118.悪役令嬢の実力主義
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※日常回です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで56歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ルー様。エヴルーでも、“地獄の新人騎士訓練”をやるの?」
私がエヴルーに来て、数日後—
今回はルイスも来てくれた。
エヴルー騎士団に、新しい団員が入団したためだ。
南部紛争解決の立役者、英雄とされるルイスの元で、働きたいと志望してきた、王立学園騎士科卒業生もかなりいた。
また、同じ騎士科からスカウトしてきた、すでに完成度の高い者、まだ芽が出ていないが、才能を秘めた者まで、多種多様だ。
率直すぎる物言いで言えば、第一志望が帝国騎士団で、入れる見込みがない者、実際に入団試験を受けて落ちた者も一定割合いた。
帝国騎士団は、中位貴族以上、特に高位貴族の子弟が多い。
実力よりも、出自や容貌のいい者達が、入団試験では有利だった。
ルイス曰く、ウォルフ騎士団長の“地獄の新人騎士訓練”で、一人前の“入団合格者”に、何とか仕立てあげるのだと言う。
「ああ。ウチでも一応やるよ。
エヴルー騎士団は、“信賞必罰”“実力主義”“強者は紳士たるべき”が団の方針でもある。
それも叩き込む。
騎士科卒業生でなく、叩き上げもいる。
それこそ、“特訓”で一人前にしたがな」
団の中には、地元エヴルー出身の農民や庶民の出、要するに貴族ではない者もいる。
騎士に憧れ入団し、“文武両道”の厳しい育成に耐えた者が、騎士や騎士見習いでいるのだ。
「人間関係が難しくなりそうね」
「それを捌くために、隊長や副隊長、副団長、そして俺がいる。イジメは絶対に認めない。
覚悟はしてるよ」
後宮全体でイジメられた過去を持つ、ルイスの言葉には重みがある。
「顧問がいることもお忘れなくね。
私の存在を認めるか認めないかでも、分かるんじゃないかしら?
『女は引っ込んでろ』的なものがあったら、矯正が必要でしょう?」
「エリーは手厳しいな。
まあ、そういう者がいたら、教えてほしい。
全員で見守って育てないとな」
「了解です。ルイス騎士団長閣下」
私はピシリと敬礼する。
王国式も帝国式もほぼ変わりがない。
その微妙な差異もルイスが修正してくれていた。
ルイスもキリッとした表情で答礼してくれる。
私の旦那様、もとい騎士団長閣下は本当にかっこいい。
「エリザベス騎士団顧問閣下。よろしくお願いする。
それで、本題の夏服についてなんだが……」
エヴルー騎士団は、ルイスと私の意向もあり、方針さえ守っていれば、“柔軟性”を保持したいと考えている。
格式重視よりも、それを特徴にしようと幹部会議でも話しあっていた。
だから、閲兵式では、退都の行進をやらなかった。
貴族では『伝統なのになぜしないんだ』という声もあったらしいが、大した反響もなく消えていった。
それよりも、皇帝陛下の佩刀下賜に注目が集まっていた。
一方、帝都民の、特に商工業関係者、運輸交通関係者、つまり馬車を使う者、乗る者達には、好印象を強く植え付けたとの報告だった。
実はその“柔軟性”の試金石ともなる夏服だ。
「マダム・サラから、改良された夏の騎士服が届いたわ。
ルー様や幹部達の希望通り、“耐久性はなるべく損なわず涼しい”制服を目指しました。
汗を吸い取り乾きやすい素材を採用して、通気性のいいデザインにしてます」
帝国騎士団の制服は、一年を通しで同じものだ。
これが黒く厚手で、冬服にも使える生地なのだ。
夏場は屈強な騎士達でも、体調を崩す者が少なからずいた。
それでも変えようとしなかったのだから、これも“伝統”と“格式”のなせる技、だ。
私は夏服を着せておいたトルソーの前に立ち、ルイスに説明を始める。
「それは助かる。あの騎士服は夏場の着用そのものが訓練だった。
っと、これは……」
私が騎士服のボタンを外したところで、ルイスが気がついた。
「そう。そこが第一の難関。
『騎士の誇りに関わる』とか言う人が、絶対に出てくると思うのよね。
マダム・サラもそれを危惧したけれど、クレーオス先生の医学的見地もじっくりお聞きした上で、私の判断で採用しました。
実験で、汗、水分を最も吸い取り、そして一番よく乾いたのが、“麻”だったの。
