だ。
だが、この国難に発展しかねない事態を、早期解決するためにも、人心をまとめる皇族の参加は不可欠だ。
だから、騎士団に所属し、人望もある程度はある、ルイス皇子殿下が選ばれた。
都合のいい時だけ、人を使うな。
と、こんな感じです」
「ある程度、はよけいだ」
シビアな内容なのに、クスッと小さな笑いの気配がした。
視線を手すりに置いた手に戻し、少し離す。
「初めて会った時、態度、悪かったですもの」
はっきり伝えると、苦しそうに打ち明けてくる。
「……あれは……。戦地から帰ってきて、気が荒くなってた。
帝都が、皇城が、騎士団の訓練所さえ、あまりにも戦地と違って、穏やかで、平和で、平和すぎて……。
豊かな飲み物や食べ物も、どこか空虚で、砂を噛むようだった……。
平和を失いたくなくて、必死で守ったはずなのに、戻ってきたら、自分が溶け込めなくて、自分にも周囲にも、なぜか苛々してた。
自分の居場所が、平和なここじゃないような違和感を覚えて……。
騎士団の訓練でも発散できなくて、遠駆けばかりしていた。
八つ当たりだ。すまん」
私には、思いもよらない心—
ルイス殿下も制御できない自分に苛立ってたようだった。
「そうだったんですか……」
「ああ。あの時、偶然出会えた、水辺のエリザベート嬢は、本当に綺麗だった。
足で水をはねて無邪気に遊んでて、思わず見とれてたくらいだ。
その見とれてた女性に、俺は何て失礼をやったんだって、目が覚めたんだ……」
一転、思わず目が丸くなる。
“綺麗”とか“見とれてた”をすっ飛ばし、最後の一言のインパクトが大きい。
「え?それって、私でイライラが収まったってことですか?」
どうして一回しか会ってない私で、そうなるのか分からないけど。
それでもルイス殿下は素直に認める。
「ああ、有り体に言えばそうだ。
だから、気持ちが落ち着いた時、紛争中で行けなかった墓参りにも行けたんだ。
それまでは毎年行ってた。それさえも忘れてたのかって、自己嫌悪になったけどな。
日常の大切さを、少しずつ思い出せるようになっていった。
君に二度目に会えた時は、あのチャンスを失いたくなかった。
帰還して初めておいしく感じた飲み物、あのハーブティーをまた飲みたくて、今も同じように感じられるか、確認したくて、あの場で無理に持ち出して聞いたんだ」
「……私、云々は、別としても、ハーブティーは美味しく飲めてますか?」
「ああ、大好きだ」
星明かりに浮かぶルイス殿下の、はにかんだ笑顔が、なぜか可愛らしく思えた。
ハーブティーのことを言ってるのに、私が恥ずかしく感じてしまう。
「……それは、少しでもお役に立てて、よかったです。
あと、墓参されたお方は会いにきてくれて、嬉しかったと思いますよ」
「喜んでくれたかは、どうだろう。
俺の乳母だった。毒で、やられたんだ……」
「?!」
あまりの内容に、言葉が詰まる。
つい周囲の気配を探るが、誰もいないようだ。
会場の歓談が、カーテンとガラス越しにかすかに聞こえてくる。
ルイス殿下は淡々と話を続ける。
とても大切な、黙って、静かに聞くべき話だ。
「……だからあそこに埋葬されたんだ。
俺は幼い頃から、毒になれるように少しずつ与えられてた。
あの時、一緒に菓子を食べていた乳母が目の前で死んだ時、俺も死にかけたが、何とか助かった。
目覚めた時は1週間後で、全部終わってた。
あの修道院に埋葬されたと知ったのは1年後。
母上と墓参に行った時に知らされた」
「…………」
「嫌な話だろう?聞かせてすまない」
思わず首を横に振る。違う、嫌じゃない。
大切に思えたと分かってほしかった。
「嫌ではありませんし、今のお話をお聞きしても、乳母の方は喜んでいると思います。
だって、命を、かけて、守った、方が、忘れずに、会いに来て、くれるんです。
私だったら、嬉しい、です……」
「泣くな、エリー」
「え?」
ルイス殿下に言われて初めて、自分の頬に涙が伝っているのに気付く。
動揺した私がハンカチで拭こうとする前に、ハンカチを持ち出したルイス殿下が、頬や目元にそっと当ててくれる。
ものすごく恥ずかしい。
人前で感情を制御できずに泣くなんて。
「……すまない。喜ばしい日にこんな話をしてしまって」
切なそうに見つめられる。
優しい手指の動きに、自分の気持ちも伝える。
「……私もあの墓地に、大切な人が眠ってるんです。だから会いに行きます。
私を守って、亡くなったも同然の人ですけど、きっと喜んでくれてると思います」
お母さまは命懸けで私を産んでくれた。
産後の肥立ちが悪く、ベッドから起き上がれなくても、ずっと私を愛して、守ろうとしてくださっていた。
「そうか。俺もそうだといいな」
少し吹っ切れたような、ルイスの声—
「あの……。伺ったことは、誰にも話しません」
内容が内容だけに、念のために言っておく。
でも今はなぜか、こういう自分に嫌悪感を覚えた。
さっき、私を皇族らしいと言ってくれたが、ルイスの方が、堂々としていて、皇族らしい。
「俺は君が話すとは思ってない。だから話した。
君が話してくれた事も絶対に話さない」
「ありがとうございます」
「さあ、中に戻ろう。エリザベート嬢。
そろそろ、公爵と夫人が心配しているぞ」
「はい、ありがとうございます。ルイス皇子殿下」
エリザベート嬢という呼びかけ—
この時、なぜかエリーと呼ばれなかったことを寂しく感じた自分がいた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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