それこそ、素材の“実力主義”でしょう?」
ここ、帝国では、麻は平民が着る服とされ、貴族階級が身につけることはほぼない。
罪を犯し、貴族籍を剥奪された時に、着る物というイメージが、物語などで強調され、まかり通っていた。
『麻を着ることになるなんて…』と嘆く訳である。
帝国民のほとんどを占める、平民である国民に対して、ある意味、いい度胸である。
平民も夏には着るが、冬は綿やウールがほとんどだ。
貴族階級の、『着る物がなく、冬も麻の服を着て震えている』というイメージも、勝手な思い込みだ。
一方、多くの貴族階級が身につけている絹は、蚕というガの幼虫が吐いて作った繭が原材料だ。
どれだけの夫人や令嬢が知ってるんだろう、と思う。
ほとんどが虫がお嫌いなので、視察に行ったら、もう着れなくなるだろう、と少し意地悪な考えが浮かんでしまった。
いけない。
久しぶりに悪役令嬢っぽくなってしまった。
トルソーを前に立つルイスの傍で、私は冷静に説明を続ける。
「麻の長所は、水分の吸水性が抜群かつ、早く乾く、その速乾性、そして強度があります。
またこのざらっとした、なめらかでない触感は、肌との接着面が少なく、空気が通り涼しく感じます。
だから“裏地”と下着に使いました。
制服はこの“裏地”を用いた上で、通風性のあるデザインにし、さらに表地のウールを極細の糸で密に織り、吸湿性・発散性を高めました。
ウールのチクチクする着心地も改良され、薄手で軽く、耐久性は、従来のものと比べ、ほぼそのままです。
『百聞は一“験”に如かず』、でしょう?
ルイス閣下、着てみていただけますか?」
「…………わかった」
しばらくの間の後、返事があった。
格式よりも“柔軟性”を保とうとするルイスでさえ、これだけ躊躇するのだ。
私は敢えて、自分から着せずに、ルイスが手に取るのを待った。
小姓経験者のルイスは、自分で脱ぎ着ができる。
ルイスは決心したように、着ていた上着を脱ぎ、まずは制服を上半身に羽織ると、意外な表情を浮かべた。
「軽い……」
「そうでしょう?
裏地を付けても、従来の騎士服より4割軽くなりました。これだけでも動きやすいと思います。
ルー様。着心地はいかがでしょうか」
「すうすうするな。つまり夏は涼しいと言うことか」
「その通りです。デザインで風を通しやすくし、汗を吸い取った素材で熱を奪っていく。
濡れたものが乾いていく時、熱を奪っていくことは、ルー様も知ってるでしょう?」
ルイスと私が出会った時も、水に濡らした水筒を木に吊るしていたのは、このためだ。
「ああ、知っている。
これを実際着てみて、訓練してもいいか?」
そのお言葉が、自発的に出るのを待ってました。
押し付けても、トップに迷いや戸惑いがあったら、騎士団全体に到底、受け入れられないもの。
ルイスの青い瞳が、興味と期待で輝き、その煌めきが美しい。
「はい、どうぞ。ルー様。感想を後で聞かせてください」
「わかった。必ず伝える」
夕方、私の執務室を訪ねてきたルイスから、嬉々として、新しい夏服の騎士服の利点を聞かされた。
『うんうん、すっごく楽しいお散歩後のワンコみたいで可愛いなあ』と、きゅんきゅんしたのは秘密だ。
それだけではなく、ルイスはマダム・サラへの礼状を自分で記した。
そこには体験レポート、更なる改善希望点などがびっしりと書かれ、分厚い書簡として、早馬で送られ、マダム・サラの意欲にさらに火を付けたのだった。
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エヴルーの初等学校でも、この春、卒業式と入学式を迎えていた。
卒業後は家業を手伝う者、就職する者、さまざまだ。
ただ就職先には、多様性が生まれていた。
家業を継いだり手伝う者が多い中、エヴルー公爵領“旧邸”周辺の作業所、つまり地元の産業で働く者、帝都でもエヴルー商会が紹介状を出し、名の通った店で働く者も増えた。
中でも成績優秀者で、人格にも秀でた素質があると、教師達から推薦を受けた卒業生には別途、ある試験を受けてもらい、私自身が面接した。
そして、合格した者を、エヴルー領 地 邸の使用人として採用した。
試験は、帝都の中等学校の入学試験問題を用いたものだった。
この子達には、希望すれば、『帝都の中等学校並みの教育を受けられる』と約束し、規定した労働以外に、教育を受けられ勉学できる時間を設けた。
一種の奨学制度だ。
なぜ、帝都立中等学校に、下宿させ通学させないのか。
それはマナーの問題がとても大きかった。
帝都の中等学校に進む子ども達は、ある程度裕福な平民の子や、家庭教師が雇えない貴族の子弟が大多数だ。
日常生活における基本的なマナーは、ほぼ身についている。
学力があり、奨学生に選ばれた成績優秀者でも、育った家庭でマナーを身につけていないと、バカにされてしまうのが実状だった。
これは、帝国の教育を調査していた時にも知識として知ったし、帝都の中等学校から高等学校に進んだ先生方からも現状を聞き取った。
その結果の判断だった。
優秀で実力もあるエヴルーの子ども達に、変な劣等感を植え付けたくない。
また公爵家のマナーなら、どこに行っても通用する。
総合的な実力を底上げするのだ。
彼らは中等学校卒業と同程度の学力を得た暁には、公爵家の労働環境の中でマナーは身についており、希望すれば、帝都立高等学校を受験できる。
帝立学園は、貴族の養子になる必要があり、予想通り、平民出身者は陰に回ってのイジメが酷い、とルイスが反対した。
王国の王立学園と同様だ。
本人がよほど強く希望しなければ、高等学校進学が基本路線となる。
そして卒業後は、できればエヴルーに中等学校を開く計画に参加してほしい、とは伝えていた。
もちろん、教師以外に、医師や研究者、大規模な商会の勤務者、皇城の官吏など、帝都立高等学校卒業生の進路は多岐に渡る。
夢を阻む気持ちはなく、そういった者達の支援者になるのも一興という、先行投資だ。
一歩一歩進まないと、住民の理解も得られない。
だが、エヴルー出身者による、エヴルー中等学校が設立されれば、きっと誇りに思ってくれるだろう、という確信はある。
それは、参列した初等学校の入学式で感じた。
入学式は入学する児童の家族だけでなく、地域の誰でも参列は自由とした。
小さな子どもが入学式に参列する姿を見て、喜んだり、涙ぐむ親や大人達もいたのだ。
学校なんか要らない、と突っぱねられていた時から考えれば、夢のようで、私こそ内心、ジンとしていた。
今年から、通学時に服に付ける、氏名と学校名を刺繍した名札も、全学年に贈られた。
それをピンで留めている生徒達は、嬉しそうだった。
新入生は、入学式で名前を呼ばれ、先生に名札をつけてもらう。
そして、先生の訓話を聞き、最後は『エヴルー領歌』を皆で歌う。
列席した親達も、かなりの割合で歌えていた。
子ども達から少しずつ、浸透しているのだろう。
押し付けずに広まっていくのが理想的だったので、正直嬉しい。
私も先生の伴奏に合わせて歌う。
『領主様も歌ってる』という大人達の視線を感じたが、恥ずかしくはなかった。
入学式終了後、子ども達が私の元に集まってくる。
「エリー様、来てくれてありがとう」
「僕達、お歌、きちんと歌えてた?」
「ね、ルイス様は?」
「こないだ、騎士団の行進見たよ。かっこよかった」
口々に話しかけてくる。
頭を撫でて、一人ひとりに対応する。
切りがいいところで、『先生と大切なお話があるの』と、先生と面談し、要望や問題点などを聞いておく。
視察を兼ねた入学式の参列だったが、有意義なものだった。
よくある、偉い人の挨拶は、逃げました。
申し訳ないけれど、王立学園の理事長先生と園長先生の入学式の挨拶は、『早く終わらないかな』と内心思っていたし、心中スピーチとして点数まで付けていた。
そんな形式的なものより、実際に現場にいる先生達の話の方が有意義だ。
仮にしても、『入学、おめでとう。これから始まる学校の勉強だけじゃなく、お家のお手伝いも、遊びも、勉強の内です。たくさん学んでくださいね』というところだったろう。
偉そうな挨拶の類いは、なるべく逃げたい私だった。
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ちょうどそのころ—
帝都では、カトリーヌ嫡孫皇女殿下と、マルガレーテ皇女殿下の姿絵が、売りに出され、店頭に並んだ。
売り文句は、『“鈴蘭の皇女様”“蘭の皇女様”、姿絵デビュー』である。
“アレ”即ち、亡き皇太子殿下は、外面がとてもよかった。
また罹っていた病気が、庶民が冬場に苦しむ流行病の悪質なもの、ということもあり、まだ人気がある。
愛する子どもをその手に抱くこともなく、天に召されたという悲しいエピソードも、人気の要因だ。
その遺児・カトリーヌ殿下と、当代皇帝初めての皇女マルガレーテ殿下である。
また、二人のそっくりな容姿、幼児でも分かる整った顔立ち、可愛らしさも話題となり、かなりの売れ行きで、一刷目はすぐに売り切れた。
欲しいのに手に入らないことが、さらに話題を呼び、二刷、三刷と版を重ねていった。
最初の一刷目の枚数を抑えたのは、タンド公爵夫人である伯母様が進言し、皇妃陛下が採用した考えだ。
なかなかの策略である。
これだけではない。
噂に敏感な貴族達が、“両殿下ご愛用”の“学遊玩具”や“幼児用品”目当てで、エヴルー商会を訪れ始めた。
そこで、ある一定金額以上、購入した顧客に、「ここだけの限定品でございます」として渡されたのは、“総天然色”の彩色が施された姿絵だった。
帝都に出回っている、一般的に手に入る姿絵は白黒の描線だけだ。
それでも充分可愛いのだが、色を載せたそのままのお姿、幼児期独特のもちもちとした肌艶、瞳が大きな愛らしい目、ふっくらした可愛らしさは格別だった。
また、裏には、印刷とは言え、皇妃陛下と皇女母殿下の直筆メッセージまであった。
『この二人は、賢帝とされる七代前の皇帝陛下の皇女殿下の面影を濃く宿しています。このような吉祥、当代陛下の御世も安泰でしょう』
この『七代前の皇帝陛下の皇女殿下似』は事実だ。
瓜二つの二人の面立ちが気になった皇妃陛下が、美術管理の部門に、今までの帝室関係者の肖像画を確認し、判明したことだった。
その数は遡るほど、膨大となる。
担当者はお疲れ様でした。
「だって気になるじゃない」とは皇妃陛下のお言葉である。
気にしていただいたお陰で、“賢帝の皇女似”が発見され、お二人の代名詞の一つになっていくだろう。
大変かもしれないが、お支えするので、頑張っていただきたい。
“中立七家”の当主夫人のお茶会で、発表された計画も、伯母様が主導して着々と進んでいる。
『“滅私奉公”癖抑制チーム』リーダーのルイスが、「企画はエリー、実行は実力のある人に任せればいい」と即決し、交渉した伯母様はすぐに引き受けてくださった。
「今まで細々とやってた、タンド領伝統の木工細工を売り込む、絶好の機会だもの」
瞳を爛々(らんらん)と輝かせていたらしい。
計画とは、貴族や富裕層を対象とした『妊婦と子どものためのお店』の立ち上げである。
その第一弾として、予約制の『学遊玩具のお試し注文店』を開店準備に入った。
もちろん、“特製姿絵のおまけ付き”はこの店でも続ける予定だ。
今月末か来月中にも開店予定だと報告が届く。
『さすが、伯母様』とその実力とかっこよさに、改めてほれぼれしてしまった。
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問題の騎士団の夏服は、何度かの会議の結果、結局、全団員に支給された。
ただし、『この夏服着用も、現在の騎士服の通年着用も、本人に任せる。ただし、夏服着用者の差別と、訓練の遅滞は許さない』という条件付きだった。
麻への忌避感を持つ団員と、夏服着用者、各々への配慮と、『訓練は訓練』で別物だ、という考えの現れだ。
夏に向かうに連れ、蜂蜜塩オレンジやミント水などの暑さ対策を取っていても、通年服着用者で、訓練中に倒れる者が数名出たが、騎士団所属医師の手当てもあり、無事に復帰した。
結果は緩やかに夏服派が増えていき、結局、真夏には全員が夏服着用となった。
「当たり前じゃよ。
儂は侍医になっても、夏場は麻を愛用しとったわ。
それを見とった国王陛下も着るようになられた。
庶民の豊かさが国の実力じゃよ」
クレーオス先生は悠々と言い放った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
この『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を借りて、
夏季の期間限定企画「夏のホラー2024」「テーマはうわさ」に参加させていただいています。
夏っぽい、怪談仕立てのお話です。
【ここだけの話】
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お盆も明けましたが、蒸し暑い日が続いています。
残暑お見舞い代わりに、よかったらお楽しみください。
ヽ(´ー`)
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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